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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
エクストラ・デイズ『王国魔剣奇譚』
120/129

悪魔ドロスとミシュナウム・3

 友と共に生きる。人間同士や亜人同士であればただそれだけの、ごくありふれた願いだ。

 しかしそれが人間と亜人との間のものであれば、そんな願いは途端に悲劇性を帯びる。

 いつか来る別れの時は、残す人間にとっても残される亜人にとっても、いつの時代もいかなる場合も悲しいものである。

 

 それを覆さんとして若き日の才女ミシュナウムは暴走を始めた。村人たちを生け贄に捧げ『オロバ』に取り入り、人間の進化を求め始めたのだ。

 

「逃げ延びた私とクラウシフは、それから500年の歳月をかけて『オロバ』の拠点を探し当てました。もうミシュナウムは死んでいたとしても……せめてあの組織は壊滅させねばと、そう思いまして」

「拠点? 『オロバ』本拠地か」

「いえ。本拠地とは別の場所で、今では既に放棄されているところです。本拠地の場所は私にも分かりかねます……いつもは大幹部レンサスの『転移魔眼』で転送されていましたから」

 

 端的にドロスは告げた。『オロバ』大幹部が一人レンサス。『魔眼』という、これもまた魔法を再現したらしい謎の力を駆使する少年の姿をした亜人だ。

 舌打ち一つして、マオは面白くなさげに鼻を鳴らした。魔剣にしろ魔眼にしろ、己が持つ技能をこうまで悪用されているのだ。腹の一つも立つ。

 込み上げる苛立ちを抑えながら、マオは続きを促した。

 

「……それで、お前らは『オロバ』に乗り込んだわけか。ミシュナウムは死んでるもんだと思ってたのか?」

「はい……ですが、いました。組織に村を売り渡した時と変わらない姿のままで、私とクラウシフを笑って受け入れたのです」

「500年も経過しているというのに、か? 何をしたのだ、その女は」

 

 凡そ常識外れの話が続くことに、いい加減ローランも気疲れするものを覚えながら尋ねた。どうにも『オロバ』周りは異様な話ばかりが目立つ……単なる理念の相違により犯罪を起こしたに過ぎない、あのテリオス元大臣ですらまともに思えてくる程だ。

 だが目を逸らしてはいけない。ドロスの言葉に、『豊穣王』は耳を傾けた。

 

「ミシュナウムは人間の進化を目的とする実験に手を染めていました。つまりは人体の、改造強化」

「改造、ね……その成果の一環が、老いなくなった人間ミシュナウムってわけか」

「ええ。厳密には老化現象を極端に遅らせたに過ぎませんでしたが……彼女は己の身体を改造し、無理矢理、私とクラウシフに並ぼうとしたのです」

「捧げられたという村人たちも、その実験の犠牲になったと見るべきか。己の夢のため、家族や隣人までをも使い潰したと」

 

 吐き気のする話だと、人間の王は不快感を露にする。王として、感情を露骨に示すのはあまり良いことではないと分かっていても……あまりにも不愉快な話だった。

 意外にもドロスはそれに同意するように頷いた。彼女もまた、時の流れを無視したミシュナウムの姿には嫌悪感を覚えたのだろう。

 けれど悲しみを湛えて彼女は言った。

 

「再会してもあの子はあの子のままでした。初めて出会った5歳の時と変わらない……変わり果てた姿。私たちへの無垢な狂愛」

「……」

「分かりますか? 彼女は、『オロバ』など関係なく初めから狂気に浸っていた。あの組織がなくともきっと、いずれはああ成り果てていたことでしょう。何故? ──原因など決まっている」

 

 懺悔のごとき声音でドロスは告げた。血を吐くような真実。二人の悪魔ドロスとクラウシフを真に絶望せしめた、ミシュナウムの狂気の真相。

 彼女は『オロバ』により狂ったわけではない。首領は元からあった彼女の狂気に目を付けたに過ぎない。

 狂気の源泉、それは。それこそは。

 

「そこに至り私たちは悟り、絶望しました。──私たち悪魔と出会ったから、ミシュナウムは道を誤ったのです。彼女の人生は遠い昔、5歳の少女が悪魔を知った時点で決定的に狂ってしまった」

「お前らと出会わなけりゃ、寿命を伸ばしたいとか考えなかったろうし、なあ」

「出会った時点で結末は決まっていた。それに気付かず私とクラウシフは、ミシュナウムに接し続けた。己のことしか考えず、ただ幸福な日々に溺れた……一皮剥けばその日々は、膨らんでいく狂気で覆い尽くされていたのに」

 

 嘆く悪魔に、マオもローランも掛ける言葉が見当たらない。幸せの日々が、後から虚構のものに過ぎなかったと知る絶望。

 あまりにも巡り合わせが悪かった。ドロスとクラウシフ、そしてミシュナウムの三人は……出会わない方が結果的には良かったのだ。

 

「そのことに気付き、私とクラウシフは、もうどうしようもなくなりました。かつての幸福は幻想に過ぎず、在りし日はとうに失われ。無惨にもその残骸となった少女だけが目の前にいて」

「……それで、ミシュナウムに協力を?」

「彼女に償いをしたかった。もうミシュナウムは取り返しがつかない程に狂い、そして罪を犯した。せめて友として、彼女と共に堕ちたかった──クラウシフは、それから100年程してから『オロバ』を抜け、逃げましたが」

「何?」

 

 思わぬ言葉にマオが声をあげた。クラウシフ……さっきから度々名が挙がっているが、印象としてはドロスとミシュナウムの共通の友人程度に過ぎないその悪魔は、更に途中で道を違えたのか。

 疑問符を浮かべるマオに、ドロスは思いもよらないことを口にした。

 

