広がるは地獄、弔いに震えよ大地
荒野のとある地点、不自然に白く染まった場所。
しばらく歩いた先にそこへ辿り着いたセーマたちは、改めて間近でそれを見た。
「あー……」
「これ、は」
「ほらー。子供には見せたくないだろ?」
「そう思うんならちゃんと言わんか、アホたれ!」
意味深だった先のマオの言葉に得心するセーマと、絶句するアイン。
そしてそら見たことかと言わんばかりなマオに向け、アリスは叱咤と共にその脳天にチョップを見舞った。
そこにあったのは、骨。
無数の白骨がところ狭しと一面に積み重なっている、異様な光景であった。
ほとんど骨の山と言って良い程のそれらは、ある程度の期間野晒しにされていたためか、いくぶん朽ちているようにも思える。
不気味を通り越して異常ですらあるその光景。髑髏があちこちに混じっているところから、骨が動物のものではなく人骨なのだということが窺えた。
「大丈夫か? いくら何でもこういうのは、冒険者だってそうそう見かけるものじゃない……気分が悪くなってもおかしくない」
セーマが呟く。何よりもまず、アインの精神状態が気にかかった。
少年冒険者はさすがに多少、戦慄したようだったが気丈にも応える。
「え、ええ。少しその、怖いですねここまで来ると。でも、負けません」
「……無理だけはしちゃいけないぞ。こんなもの見慣れる方がおかしいんだ、きっと」
冒険者としてか、男としてか。意地を見せるアインの肩を優しく叩き、セーマはさておき散らばる骨の山へと近付いた。
驚く程の人骨……戦争でもここまでおぞましい光景は無かったと思いつつ、具にそれらを眺める。
「……腐臭はあまりないな。肉片もよく見ればちょっとは残ってるが、ほとんど骨だけだ」
「ふむ? 野生の動物どもが食んでいったのか。言っちゃなんだがご馳走の山だったろう」
「この辺、餌とか少なそうですもんね……」
いくらか検分を行う。死臭や腐臭のような、死んで間もない身体から放たれる不快な臭いはしていない。
それなりに長い間放置され、多くの野性動物たちがその死肉を食んでいったのではないかとセーマたちは推測を重ねた。
「一月前にはいた賊どもが消えていて、そして現在広がる人骨の山……こりゃーご主人、状況的にはこれらまるごと賊の成れの果てと考えるべきですかのう?」
「一月足らずでこうもなるものか、という疑問はあるけど可能性は高いね。ほら、いくつか頭蓋骨、角が生えてる」
セーマが手近な頭蓋を指差す──さすがに触れたり持ち上げたりするのは躊躇われた──そこに見える、人間の頭蓋骨にはまずあり得ない突起。
ちょうど額の辺りに突き出ているそれは、紛れもなく元は亜人であったことを示していた。
「亜人の白骨死体、ですか……初めて見ました」
「ふむ、たしかに珍しいのは珍しいな。普通こうなる前に焼いて灰にするか、土の中に埋めるかだ。鳥葬だのもあるが、あれも一部の亜人特有の宗教文化だしな」
「そうなんですか……亜人も種によって色々違うんですよね?」
「そりゃね。人間だって住んでる土地によって文化が違うだろ。それと一緒だ、どこでもまるごと同じだなんてありやしない」
おっかなびっくり感心するアインにマオが反応した。そしてこの世界における葬送の儀式について軽く述べていく。
先の戦争でも人間、亜人問わず大量の死者が出たものだ。とはいえ大抵の場合、どちらかの陣営によって定期的に葬送はなされていた。
すなわち敵味方問わずの火葬である。
倫理的な観点からの措置というのもあったが、それ以上に死体を放置することで疫病が蔓延する事態を、両陣営共に危険視したがゆえの取り決めである。
これに限らず非戦闘地域や中立地帯の取り決めなど……戦争にも案外ルールがあったことを思いだしつつ、マオは更に辺りを見回して言う。
「問題はここで何があったか、だね。武器があちこちに転がってるから、戦闘があったのは分かるんだが……」
見れば剣やら斧やら弓やら矢やら、白骨に紛れてあちこちに武器が転がっている。
何かしら戦いがあったのは間違いないのだ。そこを踏まえてアリスもふむと考えた。
「賊同士の抗争かのう? それとも別の勢力とでもドンパチしたんじゃろうか」
「王国騎士団でしょうか?」
「それならこんな雑な痕跡は残さないさ、アインくん。討伐した賊の亡骸を荒野に野晒しにしたままなんて騎士団がするはずない」
「騎士のお行儀は宜しいですからのう」
嘯くアリス。王国の治安維持を司る戦闘集団である王国騎士団の規範は厳格なことで知られる。
たとえ相手が犯罪者だろうが無法者だろうが、騎士としての礼儀に則って扱う……そのような性質の集団なのである。死体を野晒しになど絶対にしないと確信できるセーマたちだ。
「それじゃあ冒険者が? あ、でも荒野から賊が消えたって噂、ギルド内でも不思議がられてましたね……」
「賊同士の抗争にしたって、ここまで大勢の死人を出す程の本気の殺し合いに発展するとも思えない。それに勝った方がこの辺りを支配してるような気配もない。不自然だね」
「ふーむ……案外、通りすがりの腕利きどもが賊どもを皆殺しにして去っていった、とかかのう」
ああでもないこうでもないと推測を重ねるが、どうにも判断材料は乏しい。
軽く息を吐き、セーマが言う。
「ま、この状況からは何とも読み取れないな。何かしら戦いがあって、そのせいで賊が壊滅したらしいことくらいか」
