激突、アインとセーマ!1
王国南西部は町から遠く離れた場所に広がる荒野。
元々は人間や亜人の中でも特にならず者の、いわゆる賊が蔓延る危険地帯であったのだが……『魔剣騒動』にて『オロバ』がここを拠点にしたこともあり、皆殺しの憂き目にあってしまった。
更にその後、勇者セーマが『オロバ』奇襲に際し自身の秘めたる力の一部を解放、荒れ果てた大地を更に真っ二つにし、丁度中央部に大規模な裂け目とクレーターとを生み出していた。
そこから日もあまり経っていない今現在、ひとまず王国南西部ギルドの意向を受けた王国騎士団の手によって、荒野は関係者以外立入禁止となっている。
普通のギルドならば地域ごと出入制限をかける権限などあるわけもないのだが、臨時でギルド長となったフィオティナ王国騎士団長の職権乱用に近い強権発動にて実現したことだった。
「しゃーねーだろうがよ。捜査もろくに進んでねえのに、またぞろ賊どもの住処になんぞされちゃ笑えやしねえんだし」
「だからってギルド長として騎士団長の権限使うか……? あべこべも良いところじゃないか」
「兼任だから問題ねえよ。大体権力ってなぁ、こういう風に使うもんだぜ」
「そ、そんなもんですかね……?」
そのような現状の荒野の中心、勇者により大きくその姿を変えた大地を前にして高らかに笑う女。すなわち王国騎士団長兼王国南西部冒険者ギルド長、フィオティナ当人である。
『世界最強の人間』『銀鬼』と数多の称号にて世界的にも知られる女傑の、恐ろしくいい加減な物言いに弟子のセーマと孫弟子のアインは揃って苦笑を浮かべた。
「ずいぶんと様変わりしたものだ……主様の御力はやはりすさまじいな」
「この程度で済んで良かったよ、実際。あいつが力加減トチってたらこんな土地どころか、大陸が二つに裂けてたろうよ」
「あり得ん仮定だぞ、マオ。主様がそのようなミスを犯すことはない。それはお前とてよく分かっていることだろう?」
「まあねー」
三人の後ろで二人、マオとリリーナが並んで歩く。『魔王』と『剣姫』の異色とも言える組み合わせだが、お互いにとってはそれなりに慣れてきたことだ。
そんな彼女らは変わり果てた荒野について話を交わしていた。
「この有り様を作り出したのがたった一人と聞けば、さて何人が信じるだろうな?」
「主様を知っているならば信じられるだろうが……知らなければな。亜人とて、一人でこんなことは不可能だ」
「『勇者』の名が売れてりゃあ、ここも観光資源にできたろうに。遠い未来には胡散臭い捏造エピソードがくっついたりしてさ」
「歴史の中ではままあることだが、主様がその対象となるのはな……」
面白がって仮定の話を進めるマオに、リリーナも多少は乗って答えた。
勇者による大亀裂、大クレーター。すなわち戦争の英雄がその力を示した土地とも言えるのだから、もしも勇者の名がひた隠しにされていなければマオの言う通り、観光名所だのよく分からない作り話だのが生まれていたのかもしれない。
今となっては可能性の低い妄想話だが、歩きがてらの肴にはなる──そう思い気楽な心地で語り合う二人だが、前を行くセーマとしては時おり、そのような話が耳に入ってくるのだから堪らない。
「……改めて、勇者の存在が隠蔽されていて良かったって思うよ」
「そ、そんなしみじみと……」
「アンタ本当、勇者として目立つの嫌がるよなー」
遠く虚空を見つめ、ぼそりと呟くセーマにアインはひきつった笑いを漏らし、フィオティナは呆れたように言う。
隠居を自称することからもそうだが彼は基本、必要以上に目立つことを嫌っている。そのことは前から思っていたアインも頷けば、セーマはううむと呻いて答える。
「望んでもなかった力と成り行きで、変に持て囃されたり目立つのは……昔ならいざ知らず、今じゃ冗談じゃないって感じかなあ」
「昔は違ったんですか?」
「戦争に参加してしばらくまではね。何だかんだ、勇者だ英雄だ救世主だって言われてちやほやされるのは……調子に乗っちゃうものなんだよ。特に俺のようなのは、さ」
自嘲の笑みを浮かべる。セーマにもたしかに勇者として、英雄としての立場に酔いしれた時期はあった。
結果的にそれが彼を地獄に落としたとさえ言える、ある意味では致命的な増長。英雄気取りだった己を振り返り、男は頭を掻いた。
「クロードくんのことをとやかく言えないんだよ、俺も。視野を狭くして、大切なことを忘れて蔑ろにして……手痛いしっぺ返しを食らった」
「……セーマさん」
「クロードって、風の魔剣士か? あんたを逆恨みしてたらしいが」
フィオティナに頷く。風の魔剣を操りアインとリムルヘヴンに挑んだ、セーマと冒険者として同期の少年、クロード。
冒険者であった曾祖父を尊敬し、曾祖父と親交もあったリリーナに崇拝にも似た感情を抱いていた彼は、それゆえにセーマを憎んだ。リリーナをメイドとしたこと、『剣姫』以上の強さを、人体改造のみで手にしたことを恨んだのである。
決戦後、『オロバ』大幹部ミシュナウムにより海へと放り投げられてからは消息を絶ってしまった、道を踏み外した少年。
セーマは吐息混じりに彼の身を案じる。
「俺は皆のお陰で奇跡的に快復できたけど、彼は……そもそも生きていてくれているんだろうか」
「少なくともあの時点では、重傷ではあっても死ぬ程ではありませんでした。そこから先は、分かりませんけど」
