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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
エクストラ・デイズ『王国魔剣奇譚』
118/129

悪魔ドロスとミシュナウム・1

「『悪魔』という種の亜人が今のようにほぼ絶滅してしまった発端は、約3000年前にまで遡る」

 

 王城地下の牢に向かう道すがら、『豊穣王』ローランに対しマオによる説明が行われていた。『悪魔』という亜人種──おとぎ話の中にしか存在しないとされている者たちについてのレクチャーである。

 美しい金髪の美少年とそれに劣らぬエメラルドグリーンの長髪の美少女とが並び歩く様は、王城で働くあらゆる者たちの視線を惹いてはいるが……それを一切気にも留めず、二人はひたすらに歩いていた。

 

「その当時の悪魔はちょうど、対となる亜人種『天使』との種族間戦争に敗れていた。かろうじて群れを一つ分維持できる程度の状態にまで追い込まれたんだ」

「戦争……原因は?」

「単純明快、縄張り争い。当時、天使と悪魔は互いに近しい場所にいてね。しかも仲が悪かったもんだから、争いくらい起きて当然だった」

「そして悪魔は負けて居場所を奪われた、か。天使についても、知らぬことが多くてなあ」

 

 明らかな知識不足を嘆くローラン。これは彼個人の勉強が足りていないわけではなく、研究があまりにも進んでいないためだ。

 『剣姫』の存在からも実在自体は知られていた天使にしても、一切交流が無いためすべてが謎に包まれているも同然なのだ……そのことについてマオが、肩を竦めて慰めの言葉をかけた。

 

「仕方ないさ……絶滅寸前の悪魔は言わずもがな、天使なぞ永年引き篭っているばかりだからな。他種族との関わりを断ち、身内だけでこそこそと下らない妄想に身を浸しているような連中なのさ。有り体に言ってバカの集まりだ」

 

 天使を語る魔王の言葉は、一言で言えば辛辣だ。手厳しいという範疇を越えた、侮辱に近い物言いにローランが目を丸くしつつも問う。

 

「厳しいな? マオ殿は、天使と何か関わりが?」

「いや、私と言うか星ってか……あー、まあ先代までの魔王たちからある程度引き継いでるもんだと思ってくれ」

「……それはまさか、代々の魔王の知識を受け継いでいるのか? つまり、3000年前には既に魔王は存在したとして、マオ殿はそこまで遡っての知識があると?」

「ん……まあそうなるかな?」

「何、と。それはまた、不思議な亜人種もあったものだ」

 

 遥か数千年前からの知識を延々と継承し続ける亜人種『魔王』。勇者とは別の意味での規格外さに、さしもの王も面食らうばかりだ。

 実際は先代魔王というより、予め星から与えられる知識ではあるのだが、マオはそこはどうにか誤魔化して見せた。

 

 意外にもこの王は未だ『魔王』の正体──すなわち異常進化を遂げようとする人間に対し、間引きを以て対処する星の化身、最上位端末機構であること──を知らないでいるらしい。

 てっきり触りくらいはセーマから聞かされていると思っていたのだがと、彼女は小さく呟いた。

 

「要らぬ騒動を避けるためか? まあそういうことなら私も、黙ってはおくが」

「どうした、マオ殿?」

「いや……それより話を戻そう。天使によって絶滅寸前に追い込まれ、居場所も失った悪魔たち。奴らはそこで初めて、人間世界との関わりを持つこととなった」

 

 話しながら、二人は既に王城の地下へ続く階段を下りつつあった。薄暗い、ひんやりとした空気の石段はどこか不気味な雰囲気を醸し出している。

 マオの淡々とした語りが続く。

 

「当時の人間は、そこまで亜人と距離を取っているわけではなかった。ようやく文明や文化が発展しつつあるといった頃だから、身体能力はともかく、生活スタイルは亜人のそれと大差なかったからかも知れない」

「ふむ……亜人は人間の文明や文化を忌避していると言うのだから、なるほど理屈で言えばその段階ならばまだ、歩み寄りもあったのだろうな」

「まあな。結局のところ亜人とは、人間の尋常ならざる進歩に恐れをなして、自分らの群れの中で身を護っている連中だと言って良いからね」

 

 人間に対して否定的、あるいは恐れを抱いているがゆえに、亜人の大半は人間世界と関わりを持とうとしない。

 これは過去何度にも及ぶ研究において複数の亜人たちからもたらされている情報であり、もはや一般的にさえなっている認識だ。

 

 であれば3000年前、文明が黎明を迎えんとする頃ならばまだ、人間と亜人の間に今よりは友好的な関係が構築できていたとしても不思議ではない。

 そして悪魔もまた、そのような状況の中、人間たちと交流を持った。

 

「当時の人間にとっても悪魔にとっても、お互いが交流を持てたことは幸運なことだった。脆弱な人間は悪魔を擁することで彼らを守護者に据えることができたし、居場所を失った悪魔は人間に取り入ることで新たな生活基盤を確保することができた」

「双方にちょうど、上手く利害が一致する余地があったわけだな」

「左様。事実そこから1000年近く、契約に則る形で人間は悪魔に守られ、悪魔は人間に養われる時代が続いた」

「……だが今は違う。何があったのだ」

 

 蜜月関係を結んだに等しい太古の人間と悪魔。だがそれも1000年で終わりを告げたのだとマオは言う。

 何が切欠だったのか──マオは静かに、淡々と答えた。

 

「2000年前に魔王が発生し、亜人を率いて人間に対する殲滅戦争を仕掛けた。それが切欠だ」

「……! 15年前と同じ!?」

「詳細は省くが、その戦争で悪魔は再び大打撃を受けた。只でさえ絶滅寸前だったところを、もはや種を維持できない程にまで数を減らされたのさ。人間を護ろうと最後まで戦い抜いた、その代償にね」

