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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
エクストラ・デイズ『王国魔剣奇譚』
128/129

王国の賓客として・2

「それでわざわざ入り口から来たのか二人とも。別段いきなり転移しても余は気にせぬよ?」

「いやあ、改めてゆっくりと王都を散歩したくってな。さすがはお前の納める国の首都だ、活気に溢れる良い場所だったよ」

 

 微笑む紅顔の美少年。絹より滑らかな肌、金糸より細やかな金髪。空を思わせる蒼き瞳に柔らかく緩められた唇。

 王国が誇る『豊穣王』。美しき少年王ローランのそんな笑顔に答えるセーマは、今や王城は応接の部屋、テーブルを隔てて向かいに座る王に対してマオと横並んで座っていた。

 

 王都の町並み、並ぶ店を眺めてゆっくりと巡ってからの城入り──時刻もそろそろ昼頃で、マオなどはしきりに空腹を訴えたりもしている。

 

「腹減ったー。おいローラン、またぞろ何かご馳走しろー。はしゃぐセーマくんに付き合わされて方々歩いたから、もうくたくただよー」

「ほう……そんなに王都を楽しんでくれたのか、セーマ」

「もちろんさ。色んな店があるもんだと、道すがらのほとんどを見て回ったもんでな……こらマオ、あんまりみっともないことするなって、これ終わったら飯食いに行くから」

「何なら昼食を用意するが? 用向きはその後でも良かろう」

「いや、こないだドロスの件の時でもこいつが世話になっちゃったみたいだしな。続けて二度も甘えたくない」

 

 テーブルに突っ伏す少女の背を、柔らかく何度か叩きながらセーマ。先日にも彼女が王城にて、最高級の料理を堪能していたことは把握しているため甘やかすことはしない。

 さておいてことは本題に入る。本日勇者と魔王のタッグが王に面会を求めた理由──すなわちマオの身分証明に関しての契約手続きについて。

 椅子に座るローランの後ろに控えて立つプラムニー大臣が、こほんと咳払いしつつも言う。

 

「それでは勇者殿、魔王殿。王国の名の下にマオ殿を賓客として認定するための、こちらが契約事項をまとめた書類となります」

「色々と書いてはあるが、つまるところ要点は『他国にて迷惑行為を行わない』『契約違反時には魔法を封印する』の二点に絞られる」

 

 テーブルに書類が数枚、セーマとマオの眼下にて広がる。マオを王国の賓客として認定し以後、そのように他国でも扱わせるための契約書類。

 数日前に話をしていた、マオの身分証明に関する契約の書類だ。

 鼻を掻いてセーマが苦笑する。そもそも字が読めない彼にはてんで分からない代物なのだ……こういう時、交渉慣れしている彼女がいれば助かるのに、とぼやく。

 

「実のところアリスちゃんも連れてくるはずだったんだけど……『エスペロ』の方で問題が起きたらしくてしばらく館を離れててなあ」

「ほう? 『エスペロ』がか、珍しいな」

「これが終わったら俺も様子を見に行くんだけど、彼女がいればこの手の契約にも隙を見せずに済んだろうにとは思うよ」

 

 今回、本来であれば交渉の場に参加する予定だったアリス。しかしながら急遽『エスペロ』の支配人たる弟ギリアムに緊急の呼び出しを受けていた。

 最後の最後まで渋っていたのだが……メッセンジャーとしてやって来たリムル姉妹のいつになく必死な表情を受け、またセーマがそちらを優先すべきと言ったことにより、結局『エスペロ』へと向かうことになったのである。

 一体何が起きたのか──気になることしきりのセーマ、この会談が終わり次第『エスペロ』に寄るかとも考えているのだがそれはそれとしてひとまずは契約に意識を向けた。

 それに対してふむとプラムニー大臣。穏やかな顔付きで、静かに告げる。

 

