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穏やかな暮らし、平和な帰路

 草刈りじみた薬草採取が滞りなく終わったのが、それを始めてからちょうど一時間程度経ってからのことだ。

 

 掘り返された地面をなるべく整えながら、薬草の詰まった袋を見てセーマは満足そうに言った。

 

「まあこんなもんか。後は治療院に行って袋ごと渡して、ギルドに報告してハイ終わり、と」

「一応、ギルド伝に渡すことも可能ですが……まだ昼前です。余裕があれば直接渡してあげるのも良いかと。直に感謝の言葉をもらうというのは嬉しいものですよ」

 

 リリーナがレクチャーする。

 新米冒険者であるセーマがこうして依頼を受け、遂行するのはまだ数回目だ。

 そのため絶対的に経験値が不足しており、何かにつけてはこのようにリリーナに冒険者としてのいろはを教わっているのだった。

 

「ギルドに報告を頼むやり方もある、か……まあリリーナさんの言うとおり、今日はもう暇だからね。しっかり確実に手渡そう」

「かしこまりました、セーマ様」

 

 教えの通り、依頼元である治療院に出向くことにするセーマ。

 今日の仕事はそれで終わりだ……後は自宅に戻って休むだけ。悠々自適そのものな生活スタイルだと、我がことながら苦笑までしてみせる。

 

「前よりかは働いてるだけマシなんだけど……まあ、忙しすぎるのも難だしな」

「セーマ様、どうかなさいましたか?」

「いやいや何でも。それじゃあ行こうか、依頼はギルドに報告するまで終わらないんだ」

 

 そう言って二人のメイドを促す。

 雲の隙間から覗く太陽は未だ中天には届いていない。

 

 風が吹き、草原を揺らして暑気が通り抜けた。

 爽やかな初夏の匂いを受けて、セーマたちは町に向けて来た道を戻り始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町の構造は異様なまでにシンプルだ。

 砦が囲む円状の内地を、綺麗に四等分するように十字の大通りが走っている。

 そして縦横の大通りの交差点の中心を行政に関わる特別区として、そこから北東に工業区、北西に住宅区、南東に商業区、南西に農業区と区割りが為されているのだ。

 

 現市長の適当な采配の結果だと、かつて聞いた話を思い出しつつも……それはさておき町に戻ってきたセーマたち。

 

 まずは北西の住宅区にある住民区へと向かった。その名の通り町人たちの住まいが密集する地区であり、地元の商店街や教育機関、治療機関なども点在している。

 目的地は無論、依頼人のいる治療院だ。

 

 住民区の入り口付近にあるそこへは割合早くに辿り着く。こじんまりとした、年季を重ねた色合いの個人病院だ。

 とりもなおさず一行は持ち帰った薬草入りの袋を片手に治療院へと入り、依頼の主と面会した。

 

「こちら、ご依頼の薬草50束となります。ご確認の上でお受け取りください」

「やあ、どうも……うん、たしかに。ありがとう、助かりました。報酬はギルドの方に渡してますから、そちらでお受け取りいただきたい」

「ありがとうございます」

 

 依頼主である初老の医師に薬草を渡し、中身に異常のないことを確認してもらう。

 こうした依頼請負にはよくある、緊張の一瞬だ……どうにか問題がなかったことに安堵しつつ、感謝を受けてセーマたちは微笑んだ。

 

 医師の口ぶりでは報酬はギルドにて受けとることになっているようなので、今度は報告がてらギルドへと向かう。

 ギルドの場所は町の中心部、特別区だ。行政に関する機関や高級宿といった役所であったり高級志向の店が並ぶ中にこの町の冒険者たちの拠点はある。

 

「ギルドって商業区にあるイメージだったんだけどね……戦後国営化したんなら、そりゃ特別区に行くか」

「元々商業区の施設だったのも事実です。特別区にわざわざ新しく建て直したのですね」

 

