思わぬ提案、腕試しの荒野
ひとまず食事も話も落ち着いたところで、レヴィがセーマの隣に座るアインに視線を向けた。
「ところでだけど……ええと、アインくん?」
「あ、はい。何でしょうかレヴィさん」
「君はどうしてセーマくんたちと? 森の館のメンバーかしら?」
率直な疑問。見たこともない新米が知り合いの側にいるのだ、気になるのも当然だった。
それを受けてアインは首を横に振った。そして続けて答える。
「いえ……僕はその、この間セーマさんに助けていただきまして」
「亜人に狙われてたりよく分からない剣を持たされていたり、何やらキナ臭い事件に巻き込まれているみたいなんですよ、彼」
「亜人に!? それに、剣?」
セーマも補足して説明する。多少簡略化したものだったが、内容自体は理解したらしいレヴィは少し考え……
「そう言えばアインって……たしかこないだどこかで……」
見たことはない顔だが、名前はどこかで聞いた覚えがあると思い出した。
アイン。最近ギルドでも話題になっている新米冒険者の名前だ。
「アインくん……君、もしかしてこないだ亜人を一人で倒したっていう?」
「え、あ……ま、まあはい」
「やっぱり! 一回話聞いてみたかったのよね!」
喜色満面にレヴィが笑う。冒険者として、亜人を一対一で打ち破ったという新人の話は是非とも聞いておきたいと、前から思っていたのだ。
「どんな亜人だった? 強さは? どこでどう遭遇したの? それで、どうやって倒した?」
「え、あ、えーと」
「れ、レヴィさん……落ち着いて。アインくん、ゆっくりで良いから」
興奮ぎみに捲し立てるレヴィからアインを庇いつつ、セーマは割って入る。
困惑するアインをどうにか宥め、むしろ彼が主体となって件の討伐劇の解説が始まった。
「それで、無防備になったところを僕の『ファイア・ドライバー』が直撃したんです」
「へえ……すっごいのね、その魔剣っての」
突如襲いかかってきた亜人と交戦し、死線を経て『ファイア・ドライバー』を叩き込んでの辛勝──未だ記憶に新しい討伐の経緯を話せば、レヴィはしきりに感心して頷いている。
特に魔剣について興味が深いようだった。
何しろアインは見るからに新米だ、姿も放つ雰囲気もとても実力者には見えない。
しかしそんな彼でさえ亜人を倒せる程にまで至らしめるのが魔剣なのだという。並々ならぬ関心を寄せるのは、A級冒険者として亜人とも渡り合ったこともあるレヴィとしては当然の話である。
「その魔剣、君にしか使えないんだ」
「はい、そうみたいですね……使ってみます?」
「いいの? じゃあ遠慮なく」
アインに差し出された漆黒の魔剣を手に取り、眺める。軽く振ってから埋め込まれた深紅の宝石をぺたぺたと触りつつ、彼女は言った。
「良い剣だね。切れ味も鋭くてしかも軽い。その『ファイア・ドライバー』だっけ、それが使えなくてもこれは武器として一流だよ」
「あ、ありがとうございます」
べた褒めのレヴィに思わず照れ笑いで礼を述べるアイン。思い入れがあるわけでもないが、それでも使っている剣が上等であるというのは冒険者として、剣士としては嬉しいことだ。
「セーマくんも振ってみる?」
「いえ……俺はこの間ちょっとだけ使わせてもらいましたし。例の通り魔に止めを刺すのに」
「あ、そうだったんですね」
当時、酷い怪我を負ったために止めはセーマに任せたアインだったが、どのようにして決着がつけられたかは知らないでいたため、少年は声をあげた。
それに頷いてセーマは笑う。
「ああ、勝手ながら使わせてもらったよ。どうあれ奴をあそこまで追い詰めたのは他ならぬ君だから、君の武器で仕留めるのが筋合いだしね」
「そこまでお気遣いいただいてたんですか……ありがとうございます」