「正直に言えば、より条件を厳しくしてマオ殿の脅威度を下げたいという思いはありましたが……陛下のご意向もあり、限定的な魔法の行使は許可することとしております」

「自他問わず人命に関わる事態、そして『オロバ』に関わる事態に関してはほぼ制限は設けていない。条件を厳しくしすぎてそちらの怒りを買っては本末転倒だからな」

「別段怒りはしないが……その配慮、感謝するよローラン」

 

 かいつまんで説明するローランに応え、セーマは懐から一つ、腕輪を取り出して机に置く。隣で露骨に嫌そうな表情を浮かべるマオに苦笑する──無理もない。これこそが魔王の魔法を完全封印する対魔王兵器『封魔の腕輪』そのものなのだから。

 

「『封魔の腕輪』、たしかに譲渡する。こちらも軽く説明すると、取り付けた者にしか外せないようになっているものだ。効力の程はこの俺、『勇者』セーマとこの場にはいないが『エスペロ』オーナーのアリス、そして『剣姫』リリーナと『疾狼』ジナが保証する。何よりこの、『魔王』マオ当人がな」

「見るのも嫌だよ、実際……マジで完全に封印されるからね。どこのどいつが拵えたか知らないがまったく、本当に存在そのものが気に入らないよ。こうして交渉の材料にでもするしか利用価値がない」

 

 ぼやくマオ。心底からこの『封魔の腕輪』を嫌がっているのは誰の目からも明らかだ。

 以前に少しばかりの期間、この腕輪にて魔法を封印されたこともあってかその威力の程は身に沁みて分かっている、それゆえの嫌悪と拒否なのだろう。

 

 かの魔王をこうまで嫌がらせる、永らく行方知れずとなっていた人類の切り札。腕輪を手に取ってローランは、その状態をたしかめる。

 

「ふん……ふむ。ほう……なるほど」

「もしもマオが契約を破り、王国に迷惑をかけた場合。ローラン、お前がその腕輪を着けてくれ」

「その際、勇者殿は?」

「……マオを取り抑えましょう。そうせざるを得ないならばつまり、こいつがやらかしたということですしね。身内の不始末は俺が付けます」

 

 覚悟を込めた顔付きでセーマ。たとえ身内でも、いや身内だからこそ。契約に反し他者に迷惑をかけた時には真っ先に彼がマオを取り抑える心づもりでいる。

 紛れもない本気、一切の躊躇のない視線を受けてローラン、プラムニーは深く頷いた。もしもマオがこれら契約を反故にでもする場合、強制的にでも履行させられるのはこの世にたった一人、セーマだけだ。それゆえに、彼が真摯な反応を示してくれたことがひどく安心できる。

 

 一方でマオの方は憮然とした顔付きだ。こうまで信頼はともかく信用さえないというのは面白くない話だとぼやく。

 

「信用ないな、私! いくら何でもそうなったら大人しく封印されるよ、別に死ぬまではしないんだから!」

「そうしてくれよ、本当に。あとローラン、ないとは思うが言っておく──魔法を封印するのは手伝うけど、それに乗じてこいつを殺そうとでもするならその場合は俺が相手になるからな。そこは分かっといてほしい」

 

 すかさず釘を刺すセーマ。『封魔の腕輪』によるマオの魔法の封印、それまでが契約違反による懲罰の範囲だ。そこから先、力を喪失したことを好機と彼女を排除せんと動こうものならば是非もなし──勇者セーマは魔王マオを護るために己の力を行使することを厭いはしないだろう。

 元よりそのような気は毛頭ないにしても冷や汗が流れる心地で、ローランは努めて誠実に答えた。

 

「もちろんだセーマ。今やマオ殿がそなたの家族も同然であることは余も理解しているし、それを尊重したいとも思っている。契約違反時とて魔法の封印だけで、それ以外に何ら危害を加えないことを国王として誓約しよう」

「ありがとう。いや、疑っているわけじゃないが念のためな。何しろこいつは魔王、人間にとっては本当に殺しても殺し足りない存在だからさ。力を失ったと知れれば狙われないとも限らないし」

「分かるとも……『封魔の腕輪』及び契約の内容についてはここにいる四人だけの極秘事項だ。漏洩など断じてせぬさ」

 

