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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
エクストラ・デイズ『王国魔剣奇譚』
124/129

激突、アインとセーマ! 3

「まさか、ここまでのものとは……」

 

 感嘆の声が荒野に響いた。小さいがはっきりとした言葉が耳に入り、倒れ伏す中でアインはセーマを見る。

 その手に握られているのは、先程までの剣ではない。白亜の剣──一目見るだけで鳥肌が止まらない、それ程の威圧感を放つ刃。

 

 ごくりと唾を飲む。その剣の正体など問うまでもなく分かりきったことだった。

 ヴィクティム。救星剣とも称される、勇者が扱う最強の兵器が今、炎の英雄の眼前にて発現したのである。

 

「『完全反射体質』は最善のオートカウンター能力。そこに俺の意思は関係なく……だからヴィクティムを発現させた、か。俺の無意識を突いたアインくんの戦術的勝利だな、これは」

 

 独り言つセーマ。今しがた、自分がいかにしてヴィクティムを顕現『させられた』かについて少しばかり想いを馳せる。

 

 彼の、勇者としての体質が一つ『完全反射体質』。意識外からの攻撃に対して無意識が最善のカウンターを取る能力だ。

 先程の『オクトプロミネンス・ドライバー』にて発現した八匹の炎竜、その内の何匹か、もしかしたら一匹だけも知れなかったがセーマの意識外、すなわち完全なる隙を突いた。それゆえにオートカウンターが発動し、無意識がヴィクティムを発現させたのだ。

 

「遠距離斬撃まで使っちゃったよ……大丈夫? アインくん」

「え? あ……は、はい! リリーナさんたちのお陰で無事です!」

「良かった……一応『活殺自在法』は発動させてるからダメージは無かったはずだけど、それでも無意識でのカウンターだからね。あれだけは問答無用なところがあるから」

「そ、そうなんですね……」

 

 セーマの言葉を聞く内に、全身が強張り震えていくアイン。今更、遠距離斬撃の恐ろしさが身に染みてきたのだ。

 遠くから好き放題、好きな場所に好きなだけ攻撃できる。何という能力だ──実際に受けてみて心底から実感する。

 

 ふざけた能力だ。加えてオートカウンターもダメージ調節もにわかに信じがたい技ばかりで、アインはすっかり愕然として、どうにか立ち上がり呟いた。

 

「勇者……って。本当に、すごすぎますよ……」

「そういうアインくんもすさまじいさ……剣だけでなく、全身に炎を纏わせて好きなように運用できる。しかも遠隔操作できる八匹の炎の竜か。近接も遠距離もバランスの取れた、オールマイティーな戦士になったね」

「そ、んな……僕は」

 

 褒めるセーマだが、当のアイン自身には実感が薄い。相対している男の出鱈目さへの衝撃が強く、それどころでないのだ。

 ヴァーミリオンを用い、少しは彼に近づけた気がしていた。及びはしないまでも、その背くらいは見えるのではないか、と。

 

 だが現実は不意討ちに不意討ちを重ね、彼の体質を利用する形でヴィクティムを引きずり出すだけでも精一杯だった。

 正直な話、オートカウンターが発動していなければ今もなお、彼はヴィクティムを出さずに適当に『オクトプロミネンス・ドライバー』をいなしていたのだろう。それを確信しているからこそアインは、余計に悔しさを感じていた。

 

「これが……『勇者』。かつて戦争をたった一人でひっくり返した、救世の英雄」

 

 相対して改めて理解する、目の前の男の強さ、すさまじさ、そして偉大さ。

 ますます尊敬を抱くと共にたしかな落胆をも見せるアイン。自分では彼の本気、全力を引き出すことさえやっとなのか──そんな彼に向け、マオが遠い目をして声をかけた。

 

「ヴィクティムを引きずり出しただけでも大金星だ。お前はよくやったよ、小僧。大したもんだ」

「マオさん……」

「よく聞いとけ……マオさんからの、勇者の宿敵だった者からの助言だ」

 

 優しい声音で呼び掛ける。そんなマオが珍しく、他の面々は皆、目を丸くして彼女を見ていた。

 そしてマオは告げる。星の端末機構の先輩として、後輩たるアインへのアドバイス。

 

「技術だの精神だのの一点だけ見れば、彼の上に何人かいるかも知れない。リリーナとかフィオティナが最たる例だな」

「む……たしかにこと剣技に関しては、主様にも並び立てるものと自負はあるとは言わせてもらうが」

「俺はもうセーマにゃ勝てねえよさすがに。過大評価すんなって」

 

