戦火の予感、思わぬ再会
「にしても驚いたよアインくん。まさか魔剣の力を自分の意思で使えるようになっていたなんて」
「えっへへ……自分なりに練習してたら何か、いけました」
素直な驚きを口にするセーマにアインは笑った。
魔剣の持つ『ファイア』の力……それを自分の意思によって引き出し、しかも必殺剣『ファイア・ドライバー』まで使いこなして見せたのだ。
リムルヘヴン相手に互角以上に渡り合ったという点もそうだが、数日前とは比較にならない程に驚くべき成長である。
腕試し……最後の方は殺し合いに発展しそうな勢いであったが、どうにかそれを穏便に終わらせての会話だ。
二人の近くでは、アリスとリムルヘヴンが相対している。
「お主、結局殺しに行きよったのう……分かっとんのか、おい」
「め、面目次第も」
腕組みし仁王立ちするアリスの眼前で身を縮ませる。冷や汗をしきりに流してリムルヘヴンは項垂れていた。
「お主の面目なんざどーでもええんじゃ。言うたの、わしは。アイン少年を殺そうとするなと」
「は、はい……その、思ったより手強く、つい」
「……まあ、たしかにアイン少年の強さは予想外じゃった。その戦いぶりもな」
静かに怒りつつも、しかしアリスはリムルヘヴンの釈明には理解を示した。彼女自身、まさかアインがあそこまでリムルヘヴンを追い詰めるとも思っておらず驚いていたのだ。
「亜人相手に手強いなんて言われるなんて、へへ……!」
「いや本当にすごいわよアインくん……でもこれに慢心したらダメよ? 結局セーマくんには軽く捻られたことを忘れないようにね」
「も、もちろんです! 最後、何かよく分からない内に剣を取られてましたし……僕、まだまだです!」
「ふふ、よろしい! おねーさん頭撫でちゃう!」
一方でリムルヘヴンの本音を受けて照れ臭そうに笑うアイン。
得意気に笑うのだったが、すかさず近寄ってきたレヴィに釘を刺され、慌てて答えた。
実際、セーマが割って入った際には何が起きたのか、まるで理解できなかった……それはリムルヘヴンも同様だろう。
つまりは二人して、まったく反応できないままに剣を奪われて一瞬で詰みに持ち込まれたのだ。
あれをされて天狗になど到底なれない、そう考えるアインを尻目に当のセーマは少し離れたところでマオと話をしていた。
深刻な面持ちで互いに、荒野の遠く、果てを見ながら呟いている。
「どうだった。何か気づく点はあったか?」
「ま、ね。詳しいことは館に戻ってから話すが……一つ言えることは、どうやらこれは『私の戦い』でもあるらしい」
マオの言葉に、セーマは軽く目を見開いた。
何事にも基本、第三者的なスタンスを保とうとするこの女がここまで言うということは、つまり。
「……やはり、お前の力と同じか」
「決して解析できないはずの力が解析され、あまつさえ実用可能な段階にまで開発されていた。あってはならないことだ……もしかしたらこの一件、とんでもないところまで発展するぞ」
「勘弁してほしいもんだ、まったく……」
天を仰ぐセーマ。どうやら事態は、相当深刻な状況であるらしい。
午後の太陽がうららかに大地を照らす。未だ日没の遠い日中に、密かな陰謀の臭いが漂うような心地の彼だった。
失踪した賊の行方の調査、そしてアインの実力をたしかめること。
この二つの目的を果たし、一行は帰路へと着いた。レヴィやリムル姉妹とは一旦別れ、帰りもやはりマオの『テレポート』だ。
「レヴィさんの依頼報告に俺も付き合うことになってるから、ひとまずここで解散かな……夕方になったらギルドの酒場で集合。レヴィさんたちも交えて宴会といこう」
町へと帰還してセーマが声をかける。一時解散の報せだ。
失踪した賊についての顛末を、レヴィと共に報告する必要があるセーマはこのままギルドで彼女を待つつもりだが、マオやアリス、アインに関してはここで自由時間である。
後は夕暮れ、宴までどう過ごすかは各々次第となる。
「了解。さーて、どう時間を潰すかなあ」
「わしはご主人と共におりますでの。ふっふっふ、二人きりですじゃのー!」
気だるげに余暇を考えるマオと、最初からセーマから離れるつもりもないアリスと。
それぞれが予定を呟く中、アインもまた告げる。
「僕もひとまず帰りますね。今日はありがとうございました!」
「こちらこそ今日はありがとうね。あ、何なら夜からの宴会、ソフィーリアさんを連れてきても良いよ。せっかくだし」
「本当ですか!? 何から何までありがとうございます!」
思わぬ申し出にアインは喜んで礼を述べた。
元より今夜はセーマの奢りだ……彼の都合に付き合わせたのだし、更に言えば朝、マオの食い残したステーキを食べてもらったことへの礼でもある。
「早速ソフィーリアを誘わないと……あ、それじゃあ失礼しますセーマさん! お疲れ様です!」
「私もちょろっと小用をこなしてくるよ。お疲れさん……また夜にね」
「ああ、二人ともお疲れ様」
そうしてアインとマオがそれぞれ、用事を済ませに離脱した。次に会うのは何時間かした後、ギルド内の酒場においてだろう。
「さて……レヴィさんが来るのももう少し時間があるな。アリスちゃん、俺に構わず自由に過ごしてくれても良いんだよ? 酒場で待つ羽目になる」