「そっか……生きていてくれると良いんだけどね」
淡く微笑み、クロードの無事を願う。彼の憎しみも恨みも正直、知ったことではないのが本音だが……しかして彼は冒険者としての自分の同期なのだ。
新たに始めた生活の、新しい生き方の中で知り合った少年。そんな彼を、早々忘れることなどできそうにないセーマであった。
さておき一行は更に歩いて中央部から少し離れた、比較的平坦な地帯にまで移動した。
赤い大地が広がる荒野は、人どころか動植物さえも居はしない。精々が地を這う虫たちくらいのもので、まさしく今から行われることに際しては絶好の場と言える。
「ここらで良いかな? アインくん」
「はい!」
おもむろに尋ねるセーマに、勢い込んでアインは頷いた。熱意を秘めた瞳──まさしく燃え盛る焔を思わせる気迫に、セーマに並ぶフィオティナやリリーナも良しと笑う。
「気合い十分だな、坊主! それで良い、とにかくノリで負けてんじゃねえぞ!」
「うむ……まずは何をおいても意気込みからだ。技術や力よりもまず、心で負けるな」
「分かりましたフィオティナさん、リリーナさん!!」
大師匠と大先輩からのアドバイスにも凛々しく応え、アインはセーマと向き合った。
砂塵舞う荒野、いささかの距離を隔てて勇者と英雄が対峙する──これこそが今日、彼らがここへとやって来た目的。
すなわち『焔魔豪剣』アインの修行である。打ち上げパーティーにて約束した日を迎え、セーマ手ずからアインを鍛えることとなったのだ。
「と言っても、俺はアインくんと打ち合って思ったところを言う程度だけど。客観的に見てのアドバイスはフィオティナやリリーナさんに任せるよ。何しろ二人は俺以上の技術を持ってるからね」
笑ってそう嘯く通りであった。
訓練はアインと戦い、それを観察してフィオティナやリリーナが助言を加えるといった形に落ち着いた。総合的な実力でこそ最強を誇るセーマだが、こと戦闘技術や剣技に関しては彼女らにこそ頼るべきだとの判断ゆえである。
「そしてマオには、君の持つ星の端末機構としての力を使うに当たってのアドバイスをしてもらう。こればかりはあいつにしか頼めないからね」
その言葉に、アインはマオに目を向けた。フィオティナやリリーナから少し離れたところで腕を組み、どこか面白げに薄く笑みなど浮かべている。
エメラルドグリーンの長髪をたなびかせる少女は大袈裟なまでに肩を竦め、尊大な口調で語りかけた。
「そーいうこった小僧、己の幸運に涙しやがれよ? 『勇者』と『魔王』から直々に指導を受けるなんて有史以来お前が初めてだからな……あと『剣姫』なんかもレアだぜ。ゴリラは知らん」
「クレーターん中に放り込んで埋め立てるぞ、このキャベツ!」
「何だとこの野郎、せめて『頭』を付けろお前!!」
「止めないか二人とも、主様の前でみっともない」
顔を合わせればその度に言い争いを繰り広げる、仲良く仲の悪いマオとフィオティナの言葉をリリーナが止めた。
さしもの魔王も騎士団長も『剣姫』の言葉には耳を貸し、お互いに鼻息荒くしつつもその場は引き下がる。
相変わらずの二人に苦笑いして、セーマは言う。
「ま、とにかくアインくん。今日は世界でも指折りの実力者たちが君に力を貸してくれる。彼女たちの言葉を自分なりに受け止めて、成長のきっかけにしてもらえると嬉しいよ」
「はい……皆さん、今日はありがとうございます!」
「──そしてもちろん、及ばずながら俺も助力させてもらう」
口調は柔らかく、言葉は優しいまま……勇者の全身から威圧が放たれる。並みの人間ならばそのまま失神しかねない程の凄絶な気迫が、眼前の少年目掛けて叩きつけられたのだ。
「……っ! これが、セーマさんの力!」
突然の、荒れ狂う暴風をも思わせる威嚇の気配にアインは思わず身構えた。
亜人に近い身体能力を得て、初めて感じるセーマの気配と力量……そのすさまじさに驚愕しつつ、しかしアインは戦意を高揚させた。失神や戦意喪失などとんでもないことで、むしろ未知なる力を持つ相手との戦いの予感に、恐怖とは裏腹の興奮さえも抱いているようだった。
これまで何度かセーマとは戦闘訓練をしてきたが、いずれも『魔剣騒動』が本格化する前のことだ。枝きれ一つ持っただけの彼に成す術なく連戦連敗を重ねるばかりであった当時を思い返すだに、畏怖と悔しさとが同時に沸き起こる。
だが今ここに至れば状況は違うとアインは考える。少なくともあの頃よりは強くなっている自信があるし、星のエネルギーという極めて強烈なバックアップも付いているのだ。
「いつまでもただやられるだけなんて、できるもんか……!!」
歯を食い縛り、威圧にも負けず一歩も退かず立ち向かう。まずはここを乗り切って初めて、セーマとの訓練が始まるのだ……こんなところで躓くわけにはいかない。
覚悟を決めて気配の主、セーマを見据える。微笑を浮かべたその表情とは裏腹に、狂的なまでの気迫が放たれている。
それでもアインが依然、戦意を持ち続けて瞳の奥に熱意の焔を揺らめかせているのを見てセーマはより、楽しそう嬉しそうに笑みを深めた。
「良いね……それじゃあ始めようか。訓練開始だ、アインくん」
かくして第一歩、S級冒険者『焔魔豪剣』アインの、戦闘訓練はこうして始まったのであった。