激突、アインとセーマ!4
勇者降臨。
冒険者として極力、その秘めたる力を抑えていたこれまでとは異なる姿。対魔王決戦兵器として改造された人造亜人としての本領を発揮したセーマを前に、アインはヴァーミリオンを構え、油断なく告げる。
「ここからが本番です……僕のすべての力、貴方にぶつけます!」
「ああ、どんと来い『焔魔豪剣』アイン。新時代の英雄の強さをどうかこの俺に、そして彼女たちに見せてくれ」
「『オクトプロミネンス・ドライバー』ッ!!」
即座に放つは八匹の炎竜。先程、冒険者としてのセーマを戦術的に退けてみせたアインの力、『オクトプロミネンス・ドライバー』だ。
使用者の意気込みに応じて更なる威力、気迫を纏う激しい炎のうねり八本。アインはヴァーミリオンを振り下ろし、叫ぶ。
「炎竜よ、今一度その威を示せぇっ!!」
「八つ異なる軌道から、別個に襲い来る火炎……か」
傍観者たる『剣姫』リリーナが、蠢きセーマへと向かう炎竜に感嘆の吐息を漏らした。
隣に立つフィオティナ、マオにかの技の所感を述べる。
「単純な威力も中々のようだが、取り回しの良さ、戦術性の高さこそが売りか。単純に手数が増えるというのは強みだな」
「複数目標への攻撃、時間差戦法、奇襲……上手いこと制御できりゃあ、やれることの幅が一気に広がりそうじゃねえか。おう魔王、おめーはどう見る?」
「どうも何も……別に?」
リリーナもフィオティナも『オクトプロミネンス・ドライバー』の戦術性の高さ……すなわち応用の幅が広い点を即座に見抜き、高く評価している。
一方で問われたマオは素っ気ない。炎がセーマに襲いかかり、そしてヴィクティムを以ていなされているのを遠目に見つつ彼女も感じたところを呟いた。
「幅が広いのはたしかにそうかも知れんがね。如何せん制御能力がまだまだ未熟だ……よく見ろ。何匹か攻めるタイミングが掴めてなくて辺りをうろちょろしてるだけだ」
「……ああ、たしかに」
「五匹突っ込んで三匹は取り巻いてるだけだな、よく見ると」
言われて女たちが見ると、豪快な炎、派手な竜に紛れてはいるもののたしかに持て余し気味のものが何匹かいる。
セーマもそれは気付いているらしく、苦笑いなど浮かべつつ迫る竜だけを適度にいなしている。一撃ですべてかき消せるものをそうしないのは、アインに技術を磨かせるためだろうと見物客三人は判断していた。
鼻で笑ってマオが言う。
「ペットじゃないんだぞ。いらないなら三匹消してその分、他の五匹の出力を上げれば良い。もっと言うと一匹だけにして八匹分すべてのパワーをそいつに注力するやり方だってある」
「そうか、別にいつも八匹出さなきゃいけねえわけでもねえのか」
「必ず八匹出さなければならない性質の技ではないのか?」
「仮にも『魔法』がそんな融通の利かん代物であるものかよ……無限のエネルギーを己が望む形で顕現する能力なんだぞ。単純に、小僧がそこまで考えられてないんだよ」
断言。『魔法』のプロフェッショナルである魔王がすばり指摘したのは、新米ながら同じ技術を扱うアインの問題点……すなわち想像力の欠如。
己の炎への理解が不足しているがゆえの応用力のなさ。元々ただの人間が、特例的に星の無限エネルギーを与えられたがゆえの弊害であった。
「ま、一朝一夕でそこまで考えられるはずもないのは理解するよ。何しろこないだまでただの人間だったんだから、常識とか固定観念ってのがあるしな」
「人間の枠を超えた分、その枠が彼の可能性を狭めているのか……」
「そんな大層な話でもない。要はまだ慣れてないってことなんだから、その内解消されるだろ。だから今、直接教えてやるかどうかはちょっと悩みどころだな」
少しばかり考え込むマオ。先達としてアドバイスしても良かったが、余りやり過ぎても肝心要のアインの想像力が発達しないことが危惧される。
だがそれを受けてフィオティナは、何だそんなことかと魔王に軽く笑いかけた。
「じゃあそう言ってやりゃー良いんだよ。おい坊主!」
「は……はい!?」
「炎の数減らしたり、一匹に集中したり応用を考えな! マオが言うには想像次第だとよ、幅広く色んなことを試せよ!」
「想像、次第……っ!」
教えを受けてアインの瞳が煌めいた。うっすらと汗をかきながらも待機状態だった三匹を、セーマへの攻撃に使用していた五匹に融合させる。
「これ、すごい……っ! 負担が一気に楽になった!」
「そして収束させた分、威力も上がるか……やるなあ!」
更なる炎の後押しを受け、五匹の威力が強まる。加えて制御の負担も軽くなったことにアインとセーマが驚きを隠さないでいるのを見やり、フィオティナはにやりと笑った。
「な?」
「な? じゃねえよゴリラ。あっさり教えてくれやがったな、何のつもりだ?」
呆れたような、苛立ったようなマオの言葉。しかしそれにも怯まず、むしろ彼女にさえ教えを授けるように騎士団長は言う。
それは彼女自身の経験則。王国の騎士を育て上げる中で得た、ある種の持論である。
「何のつもりも何もこいつは訓練で、俺たちは指導者だぜ。気付いたことは逐一言ってやらねえといる意味がねーだろが」
「む」
「良いか? 言って聞かせて、やってやらせて。まずは示してからじゃねえと何も伝わらねえよ。向こうが自分から気付くのを黙って待つ、なんてのは教える側の怠慢だ……伝えねえと伝わらねえんだよ、当たり前だがな」
