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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
エクストラ・デイズ『王国魔剣奇譚』
129/129

焔から守護者へと【最終話】

 とある大陸に存在する広大な砂漠、その中心。

 荘厳なる宮殿が聳えるその場所は、人間はおろか亜人でさえ滅多なことでは近づくことのない地域だ。

 たとえ近づいたとしても宮殿を見れば最後、その者は決して生きて帰ることは叶わない──邪悪なる『オロバ』の本拠地たるその場所を、外部に漏らすことは決して許されないのだから。

 

 その宮殿の最深部、大きな円卓のある一室。そこに集いし者たちは、揃って上座に座る男を見ていた。

 ブラウンのオールバックが特徴的な、スーツ姿の男。優男風ではあるが、目付きだけはぎらりと野生の眼光を秘めている。

 ──首領。『オロバ』創設者にして最高指導者のこの男は今、『魔剣騒動』から生き延びて王国南西部を脱し、この宮殿へと帰還を果たしていた。

 

「ミシュナウムが帰還しない、か」

 

 一つ呟くその顔は、険しく暗い。彼を見つめる数十の瞳もまた、同じように憂いの光を湛えている。

 無理もない話だ──『オロバ』大幹部ミシュナウムが今もなお帰還していない現状、彼らが進めていた『プロジェクト・魔剣』の目的が未達成のままなのだから。

 

 すなわち首領が持つ『宿命魔剣』のコア。最終段階に至りすべての力が引き出された魔剣の中核の入手。それが未だ叶っていないのであった。

 

「死んだと見るべきだな……おそらくは『勇者』によって殺されたか。『魔王』の転移魔法ならば一瞬で距離を詰められる」

「馬鹿な、星が人間に協力するなど!」

「あくまで『勇者』に協力したと見るべきだろう。アレはどこまでいっても星の人形、人間に与するなどあるはずもない」

 

 帰還しないミシュナウムを殺されたものと断定し、それが勇者と魔王によるものだとも推測する。

 概ね正鵠を射ている辺り、首領の尋常ならざる直感と思考回路を窺わせるものではあるが……しかして魔王の動機については、その認識ゆえに見誤りをしていた。

 彼にとり『オロバ』にとり、星は人間を寄生虫と見なして管理せんとしている。そして魔王とはこの世界そのものが産み出した端末なのだ。

 

 そのような存在が、まさか人間のために動くなどあるわけがない。そう頑なに思い込むがゆえの、小さくも致命的な思い違いであった。

 顎に手を当て、首領が呟く。思いも寄らなかった事態、あってはならない『プロジェクト』の結末に、頭を悩ませながらの言葉だ。

 

「こうなると『宿命魔剣』は未完成のまま、か……他はともかく『オールオーバー』はあの負担では厳しいな」

「そこは貴方がより高みへと昇る他あるまいて。四つの鍵の内、一つはこうして失われたがまだ三つのプランは残されているのだ……さしあたり、『ミッション・魔眼』だな」

 

 取り巻く幹部の一人が言い、視線を首領から同じく大幹部へと移す。少年の見かけをした、しかしその表情は憎悪に満ちた冷笑を浮かべている──レンサス。

 『魔剣騒動』にてワーウルフ・バルドーに助力し、その結果『クローズド・ヘヴン』のカームハルトにより麻痺毒を受けた彼が、向けられる視線に答えた。

 

「ふん……こないだの今でできるものかよ。こっちはまだ、首から下はほとんど感覚ないんだぞ」

「毒を受けたのだったな……復帰にはどの程度かかる」

「この調子だと、数ヵ月。秋頃から下手すると冬に差し掛かる辺りだろうね」

「ふむ」

 

 レンサスの身体は申告の通り、椅子にもたれるように座っている首から下は、麻痺状態に陥っているらしく脱力して小刻みに震えている。

 一切力が入らないのだ──『転移魔眼』の力がなければ今も会議に出席することなどできないまま、共和国のアジトは自室のベッドにて養生をやむなくしていたことだろう。

 

