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一度目の激突、アインとリムルヘヴン

 荒野に相対する人間一人と亜人が一人。

 魔剣の使い手・アインとヴァンパイア・リムルヘヴンだ。

 成り行きから腕試しがてらぶつかり合うこととなった二人は今、互いの武器を取り出していた。

 

「まさかこんな短期間に二回も、亜人と戦うだなんて」

「戦いになると思っているのか? 思い上がるなよ……魔剣だかなんだか知らんが、人間風情が調子に乗るな」

 

 困惑しつつも魔剣を手にするアインに、尊大な言動とは裏腹に細身の剣を油断なく構えるリムルヘヴン。

 冒険者としては成り立ての新米だが、剣の腕は両者共に自信のある二人だ。

 

「さすがに相手を舐めてかかるのは口だけか……リムルヘヴンちゃん、案外卒がないんだな。『エスペロ』の警備を務めていたんだから当然か」

 

 散々に侮蔑的な物言いではあっても、いざ戦うとなれば油断を見せないリムルヘヴンの姿勢にセーマが感心する。

 

 リムルヘヴンは少し前まで『エスペロ』の警備を務めていた。ゆえにその実力は高く、アリスに次ぐ『エスペロ』の代表的な戦力であった程だ──もっとも、頂点に位置するアリスには到底及ばなかったのであるが。

 

「アインくんも中々、堂に入ってるじゃない。素質もありそうだし、魔剣とか抜きにしても将来が楽しみね!」

「魔剣か……あのガラクタを使わせるのに、それなりに素質や腕に覚えのある奴を選んだのか? いや、それなら新米じゃなくても良いだろうに。何だ……?」

 

 一方でアインの立ち居振舞いからその秘めたる才能を感じ、レヴィが嬉しそうに笑う。

 そしてその隣ではマオがぶつぶつと呟いていた。何故アインが魔剣の担い手として選ばれたのかを考察している。

 

「リムルヘヴンめ、やり過ぎるなよ……」

「オーナーオーナー、いくらアホでトンチキな時代錯誤差別主義者のヘヴンちゃんでも、初対面の人をいきなりぶち殺しにかかりませんよーぅ? たぶん」

「辛辣!? しかも確証はないんかい……まあええ。いざとなればわしが、もっと言うとご主人が制止なさるじゃろう」

「セーマさまったらさっすがですねーっ!」

 

 とにかくリムルヘヴンがやり過ぎることを懸念するアリスに、やたら辛辣に姉を擁護するリムルヘル。

 もしも危険の兆候があるのならば、すぐさま飛び出してリムルヘヴンを仕留める心算ではいるが……おそらくそれよりもセーマが止めるのだろう。一人佇む主を見る。

 

 何気なく立っているだけの普通の姿だが、その気になれば次の瞬間にはこの場にいる全員をまとめて無力化することさえ容易い。

 それ程までに隔絶した次元にいるのだ、セーマは……かつての好敵手たる魔王マオや冒険者の中でも最強と評される『剣姫』リリーナでさえも、全力の彼を前にしては到底太刀打ちできない。

 

 正真正銘の世界最強。

 まさしくそう呼ぶに相応しい高みにいるのだ、主は──そのことに強い誇らしさと信頼、そして思慕を感じつつアリスは、今にも開戦しそうなアインとリムルヘヴンを眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 互いに構えてから、少しの静寂。

 ──始まりは同時。一息に踏み出す。

 

「でやぁっ!!」

「ふん」

 

 アインの魔剣が弧を描き走る。申し分なく威力も速度も乗った一撃だ……人間相手ならばあるいはこの一撃で勝利を掴めていたかも知れない。

 

 しかし相手は亜人リムルヘヴン。ヴァンパイアの膂力を以て難なくいなし、返す刃で刺突を放つ。

 狙うは肩口。アリスから致命打を禁じられている以上、彼女としては両腕を封じて魔剣を使用不能にしての勝ち筋が妥当に思えていた。

 

