集う旧知、重ねる言葉
マオの魔法『グランドアース』に反応してか、急速に近付いてくる人間一人と亜人が二人。
しばらく様子を見ていたセーマたちだったが、いよいよ気配が近付いてくるとなると少し身構えた。
「たぶん知り合いだろうけど、誰かまでは特定できないな……アリスちゃん、何か分かる?」
「亜人の方は察しが付きますが、人間の方は分かりませんのう。しかしあやつら、ってかあやつが人間と行動を共にするとも思えませんゆえ、困惑しとります」
どうやら亜人の方には見当を付けたらしいアリスだが、しかしその顔は猜疑に満ちている。
余程、信じがたい知り合いが来ているのか? 言葉通りに困惑している彼女に、セーマも若干ながら戸惑いを見せた。
「何だ、勿体ぶるなよアリス。私らの知ってる奴かい?」
「さっき勿体ぶって、アイン少年にえらいもん見せよった奴が言うことか……知っとるよ。ついこないだまで『エスペロ』におった奴じゃ」
「……『エスペロ』って、カジノですよね?」
「応よ。未成年は保護者抜きにゃ入れんから気を付けいよ、少年」
「──まさか」
「ほほう?」
アインの言葉に頷くアリス。セーマとマオはそこでようやく、その気配が誰であるかに気付いて声をあげた。
同時に──姿を見せる、その者たち。
「ってあれ、セーマくん!?」
「オーナー! やはり貴女でしたか」
「おっひょーぅセーマさーまちーっす! オーナーも元気ー!?」
「え……あ、え!?」
それぞれセーマたちに反応を示すのは、三人の女。
ブロンドのセミロングが特徴的な、どこか勝ち気な印象を受ける顔立ちの人間の女性は驚きに表情を染めている。
そしてその隣に並んでいるのは、見た感じセーマやアインとそう変わらない年頃に見える銀髪で色白の美少女が二人。背丈も顔立ちもまったく同じで、しかし片方は仏頂面でもう片方は陽気な笑顔でとまるで異なる表情を浮かべている。
いずれもセーマたちの知己だ……当然ながらアインは知らないため、セーマに誰何を問う。
「あの、お知り合いですか?」
「あ、ああ。知り合いの先輩冒険者の人と……アリスちゃんもさっき言ってたけど、こないだまでカジノで働いてた姉妹のヴァンパイアだよ」
「せ、セーマくんに先輩って呼ばれるのもこそばゆいわね……」
答えるセーマに女が答える。背丈の何倍もある特大のハンマーを背負い揺らす極めて特異な出で立ちのまま、彼女は言った。
「私はレヴィ。A級冒険者よ。こっちは最近冒険者になったリムルヘヴンとその双子の妹さんリムルヘルちゃん」
「ハロハロー、リムルヘルちゃんでーっすヘルちゃんって呼んでねーっ!」
「……っち」
名乗りをあげる女たち二人──レヴィとリムルヘル。リムルヘヴンはそっぽを向いて舌打ちなどする態度の悪さだが、それはさておいてアインも頭を下げて挨拶する。
「あ、アインと言います。半年前に冒険者になりました、F級冒険者です。よろしくお願いします!」
「うん、よろしくねアインくん……それにしてもまさか、こんなとこでセーマくんに会うなんてね」
名乗りもそこそこにレヴィがセーマに言う。危険地帯であり、しかも広大な荒野でこうして知り合い同士が鉢合わせするというのも中々稀なことだ。
奇遇なる巡り合わせを嬉む彼女に、セーマも応えた。
「こっちも驚きました……さっきの大振動に反応してこっちに来たんですか?」
「そうそう! 何だったのかしらアレ……もしかして、セーマくんたちもそれを探りに?」
「いえ……むしろ起こした方でして」
「……?」
よく分からない物言いにレヴィは笑顔で首をかしげた。それもそうだろう、先程の振動をセーマたちが起こしたなどと……多少その実力を知っているとはいえ信じられない話だ。
「オーナー、お元気でしたか?」
「まあのう。しかしお主ら、人間と組んどるのか」
「……アレが勝手に世話を焼いてくるだけです、鬱陶しい」
一方でアリスとリムルヘヴン、リムルヘルの会話も行われている。
レヴィと行動を共にしていたらしい、この二人──取り分けリムルヘヴンに意外なものを感じてアリスが言うのだが、彼女は心底から嫌そうに言葉を返した。
「いきなりやって来て先輩面なぞしだして……『破鎚』だかなんだか知らんが人間風情が何を舐めたことを」
A級冒険者として、『破鎚』と呼ばれるレヴィを睥睨してリムルヘヴンがぼそりと呟く。
対してリムルヘルは満面の笑みを浮かべて声高に叫んだ。
「レヴィ姉ちゃんさんには色々と揺りかごから墓場までー! ママ、ママーって感じでー!」
「何を言ってるのか分からんが……あんな輩はいらん。私たちは二人でやっていけているだろう、ヘル」
頑なにレヴィを否定するリムルヘヴン。
レヴィに限らず人間に対しては、いやさヴァンパイア以外に対しては等しくこのような侮蔑的、差別的な言動をとるのがこの美しい双子の姉妹の片割れが持つ悪癖である。
一方でニコニコと笑い奇妙な物言いばかりのリムルヘル。
彼女は彼女で、良く言えば奔放、悪く言えば少し頭の箍が緩いような言動が多かった。
双子ゆえ瓜二つの外見に、しかしまるで別の方向に問題のあるこの姉妹。
共通点は揃ってアリスに対し従順であることくらいだろうか……最近になり『エスペロ』を出奔し冒険者稼業を始めた彼女らを、かつての上司としてアリスはため息混じりに嗜めた。
「ヘヴン……相変わらずの人間嫌いじゃが、そろそろ治さにゃならんぞ、本気で」
「っ……」
「ヘル。お主はもうちょい、こう物言いを一般的にじゃなあ」