 歩きながら話す。セーマにはギルドというのは特別区というより、商業区にある方が馴染むように思えていた。

 何しろ冒険者というのはピンからキリまで質が幅広い。依頼によっては荒事を請け負うこともある以上、どうしても荒くれ者がいる稼業でもあるのだ。

 

 実際にリリーナの言うところではその通り、元々商業区にあったらしいのだが……戦後、冒険者の拠点であるギルドが王国行政の管理下に置かれてからは、特別区に移動したということだった。

 

 そろそろ特別区に入り、ギルドも見えてくる。

 周囲の建物と比べても比較的新しい印象の小綺麗な三階建ての建築物だが、醸し出す雰囲気はどこかアウトローだ。

 

 国営化しようが新規に建て直そうが、出入りするのは基本的にその日暮らしの冒険者たちなのだぞ、と。

 そう全体から伝えてくるような空気感にセーマもリリーナも遠い目をするしかない。

 

「一応、王国の冒険者は他所の国の冒険者と比較しても行儀正しい方なのですが」

「俺もいくらか見かけたことあるよ。連邦とかヤバかったよね、フィリスさん」

「そうですね……初めて見た時は亜人どころか原人かと見間違えました、私」

 

 フィリスの物言いに失礼とは思いつつも軽く吹き出してしまうセーマだ。

 そして記憶の中、フィリスと共にかつて王国の北側にある『連邦国家』にてちらと見かけた冒険者を思い返す。

 

 年中厳冬に見舞われているその国ならではの装いか、毛皮に身を包み斧を振り回して酒をかっ食らう──言っては悪いがほとんど蛮族も同然の風体。

 すわ亜人かと思ったところ、実は冒険者と聞いて心底驚いたのも印象に強い。

 

 そんなことを考えつつもギルドに入る。

 内部は入り口からいきなり二手に分かれており、片方はギルドの総合受付に、もう片方はギルド内で運営されている食事処へと続く。

 

 それなりに腹も空いたがまずは報告だ。セーマたちは総合受付へと向かった。

 道なりに少し進んで角を曲がればすぐに窓口に辿り着く。

 

「すみませーん、依頼達成の報告をしたいんですけどー」

「はーい」

 

 窓口に声をかければスタッフの女性が顔を出す。

 ギルド常駐の事務員であり、こうした窓口で実際に冒険者を相手に応対をしている、これはこれで中々ハードな仕事をこなす者たちだ。

 

 女性はセーマとフィリス、リリーナを見るなり一瞬硬直し、しかしすぐさま笑顔で取り成した。

 

「あ、ええとすみませんお待たせしました。依頼達成報告ですね。冒険者カードのご提出をお願いいたします」

「どうぞ」

 

 指示のまま、冒険者に支給される身分証明用のカードを手渡す。あらゆる冒険者はこれによって冒険者であることを保証され、恙無く仕事に取りかかれるのだ。

 

 カードを受け取った事務員が手続きを済ませていく。

 後は昼を食べて帰るだけか……と、僅かに空いた時間でこの後の予定に想いを馳せるセーマであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルドの食事処で軽く昼食を摂り──とはいえ冒険者向けのメニューはどれもボリューミィな肉料理ばかりだから、それなりに重かったが──それからセーマたちは町を出た。

 やるべきことをこなしたので、自宅へと帰るのだ。

 

 今度は徒歩でなく馬車での行路となる。

 そもそも町から遠い場所に住むセーマたちは、今日のように冒険者としての活動を行う場合、馬車で町に立ち寄って宿を取って一泊から二泊滞在するのがお決まりであった。

 

 二頭の馬が牽引する荷車の、御者台に三人並んで座る。フィリスが中央で手綱を引き、その両隣にセーマとリリーナが座っている形だ。

 

「今回も見事なご活躍でした、主様」

「お疲れさまでしたセーマ様。後はゆっくりとお過ごし下さい」

「薬草取っただけだよ……それに二人も手伝ってくれたし」

 