「っ!」

「ほう?」

 

 リムルヘヴンが目を丸くする。肩口を狙っての一撃が、寸でのところで回避されたのだ。

 ギリギリのタイミングで上体を捻ったアイン。結果的にリムルヘヴンの無防備な懐が眼前にあり、彼はすぐさま剣を振るう。

 

「これでぇっ!!」 

「猿よりかは身軽か。まあそうでなくては食後の運動にもならん、なっ」

 

 切り上げられた魔剣を、しかしリムルヘヴンは素手で掴んだ。

 人間を遥かに超える握力が刀身を指のみで捕らえ、完全にホールドしたのだ。出血はない……卓越した動体視力もあり、刃には触れずに抑えきっている。

 亜人の身体能力を前面に出した、ある種の力業であった。

 

「くっ……!!」

「終わりだな。私に二度目の攻撃を入れようとしたのは褒めてやるが所詮貴様は人間だ。身の程を知れ、雑魚が」

 

 魔剣を一切動かせないアインにそう言葉をかけ、リムルヘヴンは剣を振り上げた。

 もちろん当てはしない……が、誰が見ても勝負あったと思われるように脳天なり喉元になり剣を突き付ける必要がある。

 

 生意気にも亜人を倒したこの小僧を、少しばかり脅かしてやるか──そんな悪戯な悪意もあっての、本来ならば別に行う必要のない動作。

 無駄を入れたことにより発生した、僅かな隙と油断。勝ちが完全に確定したと考えたがゆえに生じたリムルヘヴンの無駄な動作が、逆にアインにとっては逆襲の活路だった。

 

「っ──今だ、魔剣!」

『1st Phase』

「!? 何だ!?」

 

 短く叫ぶアイン。その瞬間、手にしていた魔剣の刀身が突然激しく火を吹き燃え上がった。

 燃え盛るその炎は魔剣の刀身を、刃を高熱へと導く。

 

「あれは……! アインくん、自在に使えるようになっていたのか!」

「嘘っ!? 火を吹いた、何もないのに!?」

「あれが魔剣の、アイン少年の力か!」

 

 セーマ、レヴィ、アリスが驚愕に吠えた……特にセーマの驚きは強い。

 数日前に入院していた時には自在に使えるものではないと聞いていたのだ。それをこうして奇襲に用いているということは、ある程度は己の意思で使いこなせるようになっていることの証左に他ならない。

 

「……完全に『ファイア』じゃないか。嘘だろ、おい」

「ヘヴンちゃん大火傷……晩御飯はアイス食べよー……」

 

 驚きに声をあげた面々とは裏腹にマオとリムルヘルは比較的静かな反応だ。

 だがリムルヘルはともかく、マオは内心で動揺しきっていた──まさか本当に、ここまで魔法で発生させた炎と同質のものを発現させてくるとは実のところ、思っていなかったのだ。

 

「冗談じゃ済まないぞ、これは……どうやら私も本腰入れんといかんみたいだ」

 

 深刻な面持ちで呟く。少なくともこれで、断じて捨て置けない事態であることが判明した──そう考えるマオであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ、ぁっ……熱、火?!」

「焼き尽くせ、『ファイア・ドライバー』っ!!」

 

 突如として灼熱と化した魔剣の刀身を、さしものヴァンパイア・リムルヘヴンも掴みかねた。

 思わず手放せば、アインはこの機を逃すものかと魔剣の力を解放した。漆黒の魔剣からいよいよ勢い良く炎が燃え上がる──『ファイア・ドライバー』、彼の必殺剣である。

 

「せああっ!」

「う、くっ!?」

 

 炎を纏い連続して斬りかかるアイン。意を決しての攻撃は荒削りながら気迫に満ちており、リムルヘヴンを勢いで圧倒していく。

 加えて振るう度に深紅の炎が巻き起こり彼女の視界をいくらか阻害している──周囲には何ら影響を及ぼさずにピンポイントで亜人だけを狙い、炎は攻撃を続けていた。

 

