幹部格メイドと『魔王』
館の一角に設けられた会議室。
普段はメイドたちのミーティングに用いられることの多いその部屋には今、館を取り仕切る主要なメンバーが勢揃いしていた。
「ふうむ? 幹部格メイドに食客二人……結構大事の気配がするのう。そこんとこどうなんじゃ? ジナ」
「さすがご明察。それなりに大変な内容だよ」
館の食事関係の一切を受け持つ料理班担当責任者、ヴァンパイアメイドのアリス。
同じく掃除洗濯を管理する掃除洗濯班担当責任者、ワーウルフメイドのジナ。
「まさか、主様が何か無理をなさろうとしているのではないだろうな……」
「あ、それはありませんから。今回は至って出来る範囲での人助けですよ」
警備、防衛のすべてを管理する戦闘防衛班担当責任者、堕天使メイドのリリーナ。
そして医療関係を受け持つ医療班担当責任者のサキュバスメイド、ミリアだ。
会議室の円卓テーブルには今、この四人の各班責任者が並んで椅子に座っていた。
そしてその向かいに座る、もう二人の女たち。
「人助け、ね……さすがは元『勇者』、何やら七面倒そうなことに首を突っ込んでると見た。『ショーコ』はどう思う?」
「『マオ』さん……でも、そうですね。お人好しですから、あの人。きっとまた、とても大変なことに関わろうとしているのかもしれませんね」
エメラルドグリーンの髪を床に散らばるまで長く伸ばした、装飾の多い貴族服の少女が皮肉混じりに笑いかければ、隣に座る黒髪ロングの艶やかな少女は微笑みつつも曖昧に同意した。いずれもメイドたちに匹敵する程の可憐な少女たちだ。
『マオ』に『ショーコ』──館に滞在している二人の食客である。それぞれセーマとは因縁浅からぬ仲であり、それ故にメイドたちとも良好な関係を築いていた。
この六人が今、メイド長フィリスによって会議室に集められている。当の本人は準備が整ったため、主セーマを呼びに行っているところだ。
その間、暇に明かせてマオがぼやいた。
「ったく、隠居したんならそれ相応に大人しくしてれば良いものを……さすがのマオさんも理解に苦しんじゃうよ」
「あっはは……でも、今回はもしかしたらマオさんにも関係あることかもしれないんですよ」
「は? 私に関係?」
セーマが何やら騒動に首を突っ込みつつあると、そう予感するマオ。
苦笑いしてジナが取り成せば、隣のアリスがそれに興味深げな反応を示した。
「なんじゃそら、戦争のあれこれか?」
「マオ絡みならばどうせ怨恨か何かだろう。そら、主様の手を煩わせてないでさっさと行って解決してこい。自分のことは自分でどうにかしろ」
「決まりじゃな。はい解散お疲れー」
「ちょっと待て解散するな、というか勝手に人を原因にするんじゃない! いや諸々の元凶なのは否定しないけど!!」
激しく抗議するマオ。彼女はセーマ以外ではアリスやリリーナと特に打ち解けており、互いの口振りにも遠慮はない。
そんなある意味仲の良いやり取りを見つつ、遠慮がちながらショーコが呟いた。
「マオさんが原因ではなく、けれど関係があること……? 何なんでしょうか」
「正直なところ、私やジナちゃんにも分かりかねるところはあるのよ。ご主人様は色々と推測していらっしゃるみたいなのだけれど」
「少なくともマオさんは確実に関係あるはずだよ。詳しくはご主人さんから説明していただくのが一番だし、とにかく今はお越しになるのを待つしかないけど」
「そうですか……」
ミリアとジナの、半ば勿体ぶるような物言いに余計好奇心を煽られるショーコだったが……このメイドたちがこうも言うのであれば、今はその通りにするしかないのだろうとじっと待つことにする。
そこから少しして、フィリスがセーマを連れてやって来た。
「セーマ様、どうぞ」
「ありがとう。皆、お待たせしました」
フィリスに導かれつつ軽く頭を下げるセーマにメイドたちも会釈して返す。
そして上座とその隣に座るセーマとフィリスは、少し息を吐いて体勢を整えてからミーティングの始まりを宣言した。
「それではこれより緊急のミーティングを開始いたします。議題はセーマ様よりご発表いただきたく存じます」
「ん……皆、改めて急に集まってもらってごめん、ありがとう。話は他でもない、昨日から今日にかけて行った冒険者活動に端を発するんだけど──」
促されてセーマは、昨日に起きた一連の事件について説明を始めた。
新米冒険者だけを狙う通り魔亜人。その討伐に向かったところ、アインという少年冒険者が『魔剣』なる剣と……炎の魔法を用いてその亜人を単体で倒して見せたこと。
そしてアインと『魔剣』を巡って複数の亜人が暗躍しており、今後も王国南西部で騒動が巻き起こる可能性が高いこと。
要点たるこの二点を説明して、セーマは更に言った。
「以前に国王から聞かされていた、王国内を彷徨いているらしい亜人の集団……便宜上『亜人連合』とでも呼ぶか。そいつらもどうやら関わってるみたいなんだ。いずれにせよ、アインくんを中心に何やら動き始めているように俺は思えている」
「『魔剣』と亜人連合、そして魔法ですか。なるほどマオに関係のある話ですね、それは」
リリーナが呟き、マオを見る。
釣られてセーマも視線を向けると、酷く不機嫌に歪んだ顔がそこにあった。
誰が見ても一発で分かる怒り心頭ぶりだが、セーマは物怖じせずに呆れたように言葉をかけた。
「何て顔してんだ、お前……」