「それだけでも上等な調査結果だろうさ……君のことだ、どうせギルドにも知らせるんだろ? 今後荒野をどうするかなんてのはギルドと国に任せれば良い」
「だな。とりあえずここを離れよう。あまり長居していてもいい気分になる場所じゃないし」
いい加減、白骨死体の山と向き合うのも精神衛生上よろしくはない。
後はギルドに任せることにして、セーマたちはその場を後にせんと踵を返した。
少し離れ、心なしか心地が楽になってきたところまで歩いてから。
心底からホッとしたように息を吐くアインを軽く見やってからセーマはマオに頼んだ。
「すまんがマオ、彼らをきっちりと葬ってやってくれ」
「あ? 良いのかよ勝手にやって。後でギルドに怒られないか?」
「あのまま無惨な姿を放置しておくのはあんまりだ。ああいうのを見たからには、賊だろうが何だろうが最低限の弔いくらいはしよう」
そう呟くセーマの目は哀悼が籠められている──たとえ悪人でも死んだ後、誰にも気にも留められずにただ野晒しのまま、朽ち果てていくのはあまりにも寂しいように思えたのだ。
彼の勝手な感傷であり自己満足ではあったが、マオは静かに頷いた。
「良いだろう。物言わぬ骨どもとは言え見苦しいのは見苦しいからね。ここは一つ、マオさんが綺麗さっぱり片付けてやろうじゃないか」
「マオさん? ……もしかして、さっきの瞬間移動のようなことを」
「下がるぞアイン少年。こやつの技はモノによってはこっちも危険じゃからのう」
「は、はあ」
アリスに慌てて促されて更に後方へと下がるアイン。やはりまた何か、超常の事態が引き起こされるらしいと察して彼の視線はマオに集中した。
一方のマオは少し離れた白骨に向き直りおもむろにしゃがみこんだ。そっと大地に手を触れて、傍らのセーマに言う。
「土葬で良いだろ? お望みとあらば火葬でも……何なら水葬でも良いけど」
「土葬で頼む。もう血も肉もほぼ残ってなさそうだったからな。骨だけなら灰にせずとも埋めるだけで良いさ」
「了解。ちなみに君の故郷はどうだったの? こういう葬儀のやり方と言うか、死体の処理は」
「うん?」
段取りを説明するセーマにマオが尋ねる。異世界の葬儀について……何となく聞いてみた程度の好奇心だったが、存外真面目に彼は応える。
「……基本は火葬だった気がするな。ありがたいことに家族全員健康だったから、葬儀に参加することもなくて」
「ほー、世界は違えど燃やすのな。そこそこ興味深い……や、余談だったな。じゃあ始めるよ」
世間話は打ち切って、マオは集中した。
『魔王』にのみ許された術の行使──星そのものに干渉する奇跡の法の発動のためだ。
これまでに何千、何万とこなしてきた手順。世界を変えるイメージで、彼女はキーとなる言葉を放つ。
「『グランドアース』」
その瞬間、大地が姿を変えた。
骨の山の下、地面がうねる。激しい振動と細かな振動とが二重に合わさり、固い荒野の土を解すように細かい粒子に変えていく。
やがて白骨たちが土砂にまみれて埋もれる中、まるで波のように土地そのものが蠢いていた。
「うわ、うわわ」
「ほー……器用な真似もできるんじゃのう。見栄えは相変わらずの派手さじゃが、骨を丁重に扱うだけの繊細さも見える」
振動する大地に思わず声をあげるアインと裏腹に、アリスは感心した……乱暴に見えて白骨を極力傷つけまいとするマオの手際が、思いの外良かったことに驚いたのだ。
それはマオのすぐ横に佇むセーマも同様であり、意外そうに目を丸くして呟いた。
「マオ……やるなあ」
「いや君らな。揃って人を無法な乱暴者のように言うんじゃないよ……さすがに死者に鞭打つ真似なんかしないってば」
「いや、分かっちゃいたけどさ。ここまで威力を抑えられるとも思わなかったから」
「これで抑えてるんですか?!」
驚きにアインが叫んだ……大地を、少なくともそれなりの範囲揺るがしている現状でさえマオは全力でないと言うのか。
ふふん、と鼻を鳴らして彼女は笑った。
「本気を出せばここら一帯どころか町まで地獄に出来るぜ? 君にそんなことできねーだろやーい!!」
「いやまあ、できませんししたくもないですけど……」
「お前一々アインくんに絡むのやめろ!」
「いい加減しつこいのうお主も……うん?」
どうしても魔剣への対抗意識があるのか、何かにつけ魔法の優位性を語るマオ。
仕方の無い奴だと呆れるアリスとセーマだったが……ふと感知した気配に反応した。
「誰か来てるな。人間一人と亜人が二人」
「え……」
「争っとる感じじゃないですが、走って来とりますのう。今の『グランドアース』にビックリして駆けとるんじゃろうか?」
気配は明らかに徒歩ではないスピードで近付いてきている。特に威圧的な、敵意や殺意は薄いが……
「何か覚えのある気配だ。知り合いかな」
「亜人の方はわしにも心当たりがありますのう。あれ、こやつらまさか……」
「ていうかそんなことまで分かるんですね、気配感知って……」
どこか会ったことのある気配であることに気付いて二人、首をかしげる。
気配感知は親しい者ならば個人を特定することまで可能だし、そうでなくても知人くらいならば既視感を覚えるくらいはできる。
こんなところで人間と亜人が敵対するでもなく駆けて来ている。それも、どこかであったことがある感じだ。
疑問に思いつつしばらく待つ、セーマたちであった。