 リリーナとフィリスの言葉に苦笑して答える。

 謙遜などでなく心底から大したことをしたわけでもないと思っての言葉だが、メイド二人はそんなことは無いとばかりに本気の敬意と忠誠を籠めた瞳で熱っぽく見詰めてくる。

 

 息も忘れるような美女二人にそのような視線を注がれる幸福。

 しかしセーマとしてはいつものことなので動揺もなく、むしろ内心ではため息さえ出そうな心地であった。

 

 フィリスにしろリリーナにしろ『その他のメイドたち』にしろ……揃いも揃って主人であるセーマに対する評価は常に過剰である。

 薬草を必要分集めて渡す、ただその程度の行いでさえこれ程までに讃えてくるのだ。

 喜んでくれているのならばそれはそれで良いかと思っているセーマも、時折反応に困るものを感じるのも事実であった。

 

「あ、あー……そうだ。今度来る時は依頼、何にしようか。そろそろ賊の一人も退治するかと思ったんだけど、荒野の賊が全滅してるんならこの辺、しばらく平和だろうし」

 

 頬を掻きながらむずがゆい話題から逃れる。

 代わりに話すのは次の冒険のことだ。賊退治に意欲を見せるセーマに、ふむとフィリスが反応した。

 町の門を通り抜け、薬草を採取しに辿った方向とはまるで違う方に馬車を向けながらも答える。

 

「そうですね……賊退治の他にも多少、荒事の依頼があれば受けてみてはいかがでしょうか」

「荒事か。用心棒とか護衛とか、その辺りの依頼が妥当か? フィリス」

「ええ。リリーナはどう思いますか?」

 

 問われてリリーナも暫し考える。

 冒険者稼業における荒事といえば、まずは賊退治。取り分け亜人の賊をどうにか仕留めることが印象として浮かぶ。

 ある意味では冒険者の『顔』のような仕事でもあるのだ……遂行難易度は極めて高いが。

 

「亜人を相手取るのがしばらく難しい以上、我々が荒事と認識できるレベルの依頼はまず無いだろう。町のチンピラ相手に護衛だの用心棒だのというのも、な」

「弱い者虐めでは、セーマ様の御名前に傷が付きかねませんものね……」

「俺の名前はともかく、さすがに人間相手には張り切れないなあ」

 

 見解を述べる二人のメイドに、セーマが遠い目をして呟いた。

 『亜人一人を仕留めるには腕の立つ人間が、最低でも四人は必要』──これは対亜人における基本的セオリーとして広く知られている考え方で、亜人が人間と比較しても極めて戦闘能力が高い種であることを示している。

 

 そこを踏まえて考えると、さすがに町の不良を捕まえていざ、亜人を相手にするように張り切るぞ……とは中々思えないのが本音のところだった。

 

「ま、平和なのに越したことはないしね。今まで通り、穏やかな依頼を受けますか」

「それがよろしいかと。主様が功を成し名を遂げる機会が少ないのは、正直なところ業腹ですが」

「別に有名にはならなくても良いんだけどなあ……悪目立ちするとろくなことにならないし」

 

 ただでさえバレる時はバレてるのにと、ぶつくさ呟くセーマ。

 時折、主の冒険者としての大成をメイドたちが望んでいる気配を感じてはいるため、なるべくならばそれに応えてやりたい思いもなくはないのだが……どうにも名が売れることの億劫さは付きまとう。

 

 今現在ほぼ隠居に近い形でしか人間社会と関わっていない彼にとって、下手に有名になることは面倒ごとが増えるだけのようにしか思えないのも実状なのであった。

 

 さておいて馬車は走る。町を出てからそれなりの速度で走ること、一時間と少し──

 徒歩でならば間違いなく半日はかかっているだろう距離を経て、セーマたちはホームグラウンドの入り口にまで戻ってきていた。

 

 王国南西部の国境を跨ぐ広大な大森林、大樹海……その奥深くに建てられた彼らの居城。

 『森の館』へと通じる隠しルートの入口手前である。

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