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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
エクストラ・デイズ『王国魔剣奇譚』
127/129

王国の賓客として・1

 アインとの訓練を終えた、数日後のことだ。勇者セーマと魔王マオの二人は連れ立ち、王国は王都にやって来ていた。

 常と変わらぬ転移魔法『テレポート』による瞬間移動──ゆえに森の館を出てからものの5分とてかからずに彼らは今、王都の入り口前に到着していたのだ。

 

「ふむ……たまには入り口から入るのも良いかな。いつもはローランの真ん前に奇襲だし」

「そういうの質悪いから止めろよお前……フィオティナも『心臓止まるか止めるかしそうだから止めてほしい』ってぼやいてたし」

「止まるはともかく止める!? 私のか、私のだなあのゴリラ!! 一々物騒なんだよなあ、もう!」

 

 今や王国南西部のギルド長として辣腕を振るう、騎士団長に向けて叫ぶマオ。門の付近、それなりに出入りもある場所での大声ゆえ当然ながら視線が集まる。

 基本的に目立つことを嫌うセーマが少女の脳天に軽く手刀を入れ、窘めた。

 

「騒ぐなって、もう。悪目立ちは勘弁だ」

「痛う……ったく、人の目なんかそんなに気にするものか? どうせ関わることもない有象無象のどうでも良い連中なんだぞ」

「生憎、俺は小市民でしてね。騒がず目立たず気付かれずが好みなんだよ」

「君みたいな小市民はいない!」

「断言!?」

 

 自信と確信を込めて即答するマオに愕然と返すセーマ。彼自身はいたって本音なのだが、少女魔王にとっては悪ふざけか冗談かに思えていたのだろう。

 そんな話をしながらも二人は門へ赴き、衛兵に身分証明を見せる。セーマのそれは特別製であり、『豊穣王』ローランによる署名が入った、王国内ならばどこでも自由に出入りできる代物だ。

 当然王都でもその待遇に変わることはなく、セーマとその連れとしてマオは、無事に正門から王都に入場したのであった。

 

「多いな、人」

「賑やかで何より。いつも静かで人の少ないあの村よりかは、こちらの方が私的には性に合うね」

「逆にミリアさんなんかは嫌がりそうだな、こういうところ」

 

 入ったところから既に、行き交う人々で混雑している王都の町並みに二人、コメントを付ける。

 時折王都で遊んでいるらしいマオはともかく、セーマにとってはほぼ初見の光景だ。『魔剣騒動』の最中、アインを王城に連れていった際に少しだけ訪れはしたが……本当に少しだけだ。時間にして30分も歩いていない。

 

 それ以前となると戦争直後になるが、その時には精神的な問題もあり景色を楽しむなどはあり得なかった。

 結局セーマが王都をまともに訪れた機会は皆無と言っていい……苦く笑い、セーマは言う。

 

「召喚されて10年近くしてから、こんなにのんびりとした心地で訪れることになるなんてなあ」

「しかもデートの相手はこのマオさんだ。嬉しいだろ? 泣いて喜びたまえよ」

「自分で言うなよ……嬉しいけどさ」

 

 おどけて茶化すマオの頭を優しく撫でて一つ笑う。

 こうして、かつての宿敵と仲睦まじく肩を並べて歩けている。まったくもって数奇な縁だと感慨さえ浮かんでくる程だ。

 深く呼吸をし、どこか清々しい心地で歩き出す。混雑の中をマオと二人、手を繋いで歩く道すがら彼は言う。

 

「色々と、本当に色々とあったけど……ようやくこうして身の丈に合う、平凡な生活を送れてるんだなーって。今さ、実感した」

「……亜人の美女美少女囲ってる輩のどこが平凡だ?」

「う」

 

 と、心地よさに冷や水が浴びせられる。無論のことマオの言だ。

 どれだけ精神面が一般人、あるいは小市民的であったと言えどもセーマは森の館の主。社会的には歴とした資産家の、富豪である。

 頑なに自らを小市民だの平凡だのと言い張るセーマに、マオはじっとりとした目で続けて言う。

 