 極力理解を示して歩み寄る。プライベートにおいて互いに親友同士である以上に、国王として勇者を敵に回すことだけは何としても避けねばならないという危機感があっての姿勢だ。

 何しろ魔王などよりも余程恐ろしい相手である。比喩でなく世界を敵に回したとしても、彼ならばすべてを滅ぼし尽くしてしまえる確信がローランにはあった。

 

 味方でいる限りはこの世のどんなものよりも頼りになるが、敵になればその時点でこちらの破滅が確定する究極の諸刃。それが『勇者』なのだ。

 王国が数百年もの歳月をかけて開発してきたおぞましき邪法『勇者召喚術』。その最果てたる存在、最後の勇者。

 決してその怒りに触れてはならぬ者。国王としてその認識を深く、強く心に刻みつつも少年王は一枚のカードを眼前の二人に提示した。

 金色の、固い鋼鉄製だ。細かく装飾の施されたそれには、それぞれにセーマとマオの名や種族、年齢、住まい等が刻印されている。

 

「それではマオ殿、そしてセーマ。二人にこの、『特級王国賓客待遇証明書』をお渡しする。これを以て二人は正式に我が国がその身分、言動を保証する特級賓客の一員だ……くれぐれも失くさないようにな?」

「……俺にもか? マオだけかと思ったんだが」

 

 契約は王国とマオの間のものにも関わらず、なぜか自分にまで手渡されたことにセーマが戸惑いの声をあげる。そもそも賓客待遇を要求した覚えもないというのに、いきなりこのようなものを渡されても困惑するばかりだ。

 そんな彼にプラムニーが説明する。

 

「実のところ、勇者殿の立場や身分というのは戦時中、一切の保証がない状態でした。アルバール前国王は貴方を、言うなれば『物』扱いしており……真っ当な人権や待遇など保証されていない状態でしたので」

「まあ、でしょうね」

 

 言われて思い返すは前国王アルバール。『勇者召喚術』を用いて何も知らぬ兄妹を異世界から誘拐し、兄を改造し戦地に追いやり妹を人質にした外道の名君。

 『勇者』を徹底して単なる兵器、対魔王用に製造した人造亜人として扱っていたかの王ならば当然、セーマの身分だの立場だのは一顧だにしなかったことは予想できていることだ──とはいえ面白い話でもなく、セーマ自身はおろか隣のマオも実子たるローランでさえ不快げに眉を寄せている。

 そんな中、プラムニーの説明を引き継いでローランが口を開く。

 

「余が国王となってからは即座に『勇者』セーマの人権を認め、その身分を特級賓客とした。これはその証明書だな。渡すのが遅れて申しわけなかった」

「つまり……俺は知らなかっただけで、お前が国王になった時点からこの国の賓客だったわけだ、身分的には」

「そうなりますな。『森の館』の住人が共通で使用できる特別証明書はフィリス殿にお渡ししておりましたが、それも勇者殿個人の身分を保証するものではありませんので……」

「だから今、渡したその証明書にて保証するということだ。マオ殿とは違って何ら制約を課すつもりはないので安心してくれ。その行い、人格、品性……それらに絶対的な信を置いているがゆえにな」

「マオさんは信頼に値しないってか。正直に言いやがる……仕方ないけどさ」

 

 肩を竦めるマオ。彼女とて己が、人間にとって怨みの対象であることは承知している……その上で星の大義を胸に、何ら気にすることなく生きているだけだ。

 ともあれ、と『特級王国賓客待遇証明書』を手に取り言う。

 

「これで私は王国の賓客として、どこへなりとも大手を振って正面突破できるわけだ」

「うむ……一般には立ち入りが制限されているような場所にも、交渉次第では正式に入場できるだろう」

「助かる。これで『オロバ』の痕跡やクラウシフの足跡も辿りやすくなるだろうね」

 

