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朝の町並み、眺めるはステーキ

 数日後、週末。

 まだ陽も昇りつつある朝の町並み、商業区の大通り。

 そこそこに行き交う人々を眺めながら、セーマたちはカフェで軽い朝食を食べていた。

 

「コーヒーにサンドイッチ。良いねこの定番って感じ、落ち着く」

 

 まさしく軽食と言った具合のモーニングセットを食べるセーマ。彼は基本的に少食で、今年26歳になる成人男性としては食べない方だ。

 

「はむ、あむ……うーむ。サンドイッチ一つ取っても、色々とあるもんですのう」

 

 セーマの左隣、寄り添うように座るヴァンパイアメイド・アリスもまたサンドイッチを頬張っている。

 一般的に、日光に弱く人の生き血を啜る夜の帝王……というようなイメージの強いヴァンパイアだが、実際のところはそうでもない。

 

 定期的に人間の血液を接種しなければパワーダウンするのはたしかだが、命を失う程ではない。

 日光や流水に弱いなど、人型知的生命体としてどうかと思うような極端な生態もしておらず──精々が若干、朝に弱い夜型だという程度だ。

 

 それゆえにこのような朝の陽気の中でも、アリスは悠々とサンドイッチを頬張っているのである。

 館の厨房を一手に引き受ける料理班担当責任者である彼女にとって、外食とはすなわち新たな味を取り入れる勉強であり修行でもあった。

 

「そうだねえ。アリスちゃんの作ってくれるサンドイッチも美味しいけど、ここの店のも美味しいよ」

「むむ、負けてられませんのう」

 

 闘志を燃やすアリスを、コーヒーを飲みながら微笑ましく眺めるセーマ。

 穏やかな朝の光景だ……彼の右隣、肉の焼ける音とジューシーな匂いが漂ってくるのを除けば。

 

 ため息を噛み殺して顔を向ける。エメラルドグリーンの長髪が床にまで伸びている美しい少女、マオが肉厚なステーキを前に悪戦苦闘していた。

 重々しいメニューだ……アリスも時折それを見ては絶句している。

 

 とても朝から食べるに適しているとは思えないそのステーキを頬張りながら、彼女は言った。

  

「サンドイッチにコーヒーって……地味すぎ。面白味が無いなあ君ら、ステーキとか頼めよ私みたいに。にしてもこれ、あーくそ。重たいなこれ!」

「ステーキなんじゃから当たり前じゃろ……朝からようやるわ」

 

 げっそりとアリスが呟く。彼女は肉や魚が大の苦手で、野菜やスイーツを好んで食べる傾向にある。

 ステーキなど見ているだけでもうんざりするものでしかないのだろう、努めて視界に入れないようにしているが……それでもやはり、漂ってくる肉の臭いに顔をわずかにしかめていた。

 

「朝でなくともそんな量、食えやしないだろうに何で頼むかなこの馬鹿。案の定半分も食えてないじゃないか」

「せっかくだから一番高いものを頼んだんだよ。今回の金払いは君なんだろ、ご馳走さまだね。あーきつ、もう食べられないかも」

「人の奢りで、しかも残すのか……」

「めちゃくちゃですのう……」

 

 傍若無人な振る舞いのマオに、呆れ返ってセーマが呟く。

 金ならある……戦争の功労者として国からはたっぷりと報酬が出ているし、メイドの中には趣味も兼ねての副業で得た金を館に納める物好きもいる。別にステーキの一枚や二枚大したことではない。

 

 とはいえ、わざわざ残すことを分かっていて注文するというのはセーマからしてみればあまり感心しない話である。

 食べ物を粗末にするな──遠い記憶の果て、もはや顔も名前も思い出せない両親の教えがしっかりと根付いている彼だ。

 

「やれやれ、仕方ないな……食えなくなったらこっちに回せ、俺が食うから」

「お? 悪いねセーマくん、さすが男の子!」

「調子の良いこと抜かしおって、こやつ……」

 