 直接的に魔王に褒められ、それぞれ反応を示すリリーナとフィオティナ。そしてアインも、そこは頷く。

 剣の技術に関しては『剣姫』こそが世界最高であるだろうし、フィオティナも自分で否定はするものの、それでも人間の域には収まらない強烈な精神性と技量とを兼ね揃えている。

 彼女ら二人は共に、特定の分野に関してはセーマにさえ長ずるところがあると言えるだろう。

 

 しかし、マオはそれでも首を横に振る。そういう問題ではないのだ、彼は。

 剣を上手く使えたり、強力な技を使えたり。そんなレベルの存在ではないのである。

 

「それでも総合的に見ると、『勇者』セーマの上に立つ者なんて存在しない。強い弱いの議論の範疇ですらないんだ。別次元なんだよ、彼だけは」

「別、次元……」

「っていうかなぁ。本気で全力となるとそいつな、まず最初に何するかったら、姿一つ見せずに遠距離斬撃で首を落としにかかるんだぜ? 勇者とか呼ばれる輩のやるこっちゃねーよ、はっきり言って暗殺者だ。そんなの相手に張り合うだけ無駄だから、変に背伸びするなよ、小僧」

「あ、暗殺者……そんな言い方もちょっと」

「いや、否定はしない。俺の本来の戦術は、卑怯なやり方だ」

 

 ほとんど誹謗めいた発言にアインが顔をひきつらせて抗議せんとしたところ、当のセーマが苦笑して肩を竦めた。

 卑怯。世界最強の戦士が自らを評するにしてはあまりにも卑下した物言いだが、彼はたしかな自信を以て己をそう判じた。

 

「戦争が嫌だった。殺すのも殺されるのも、本当なら関わることさえしたくはなかった。けれど実際にそうせざるを得ない立場になって、俺は次第に、現実逃避に走った」

「逃避?」

「目の前で人が死ぬのを見たくないから、遠くから人を殺す遠距離斬撃を編み出した。人が苦しんで死ぬのを見たくないから、痛みなく殺せる『活殺自在法』を編み出した。そうすることで少しでも、命を奪う感覚から逃げられる気がしてたんだ」

「そんな……」

「ま、ただの誤魔化しに過ぎなかったけどね。当然だけどさ」

 

 それは自己防衛の果てに生まれた技術だった。相手を殺すことで発生する罪の意識、精神への負荷。それが辛くて若き日のセーマは技を開発した。

 遠くから、痛みなく。極力自分が殺したという実感をなくしたいという極めて自分本意な、責任逃れの技術。

 

 だがそんなものを駆使したところで意味は薄かった。結局殺すことには変わりがないのだから、彼はやはり命を奪う重みに苦しみ、そして崩壊した。

 自嘲の笑みを浮かべる。

 

「結局、今の俺は必要なら殺人を厭わないようになった。元の世界の、平和な自分は大分消えたよ……ようやくこの世界に順応できたってことだから、これはこれで良いんだけどね」

「……」

「そして残されたのがこの戦術だ。マオの言う通り、暗殺じみた運用。もう滅多なことでは使わないけど、これがたしかに俺のやり方なんだ。だから、アインくん」

「は、はいっ!」

「こんな俺の戦い方は参考にするな」

 

 きっぱりと、強い口調でセーマは言った。アインに向けて、自分を目指すな、と。

 動揺を見せる少年に、優しく笑い諭す。

 

「君は英雄だ。力や技だけでなく、その心、その信念。これからの時代を担う希望の焔」

「セーマ、さん」

「だからこそ、たまたま妙な力を持たされただけの、こんな俺なんかを目指してはいけない。君は正しい道を歩んで、正しい心で力を振るえる存在になるんだ。例えばそこにいる、リリーナさんのように」

 

 話を向けられてリリーナは苦々しく顔を歪めた。

 愛する男が、偉大な主がこうまで己を卑下しているのに……けれど頂点にいる剣士としては、アインへの言葉は正しいものと断ぜざるを得ない苦悩。

 セーマの戦法は間違っても正道とは言えない……安全な場所から好きなだけ攻撃する性質は、むしろ邪道でさえあるだろう。

 

 だから頷けてしまう。頷きたくはないけれど、彼の言葉を認めてしまう。

 それが辛くて彼女は俯いた。代わりにマオが呆れて言う。

 

「あんまり忠実なるメイドを虐めるなよセーマくん……君さあ、自分の身の上が絡むと途端に卑屈になるよな」

「……そうか? 一応、なるべくそういうのは気を付けてる方なんだけど」

「はっきし言うけどすっごい暗いし、君の周りにいる奴らが可哀想だからあんまり表に出すなって。痛々しい姿見せて構ってほしい趣味でもあるのか?」

「あるかそんなもん! ……あーごめん皆、ちょっとこういう話になるとおかしくなるみたいだ、俺」

「……仕方ねえさ、そいつばかりは。あんたが悪いわけじゃねえ、それこそ気にすんな」

 

