激突、アインとセーマ!5
特大の炎がセーマを呑み込んで激しく燃え上がった。アインの『オクトプロミネンス・ドライバー"アサルトブレーク"』──本来ならば七匹に分散されているはずの炎竜を一つに束ね、威力も勢いもすべてを収束させた一撃によるものだ。
火炎の中、セーマの姿は影さえ見えない。彼程の存在に対して決定打になるなどとは微塵にも思えないが、さすがにダメージはいささかにて与えたかとアインは静かに吐息を漏らした。
「や……やった、かな……?」
「小僧。今の内に要点だけ教えとくぜ」
「え?」
唐突にマオが告げた。その顔はどこか達成感もありつつ、しかしどこか諦念を感じさせるものだ。
リリーナやフィオティナも耳を傾ける中、魔王はアインの能力について解説していく。
「お前の持つ魔法の中で、『オクトプロミネンス・ドライバー』が一番応用が利いて使い勝手が良いはずだ……お前自身がどう思ってるかは知らんが」
「そ……そうですね。『インペトゥスファイア・ドライバー』や『エボリューション・ドライバー』は結局剣技や体術の延長ですし、『イグニスボルケーノ・ドライバー』は範囲が大規模すぎて小回りが利きません」
冷静にアインは答えた。彼の持つ技術はそれぞれ特色が異なるのだが、取り分け『オクトプロミネンス・ドライバー』に関しては特に使い勝手や応用の幅が魅力であると言える。
剣技や体術の延長としての『インペトゥスファイア・ドライバー』や大規模範囲への超火力攻撃の『イグニスボルケーノ・ドライバー』、そして最大火力の『エボリューション・ドライバー』も目的に沿う形で用いれば強力なのだが、制御次第で状況に応じた変化を加えられる類のものではない。
アインのこれからの戦法……すなわち各種ドライバーを用いつつヴァーミリオンで圧倒するというやり方に、対応力という要を与えるのが『オクトプロミネンス・ドライバー』であると言えるだろう。
そう頷く少年に、魔王は続いて言う。
「その通りだ……その炎竜の扱いは、次第によってはお前の戦術の幅を大きく広げる。相手を判別して攻撃できる点も含めて言うが、私の『プロミネンス』にさえ一部、勝るところがあるかもな。認めるのは癪だが」
「あ、ありがとうございます」
「──だが、それでも足りない」
瞬間、マオの方を向いていたアインの後ろ、燃え盛る炎の中心が光に包まれた。
轟音、豪風。背後から突如として起きた、意図せぬそれらに驚いて振り向くと、そこには。
「光の、柱?」
天高く、果てが見えない程にまで聳える光が煌めくプラズマと共に見え、アインは愕然と呟いた。
一面を制圧していた炎が、跡形もなく消え去っている──渾身の力、全身全霊を込めた『オクトプロミネンス・ドライバー"アサルトブレーク"』も、今は欠片さえ残していない。
それを為した、光の根本を見る──青白いプラズマが火花を散らす中、見える人影。
言うまでもなく、誰あろう勇者その人。
「せ──セーマ、さん」
「良い威力だった。素晴らしい技だ……『オクトプロミネンス・ドライバー』の派生形態が二つ、しかと見届けさせてもらったよ、アインくん」
改造されたその身に宿す、無限エネルギー。そのごく一部を解放したセーマが、満足げに笑ってアインに言葉をかけた。
嘆息してマオが、頭を抑える。
「これだよ……今の小僧の一撃は、決して弱いものじゃなかった。セーマくんじゃなけりゃ大概は倒せてるだろうよ。でもご覧の通り、彼にはあのエネルギーがあるから」
「火力の問題じゃなく、セーマの防御力が反則なわけだ。一度でも力が発動したら最後、何もかもノーダメージにしやがる」
「かつてわたくしがやったように、防御が追い付かないレベルの猛攻を加えればあるいは……いや、しかしそれでも『電光ハザード・クライシスフィニッシャー』は容易く弾かれた。無理だな」
「そんな……だからって、かすり傷さえ付かないなんて」
続けてフィオティナ、リリーナがセーマの防御について語っていくのを、アインは顔をひきつらせて聞いていた。
勇者の恐るべき性能、それは各種技能や体質に依るところも大きい。遠距離斬撃や『活殺自在法』、『完全反射体質』の恐ろしさは少年自身、つい先程に味わったばかりである。
だがそれだけではないのだ。何よりもまず根底の部分、単純に扱えるエネルギーの量が桁違いである点。
適当に垂れ流しているに等しいエネルギーだけで、相手の攻撃の一切を封殺してしまえる。そのでたらめな出力こそがセーマの強さの本質なのだ。
「現実逃避のための手慰みだの、お手軽に反撃できるインチキ殺法だの……それらでさえ突き詰めるとオプションに過ぎない。本当に厄介なのは彼自身の扱うエネルギーそのものだ。根底から既にヤバいんだよ、勇者ってのは」
「シンプルに、強大なエネルギーをどうにかしないといけない……んですね」
「そういうことだ。もっともそのエネルギーからして出所不明だから、現状どうすることもできないんだがね」
明らかにどこかからエネルギーを引き出してるんだがなあ……と頭を悩ませるマオはさておいて、アインはセーマに向き直った。
放たれていたエネルギーの光、プラズマはすべて終息している。『スプレッドバースト』も『アサルトブレーク』もすべて強制的に無効化された後の、静かな元の荒野だけが広がっている今現在。
当のセーマもまた、アインにいくらか思うところを述べていく。
「俺のことはさておいて……今、マオの指示通りにして新しい戦術が生まれたろ?」
