いざ荒野へ、発動せよ『魔法』!
「それで、今日は荒野に行くんですか?」
「ああ、前にも言った通りだね。荒野で少し調べものをする予定だよ」
歩きながら問うアインにセーマが答える。
店を出て大通り、人の行き交う中をゆっくりと進んでいる最中でのことだ。
セーマの隣にアインが並び、二人の後ろをマオとアリスが続いていた。
やはり衆目を感じる……セーマを除けば美男美女の集まりだからだろう。いたって普通な顔つきのセーマとしては、微妙にアウェイな心地にならなくもない。
とはいえ無視しようと思えば十分、無視できる範囲だ……彼は続けて言った。
「ちょっとだけアインくんと、練習試合みたいな感じで戦いたいと思ってさ」
荒野へ赴く目的は調査がすべてではない。むしろ本命は今述べた通り、アインの強さを確認することである。
それを聞き、不思議そうにアインが首をかしげた。事前に聞いてはいたが、やはり奇妙な用件に思えたのだ。
「僕は構わないですけど……何でまた?」
「君の実力を知っておきたいからだよ。『魔剣』を巡って、何やら騒ぎが起きそうだからね」
アインと彼の持つ『魔剣』を巡り、暗躍している亜人たち。
もうこの世にはいないが通り魔亜人に加え、セーマが警告した亜人、アインに魔剣を渡した亜人と複数回遭遇しているのだが……連中の目的や規模が掴めていない以上、何をしてくるにしてもその対応はどうしても後手に回ることが予想される。
だからこそ今の内に騒動の中心人物であろうアインの能力を測っておくべきと考えたのだ──つまりは彼の手に負えない事態であるか判断するための、基準線の構築であった。
「アインくんには堪ったものじゃないだろうけど、どうも今回の騒動は長引きそうな気がしてるんだ、俺」
「え……と。騒動って、僕と魔剣のことですよね」
「そうだね。何やら質の悪いのが絡んでそうな臭いがしててさ。今のうちに出来ることはしといた方が良いかなーと思って」
「ふえー。何だかすごいですねえ」
気の抜けた顔と声で感心するアインに苦笑を漏らす。あるいはこのくらい、肩の力が抜けている方が良いのだろう……そう思う。
既にセーマには、この騒動がそれなりに大規模なものになりそうな予感があった。
連中がアインと魔剣の組み合わせに何を見出だしたのか、どこへ到達させたいのかは知る由もないが……亜人連合のような王国中枢部の一部とまで繋がっている輩が絡んでいるのだ、単なるお遊びや悪ふざけでないことだけはたしかだろう。
事態が長く大きくなればなるだけ、渦中のアインへの負担も否応なしに増していく。
そうでなくとも魔剣などという得体の知れない代物を持たされているのだ。周囲の者たちが彼をサポートする必要があると、セーマはそう感じていた。
実際、ギルドの方でもそのような話になっているのか対策チームが組まれており──一連の捜査からアインのサポートに至るまで、万事行う構えを見せているらしかった。
そのような話をすると、アインはそこでようやく目を丸くして、
「え、えぇ……? 何か、とんでもないことになってません?」
などと不安げに言う。
新米冒険者が直面するにはあまりにも大規模な騒動になりつつあるのだから、その困惑も然もありなんという話だ。
「ギルドがそんな風に本腰入れるなんて、ちょっと予想もしてなかったです……」
「若い、なりたての冒険者が既に犠牲になってるからね。ギルドからしてみれば喧嘩売られてるどころの話じゃないんだ、総力挙げて対処するさ」
セーマが解説していく。
言う通り、もう犠牲者がいる案件であった……年若い少年が数人教われ、うち一人に至っては殺されてさえいる。この時点で既に、ギルドとしても断じて見過ごせない事態であるのだ。
「普通に依頼遂行の最中、亜人と交戦して殺されたとかならこうはならなかったんだろうけど……今回は明らかに新米冒険者だけを狙っての襲撃が続いた。アインくんからの報告で裏付けも取れてるし、対策すべき事態と判断したんだね」
「冒険者なんて荒くれ寸前の武闘派どもを管理・維持しとるのがギルドっちゅう組織じゃ。舐められたら成り立たん商売柄、その手の報復にはすぐさま乗り出しよるでな」
セーマの説明に補足する形でそう言い足したヴァンパイアメイド・アリス。
更に続けてしみじみ呟く。
「ま、組織なんざどこもそうじゃが、身内に手ぇ出されたら基本やり返すもんでな。そうでなければ求心力を失う……いざという時に頼りにならんようなとこ、誰も付いていかんじゃろ?」
「な、何だか詳しいんですね、アリスさん」
妙に実感の篭ったアリスの言葉にアインが感嘆の声をあげた。
小さな女の子の見た目だが、話す内容は大人びていてしかも口調は年寄りじみている。そんなギャップにどうにも目を白黒させていると、マオが更に驚くべきことを告げたのだった。
「そりゃ詳しいさ。何せこのアリス、副業でカジノのオーナーなんかやってるからね」
「へぇー、カジノですか。そりゃすごい……って、えぇ!?」
「『エスペロ』って名前、知らないのか? この辺りじゃ有名だと思うんだが」
「き、聞いたことくらいはありますけど。オーナーって、えぇ……?」
地下カジノ『エスペロ』……王国南西部地下に広がる大規模な賭博施設。
メイドとして館に来る前からアリスがオーナーとして運営を行っている、はるか100年近く前から王国の経済にも影響を及ぼす老舗のカジノだ。
人間に友好的な亜人のみで運営されているというその施設の、まさかオーナーがメイドをしているとは思いもよらず……アインはいよいよ目を白黒させた。