 ともあれ問いをかけ、返ってきた答えに考え込む首領。その明晰な頭脳にて、組織が平行して進めているいくつかの作戦について考える。

 すなわち『プロジェクト・魔剣』、『ミッション・魔眼』、『オペレーション・魔獣』、そして『魔人計画』の四つについてだ。

 

 『プロジェクト・魔剣』はどうやら失敗に終わった。『宿命魔剣』こそ回収したものの肝心要のコアが未完成のままとなっており、この世の時間さえ支配する究極術式『オールオーバー』は多大なリスクを抱えたまま運用せざるを得ない。

 

 『オペレーション・魔獣』はより深刻だ。何しろ責任者のミシュナウムがおそらくは死んだのだ、これではそもそもの進行すら儘ならないだろう。

 とはいえそのまま終わりもしないだろうと首領は考える。かの老婆の、『進化』への妄執を考えれば万一に備えての策は必ずあるはずだ。ひとまずは連邦に調査を出し、案件の進捗を把握することが先決である。

 

 『魔人計画』は……これこそが真に未知数と言える。担当するスラムヴァールは『オロバ』においても優秀で、かつて在籍していた天才科学者クラウシフにさえ迫るのだが、内に秘めたる思惑は首領にさえ測りかねるものがある。

 つまりは得体が知れないのだ。各作戦の裏で個人的な目的を達しようとしているのはレンサスにしろ、既に亡いバルドーやミシュナウムにしろ同じだがスラムヴァールだけは何を目的としているのか、そこがいまいち分からない。

 

 彼女は王国南西部より帝国に帰還後、会議にも出席せずに『魔人計画』の開始に向けて準備を行っている。

 具体的な内容についても彼女に一任しているが、一度確認がてら様子見に向かうのも良いかもしれないと、首領はここ最近で考えるようになっていた。

 

「……他二つに比べれば、『ミッション・魔眼』はレンサスの体調が整い次第に開始できるか。さすがに要領が良いな」

「当たり前だろ? 自分の目的を優先させ過ぎたんだよ、あの馬鹿犬とあの子……ミシュナウムはさ」

「頼もしいものだ。具体的な進捗はどうなっている?」

 

 冷たい瞳でバルドーを嗤い、悲しい表情でミシュナウムを悼み、批判する。他の幹部らにはその不遜さに眉を潜める者もいるにはいたが、首領自身は至って平穏に聞き流していた。

 かのワーウルフも、あるいはかの老婆にしろ、どこか己の目的を最優先にしていた印象は否めない。やることさえやっているならばそれでも構わなかったが、本音を言えばレンサスのような、公私はきっちりと分けてくれる者の方が信は置きやすい。

 

 ともあれ『ミッション・魔眼』についてを尋ねれば、先程よりもいくぶん楽しげな声音でレンサスの答えが返ってくる。

 

「至って順調だよ。面白い手駒もいくらかいてね。諸々の手間が一気に省けた」

「ほう? それは素晴らしい」

「後は僕の一声でスタートって状況さ。僕のも含めたいくつかの魔眼で最終データを取り、それを踏まえて『運命魔眼』を製造できるよ」

 

 得意気な言葉には自信が漲っている。それが頼もしく思えて首領もにやりと笑った。

 『運命魔眼』──『宿命魔剣』に次ぐ二つ目の鍵。悲願達成のために無くてはならない、すべてを超える魔眼。

 

 共和国のことならば、勇者の邪魔立ても入ることはないだろう。

 何度かの相対を経て見抜いたことだがあの男は詰まるところ、自分と身内の縄張りさえ侵さなければ我関せずを貫くタイプだ。触れなければ無害ならば、そもそも近寄らなければ良いのである。

 

 それらを複合的に鑑みれば既に、機は熟していると言えるだろう。後はことを起こすのみ──レンサスを指差し首領は告げた。

 

「それではレンサスよ。体調が整い次第、共和国にて『ミッション・魔眼』をスタートさせよ……失敗は許されん。何としてもヒトの進化を引き出し、我らが悲願達成の一歩を刻め」