「ご主人と二人きり以上にやりたいことなどないですじゃよう。それに酒場で飲み交わすのも、乙なものですしの」
残されたセーマとアリスはひとまずギルドへ向かって歩きだした。
特にやることもない暇な午後の大通りだ……時折露店に立ち寄って果物や土産を物色するくらいの、何ならちょっとしたデートと言っても良いかも知れない時間を過ごす。
「前から思ってたけど、この町やけに輸入品多いよね。共和国はもちろん、帝国や連邦の郷土品まで売ってるってすごいよ」
「近くに流れる川から各国の船がやって来ますからのう。広大な王国でも指折りの貿易拠点じゃと、ジナが言うとりました」
「あの子、何でも知ってるなあ……」
館のメイド、ワーウルフのジナに感心する。
彼女は亜人でありながらも人間の文化・芸術に魅了されて館のメイドとなった珍しいタイプの少女だ。
特に絵画や書物に関しては並々ならぬ情熱を注いでおり──乱読家でもあるため、様々な知識に触れているという館でも一番のインテリなのである。
折に触れてジナの知識量に感心してきたセーマだが、今回も同様に唸らされる思いだ。
アリスも平時、ジナの知識欲には呆れることも多いが……『エスペロ』を発展させるに際して意見を聞くこともあるらしく、何だかんだで頼りにしている場面も少なくなかった。
さておいてぶらぶらと歩いている内に、二人はギルドに到着した。
中にある酒場へと入る。冒険者のみならず一般人にも解放されているのだが、基本的に荒くれの溜まり場でもあるためかそうした層の出入りは少ない──テーブルに向かい合って座り、ウェイトレスに注文する。
「果実酒お願いします。アリスちゃんは?」
「せっかくですし同じのをいただきますかのう。頼むぞ店員」
何気なく、当たり前のように酒を注文するのだが……ウェイトレスの反応が悪い。
うん? と思ってその顔を見ると、何やら困惑した様子で恐る恐る尋ねてきた。
「あ、あのー……未成年の方にはお酒を出せないんですが」
「……あー、なるほど」
一瞬、何のことやらときょとんとするが、すぐにセーマは現状を把握して頷いた。
詰まるところこの店員からすれば、見かけ18歳のセーマと精々が13歳程度のアリスとでは未成年の少年少女にしか見えないのだ。
年若いカップルか、あるいは兄妹にでも見えたか……とりもなおさずセーマは懐から冒険者証明書を提示して見せた。
「俺、こう見えても26なんですよ」
「えっ」
息を止めるウェイトレス。まじまじとセーマの冒険者証明書を見つめる……いささか若い気もするが、たしかに26歳と書いてある。
童顔なのかと驚きつつも納得していると、今度はアリスの方が身分証明書を提示してきた。
「ほれ身分証。わし亜人じゃしのう、年齢的にはそうじゃな……お主のお婆ちゃんのお婆ちゃんのお婆ちゃんのお婆ちゃんがおしめ着けとるような頃からこんな姿じゃぞ」
「ふええっ」
しれっと呟くアリスに、今度こそウェイトレスは硬直した……当然だ、可憐な少女に見えても桁が文字通り一つ違うのだから。
「し、しし失礼しました! 果実酒二つ、今すぐ持ってきまーす!」
「あ、いえ気にしないで……って、行っちゃったよ。驚かせちゃったかな」
「そそっかしいですのう。まあ、ああいうのが男受けするところもあるのでしょうが」
慌てて駆けていくウェイトレスのその背姿を眺め、二人は軽く呟いた。
改めて落ち着いたところで、セーマは店内を見回す。昼も真っ只中の現在、一応こうして店はやっているものの客足自体は少ない。
レヴィが来るまでどのくらいか……それまで適度に酒でも飲みながらアリスと語らうかと思っていた矢先、セーマに声をかける者がいた。
「……君は」
「うん?」
振り返ると、そこには一人の少年がいた。
銀髪をオールバックに揃えた、クールな印象の少年だ……何やら複雑な表情をしている。
セーマには心当たりのある顔だ。すぐさま挨拶を行う。
「クロードくん! 久しぶり、実技試験の時以来かな」
「ああ……久しぶり。相変わらず、メイドを連れているみたいだね」
笑顔のセーマとは裏腹に、どこか遠慮がちに、控えめに笑う少年、クロード。
今一煮え切らない態度のその少年を訝しみつつ、アリスが誰何を問うた。
「誰ですじゃろ……ご主人、よろしければお教えくださいますかのう?」
「ああ、彼はクロードくん。俺の冒険者としての同期に当たる人で、冒険者になる時に行った実技試験で知り合ったんだ」
「あー、仰られてましたのう。ご主人とリリーナの戦いを見られた、幸運な見物客の一人でしたか」
紹介するセーマと、それを受けてのアリスの物言い。
クロードは苦く笑って言うのだった。
「クロードです……勘弁してくれセーマくん。今思い返すだに、何て身の程知らずだったのかと恥ずかしくなるんだ」
「いやいや、とんでもない! 良ければこっち来て座りなよ。色々話をしよう、同期として!」
かつてを思い返し、恥ずかしげに頬を掻く。
そんなクロードとは裏腹にひどく喜色満面にセーマな彼を誘った。
まったく同時期に冒険者となった、いわば仲間同士だ。是非とも親睦を深めたいと、セーマは張り切るのであった。
実技試験云々はノクターンの方の前日譚に詳しいです
170話越えてるので読みごたえはあるかと思いますので是非、ノクターンで「てんたくろー」で検索してみてください