「そういう平凡とか小市民なんてのはな、降って湧いた大金に慌てふためいた挙げ句、結局貯金を選んだ小僧とか嬢ちゃんみたいな地味ぃーな奴らを言うんだよ」

「いや、別にそれはそれで良い選択だと思うけど……」

 

 顔をひきつらせて揶揄された少年少女、すなわちアインとソフィーリアを庇う。つい先日に『魔剣騒動』での功績に対する報酬が、セーマやアインを始めとした冒険者たちに支払われていた。

 その額たるや節約を意識すれば向こう一年、働かなくとも生活できる程のものである。元より資産家のセーマはともかくとして、アインとそのパートナーであるソフィーリアはすっかり驚愕していたのだが……結局使い道に関しては考えあぐねた挙げ句、多少生活必需品の質を向上させて後は貯金する程度に留めるらしかった。

 マオが不満げに、ぶつくさとぼやく。

 

「金はあっても遣わないんじゃ無いのと同じだろうに、あの年で堅実すぎるだろまったく」

「生活レベルは多少上げるみたいだから良いんじゃないか? 大体、人様の金の使い方にケチを付けるもんじゃないさ」

 

 貯金という選択肢に十分、理解を示しているセーマはもちろん少年少女を庇い立てる。マオとてそこまで本気で文句を言っている様子でも無かったが、それでも思うところはあるようだった。

 それにしても最近、マオは特にアインに対しては忌憚ない意見が多いとセーマは感じていた。星の無限エネルギーを行使する端末機構としての同類同士、シンパシーがあったりするのだろうか。

 

「新時代を担う英雄とやらがそんな調子でどうすんだか……金持ちは金使って経済回すのも義務の内だろうよ」

「その理屈だと、まず俺らから使わないといけなくなるな」

「その通りだとも。だからほら、このマオさんに小遣い寄越せ」

「無駄遣いに浪費するのはなあ……」

「何だとこの野郎!」

 

 小遣いという名目で金を無心するマオに渋い顔でセーマが答えた。

 実際、マオには毎月それなりに金を持たせている。森の館の住民たちを『テレポート』で方々へ送り迎えしたり、ショーコと共に『勇者召喚術』の研究を行ったりなどの利他的活動を労働に見立てての代価。すなわち一種の給金である。

 

 決して日々の生活に困るような額ではない。メイドたちに月々支払っている給料からして相当の金額であるのだが、マオはそれと比較してもより多くの金を受け取っている。

 それにも関わらず彼女は度々、こうして臨時収入を要求するのだ。

 呆れたセーマが問うた。

 

「大体お前そんなに金せびって、何に使ってるんだ? 毎月の給料だってあるだろうに」

「あ? ……まあ、グルメとか観光とか?」

「グルメ、はまあ良いとして……観光?」

 

 どこか答えにくそうに少女が言うのを訝しむ。観光という言葉が出てきたことは、セーマにとって想定外であった。

 マオの活動圏は『テレポート』があるにせよ、基本的に狭いものだと彼は認識していた。王国南西部の町や村、足を伸ばしても精々が今いる王都位のものか、と思っていたのだ。

 それが何やら違うようで、マオは頭を掻いて言葉を続ける。

 

「……最近、丸一日暇な日があるとたまにな。他所の国や土地に『テレポート』で移動して、そこでしこたま上手いもん食ったり観光名所巡ったりしてるんだよ、私」

「そうなのか? そりゃまあ、お前ならそのくらい造作もないだろうけど……何で隠してるんだ?」

「別に隠してるわけでもないんだけど」

 

 頭を掻いて、苦笑いを浮かべる。

 なおも怪訝な顔をしているセーマに向け、彼女は説明を始めた。

 

「メイドどもはさ、割と世界のあちこちからやって来てるだろ? それであいつらと話してると時折、故郷トークが始まるんだ。君も経験あるだろ?」

「ああ、あるなたしかに。もう故郷を覚えてないもんで、俺はもっぱら聞いてばかりだけどさ」

「私も似たようなもんだ。どこぞかの山奥で自然発生しただけだしな」

 