「は、はい」
「つまりは『オクトプロミネンス・ドライバー』には拡張性、応用性があることが身を以て示されたわけだ。これからは戦術や技の開発も考えていくと良いよ……あと思ったんだけどさ」
と、セーマは空高くを指差した。
炎竜が遥か上空まで昇ったことを受け、閃いた発想が彼にはある。
「あの炎、任意で威力の有無をスイッチできるんなら……あれに乗って空とか飛べないかな?」
「……ふえ!? 空を飛ぶ!?」
「まあ飛ぶっていうか、あれに乗れたりできないかってことだけど。やってみない?」
「わ、分かりました! 『オクトプロミネンス・ドライバー』!」
まるで予想外の提案を受け、アインは困惑しつつ、しかし興奮と共に炎竜を一匹放つ。
人がのれる程度のサイズで放つその炎を、地上すれすれに停滞させてアインはそれに触れた。熱や痛みはなくとも炎は炎、物質としての感触があるわけもなく、手はそのまますり抜けていく。
しかし、これで無理とは断じはしない。アインは呟いた──想像次第。
「……もっと固く、炎を、まとめて」
「お?」
「炎の、乗り物……!!」
炎の動きだけでなく、その性質、形さえも制御していく。もう一段階上の領域だ。
感覚的な調整をゆっくりと行っていけば、少しずつ、本当に少しずつだが……炎竜の質感が変わっていくことに、周囲の者たちも気付いた。
徐々に弾力を帯びていく炎。手がすり抜けるでなく、たしかにそこにある物質として触れられるようになっていく。
数分後、ある程度の固形として顕現した炎竜を手で撫でるアインがそこにいて、マオが感嘆の声をあげた。
「炎を乗り物として認識したか……! やるな小僧、そいつは私の『プロミネンス』にもない小技だ」
「は、はは……どうも。制御にすごい時間かかりますけどね……」
「慣れろ。せっかく本家本元にない機能が拡張できたんだ、馴らさない手はないぜ」
マオが扱う、元々の『プロミネンス』にもない芸当を披露してみせたアインの顔色は優れない。高難度の制御を繰り返した結果、慣れない作業に対するストレスが身体を襲っていた。
それでも少年は瞳を煌めかせ、己が炎竜にまたがる。まるでおとぎ話のようで、高揚が抑えられなかったのだ──空想の生物に乗って、空をも自在に飛び行く幻想世界。
乗った感触はそう悪いものでなく、炎ゆえ温もりがあるのが生物らしさを演出している。
アインの意思に応じてゆっくりと動き出す炎竜。疲れもあるため慎重に、まずはセーマやマオたちの周囲をゆっくりと蠢いていく。
「わ、わ。動いた……乗ってる! ちょっとだけですけど、浮いてる!」
「おお……!!」
セーマもまた、興奮しきりにアインを見ていた。
何ともこれは、ファンタジーめいた光景だ──磨耗し欠損著しい記憶の中、このような物語があった気がして彼は、浪漫に目を輝かせる。
「何か今、初めて異世界らしいものを見た気がする……」
「あんたの異世界観どーなってんだぁ? 俺らからしてもありゃとんでもねえよ……」
「これでアインは徒歩での通行が難しい地形でも、自在に踏破できるようになったのですね、主様」
「そうだね。加えて空を自由に飛べるようになったことで、有翼亜人にも対処がしやすくなる。奇襲にも使えるし、戦略の幅は更に広がったろうね」
「なるほど……炎を乗物になると看破なさった眼力。このリリーナ、改めて主様に感服いたしました。お見事です」
炎竜に股がって低空飛行を続けるアインを見詰めながらも四人が話す。今日のところはアインの体力ももう限界に近いことから訓練は終わりとなるが、彼が得たものは非常に大きかったと言えるだろう。
『オクトプロミネンス・ドライバー』のより複雑な制御によって実現した、二つの形態『スプレッドバースト』と『アサルトブレーク』。そして炎竜に騎乗しての移動。
それらすべてがこれからのアインの戦いを強くサポートしてくれることだろう。戦いだけでなく日常的にさえ、役に立つことがあるかもしれない。応用が利くとはそういうことなのだ。
「うわわ! うわー! うわうわうわわ! 飛んでる! 僕飛んでるー!!」
「……おい坊主、俺も後で乗せろ! なんか気になってきた!!」
「あ、ズルいぞフィオティナ、俺も頼むよアインくん!」
炎に乗ってはしゃぐ少年に、フィオティナとセーマも居ても立ってもいられずにせがんだ。何時になっても何処であっても、空を飛ぶのは人間にとって夢なのかもしれない。
「ふむ……わたくしもかつては空を飛べたのだが、この通り堕天してからは久しく飛んでいないな」
「君も地味にカテゴリ的には有翼亜人だもんなー。にしてもあいつら、そんなに飛びたいんなら、言えばこのマオさんが『フライ』で飛ばしてやるのに。有料で」
「それだから頼まれないのではないか……?」
「大体パクりの癖して本家より人気っぽいのが気に入らないね! チヤホヤされてんじゃないぞ生意気なー!」
「みっともないぞ、マオ」
そしてそんな師弟を眺めつつ、他愛ないやり取りを交わすリリーナとマオ。
すっかり訓練終了後の弛緩した空気が広がっていき、一同はそのままそこでしばらく、のんびりと遊びがてら過ごしたのであった。
後三話で後日談も終わり、『王国魔剣奇譚アイン』としては完全に完結いたします。
以降はノクターンでやってるセーマくん主役のお話と、第二部『共和国魔眼事件エルゼターニア』で続けていきます。
今後ともどうぞ、よろしくですー