「ヘルちゃん的にはー大分ギュッギューッって搾っちゃってたりーお乳じゃないよ? オーナー出ます?」
「出んわアホたれ! ったくこやつらは……」
疲れたようにアリスが頭を抱える。
決して悪い姉妹ではないし、何だかんだ可愛いがってもいるのだが……どうもそれぞれに大きな問題点があるため相手をするのも中々疲れるのだ。
と、そんなやり取りを見ていたレヴィが、目を丸くしてセーマに尋ねた。
「ね、ねえセーマくん? あの二人があんなに懐くって、あの子一体?」
「アリスちゃんですか? 姉妹が働いてたカジノのオーナーですよ。今は俺のところでメイドもしてもらってます」
「『エスペロ』の……!? なるほど、それはああなるかぁ」
感嘆の息を漏らす女冒険者に、やはりこの人もあの二人には手を焼いていたのかと遠い目になるセーマ。
A級冒険者の人間と新人冒険者の亜人と。
何がどうなって行動を共にしているのか……これまでまるで接点もなかった両者の関係がひどく気になる。
「何だか、一気に賑やかになりましたねぇ」
「人数が倍近くになったんだから当然だろ……はい君ら注目ー。とりあえずもう少し落ち着けるところで話をしようぜ」
アインがのほほんと呟く中、マオが軽く柏手を打ち注目を集め提案する。さすがかつては亜人たちを率いた魔王というべきか、館においても時折こうしてリーダーシップを発揮する機会のある彼女だ。
「そうだな。そろそろ昼も近いし、陰になるところででも食事がてらゆっくり話をしよう……良いですか、レヴィさん」
「もちろん! さっきの地震についても聞きたいしね。あんたらも良いでしょ?」
「勝手に決めるなと言いたいが……オーナーとご一緒できるなら従ってやる」
「闇鍋食いてー!」
「こやつらは……はあ、すまんのうレヴィとやら」
各々、会話しながらマオに呼応する。
さしあたりは荒野の岩肌でできた影──そろそろ夏めいてきたこの季節にあって、多少でも涼を得られそうな場所を求めて。
それなりの大所帯と化した一行はまた、歩きだしたのであった。
「白骨の山……賊どもがそんなことに」
「状況からの推測ですが、まあ間違いないでしょうね」
岩陰にて七人、広げられたシートの上に座る。
アリスが用意したものだ……昼は元より、荒野で行うものと決めていたため、用意も万端だ。
予め作って持ってきていた軽食の数々が瞬く間に冒険者たちの腹の中へ収まる。サンドイッチに肉の干物に野菜にと、品質は良いがレパートリー自体はまさしく簡易的なそれらを頬張る面々。
「まいったのう……四人分を七人で食べることになるとは」
「オーナー! 我々の方も食事はありますのでご安心を」
「ヘルちゃん特製、泥のようなお粥さんどぞー」
「う……まあ背に腹は代えられんか。おう、食え」
「何で私なんだよ! お前が食えよ!」
見るからに味に対しての期待を放棄せざるを得ない、そんな泥じみたペーストを差し出されたマオが叫ぶ。
結局それらはヘヴンとヘルが食べることになったが……そんな彼女らのやり取りを眺めつつ、セーマ、レヴィ、そしてアインは話し合っていた。
「まさか地震まで起こすなんて……『剣姫』リリーナさんや『疾狼』ジナさんに『エスペロ』のオーナーに加えてそんなのまでいるなんて、セーマくんは身内までとんでもないのねえ」
「はは……まあ、さすがにそこまで無茶苦茶やるのはマオだけですが」
先の大振動を引き起こしたのが、他ならぬセーマと仲間たちであることを知らされてレヴィが苦笑する。
『勇者』であったことは知らずとも、かつてセーマの実力を目の当たりにした経験のあるレヴィだが……それでも今回のスケールには特に驚いたようであった。
「レヴィさんこそ驚きましたよ。まさかリムルヘヴンちゃんやリムルヘルちゃんと行動を共にしてるだなんて」
「たまたまギルドで出くわしてね……ビックリするくらい態度悪いからついつい口出ししてたら、いつの間にかこんなことに」
一方で驚いたのはセーマも同じだ。レヴィとリムル姉妹……それぞれ別口で知り合いだった者たちが、こうしてパーティーを組むまでに至っているのだから。
もっともその理由からしてあまり仲良くはなさそうだが、それでも人間嫌いのリムルヘヴンがある程度行動を共にしているのだ。まるで予想できないものだったとセーマは吐息を漏らすばかりだ。
「それにしても、荒野の調査でブッキングするなんてねー……注目度の高い案件だから仕方ないけど、それがまさかセーマくんたちだなんて」
レヴィが呆れたように笑う。三人がここに来た理由もまさしくセーマたちと同じもので、突然に消えた賊の行方を調査する依頼を受けてののだった。
依頼抜きの、個人的な調査であるセーマたちとは違いギルドからの依頼で動いていた彼女たちにセーマは頭を下げる。勝手に白骨を埋めたことへの詫びだ。
「俺たちはアインくんの腕前をたしかめるために今日、ここにいるんですが……ああいうものを見た以上、なるべくなら弔いくらいはと。依頼の邪魔をしたみたいですみません」
「あ、良いの良いの! そんな白骨の山ならむしろ、さっさと埋めてくれて助かったわ……ギルドの報告だけ私たちと行ってくれればそれで良いから」
「もちろんです」
無論、帰還後にギルドへの報告は行うつもりだったので快く頷くセーマ。
となればさっさと、本来の目的を果たすべきかと考えるのであった。
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