激突、アインとセーマ!2
気配を放つまま、セーマが剣を抜いた。
ヴィクティムではない、普通の剣。とはいえこれも森の館で保管している財宝の一つであり、性能に関してはリリーナさえも太鼓判を押す程の逸品だ。セーマも何度か使用したことがあり、ヴィクティムを使わない場面での代用として備えていることが多い。
美しい刀身を陽光に煌めかせながら、頷く。
「さすがだ。結構真面目に威圧をかけたんだけど案の定、通じはしないみたいだね」
「……あの、ヴィクティムでしたっけ? は使わないんですか?」
セーマの、勇者としてのメイン武器。直に見たことはほぼないのだが、『ヴィクティム』と呼びれているらしいことだけは聞いていたその剣ではないことを訝しく思い、アインが尋ねる。
まさかヴィクティムを使う程ではない、と判断されたとは考えたくないのだがと内心不安がっていると、当のセーマはあっけらかんと答えた。
「順序があるさ、何ごともね」
「順序?」
「こないだみたく枝きれだの木剣ではもう、いくらなんでも君の相手は務まらない。とはいえいきなりヴィクティムでは、君の持つ『ヴァーミリオン』の性能を把握しづらい。だからまず、こいつで試させてもらいたいんだよ」
『魔剣騒動』を経て飛躍的に進化を遂げたアイン。星の無限エネルギーによる補佐をも受けて『焔星剣・ヴァーミリオン』なる武器さえも手に入れた彼は、さしものセーマであってもその実力を量ることが容易ではない。
だからこそ最初はヴィクティムでない普通の剣を用いて戦おうと言うのだ。ヴァーミリオンの性能も含め、今現在のアインの戦闘力を判断するために。
そのような理屈を説明すれば、アインも納得の吐息を漏らした。彼からしてもせっかくセーマと戦えるというのだ、どうせならば勇者としての力を発揮した状態を相手したいという思いがある。
ゆえにまずは、普通の剣を用いるセーマに示さねばならない──焔の英雄『焔魔豪剣』は、勇者セーマをしてヴィクティムを用いる必要がある相手なのだと!
明確な目標を打ち立てたアインは、燃え上がる心を自覚して叫んだ。
「だったら早速いかせてもらいます、セーマさん……『ヴァーミリオン』ッ!」
それは銘にしてコード。アインの体内に宿る星の力を、星の焔の剣として現世に顕現させるための決定的なワード。
少年の身体から勢いよく炎が吹き上がり、その手に集まり形を成していく。銀朱の美しい刀身。余剰エネルギーが深紅のコートと手甲、足甲を形成することで変わる、アインの姿。
ヴァーミリオンを顕現させた彼の、全力全開の戦闘形態である。
「これが、ヴァーミリオン……! 何たる威容か!」
「セーマのヴィクティムみてえに、本当に何もないとこから出やがった! しかもコートだのプロテクターだのまで、一式かよ!」
「発動から形成まで遅いなー……慣れてないのもあるけど、これが実戦ならもうセーマくんに殺されてるぞ、あいつ」
初見のフィオティナやリリーナはすっかり変貌したアインの姿とヴァーミリオンの威風に驚愕し、二度目の目撃となるマオはさっそくだがダメ出しを行っている。
実戦ならば……身も蓋もない話だが、たしかにマオの言う通りだろう。実際にアインがその名を叫んでからヴァーミリオンを発現させるまで5秒近くかかっていた。少なくともセーマを相手取るにそれは致命的な隙である。
それはフィオティナやリリーナ、更にはセーマやアイン自身にも分かっていることだ。
とはいえ今は訓練なのだ。アインも未だ自身の持つ力を十全に操れているわけでもなし、そこまで厳密な完璧性を求めるつもりは誰にもない。
まずはヴァーミリオンを手にしたアインが、セーマと戦うこと。そこが前提条件と定めた上での状況で、この試合はスタートする。
「いきます、セーマさん」
ヴァーミリオンを構えてアインが静かに呟く。幼少から剣技を修めている彼の姿は堂に入ったものであり、隙もほとんど見当たらない。
単純な剣の腕前に関してはやはり、フィオティナやリリーナにも意見を求めるべきだろう。改めてそう考えてセーマも構えれば、途端に空気が張り詰めた。
実力者同士の、一触即発の空気だ。元より静かな荒野がより静寂と静謐に覆われる中、アインは己が意気込みを叫んだ。
「必ずその剣、下します──貴方にヴィクティムを使ってもらうためにも!」
「その意気だアインくん……まずは冒険者としてお相手させてもらおう」
言うや否や、セーマは距離を詰めた。機先を制する形でアインに斬りかかったのだ。
珍しくも距離を詰めての接近戦。普段であれば遠くからの斬撃で確実かつ安全に敵を追い詰めるのが常套手段であるのだが……さすがに訓練にはそぐわないと今回、彼は遠距離斬撃をなるべく使わないようにと決めてこの戦いに臨んでいた。それゆえの先制である。
一瞬とかけずに接近するセーマの動きは常人には到底見えないものだ。しかしアインもまた尋常ならざる戦士、動体視力はかろうじて彼の動きを捉えている。振り下ろされる刃をヴァーミリオンにて受け止め、アインはその重さに呻いた。
「くっ……!」
「良い目だ! 続けていくぞ!」
刃と刃のぶつかる、不快な高音が響く。ほんの小手調べの一撃だったが、たしかに反応して見せたことが嬉しくセーマは更に刃を振るう。
二、三、四、五。重ねられていく斬撃をいずれも迎撃していくアイン。その顔に余裕などありはしない──最初の一撃目を防いだ時点で、彼は既に追い詰められていた。