何やら配慮をしてくれていたことにアインが改めて礼を述べた。
正直なところ、別にそこまで気を遣ってもらわなくても良かった程であるのだが……セーマがそこまで筋合いを通してくれたのだ、その義理堅さそのものが少年冒険者にはありがたかった。
「それで、今日はアインくんの腕を確認しに来たんだよね。具体的にどうするの?」
レヴィが尋ねる。ここまでアインと魔剣の素性を知ったのだ、自分も彼の実力を見てみたい、という思いが彼女にはある。
それに対してセーマはあっけらかんと答えた。
「とりあえず俺が相手しようかと思います」
「……セーマくんが? 大丈夫?」
物憂げにレヴィが言う。何やら懸念があるらしく、その顔は微妙に翳っている。
不安を覚えたアインが問う。
「大丈夫って、何がです?」
「実力差ありすぎて、勢いでアインくん殺っちゃわない? 君にかかれば棒切れだって亜人の首を簡単に落とす業物になるのに」
「……ええっ!? 僕の首チョンパ!?」
「しませんけど!?」
深刻な口ぶりを受けて己の首に手を当てるアイン。何しろ『出戻り』の実力者だ、本当に亜人の首を落とすように自分の首もすっ飛ばされかねないと彼は震える。
そんな少年に思わずセーマは叫んだ。あまりに酷い物言いだ……顔をひくつかせて彼は抗弁した。
「あのですねレヴィさん。たしかに亜人の首くらい、そこらの枝でも落とせますけど」
「落とせるのね、やっぱり……」
「あわ、あわわわわ……」
「落とせますけど! 加減だってちゃんと弁えてますから! そもそも、俺の方は攻撃しませんし」
何やら誤解があるレヴィとアインに強く訂正する。セーマは以前、ゆえあってレヴィの目の前で亜人の首を叩き落としたことがある……そこから派生した思い違いなのだろう。アインに至ってはすっかり信じきって怯えている。
セーマの方は攻撃しない、その言葉を受けてアインは今しがたのセーマの言葉に反応した。
「え、セーマさんは攻撃してこないんですか?」
「ああ。今回はアインくんと魔剣の能力について知りたいから。君がタフで防御技術もあるのは、先の亜人相手に持ちこたえたことでもう分かってるしね」
説明するセーマ。
今回知りたいのは『魔剣を用いるアインに何ができるのか』である。別段こちらの攻撃をどう捌くか、どこまで耐えられるかなどの防御面については求めるところではないのだ。
「なるほど、それなら安心ね。アインくん、セーマくんはとんでもなく強いんだから、どーんと胸を借りちゃいなさい!」
「は、はい! よろしくお願いします、セーマさん!」
「こちらこそ、お手柔らかに──」
「──ふん、下らん」
アインが攻撃するだけで、セーマからの反撃がなければ大丈夫か。そう考えてアインの背を叩くレヴィの横から、侮蔑の声音が響
声の主はレヴィの隣まで来て、その美しい顔に冷笑を浮かべた。ヴァンパイア姉妹の片割れ、リムルヘヴンだ。
「荒野まで来てやることがサンドバッグごっこか。オーナーの主と称しておいて嘗めた真似をする」
「リムルヘヴンちゃん……」
「ちゃん付けをするな!」
馴れ馴れしいとばかりに叫ぶ。カジノ『エスペロ』へはかつて何度か行ったことのあるセーマで、それゆえ姉妹とも面識があるのだが……妹のリムルヘルはともかく、姉のリムルヘヴンはセーマに非常に敵対的だ。
元よりヴァンパイア以外の種を軒並み見下す、ヴァンパイア至上主義者であるのも一因なのだが……それ以上に敬愛して止まないオーナー・アリスがメイドとして傅いている男、というのがより気に障っているらしかった。
リムルヘヴンはセーマを睥睨し、そしてアインを見る。
その冷たい眼光に、思わずアインは息を呑む。
「魔剣だと? 亜人を一対一で倒しただと? 人間風情が生意気な。面白い、私が相手してやる」