 結局、無理矢理にでも胃に入れることを決意する。中々にハードな朝になりそうだ……とげんなりしていると、そんな彼らに声がかけられた。

 

「おはようございまーす! すいません遅れまして!」

「やあ、おはようアインくん」

 

 振り返ると手を振りながらやってくる少年。赤い髪が特徴的な整った顔立ち……新米冒険者にして『魔剣』の担い手、アインだ。

 待ち合わせをしていたのだ。セーマたちは朝食もあって早めに来ていたのだが、アインは概ね時間通りだった。

 

「ごめんね、こんな朝早くから……そこ、座ってよ。こっちはもう少し時間かかりそうだし」

「あ、どうもー」

 

 さしあたり向かいの席に座るよう促すと、アインは緩く笑ってそれに従った。

 

「ソフィーリアさんは? 今日来ないのかい」

「あ、はい。今日はそれぞれ自由行動なんですよ。四六時中一緒にいると、互いに疲れちゃいますからね」

「そっか」

 

 まるで長年連れ添った夫婦のようなことを言うアインが微笑ましく感じる。

 本当に仲の良いお二人さんだな……と目尻を下げるセーマもそこそこに、アインの視線はステーキに向いていた。

 

「わ、すごい」

「あ? 何だよ人のステーキを。私のだぞ、私の」

「ご、ごめんなさい!」

「チンピラかお前は! ……あ、そうだ」

 

 朝から肉の塊を食らう豪胆な少女に視線をやると、何やら酷い威嚇を受けてしまった。

 慌てるアインを見かねて、セーマがすかさずマオを叱り……そのまま彼は思い付いたように続ける。

 

「アインくん、こいつもう腹一杯で食えないらしいんだ。もし食べ差しで良ければだけど、食べてやってくれないかな?」

「え……美味しそうですし正直食べたいですけど、良いんですかね ?」

「良いわけないだろ! 何だよセーマくん、君が食えよ!」

「食いたくないから言ってるんですけど」

 

 思わぬセーマの提案。言い争う二人を尻目に、アインはステーキを食べられるかもしれない幸運に喜色満面だ。

 何しろ新米冒険者の身では中々ありつけない代物である、期待するのも当然だろう。

 

 加えて言えば実のところ今日、アインは朝寝坊して遅刻しかけたので腹を空かせているのだ。

 食えるなら今日一日、幸せに過ごせる気がする……と、年若の少年冒険者は期待と興奮に胸を膨らませるのであった。

 

「大体だな、一番高いからって食い切れもしないもの頼むな意地汚い」

「奢りだったら誰だってこうするだろ! 一々細かいこと気にするなよ!」

「それで残してたら世話ないんだよ! ……で、食えるのか、まだ」

「う……もう無理」

 

 多少の言い合いの末、ついに限界を認めたマオ。

 それにため息を吐いて、セーマはステーキをアインの手元へと置いた。

 

「ごめんアインくん。失礼な頼みごとで申し訳ないけど、良ければ食べてやってほしい」

「マジですか!? やった、いただきまーす!」

「本当にごめん、今日の夜はちゃんとしたものご馳走するから……」

「!? ら、ラッキー!」

 

 身内も同然のマオの食べ残しをアインに渡す、その失礼さ……申し訳なさに渋面を浮かべたセーマとは裏腹に、一も二もなくアインは肉にかぶり付いた。

 更にその上、夕飯まで保証されたのを聞いたのだ。少年冒険者のテンションは朝から最高潮となるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しかったです、ご馳走さまでした!」

 

 差し出されたステーキを、ペロリと健啖にも平らげたアインが満面の笑みを浮かべた。

 若者らしい勢いのある食べ方だった……マオのように次第に苦しい表情を浮かべるようなこともなく、彼は最後まで食べきってみせたのだ。

 