 いかにもメイドたちと談笑する際、そうしたトークの最中にそれぞれの故郷について語ることが度々ある。

 とはいえ彼はかつての成り行きと経年ゆえに故郷たる異世界の記憶はほとんど消滅しており、マオに至ってはそもそも故郷と呼べる場所などどこにも存在しない。

 そんな二人だから、そうした話題の時にはもっぱら普段は聞き役に徹しているのであるが……

 

「こちらとしてもただ話を聞いてるだけじゃつまらんし、あいつらの故郷がどんなもんか実際に行ってみて、話の種にでもしてやろうかってね」

「へえ……面白そうだな、それ」

「実際退屈はしないよ。日帰りだが適当に上手いもの食べて珍しいもの拝んで、しかもメイド連中の話にも付いていけるわけで」

 

 興味を示すセーマにマオが言う。つまるところ『テレポート』を駆使しての日帰り旅行ということであり、たしかに退屈のしない趣味だろう。朝に出掛けて夜には帰るのだから、長期間不在にして身内を不安がらせることもない。

 

「良いな、それ。俺も行きたい」

「私は構わないけど……メイドどもへの気兼ねもあるし、たまには全員で旅行なんかも企画してやればどうだ?」

「考えてなくはないんだけどな。何せほら、まだまだ治安が」

「あー……たしかにどこ行っても、変なのが悪さしてるのは見かけるなあ」

 

 いっそ森の館の住民総出での旅行を、という話だがセーマの反応は鈍い。そういうことができれば良いとは思うのだが、未だ各地の治安状況は劣悪な場所も多いため、良からぬことに巻き込まれないとも限らない。

 亜人ばかりの集団、しかも腕利きもそれなりにいるとは言えど、やはり一番の安全策は危険に近寄らないことだ。家族の幸福を願うセーマは、それゆえに一同での旅行については未だ、二の足を踏んでいた。

 

「『オロバ』なんてのもいるし、ああいう迷惑なのが消えて世界が落ち着いてくれたら考えるんだがなあ」

「治安自体はそろそろ良くなってきてるとは思うよ? どこもさ。王国だってほぼ平定完了って感じだし。『オロバ』の馬鹿どもは知らん」

「本拠地でも分かれば俺とお前で殴り込むか?」

「そこはもう小僧に任せようぜ……星の端末機構として『オロバ』討伐の任を背負ったあいつの仕事だ、そこら辺は」

「……だな。俺たちがいつまでもでしゃばる幕じゃないよな」

 

 肩を竦めるマオ。彼女としても『オロバ』だけは断じて生かしておかない気構えであるが、とはいえその役目は基本的に『焔魔豪剣』アインのものだと認識している。

 新時代の英雄に与えられた最初の使命こそがすなわち、旧き時代の巨悪を断ち切ることなのだ……ゆえにセーマやマオはいわばサポート、新たな英雄とそれに呼応して立ち上がるだろう仲間たちを、陰ながら助ける程度に慎むべきと自覚していた。

 

「何にせよ皆で旅行ってのは、もうしばらく先の話だな……もうじき海辺でバーベキューするし、まずはそれを楽しみにしておくか」

「お、それだよそれ! バーベキューってのがまず初めてだからマオさん、楽しみでさあ」

「俺だって初めて……だっけ? 元の世界でやったことあるような、無いような?」

「聞かれても困るよ……帰ってからショーコに聞けよ」

 

 さしあたり間近に予定している、大森林の南端から辿り着ける海辺でのバーベキューについて想いを馳せる。企画のフィリスが妙に意気込んでいることもあり大層なものになることが目に見えているそのイベントは、二人にとっても大変待ち遠しいものだ。

 

 王都を歩く。あちこち店を眺めたりしながらも、ゆっくり二人は目的地に向かっていた。

 すなわち王城は君主たる『豊穣王』ローランの下へ──今回の目的はずばり、マオの身分証明に関しての取り決めであった。

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