 それなりに重量あるカードを手の中で弄ぶ。

 『オロバ』との決着自体は、セーマもマオも『焔魔豪剣』アインに概ね後を託した心地ではいる。とはいえ調査自体は継続して行うつもりであったし、平行してかつて組織の一員として『勇者召喚術』の元となる術式を開発したという科学者の悪魔クラウシフの捜索も行うつもりでいる。

 

「そのためにこいつが必要だったのさ……毎度毎回無理矢理侵入してたらそれこそ大変で面倒だからな」

「先にも述べたが『オロバ』に関しての調査が絡む場合、魔法の行使はいかようにしても構わない。なるべく小規模のもので頼みたいところではあるが」

 

 こと『オロバ』が絡む事態とあれば王国の姿勢もそれなりに強硬だ。『魔剣騒動』を経たことで強い危機感を抱いていることもあり、魔王が魔法を行使することさえ限定的にだが容認する程に。

 とはいえあまり大規模広範囲破壊を繰り広げられては問題で、そこは釘を刺すローランにマオは苦笑して答える。

 

「分かってるよ……契約を違う気はない。『テレポート』が使えなくなると私にも森の館にも大打撃だからな。弁えるよそこは」

「無くてもやってはいけるけど、たしかに不便にはなるしなあ」

 

 しみじみとセーマも呟いた。他はともかく転移魔法『テレポート』だけは、これがあるとないとでは相当に話が変わってくる。

 何しろ今や森の館のメイドたちも相応の頻度で利用している。馬車の利用もそこそこにしつつも、非番の日などには瞬時に各地へと赴けるマオの力は大変に魅力的なのだ。

 

「王城にも行きづらくなるし、そうなると例の魔剣の石ころも研究できなくなるからね。私としてもデメリットばかりだし、多少は信じていただきたいところだね、『豊穣王』?」

「うむ……是非とも信じさせていただきたいな、魔王」

 

 亜人の王と王国の王。二人の王が不敵に笑みを交わした。方向は違えどカリスマを備えた二人がそのように視線を交わせば、それだけで場の空気が引き締まる心地がしてセーマは息を呑んだ。

 ローランの言葉を受け、マオが気楽に言う。

 

「……ま、せいぜい品行方正に旅させてもらおうかね。『オロバ』が絡むなら予算も貰えるんだろ?」

「えっ」

「また集る気かお前!? それで面倒なことが起きたのにまだやる気か!」

「王国の思惑も絡んでるならちょっとは出してくれても良いだろ!? 別にカジノで全額スるとかするわけじゃなし、ちょっとは工面しろよ!!」

 

 金の話になり、魔王は一気に捲し立てた。以前に国の金を半ば強奪し、挙げ句『エスペロ』のカジノでものの数分足らずですべて使い果たした前科者のマオであるが、なおも資金を要求するその面の皮は厚い。

 とはいえ理屈自体は通っているようにも思えると、プラムニーが率先してその意見に賛を唱えた。

 

「ふむ……たしかに一理ありますな、陛下。こと『オロバ』に関しては謂わば、王国から派遣する調査員と言えなくもありませんし」

「む……まあ、旅行後に調査結果を報告してもらえるならば、いくらかは出すか」

「よーっしゃ!! 言ってみるもんだね!」

「ダメ元で言ってたのか、お前……」

 

 渋々、条件付きで資金援助を許可したローラン。国民の血税でマオの道楽を支えるようなことが極力ないようには図ったが、この強かな少女相手にどこまで通じるかも知れたものでないとため息を吐く。

 そんなローランに申しわけなさげな視線をやりつつ、セーマはマオを諌めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ともあれマオは契約を交わし、晴れて王国の賓客となった。彼女の『オロバ』調査の旅は今後度々行われることになる。

 そして数ヵ月後、秋めいた季節にて向かうは大陸最西端。海に面した海洋国家『共和国』。

 

 彼女はそこで一つの出会いを為す。正義の信念を胸にたった一人、亜人犯罪から共和国を護るべく奮闘する少女『特務執行官』。

 王国から共和国へ移る戦いの物語の、魔王マオこそが橋渡しとなるのであった。

次回で「王国魔剣奇譚アイン」完全完結ですー

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