「……彼女はミシュナウムに協力する形で『オロバ』に力を貸しました。元より学者肌だった彼女は、主に兵器開発と異世界干渉技術において多大な貢献を果たしたと聞きます」

「!? 異世界だと!」

「『勇者召喚術』──その原点となった『異世界人召喚術』を開発したのはクラウシフです。そして彼女こそ『オロバ』の指示の下、王国を訪れてその技術を伝授した張本人。それを人間が改良したものが『勇者召喚術』となります」

「……!!」

 

 すべてが繋がる瞬間──

 予てより予想されていたことではあったが、『勇者召喚術』はやはり『オロバ』にてその端を発していた。つまり勇者セーマを生み出した遠因こそはかの組織ということになる。

 

 なるほどスラムヴァールがあの術を知っているはずだと、マオは心から納得した。元より『勇者召喚術』の前身となった術の出所なのだ、知らないわけもないだろう。

 しかし解せないのは『オロバ』だ。彼女は疑問を口にする。

 

「何考えて王国にそんなもん流した? 人間の進化を求めるにしても、意図が見えない行動だが……下手すると自分らの存在をばらすことにもなりかねないのに」

「それは私にも分かりかねます。ですが彼女は組織を抜ける間際、ひどく後悔した様子で呟いていました」

「……何と?」

「『恐ろしい術を開発してしまった。私は、オロバ以上の大罪を犯した』と」

「『オロバ』以上の、大罪……」

 

 邪悪な組織と比較してなお、それ以上に罪深い発明をしていたというクラウシフ。それが『勇者召喚術』の前身となった『異世界人召喚術』のことを指しているのかはともかくとしても、とてつもない何かを紐解いてしまったらしいことはマオやローランにも窺える。

 そしてそのことを悔やみ、クラウシフはドロスやミシュナウムと道を違えたのだ。共に堕ちるでもなく、友を止めるでもなく──ただ絶望と恐怖と後悔を抱き、逃げたのである。

 

「彼女を責める気は……無いと言いたいですが。その後にミシュナウムがますます狂気に呑まれていくのを見た身としては、恨み言の一つも言いたいのが本音です」

「どこに逃げたかは知らんのか? 『オロバ』の追跡などもあったろうに」

「腐っても悪魔ですよ、クラウシフも。天使に敗れてからはひたすら身を隠し生きてきた種族ゆえ、身の眩まし方は他の追随を許しません」

「経験が活きたってわけだ。クラウシフ、ねえ……」

 

 『オロバ』に与し、勇者が発生する切欠を生み出した悪魔クラウシフ。その存在にいたく興味を惹かれたマオは、内心で彼女の捜索も今後の目的に加え入れた。

 あの『勇者召喚術』の研究にクラウシフの力を借りられれば、大いに進展も早まることだろうと期待してのものだ。

 

 どこにいるかは見当も付かないが、とにかくしらみ潰しに当たってみる価値はあるかと考えていると、ドロスは更に話を続ける。

 

「残された私とミシュナウムは今日までずっと、二人で『オロバ』に協力してきました。そして私は、その代わりとして王国南西部でギルド長に就任し、奇しくもそこで始まることとなったバルドーの『プロジェクト・魔剣』に関与することとなります」

「そしてその中で『オロバ』を出し抜き、お前も逃げようとした」

「ええ。ミシュナウムもあの通り、既に改造した身でなお老いさばらえました。ことここに至り、私はもう『オロバ』を逃れ、せめて彼女が最期を迎えるまで傍にいてあげたいと……そう、思いまして」

「だがそれも挫かれた。王国の冒険者たちと、勇者と魔王の手によって」

 

 ドロスは静かに微笑んで頷いた。そこには他者への憎悪や憤怒はなく、ただただ諦観があるばかりだ。

 生気に乏しい、あるいは生きる意欲の薄いその姿。ともすればそのまま死に絶えてしまいそうな程に儚く消沈したドロスは、けれどしっかりとした口調で断罪を乞う。

 

「以上が私とミシュナウムの来歴となります。国王陛下、どうかいかようにも私を罰してくださいませ……ギルド長としての任を拝命しておきながらこの国を、人間を裏切っていた罪。この矮小なる身のすべてを以て償いいたします」

「……一つ聞かせよ。お主がギルド長となったことは、もっと言えば冒険者となったことまで、すべて『オロバ』の指示のものであるのか?」

 

 ローランの問いに、ドロスは曖昧に頷いた。『オロバ』の指示は、あるにはあった。だがその切欠と始まりは、紛れもなくドロスの内より出でた想いが発端だ。

 

「ギルド長となったことは『オロバ』の指示です。ですが冒険者活動自体は……それは間違いなく、私自身の意思と意欲によるものです」

「何故冒険者になろうと?」

「……ミシュナウムに……少しでも、楽しい話を聞かせてあげたかった」

 

 絞り出すように、ドロス。人間の親友のために共に堕ちた悪魔の、それでも縋った希望。

 それが冒険者だった。

 

「色んな人との関わり合い、楽しいこと、嬉しいこと。悲しいことや悔しいことまで……そんな、当たり前の人らしい話を。全部、私とクラウシフがあの子から奪ってしまったものだから……」

「……そうか。分かった」

「共に堕ちることを選ぶところまで、やはりお前は悪魔だ。人間を護ろうと絶滅の道を選んだ2000年前と、何も変わっちゃいないな」

「そうですね……それでいて結局、自分の手ですべてを狂わせてしまったのですから。笑い話にもなりません」

 

 俯くドロスに、ローランもマオも静かに視線を向ける。

 友を狂わせ、そのために己も堕ちた悪魔。人間と亜人の悲しい末路。

 これから人間と亜人との融和を目指そうと言うローランにとり、決して過去のものと流すことのできない、そんなエピソードであった。

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