 

 2000年前に起きた、魔王による戦争。それが原因で悪魔はいよいよ絶滅を免れない状況に追い詰められたという。

 人間を護るため、戦った末に──やりきれない話だとローランが顔をしかめた。

 

「……義理堅い、のだな。悪魔とは」

「そこだよ。さっきも言ったが悪魔ってのは契約とか約束だの、義理だのを重んじる。種族ごと堅物で生真面目な連中で、天使とのいざこざもその堅物さが一因だったと言えるだろう」

「融通が利かなかったとも取れるか」

「結果的に自分らの首を絞めたわけだから、そう言わざるを得んわな」

 

 皮肉げにマオが笑った。護ると契約した、それゆえに絶滅が確定するまで戦い続けてしまった、不器用なまでの義理堅さ。

 個人的には好感が持てるが大局的に見れば愚行とするしかないと、ローランも苦々しく判断を下した。

 

「戦後、人間は文明をほぼ一からやり直すこととなったが、悪魔はもはやほとんど存在していなかった。そしてわずかに残った個体も完全に姿を眩まして、悪魔という亜人はこの世界から消えたわけだ」

「その、わずかに残った個体の一つがドロスだと」

「だろうな。どんな経緯で『オロバ』なんぞに与したか……そこがどうも気になる。それをこれから聞きに行くってわけだ」

 

 話を終えるちょうどその辺りで、二人は目的地に付いていた。地下牢の一番奥、亜人拘束用の牢屋。

 見張り番が立ち上がり敬礼するのを手を挙げて応えつつ、ローランはその牢の中にいる者を見た。

 

 全身を拘束具で縛り上げられ、身動き一つ許されない状況の女。猿轡まで付けられて話すことさえ叶わないでいる彼女は、意識がはっきりしているのか明確に二人に視線を寄越した。

 目を見開き、驚いていることが窺える。この様な地下の最奥に、国王たるローランが姿を見せたことが信じられないのかも知れなかった。

 

「おい、牢番。中に入りたいから扉開けろ。あとあいつの猿轡も外すぞ、話したいことあるんでな」

「は。しかし」

「余が許す。拘束まで外すわけではないのだから問題はない。構わず開けよ」

「は、ははっ!」

 

 ローラン直々の言葉に、牢番は即座に牢を開けた。重々しい音を立てて開かれる扉。

 中に入り女の元まで向かう。拘束されてなお分かる、魔性の美貌──多少やつれてはいるがそれでも妖艶な魅力を放つその顔立ちに、ローランはふうむと唸った。

 

「余も初めて会うのだが……これはなるほど、評判にもなるわけだ」

「評判?」

「亜人で、S級冒険者で、しかも美しいギルド長だからな。この者を目当てに王国南西部で冒険者活動をする者もいる、などと聞いたことさえある」

「ふうん。アイドル扱いなわけだ」

 

 案外人気のあるらしかったことに関心を示しながら、目の前の女の猿轡を外す。猿轡を牢番に渡し、いよいよドロスとの対面である。

 

「っ……ごほっ、ごほごほっ──ぐ、っううっ!? ふ、ふー、ふー、くっ、う。ふうー」

 

 息苦しさから解放されたのか途端に激しく咳をして、その度に激痛が走るのか顔を歪める美女。

 どうにか痛みを鎮めようと呼吸を繰り返すドロスを眺めつつ、マオは言った。

 

「アリスに全身の骨を砕くなり外すなりされてたと聞くが……ミリアが応急処置したんだったか」

「加えて牢に入る前、王城にて治療を加えている。亜人とてそのまま牢に拘禁していては、本当に衰弱死しかねない程の状態だったそうだからな」

「やばいな、アリスの関節技……」

 

 ドロスに組付き、全身の骨という骨を念入りに破壊してみせたという森の館のメイドが一人、ヴァンパイア・アリス。その技の持つ威力を思い知り、マオは戦慄した。

 以前一度だけ、マオもアリスの技を受けたことがある。魔法の発動を封じるための組み技であったのだが、その時の痛みは計り知れないものがあった。

 

 下手をすれば自分も、この女のようにされていたのか。そう思えば自然と恐怖が背筋を走るマオだ。

 ──と、その内にドロスの息が整ってきた。

 

「ふ、ぅ……ふー、ふう」

 

 憔悴した様子で、しかしやはりその顔には理知の光が宿っている。

 深呼吸を一つしてから、涙目のまま、美女は二人に応え始めた。

 

「……ローラン陛下ですね。そして、貴女は」

「『魔王』マオ。今日はお前に聞きたいことがあってやって来たのさ、悪魔ドロス」

「!」

 

 憔悴していても魔王の登場、そして己の種族が見抜かれていることにはさすがに驚愕が勝ったらしい。

 目を見開いてドロスは呆然とし、やがて深く息を吐く。

 

「──なるほど。さすがは亜人の王、私の正体についても既にご存知とはさすがです」

「やはり、悪魔だと言うのか」

 

 ローランが緊迫の面持ちで呟いた。マオを信じていなかったわけでもないが、こうして確定してしまうとひどい驚きがある。

 そんな王にドロスは微笑んだ。疲れを隠せない、儚い笑み。

 そして彼女は、自らの正体を告げた。

 

「はい、陛下……いかにも私ドロスは亜人種『悪魔』。ある人間との契約に則り、『オロバ』に与し王国とギルドを騙していた、愚かな女にございます」

 

 太古の昔、天使との戦いに敗れ人間と出会い、そして魔王から人間を護るために絶滅の道を辿ることとなった種、悪魔。

 今となっては世界的に見ても珍しいかの種族の一人が今、『豊穣王』と『魔王』に対して名乗りを挙げたのであった。

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