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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
エクストラ・デイズ『王国魔剣奇譚』
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悪魔ドロスとミシュナウム・2

 自嘲の笑みを浮かべ、悪魔ドロスは正体を認めた。静かに王国とギルドを裏切っていたことを自白したのである。

 だが問題はそこにはないとローランは、彼女の言葉から聞き逃せないものを拾い上げていた。

 

「ある人間……? それは『オロバ』の首領ではないということか?」

「はい、陛下。私は契約主の意向を受けて『オロバ』に与していました」

「この女、あの騒動の最後に『オロバ』からの逃走を図ろうとしていたそうだからなあ。嫌々『オロバ』に協力していたってのは信憑性も無くはないか」

 

 アリスやミリアから聞いていた、風の魔剣士クロードとの決戦の一部始終。その中でドロスは『オロバ』さえも欺いての策を披露し、あまつさえことが済めば組織さえも振り切って姿を消そうとしていたらしいことはマオも聞き及んでいた。

 思い返してふと、ドロスと共にいたもう一人の大幹部を思い出して問い掛ける。

 

「……もしかしてその契約主、何ぞおかしな生物に乗ってたあのババアだったりするか?」

「その通りです。私は、『オロバ』大幹部ミシュナウムとの契約を結んでいました。陛下、魔王、一つだけ聞かせてください。彼女は、ミシュナウムはどうなりましたか?」

 

 ミシュナウムに関してのみ、ひどく必死な形相になるドロス。声音も一縷の希望に縋るような、けれど分かりきった絶望も感じさせるものだ。

 それだけあの老婆は大事な存在だったのだろう。まるで見たこともない生物を操っていた、ローブに身を包んだ謎の老婆。

 マオはあっさりとその末路を告げた。

 

「死んだぜ」

「……っ!!」

「セーマくんが殺して、私が跡形もなく消した。恨むなら恨め」

「……あ、あ……ああ」

 

 愕然と、呆然とドロスは脱力した。拘束されている身体からは一切の動こうという意志も気力も失せ、その表情は虚無にも似た空洞めいた空白の相だ。

 その姿にローランは、言い知れない不安なものを覚えた。まさか心が壊れたりはしないかと、堪らずマオに話しかける。

 

「ま、マオ殿。彼女は、これはまずいのではないか」

「ん、まずったか? 変に希望を持たせるよりはマシかと思ったんだが」

「もう少しオブラートに包むなりはしても良かった気がするのだが……」

「言われてもなあ、そういう機微を求められるのもちょっと」

 

 頭を掻きながらぼやく魔王。決して追い詰めたりショックを与えるつもりのない、完全に善意からの発言であったのだが……むしろそれがドロスに衝撃を与えてしまったのかと、彼女は焦った。

 そのまましばらく、呆然としているドロスを眺めるマオとローラン。冷たい牢内に沈黙が流れる。

 口火を切ったのは意外にも、ドロス自身であった。

 

「す、みません。取り乱し、ました」

「それは構わないが……」

「……いずれ、彼女はこうなると、分かっていたのですが。いざ実際に失うと、どうも辛くていけませんね。覚悟など、しきれるものではありませんでしたか。ミシュナウム……」

「そんなに大事だったのか? あのババアが」

 

 冷静に話ながらも、絶えず涙を流し続けるドロス。拘束されつつも泣く女に、異様なものを感じながらもマオは尋ねた。

 返ってきた言葉は、やはり肯定で。

 

「はい──はい。もはや契約主は失われました。ならばお話いたしましょう……彼女は、ミシュナウムは大切な人でした。1000年前からずっと、私のたった一人の人間の友人」

「……何?」

 

 しかしあり得ない発言にそれどころではなく、マオもローランも顔を見合わせた。

 人間の友人──1000年前からの。

 聞き間違えかと二人は問い直したが、やはり返ってくるのは同じ答えだ。

 

「1000年前です。ミシュナウムは人間の身にして1000年の時を生きた、妄執の権化。『オロバ』などに魂を売ってまで私たちに並ぼうとした、哀れな永遠の少女」

「話が見えん……こら、ポエムってないで一から話せ。お前とミシュナウムの因縁について」

「マオ殿、もう少し物言いをだなあ」

 

 腕を組み苛立たしげにことの仔細を求めるマオを、ローランが嗜める。

 そんな人間と亜人の王のやり取りに、涙を流しながらもドロスは微笑み、頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1000年前。方々を旅していた私ともう一人の同胞は、とある村に立ち寄り……そこで、ミシュナウムに出会いました」

 

 懐かしげに語る。ドロスの瞳は過去を見つめるように揺れている。

 冷たい牢の中、ローランとマオが耳を傾ける中、悪魔と人間の在りし日が明かされようとしていた。

 

「愛くるしい、5歳になったばかりの子供でした。私ともう一人、クラウシフという悪魔にも種の分け隔てなく接してくれて……それが切欠で、私たちはその村の一員となったのです」

「クラウシフ? そいつも悪魔か……お前の番か?」

「いえ、クラウシフは女ですよ。2000年前の戦争でほとんどの悪魔が死に絶えた後、二人で逃げるように各地をさ迷っていた……親友と言える子です」

 

 もう一人の悪魔、クラウシフ。彼女を語る際のドロスの表情は、何とも言えず複雑だ。

 怒っているような、哀しんでいるような、懐かしむような。それでいて、愛おしむような。愛憎混じった間柄らしいとローランが推測する中、ドロスは話を続ける。

 

「村での生活は楽しいものでした。人間たちは優しく暖かく、住まいも持つことができ、服や食事にも困らず」

「衣食住って大切だよなー……私も森の館に住むようになって改めて思い知ったわ」

「そうですね……」

 