ぽりぽりと頬を掻き、アリスが言った。
「今じゃほぼ隠居しとるから気にせんでええ。ま、それゆえ多少はギルドの気持ちが分かるってだけじゃよ」
「は、はあ。セーマさんの周りって、すごい人ばっかりなんですねえ……」
「いやーははは。縁と幸運に恵まれまして」
感心やら畏怖やら見せるアインに、セーマは笑って答える……彼やソフィーリアとの縁もまた、幸運に恵まれたものなのかもしれないと思いながら。
一行は門を抜け、そろそろ町の近郊へと向かいつつある。
人気のない場所だ……昼前くらいには冒険者の姿も見なくはないのだが、如何せん早朝に過ぎた。
「あの、荒野まで歩いていくんですか? ちょっと遠いような……」
不安げにアインが言う。彼の言うように、ここから荒野まではそれなりに距離がある。徒歩で行けば数時間はかかるだろう。
まさかとばかりに戦く少年冒険者に向けて、セーマは笑ってその肩を叩いた。
「もちろん歩きじゃないさ! さすがにそんなちんたらもしたくないしね」
「で、ですよね! じゃあこの辺りに馬車でも停めてあるんですか?」
「いや、特に何もないよ……今日はね、とっておきの送迎役がいる」
「え」
言うと同時に振り向くセーマに、続けてアインも向き直る。
視線の先、エメラルドグリーンの長髪が陽の光を浴びて煌めいた──マオだ。
ふふんと笑って彼女は言う。
「送迎役のマオさんだよ。お値段は時価だ、気分によるから財布の紐は緩めておけよ」
「アインくんから金取ろうとか思ってるんならお前、しばらく飯抜きだぞ」
「思うか! 冗談だよ! ったく、こんな見るからに金の無さそうな小僧から搾り取るマオさんじゃないぞ!」
「金持っとる相手なら取る気なんかお主……?」
いつもの調子でやり取りする三人とは裏腹に、アインは戸惑うばかりだ。
ここから荒野まで、マオが連れていくと言う……一体何のつもりかさっぱり分からないのが本音のところだった。
「あ、あの?」
「ああもう、いいから行くぞ。ほら、手を繋げ諸君」
「ご主人、お手を拝借」
「アインくん、握手握手」
「え、え? は、はあ」
言われるがまま手を繋ぐ。アインはセーマと、セーマはアリスと。
そしてアリスがマオの手を繋ぎ、四人全員が繋がることとなった。
マオがぼそりと呟く。
「『ファイア』だけじゃないからな、私は」
「……え?」
「星の化身、大自然のバランサーたる『私』に与えられた万能能力は、断じて種火を起こす程度じゃないことを見せてやる。よーく目に焼き付けておけよ、魔剣野郎」
「何を、マオさん?」
言っていることのよく分からないアインが、聞き直すのも構わず……マオは呟いた。
「『テレポート』」
瞬間、ぶれる視界──変わる景色。
一瞬にして変化した光景がどこか、思い至る前に……アインの脳は思考を止めた。
「──」
「はい到着ー。さすがマオさん、話が早いね!」
ただひたすらの絶句。
息すら忘れんばかりの驚きに、アインは硬直している。
それ程までに衝撃的だったのだ、今しがた彼を襲った現象は。
草原の緑は一瞬にして赤焦げた茶へと変貌を遂げた。瑞々しい草の匂いも今や、土と砂埃の舞う大地の薫りだ。
なだらかな、どこまでも続く草原の光景が──一瞬にして、荒涼とした岩肌の連なる荒野に成り果てている。
夢か、幻か。あるいは気が狂ったのか?
呆然と佇むアインに、マオが妖しく嗤った。
「見たか! お前に、魔剣なんぞにこんなことできるか? できないだろ。ざまぁーみろ、やーい!」
「子供かお前は!」
「いくら何でももうちょいこう、威厳のある発言をじゃなあ……」
「外野の小言は聞きませーん!」
得意満面に笑う少女にセーマもアリスもすかさずツッコミを入れた。どれだけ魔剣使いを、アインを敵視しているのかと内心で呆れ返る。
あまりにも幼稚な勝ち誇り。しかし当のアインはなおも混乱のただ中で反応できずにいた。
「な、え……あ、え? 嘘、何で」
「おーおー混乱してら、はっははは! 勝った! マオさん大勝利だね!」
「勝負しとらんじゃろそもそも。しかしまあ、驚くわなあ……」
ため息混じりにアリスが呟く。
アインの困惑も無理もない話だった。何せつい先程まで町のすぐ近く、草原にいたはずが……わずか数秒と経たずにはるか離れた荒野にまで辿り着いていたのだ。
意味不明、聞いたことのない事態だ。
いい加減混乱しすぎてクラクラしてきたアインだったが、見かねたセーマがその肩を掴んで話しかける。
「落ち着くんだ、アインくん」
「せ、セーマさん……でもあの、だってこれ」
「マオの能力だよ。詳細は言えないけどあいつはこういう、奇跡じみたことを引き起こせるんだ。驚かせたね」
「き、奇跡って……」
軽く言ってのけられても困惑は消えない。
そんな様子で口ごもるアインに、なおもセーマは続けた。
「ちょっと便利なだけの大道芸くらいに思っとけば良いさ」
「誰が芸人だこの野郎! おひねり要求するぞ!?」
「おお、じゃったら『エスペロ』で働かんか? バニースーツでも着てマジックショーでもすればガッポガッポじゃが」
「誰がするか! 軽口叩いただけで、私は見世物じゃないんだ!」
慰めついでにマオを揶揄すれば、彼女は猛り吠えた。
今しがた見せた瞬間移動の技はまさしく恐るべき奇跡の御業のごとくであったが……裏腹のコミカルな怒り方を見て、アインもようやく少しばかり平静を取り戻していくのであった。