「了解。ま、務めは果たすさ」

 

 首から上、憎悪を湛えた瞳で不敵に笑う少年。

 かくして数ヵ月後の秋、共和国にて『ミッション・魔眼』がスタートする段取りが整うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──大陸最西端、共和国。

 海に面した半島の、各種貿易と漁業によって栄える海洋国家の片隅。朽ち果てた廃村の真中にて。

 

 亜人を前に一人、少女が立っていた。栗色の、ふわりとした髪質をポニーテールにまとめた制服姿。愛らしい顔立ちは不敵と余裕を交えた笑みを浮かべている。

 何よりも……その手に持つ、身の丈よりも長い柄の大鎌が特徴的だった。相当に重いであろうそれを軽々と振り回し、彼女は相対する者へと告げる。

 

「逃げ場なんて無いっすよ──東部地域は自然公園における親子連れを殺害した容疑で、あんたをこれから拘束します。大人しく投降するなら危害は加えないっす」

「何様だ、小娘がっ!!」

 

 宣告する少女に叫ぶ、亜人の男。額に大きな角の生えていることからオーガであると窺い知れる。全身に威圧を漲らせる、マッシヴな体格。

 それでも少女は笑みを崩さない。面白がっているわけでも楽しんでいるわけでもない。この、尊い命を自分勝手にも奪った犯罪者への、激しい怒りを冷静に保たんがための好戦的な笑みだ。

 

「大層なもん持ちやがるが、そんなこけおどしに俺が屈すると思うか! ぶち殺してやる、クソガキッ!!」

「……投降の意思なし。これより『電磁兵装運用法』に則り電磁兵装『ルヴァルクレーク』の出力制限を一部解放。鎮圧行動を開始します」

「何を……!?」

 

 そして笑みを消し、険しい顔付きで大鎌を構える──瞬間その身に纏うプラズマ。青白く火花を散らすエネルギーが少女の周囲、目映い程に放出される。

 およそ人間が備えているはずの無い力を前に絶句するオーガに向けて、彼女は己が名、その役職と役目を叫ぶ。

 

「我が名はエルゼターニア! 共和国の秩序と平和を護る『特務執行官』!!」

「『特務執行官』……!? 貴様がっ!?」

 

 ことここに至りオーガの混乱と恐怖は一気にピークへと達した。

 『特務執行官』、その名こそ共和国にて悪事を働く亜人すべてが恐れる者なり。

 人間であるにも関わらず単独で亜人を倒し、捕らえ、法の裁きを受けさせる共和国の番人にして守護者。

 

「共和国の盾、『特務執行官』の使命と責務において──今こそ『共和』の敵を屠らん!」

 

 少女……特務執行官エルゼターニアは大鎌『ルヴァルクレーク』を振りかざした。莫大なエネルギーが肉体を強化し、人間の身でありながら亜人さえも打ち倒す驚異の力を発揮させる。

 今や共和国でたった一人、多発する亜人犯罪とテロリズムを相手に奮闘し続ける信念の戦士の姿がそこにあった。

 

「特務……執行ッ!!」

 

 声をあげ突撃する特務執行官。

 かくして今日も、共和国の秩序と平和を護る少女の戦いは繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞台は王国から共和国へ。『勇者』セーマ、『焔の英雄』アインに続き、『共和の守護者』エルゼターニアの戦いが始まる。

 邪悪なる『オロバ』が画策する陰謀との戦い、これは二つ目の物語。

 

 拓かれた新たなる時代の、平和と秩序を護り繋ぎ止めるために。

 『共和国魔眼事件』の幕は今、上がろうとしていた──

これにて「王国魔剣奇譚アイン」は本編、後日談含めて完全完結です。ここまでお読みくださり本当にありがとうございました!

続編第二部「共和国魔眼事件エルゼターニア」

https://ncode.syosetu.com/n8015fl/

開始しておりますのでどうぞそちらもご覧くださいー

ノクターンの前日譚、および外伝の方も週一で更新していきますので興味がありましたらどうぞ。

それでは今後とも、よろしくお願いいたしますー。

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