「え……えええ!?」
「何を!?」
「ちょっとリムルヘヴン、あんたいきなり」
驚きの提案がなされて驚くアイン。すかさずセーマ、そしてレヴィが声を揃えて制止しようとした。
どういうつもりかは分からないが、リムルヘヴンがアインに手加減するとも思えない。あるいはそれこそ本気で殺しかねないのではと危惧する二人だ。
にわかに緊迫の空気が醸し出される。そこにアリスが近付き、取り成してきた。
「ご主人……すみませんが、ここは任せてやっていただけませんかのう?」
「アリスちゃん?」
「今や『エスペロ』を出たとはいえ昔からの好ですじゃし……こやつに経験を積ませてやりたいんですじゃよ」
それは、あるいは親心とでも言うべきものかも知れない。
最近冒険者として独立した、かつての部下……できる限り成長の機会は便宜を図ってやりたい。それ故に頼み込むアリスに、セーマはふむと考える。
「殺し合いになるのは論外だし、そもそもアインくんがそれで良いならの話になるんだけど……」
「僕は大丈夫ですよ。ただ、こないだみたいに病院送りは勘弁ですけど」
快諾するアイン。それを受けてアリスは謝意を示して頭を下げた。
「アイン少年……すまんのう、助かる。安心しとくれ、危険となればわしが即座に止めるでな」
「もちろん俺も止めるよ、アインくん。だから安心して、全力で戦ってほしい」
「は、はあ……わかりました。えーと、頑張るぞー」
アリスとセーマ、二人の実力者に身の安全を保証されたことでアインが曖昧な様子で意気込んだ。やはり命がかかれば腕試しどころではないのだ。
それを見てから、アリスは短く呟いた。
「おい、リムルヘヴン」
「は、はいっ!」
鋭く叫ぶアリス。それに反射と言わんばかりに反応し、リムルヘヴンが直立不動となる──『エスペロ』にいた頃からの反応だ。本気のアリスを前にしては、彼女はいつもこうなってしまう。
固唾を飲むリムルヘヴンに、アリスは静かに告げた。
「分かっとるじゃろうな? ご主人の予定に割り込むんじゃ、それこそ舐めた真似は許されん」
「は、はっ」
「アイン少年を殺そうとしてみい、わしがお主を殺してやる。わしがこの手の台詞をただの脅しで言うことなどないと、お主なら分かるじゃろう」
「はっ──」
声音が本気であることに、リムルヘヴンは、いやその場にいるセーマ以外の全員が背筋を凍らせていた。
間違いなくアリスは、リムルヘヴンがアインを殺そうとした瞬間に彼女を殺すだろう。そう思わせるだけの気迫が込められている言葉だった。
森の館のメイドが一人、そしてカジノ『エスペロ』オーナー・アリス。
ヴァンパイア世界における最強存在。生ける伝説とまで称される彼女の、その力の一端が示されたのである。
「まあまあ、アリスちゃん落ち着いて。そこまで言うならリムルヘヴンちゃんにお願いしよう。危なさそうなら、俺が二人を止めるから」
「ご主人……寛大なお心、まこと感服いたしますじゃよ」
そんな凍り付いた空気も構わず言うセーマに、アリスはふにゃりと相好を崩した。
弛緩する雰囲気。氷のように冷たく張り付いた空気が霧散し、大きく息を吐く一同にセーマは告げる。
「そうと決まれば、さくっとやろうか。アインくん対リムルヘヴンちゃん……いやー何か、不思議なカードだなこれ」
「ふん……亜人を超える人間などいない。ましてやヴァンパイアを超えるなど」
「えっと……目まぐるしいけど、頑張るぞー」
魔剣を操るアインと、ヴァンパイアのリムルヘヴン。
両者それぞれの反応を示しながら、こうして腕試しは始まるのであった。
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