「見て分かるだろ? 腹立ててるんだよ……『魔剣』だと? 魔法の行使を促す?」
「あくまで推測だがな。けれどアインくんはたしかに、『ファイア・ドライバー』という技を使ったよ……炎の魔法が用いられていた。『魔剣』によるナビゲートがあったそうだ」
「──ふざけるな。魔法は私だけのものだ」
ぽつりとマオが言った。そこに宿った憤怒はさしものセーマでさえ一瞬、絶句せざるを得ない程の気迫。
繰り返し、念を押すようにマオはセーマに言う。
「魔法は、私だけの、ものだ。私だけの──かつて『魔王』と呼ばれた私だけの技だ。分かってくれるよな、『勇者』?」
「あ、ああ……そうだな、『魔王』。けどお互いにかつての肩書きだからな。あまり拘るなよ」
「……分かってる。すまない、あまりにも予想外でふざけた話に、思わず八つ当たりしてしまった。許してくれ」
セーマの言葉に、どうにか怒りを鎮める──かつて『魔王』と呼ばれた少女マオは、いくらか深呼吸をして平静を取り戻そうと努めた。
『魔王』マオ。エメラルドグリーンの長髪をたなびかせる美しい少女の正体は、先の戦争における亜人側の首魁にして元凶。
15年前……ある使命の下この世界に発生し、亜人の約三割を率いて人間世界に戦いを仕掛けた張本人である。
戦争の終盤、『勇者』セーマとの最終決戦にて三日三晩の激闘の末に止めを刺されたと人間世界では知られているのだが──事実はやや異なる。
瀕死ながら生きていたのだ……そしてどうにか落ち延び、以後は傷の回復を待って陰遁生活を送っていた。
そうして傷が回復してからはセーマの下へ赴き、紆余曲折の末に森の館の食客として落ち着いたのが現在の状況であった。
「気持ちは分かるが落ち着けよ、マオ」
「あー、悪かったってば。アイデンティティーを奪われた気分になってすごく頭にきたんだ。今や元魔王、今やただのマオさんな私だけれど──やっぱりその辺りのプライドや自負は残っててね」
「……魔法と言っても今のところは『ファイア』だけで、それにしたところでお前の扱うものに比べれば種火も良いところだ。気にするまでもないさ」
「微妙な慰めをどうも。マオさん感動で泣いちゃうぜ? 泣かないけど」
慰めの言葉を放つセーマに、マオは軽く笑った。
『勇者』と『魔王』。本来ならば殺し殺されるのが定めの宿敵同士がこうして席を同じくし、ましてや笑顔で語らう──これこそあり得ない話だと驚く者も少なくはないだろう。
しかしセーマにもマオにもそのようなことは関係なかった。そもそも戦時下の時点ですらもう、互いの立場と使命があったから殺し合いをしていただけなのだ。
そのような柵の無い今となっては寧ろ、意気の合った相棒同士のような心地良さすら感じている……ならばそれで良いのだ。
それが二人の結論だった。
さておいて、それなりにマオの機嫌も落ち着いてきたのを見計らいセーマは話を元に戻す。
「とりあえず今後の話としては、だ。何をおいてもまずは『魔剣』について調べたい。現状、謎が多すぎるからな……マオ、力を貸してくれ」
「願ってもない。私としても気になるところだ……製造元までバッチリ突き止めてやる」
快くマオが頷く。冷静にはなっても『魔剣』とその製作者たちへの怒りは未だ燻っているのか、常には無い協力的な姿勢だ。
次いでセーマはメイドたちに向けて言った。
「そして次に、俺のフォローをメイドさんたちにお願いしたいんだけど」
「何なりとお申し付けくださいませ、セーマ様」
フィリスが応え、他の幹部格メイドたちが揃って頷く。
彼女らは既に全員、いかなる状況であろうとセーマのために力を尽くす所存である。
「ありがとう。まあ今後、状況が一段落するまではいつもより外出頻度も高くなりそうでさ……そこを踏まえて付き添いのローテーションを組んで欲しい」
「かしこまりました。日常業務や非番に支障の無い形でローテーションの組み直しを行います」
「後はもちろん、この館の防衛を強化するように。言うまでもなく最優先だからね、この館と住んでる皆の無事は」
強調して言う。アインと『魔剣』、亜人連合……色々と忙しくなりそうな気配はあるが、セーマにとって何より大切なのはいつだって森の館の住人たちの無事である。
この世界での帰るべき場所、迎えてくれる人たち──戦争において多くの人を殺めたことで、もはや元の世界へと帰ることはあるまいと決断した彼にとってのたった一つのホームなのだ、ここは。
メイドたちもその胸中を察してか神妙に頷いた。主従という関係はあれど、館の住人たちはもはや誰もが、互いに互いを家族も同然と考えている。
大切な家族を護るため、彼女らも自然と奮い立った。
「さて、それじゃあとりあえずはこの辺で一旦、お開きにしよう。後は個別に用件があればその都度相談するから、何かあったらよろしく。ああ、それと──」
そして最後に、セーマはマオの横で座る少女を見た。
ある意味では誰よりも己に近しいその少女に向けて、彼は声をかけた。
「──この後マオと一緒に俺の部屋にまで来てくれ、『翔子』」
「うん……分かった、『静真』兄さん」
発音は変わらず、しかしそこに込められた意味はこの世界で互いにしか伝わらない言葉。
セーマとショーコ──静真と翔子。
異世界から強制的に連れてこられ、戦争に参加させられた兄と王城に幽閉された妹。
数奇な運命に翻弄され続けた兄妹は互いに視線を交わして頷いた。