「ふむ……」
教育者としての一面を覗かせたフィオティナに、リリーナも参考にしたのか感心して唸る。
森の館の戦闘防衛班長として部下を育てる立場でもある彼女にとり、数多の騎士を指揮し指導する立場のフィオティナがそのように持論を示したことは大いに勉強になる。
「職人の世界じゃそういうのも当然らしいがよ……俺たちゃ殺し殺されが当然の世界で、戦士を育ててるんだ。教え損ねがそのまま、次の日にはそいつを骸に追いやっちまうこともある。伝えられることは全部、何してでも伝えねえとよ。人一人育てるってなぁそういうことだと俺は思うぜ」
「……ちっ。お前に説教食らうとはマオさんも焼きが回ったか」
「おめーは別段、誰かに何かを教えることはしてこなかったんだから仕方ねえよ。それに俺だって偉そうに言ったが、このやり方が一番正しいって確信もねえ。参考くらいにしとけ」
「ふん……勉強になったよ」
あっけらかんと答えるフィオティナに、たしかな騎士団長としての威厳と気迫を感じてマオもリリーナも笑みを浮かべた。
まさかこの女に、ものを教わる日が来ようとは──率直に言えばそんな感動にも似た感覚がある。マオの方は悔しさもそれなりにあったが、一理あるのは承知しているため素直に受け止めた。
ゆえに、彼女もまたアインに声をかける。
「──小僧! 今から言うとおりに炎を動かせ!」
「え!? は、はい!」
「うん……? また何かしてくるのか?」
『オクトプロミネンス・ドライバー』を操作するアインに指示を与える。すなわちマオが間接的に炎竜を操作することになる。
思わぬ展開にセーマが面白そうに笑った。ここに至るまで彼は、一撃を負うどころかその場から微塵とて動いていない……マオがアインに力を貸すことでこの状況、どう動くか。
ヴィクティムを握り直してセーマもまた、呼応した。
「マオとアインくんのタッグか、面白い……! 良いぞ、何でも来い!」
「それじゃあ、お言葉通りにさせてもらうさ……まずは一匹残して残り全部、合体させて空に上がらせろ!」
「あ、は、はい! ……こ、のぉ!!」
言われた通りに炎を動かす。一匹はセーマの相手に、他四匹は遥か天空へ。
昇りがてら渦を巻いて一つになっていく炎竜。先程の三匹分も合わせてその熱量はすさまじいレベルだ……七匹分の出力を一転集中させたのだからその威力も当然、それまでとは比較にならないものと化している。
数こそ減ったものの今度は大出力の炎の制御に苦しむアイン。汗を吹き出しながらも地上と天空にて一匹ずつ操る彼に、マオは次いで指示を飛ばした。
「良いぞ……そいつをセーマくんの頭上めがけて落とせ!」
「は、はい! でも避けられませんかね!?」
「そうさせないために一匹残したんだろ……地上の一匹、分散させろ! 出力は弱くて良いから可能な限り多くな!! 辺り一面、お前の炎で埋め尽くせ!」
「そう来たか……」
ことここに至り、マオの狙いを看破してセーマは呟いた。言ってしまえばシンプルな話、地上の一匹で敵を足止めしつつ上空の強力な一匹で仕留めるやり方だ。
しかも足止めに使う炎をなるべく分散させ、面単位での制圧に用いるのだ……炎竜を集合させる戦術といい、いかにも魔法のエキスパートらしい手慣れた方法と言える。
「分かり、ましたぁ!! ぐ、ううう!!」
「とは言え、今のアインくんがどこまで制御しきれるかがな……」
ただでさえ制御に苦しんでいる様子のアイン。豪快かつ繊細な技術を必要とするだろう現状は、星の端末機構と化した少年にとっても大変な負担だろう。
フィオティナもだが、マオも大概厳しいのだなとセーマは苦笑いを溢した。
先程の騎士団長の持論、あれは彼とて頷けるところが多かったし、責任感と誠実さがよく分かるものでもあったが……彼女のような度を超えて厳しい指導を施す者がそのような思想だと、それはそれで教わる側には地獄である。
さしあたりアインが限界を超えてまで無茶しないようにだけ見守るつもりでいると、セーマが相手をしていた炎に変化があった。
「む……!」
「炎よ、散らばれ、制圧しろぉ!! 『オクトプロミネンス・ドライバー"スプレッドバースト"』!!」
アインの苦悶混じりの叫びに応え、弾けるように炎が分散した。周囲一帯に小さな炎の竜が無数に蠢く。軽く触れればそれなりに熱と衝撃がある……常人ならばこれである程度、動きが制限されることだろう。
それらの制御まではさすがにしていないのか、荒い呼吸を繰り返しながらも幾分、ましな心地になっているらしいアイン。
間髪入れずにマオが叫んだ。
「よし上出来! セーマくん、さすがに今はこれで勘弁してやれ!」
「言われるまでもないさ……見事だ! そして!!」
「は、い……!! これが本命の、一撃いぃっ!!」
状況としてはマオの理想としていたものに、そもそもの威力が足りていないまでも成立している。
それを分かっているからセーマもアインも、それぞれに構えた。勇者は空から迫る特大の炎に対処すべく、英雄はそんな彼に本命の一撃を加えるために。
「『オクトプロミネンス・ドライバー"アサルトブレーク"』ッ!! 行けえっ!!」
『オクトプロミネンス・ドライバー』の派生たる二つの形態。『スプレッドバースト』と『アサルトブレーク』。これらのコンビネーションによる特大の炎が、今まさにセーマ目掛けて振り落とされたのであった。