 フィオティナもまた、複雑な想いで慰めを口にした。

 召喚直後、脅されたところから戦後、末路を迎えた姿まで──目の当たりにしてしまった彼女からしてみれば、セーマが知らず知らずの内に『勇者』たる自分について否定的になるのも十分に理解できる。

 

 ふふんと笑ってマオが、ひどく勝ち誇る笑みを浮かべていた。

 

「私だけにしたまえよ、そういう鬱憤だの愚痴だの溢すのは。この世界で唯一、君の対たる存在のこのマオおねーさんがバッチリ包み込んでやるからさぁー」

「お前、前からだけどやけに歳上気取りたがるな……」

「力じゃ敵わないし精神的には優位取らないとねー! ほらほらセーマくん、おねーさんの胸で甘えても良いのだよー?」

「甘えるならミリアさんにでも甘えるかな……あの人こそお姉さんって感じだし。お前はなんか、背伸びしてる子供感すごい」

「何だとこの野郎! ミリアはズルいから引き合いに出すなよ!!」

 

 姉を、というよりは彼の優位に立てる存在たらんとしてにやつくも、ミリアという包容力のある女性の存在に憮然と叫ぶマオ。

 にわかに弛緩する空気──セーマの悪癖とも言える自嘲の気配が霧散していく中で、けれどもアインは静かに呟いた。

 

「分かりました……けど。僕にとってはやっぱり、貴方こそいつか、追い付きたい背中なんです」

「アインくん」

「貴方のいう、卑怯とか逃避っていうのも正直分からないです。持ってる技術は何でも使う、それが戦いだと思いますし」

「ま、普通はそんなもんだ。生き死に懸かってんのは戦士なら全員一緒で、相手のやり口を卑怯だとか言えるもんでもねえしよ」

 

 その言葉にフィオティナも頷く。戦士としてはアインの言葉にも一理あるのだ……どんなものであれ技は技、使いこなせばそれは実力として評価されるべきだ。

 

 遠距離斬撃を『卑怯』と評しているセーマやマオ、リリーナとて言ってしまえば世界でも屈指の強者だからこその余裕でしかない。いわば高みからの感傷、ゆえに本来ならば不必要なセンチメンタリズムである。

 

「誰だってそうさ、手持ちのカードで勝負するっきゃねえ。相手のカードにケチ付けるくれえなら、てめえのカードの種類を増やすのが戦士の掟だ」

「フィオティナ……」

「少なくともフィオティナさんと僕は、セーマさんを卑怯だなんてまったく思っていません……でも、参考にしてはいけないっていうのも分かります。単純に真似できそうにないですし、ね」

 

 苦笑いを溢す。良い悪い以前にまず、セーマの戦法を真似するのは今のアインには難しいことだ。

 極めて精度の高い『気配感知』を前提に成立している時点で、それを身に付けていないアインには遠距離からの安全な攻撃ができないのだから。

 

 つまりはそれだけハードルの高いやり方ということであり、それもまたセーマのすさまじさを証明するものとなってはいるがさておいて、アインは真っ直ぐにセーマを見据えて言った。

 

「僕は僕なりの戦い方で、貴方と並び立ちたい」

「……!」

「いつかセーマさんと冒険したり、強大な敵に立ち向かう時に……ただ力を貸してもらう僕でなく、共に力を合わせられる僕になりたい。だからセーマさん、貴方を僕の目標にしていたいんです」

 

 弟子として、いつか師と並び立ちたい。友として、いつか友と力を合わせたい。アインの目標とはつまりそれに尽きる。

 道は違えど、肩を並べていつか一緒に。その想いを受けて、セーマはやがて力を抜いて笑う。

 

「そっか……ありがとう。いつかその時がくるのを、楽しみにしているよ」

「はい! ですから……ここからはヴィクティムも込みで、勇者としてのセーマさんにお手合わせをお願いします!」

「そう、だね。冒険者としての俺は敗れた……ここからは、『勇者』としての俺がお相手するよ」

 

 構えるセーマ。先程とは比べ物にならない程の威圧が迸り、アインは反射的に構えた。

 ここからが訓練の本領なのだ──ヴィクティムを持つセーマに、ヴァーミリオンとアインでどこまで食い下がれるか。

 燃え上がる闘志を隠すことなく、第二ラウンドは始まるのであった。

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