「重くて、早いっ……!」
思わず呟く。予想以上の威力と速度に、まだまだセーマの実力を侮っていたらしいことをアインは痛感した。
最初の斬撃からもう、これまでに戦ってきたどんな相手よりも鋭く重い。しかもそんなレベルの攻撃がほとんど間髪入れずに繰り出されていくのだから堪ったものではない。
中には明らかに無理な体勢から、手首のスナップを利かせて放っただけのものさえある。だというのにあり得ない威力を秘めて襲いかかってくるのだ。
何という理不尽さか──アインは歯噛みして吼えた。
「出し惜しみしてられないっ!! 『インペトゥスファイア・ドライバー』ッ!!」
「っ、これは!」
たとえ本来の武器を用いていないと言えども相手はセーマ。力を出し惜しみするなど思い上がりも甚だしかったと、アインは即座に戦術を切り替えた。
すなわち単なる剣技だけでなく、星のエネルギーを焔に変換するアイン特有の特殊能力を織り交ぜた、総合戦闘術へのスイッチである。
『インペトゥスファイア・ドライバー』。かつてアインが使用していた炎の魔剣、その第一段階の進化形だ。
魔剣を用いていた時は剣に炎を纏わせる技であったが、今では更に進歩しており剣と言わず身体中、どこにでも任意で炎を発現させることが可能になっている。
「でやあっ!!」
「蹴りが、燃える!?」
今まさにアインが放った蹴りがまさしくそれであった。炎を纏い突き抜ける足刀がまっすぐにセーマを襲う。
難なく身を翻してそれを避け、少し距離を取る。燃え上がるアインは間髪入れずにそれを追った。相手が引く時はこちらが押す時……つまりは攻め時と判断してのことだ。
「おおおおおおっ!」
「『ファイア・ドライバー』より威力が高いな……! それも、桁違いに!」
銀朱の剣を燃え盛らせての追撃を受け止めるセーマが、その威力の高さに舌を巻いた。かつての魔剣の技を、遥かに上回っている──武器の違いもあるだろうが、つばぜり合いの最中でもこちらを焼かんとしている炎の勢いもまた、以前とは段違いの殺傷力だ。
そしてヴァーミリオン。星のエネルギーにて構成されたその武器の威力もまた、セーマの予想を上回るものがあった。
先程の攻勢を受け切られた時点で分かったことだが、刀身の頑丈さが底知れない。わずか数合の打ち合いだけでセーマの剣の方が欠けており、つまりはヴァーミリオンの強固さを端的に示していた。
決してナマクラを用いているわけではない。むしろ世間一般に名剣と称されるに値する逸品だ。つまりは単純な話、ヴァーミリオンがそのような名剣をさえ軽々と凌ぐ程に硬く、鋭く、そして強いのだ。
星のエネルギーにて構成されていることの意味を、セーマは噛み締めた。
「この調子だと、そのコートや手甲足甲も似たような性能だろう、な!!」
「ぐっ!?」
しかし対処できない程ではない。というより少し面食らいはしたもののそれだけのことと言っても良い。
即座にセーマは斬り返して反撃に出た。『インペトゥスファイア・ドライバー』を発現した状態のアインであってもその動き、剣筋自体に変わることはなく──ゆえにセーマは見えていた隙を突き、ヴァーミリオンを弾いたのだ。
「まずは、一本」
すっかり空いた胴に向け、さしあたり一度目の勝利はしておくかと返す刀を振り下ろす、矢先。
アインの咆哮が轟いた。
「『オクトプロミネンス・ドライバー』!!」
「!?」
叫びに応じ出でた焔の竜、その数たるやなんと八匹。炎の魔剣第二段階『プロミネンス・ドライバー』が進化形、意思に応じて自在に動く炎竜たち。
それがまさにカウンターを合わせる形でセーマを襲ったのである。
「──」
さしものセーマとてこのタイミングでは予期していなかった。完全に意識外からの攻撃だ。
炎の竜八匹に襲われてセーマが後方へとんでいく。完全に虚を突いたのだ、これにはアインも思わず、会心の笑みを浮かべ叫んだ。
「やった……! ピンチを、チャンスに!!」
「抜かるな、アイン! 主様に不意討ちは効かない!」
すかさず飛んでくる叱咤。見に回りアインへの助言を考えていた三人の内が一人、リリーナの言葉だ。
訝しむ間もなく隣のマオも声をかけてきた。
「無意識カウンターが来るぜ小僧。防御しとけー」
「首守れ、後ろだ坊主っ!!」
「っ!?」
気の無い、どうでも良さそうなマオとは裏腹に、ひどく焦った様子でフィオティナが叫んだ。
時間にしてわずか、ゆえにアインはしっかりとそれらの言葉を意識的に咀嚼し理解できたわけでもなかった。
けれども彼は咄嗟にヴァーミリオンで首の裏を防いだ。何よりも己の身を走り抜けた悪寒に、直感に殉じる形で。
そして。
「『ヴィクティム』」
──それこそが正解だった。直後に彼は首から背中に掛けて走る斬撃を、見事防いで前方に弾かれたのだから。
「が──!?」
すさまじい衝撃に吹き飛ばされるアイン。荒野の赤い大地に幾ばくか転がり、荒れ果てた土地の痛々しい地形に苦しむ。
痛みに顔を歪めつつ、今のは何だったのかと混乱しながらセーマを見る。『オクトプロミネンス・ドライバー』による炎はとうに消え果てて、彼は一人、佇んでいた。
無傷だった……傷の一つ、火傷の一つとて負っていない。それまでと何ら変わることの無い姿。
けれどその手に握るは白亜の剣。これまで使っていた剣を大地に突き刺し、彼はいよいよ本領たる『救星剣』を発現させていたのであった。