「ありがとうアインくん、助かったよ……朝からステーキとなると、中々キツくて」

「ご主人は食が細く、わしは生臭の類いは好まぬからのう。感謝するぞ、少年」

「ど、どうもです。ええと……」

「アリスじゃ。先日お主が会ったミリアさんやジナと同じく、森の館にてご主人に仕えておるヴァンパイア・メイドじゃよ」

 

 片目を瞑り、笑って名乗る。見た目はアインよりも年下に見えるアリスだが、仕草は基本的に大人びている。

 名乗りを受けてアインも己を示した。

 

「ご丁寧にどうも、僕はアインです。よろしくお願いしますねアリスさん」

「おう、よろしくのう……つってもあまり会うことも無かろうがな。何せご主人の外出に付き従うメイドはローテーションじゃし」

「ローテーション!? そんなに!?」

 

 目を丸くして驚く。アインからしてみればメイドが付き従っている時点で既にすさまじい話なのだが……その上ローテーションを組まなければならない程に多くのメイドがいるというのだ。

 

 恐るべきは森の館……唖然とした心地で彼は、今度はマオに視線を向けた。

 

「えっ、と……こちらの方も森の館の?」

「メイドじゃなくて、まあ居候みたいなもんだけどね。おい、挨拶しろ今更だけど」

 

 呼び掛けに、面倒くさそうに視線を返すマオ。

 疲れていた──ステーキを限界まで食べたことが祟り、何をするにも億劫な程に気だるさを感じているのだ。

 それでも言われたからにはと、彼女は渋々答えた。

 

「マオだよ。セーマくんの手前だから一応教えたけど、今の君は覚えなくて良いぞ。名が軽くなる」

「はあ……名が、軽く?」

 

 いきなり突拍子もないことを言われ、きょとんとする。

 そんなアインにマオは、満腹感からくる眠気すら覚えながらもおざなりに答えた。

 

「私に限らず何でもそうだが、名前ってのは教えるに値する者にだけ教え、覚えるに値する者だけが覚えるべきだ」

 

 心底からどうでも良さそうに、人々の行き交う大通りを見詰めつつの物言い。

 彼女の持論……魔王としての主張は更に続いた。

 

「それを弁えないでいるとこの世でたった一つ、その存在にだけ与えられた名前の重みが軽薄になってしまう」

「そんなもん、ですかねえ? 僕はアインです、よろしくお願いしますマオさん」

「だから覚えなくて良いってば」

 

 どこまでもつっけんどんな対応のマオ。セーマもアリスもため息混じりにそれを嗜めた。

 

「お前な……もうちょっとこう、社交性ってものを」

「友達とかいなさそうな奴じゃのう……」

「う、うるさいな。私の名前はそこらの木っ端が覚えていて良いもんじゃないんだよ」

 

 二人に言われるとさすがに堪えたのか、多少動揺したようにマオは呻いた。

 初対面で、しかも小憎たらしい『魔剣』を持っている無名の雑魚……そんなアインにはぞんざいでおざなりな物言いだったが、かつての宿敵とその従者にはしっかりと応える。

 恐ろしい程に偏屈だった。

 

「ごめんアインくん、こいつの言うことは気にしなくて良いから。ちょっとその、人との接し方が分かってないんだ」

「あ、いえいえお気になさらず。変わった人だなーとは思いますけど、自信満々って感じですごいなって思いますし」

 

 謝るセーマにアインは笑って応える。

 理屈はあまり分からなかったが、彼女なりの信念を感じた……むしろそこに感心する彼だ。

 度量の広さというか、人間性のおおらかな彼に感謝しつつ、セーマはいよいよ促した。

 

「そう言ってもらえると助かるよ……そろそろ行こうか、うん」

「そうですね。ご馳走さまでした」

「お主もうちょっと、人付き合いってものをじゃな──」

「そう言われてもね、私だってそれなりに行動原理ってものがだね──」

 

 どうにか取り成すセーマを見かねたアリスが、マオに懇懇と言い聞かせる中……一同は金払いを済ませ、店を出るのであった。

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