 しみじみとドロスに同意するマオ。彼女の場合、森の館にやって来るまではその日暮らしも同然の生活を送っていたため、共感するところがあるようだった。

 けれど、と悪魔は言う。

 

「何よりも、ミシュナウムと過ごせたことが嬉しかったのです。無垢に慕ってくるその純粋な優しさに、私とクラウシフもすっかり絆されていました」

「ふん? ずいぶんできの良いガキだったんだな、あのババア」

「ええ。何しろ学業に打ち込んで、成績も当時の国でも一番でしたから。特に生物学においては若くして多くの論文を発表していた程の、神童でしたのよ?」

 

 自慢げにミシュナウムを褒めそやす。そんな時ばかりはドロスの顔も喜色満面に輝いている。

 よほど、ミシュナウムを愛していたのだ──微笑ましく思いながらもローランは訝しんだ。

 

「……それ程の才女が何故、『オロバ』の大幹部などに? しかも人間の身にして1000年生きるだなどと」

 

 その疑問に、ドロスは沈痛な表情を浮かべた。

 二人の悪魔にとっての素晴らしき時代、美しき生活、愛しき少女。それがすべてだったはずなのに、歯車が狂い始めたのはさて、いつからだったのか。

 

 ──最初からだったのかもしれない。そうドロスは嗤った。

 

「ミシュナウムは、成長していくにつれてより一層、私たち悪魔と親交を深めていきました。亜人である私とクラウシフを親友と呼んで憚らず、いつしか、私たちと共に生きて共に死にたいとまで願い始めていたのです」

「それ、は。人間では……」

「普通に考えりゃ無理だな、そんなの。寿命が違いすぎる」

「ええ。だから私たちは、その願いを一時のもの、少女の儚い憧れだと誤認してしまった──彼女は、どうしようもなく本気だったのに」

 

 人間と亜人の決定的な差とは何か。それを論ずるにあたって、まずは寿命が挙がるだろう──人間が何世代と重ねてもなお、亜人はまるで姿を変えない。

 繁殖力が弱い代わりに、極めて長い寿命を持った生命体。それが亜人なのだ。

 

 在りし日の少女ミシュナウムもそれは分かっていただろう。

 だがそれでも彼女は、悪魔ドロスと悪魔クラウシフを親友として生きる内、どんどんと彼女らに傾倒し──果ては同じ刻を歩みたいとまで願った。

 願い続けた。憧れを夢に、夢を現実にせんと努力し続けてしまった。

 

 そして、そんな努力に目を付けた邪悪がいた。

 

「ミシュナウムが成人を迎えた年の、ある日のことでした──ある男が村にやって来て、ミシュナウムに取引を持ちかけました」

「取引?」

「ええ。彼の作ろうとしていた組織への加入を餌に、ミシュナウムに実験台の提供を求めたのです」

「組織……!?」

 

 ミシュナウムと組織。この組み合わせから連想されるものなど一つしかない。もっと言えば、それを作った男の正体ももはや、一目瞭然だ。

 確信するマオを、ドロスは肯定した。

 

「首領──本名を誰にも明かさない『オロバ』の創始者にして最高指導者。あの男が、ミシュナウムの願いに付け込んだ」

「やはり『オロバ』か!」

「1000年前にはもうあったのか!?」

「当時が黎明期でした。最初期メンバーの一人が、ミシュナウムでしたから」

 

 思わぬ形で『オロバ』のルーツの一端が示された。ローランもマオも、苦々しい驚きを隠せずにいる。

 少女ミシュナウムの、親友たちと同じように生きて死にたいという願いを甘い誘惑で取り込み、そのまま己らの目的を達成するための糧とした。1000年前から変わらぬその邪悪な手口。

 ドロスは嘆くように語る。代償としてミシュナウムが捧げたもの、捧げてしまったもの。

 

「ミシュナウムが『オロバ』加入のために捧げた、実験台……それは村人たち。己の家族たちさえもまとめて、彼女はあの人たちを外道どもに引き渡しました」

「……お前とクラウシフとやらも連れ去られたのか?」

「いえ。むしろ村人たちを護ろうとしましたが何もできずに敗れました。首領たった一人に、悪魔二人が為す術なくです……今でもあの時の悔しさと恐怖は忘れられません」

 

 悔しげに自嘲する。あるいはその時にどうにか首領を打ち倒してさえいれば、ミシュナウムも止められたかもしれないとは思うものの……あの首領には今でも太刀打ちできる気がしないのも事実。

 唇を噛み締めるドロスに、今度はマオが問うた。

 

「そんな悔しくて恐ろしい、何より大切な友を外道に堕とした首領にお前は協力したのか。どんな心境の変化だ?」

「ミシュナウムに協力して『オロバ』に与していたのならば、最終的にそなたはミシュナウムの豹変を受け入れたことになるが……」

 

 ローランもまた疑問を呈する。語られた範囲では、かつてのドロスは『オロバ』と首領、そして悪に堕ちたミシュナウムに対して否定的でいたように思える。

 にも拘らず今ここにいるドロスは『オロバ』の協力者だ。村人たちを贄としたミシュナウムと手を組み、組織の目的のために国もギルドも裏切った女。

 

 何がどうなってこのような変遷を遂げたのか。未だ核心の見えてこない二人に、ドロスは微笑んで更に話を進めていく。

 『オロバ』に村人たちを捧げて姿を消したミシュナウムと、それを追う二人の悪魔ドロスとクラウシフ。

 三人の運命はここから、更に複雑な道筋を辿っていくのであった。

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