 徐々に後退していくリムルヘヴン。困惑と屈辱、そしてたしかな恐怖によって、彼女は歯を食い縛りつつ呻く。

 

「き、さまぁっ……! 人間、がっ……人間風情、が!」

「魔剣っ! 燃え上がれぇぇっ!」

「人間ごときがっ! 舐めるなぁっ!!」

 

 完全に勢いづいているアインと魔剣に、亜人の少女は半ば激昂して叫んだ。

 許し難いことだ──亜人を、ましてやヴァンパイアたる己をも凌駕しかねない力を人間が持っている。そして実際に今、追い詰められている自分の情けなさもまた、ひどく腹立たしい。

 

 もはやアリスの警告もほとんど頭になく、彼女は全力で応戦する。

 迫り来る魔剣の、炎の斬撃『ファイア・ドライバー』に対し、逆に前へと打って出たのだ。

 

「っ!?」

「人間風情に引き下がれるか!! 覚悟しろ虫けらっ!」

 

 それは己へのリスクの一切を度外視した踏み込み。多少のダメージを負ってでも目の前の敵は必ず仕留めるという、覚悟の一歩。

 

 炎の魔剣にも屈せず打ち返す。どういうわけだか、最初に比べてアイン自身の腕力も反射速度も飛躍的に高まっている。

 既に亜人たるリムルヘヴンとさえほぼ互角に、あるいはそれ以上に打ち合う新米冒険者の剣を受け、彼女もついに全力を以て応えた。 

 

 ──すなわちことここに至り、完全なる殺意を以て勝負を仕掛けたのである。

 一切の躊躇も、敬愛するアリスの教えも無視して……アインを、今ここで殺すべき相手と定めたのだ。

 

「炎ごと、その首断ち斬る!」

「負けてたまるかぁっ!」

 

 対するアインも何一つ引き下がらない。ここまで勢いに乗ったのだ、このまま押し通す……そんな思いで決戦の一撃を放つ。

 迎え撃つリムルヘヴンもまた、魔剣も炎も叩き斬るつもりで攻撃を放った。ヴァンパイアとしての圧倒的な身体能力をフルに引き出しての、全力の一撃だ。

 

 互いに互いを仕留めんとする攻撃。

 もはや腕試しという目的さえ忘れての打ち合いは、その決着の時を迎え──

 

「そこまでだ二人とも」

 

 ──一瞬にして喉元に突き付けられた『握っていたはずの自分の剣』によって、強制的に動きを制止させられた。

 

「っ……!?」

「な──にっ!?」

「割って入って野暮なのは承知だけど、これ以上はダメだ。殺し合いになる」

 

 硬直して動けなくなる二人に男は告げた。

 ここが潮時だった。これ以上続けると間違いなく殺し合いに発展しただろう。

 

 男──セーマはアインとリムルヘヴン、双方に剣を突きつけつつしばらく、その顔と様子を見た。徐々に失われていく勝負の熱が見て取れ、内心で安堵の息を吐く。

 危ないところだった。思わぬ戦いぶりに正直、魅入ってしまっていたのは否定できない……特にアインだ。

 彼は今回、完全に一対一で亜人と対等に戦っていた。その姿に興奮を禁じ得なかったのだ。

 

「腕試しはこれでおしまい。悪いね二人とも……落ち着いたかな?」

「あ……は、はいセーマさん。すみません、我を忘れて」

「ちっ……礼を言う。あのまま行けば私は、オーナーのお言葉に逆らってしまっていた」

 

 我を取り戻し、暴走したことを謝罪するアインと感謝を述べるリムルヘヴン。

 もう殺意はない……この分ならもう大丈夫だろう。

 

「いやいや、二人ともすごかったよ。とても素晴らしい戦いを見させてもらいました、ありがとうございます」

 

 そう考えてセーマは、冷静さを取り戻して答える二人の戦士に笑顔で返すのであった。

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