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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
エクストラ・デイズ『王国魔剣奇譚』
116/129

王城にて・2

 邪悪に漏れ出た笑い声。大臣や騎士たちは息を呑み、ローランとマオは静かにテリオスを見据えた──本性の発露。

 禍々しい悪意を乗せた声音で、『魔剣騒動』のもう一人の首謀者は告げた。

 

「いかにもいかにも……私が『亜人連合』、ひいては『オロバ』に金と情報とをくれてやりましたよ。途中までは上手いこと動いてくれたんですが、やはり王国南西部はまずかったようで」

 

 にたり、くつくつ。

 粘着質な含み笑いを溢す不気味な様子に、マオは微かに顔を歪めて問うた。

 

「何が目的でそんな真似した? お前も『オロバ』の言う進化とやらの信奉者か」

「まさか……彼らとは、バルドーとは、たまたま利害が一致しただけですとも。そうでなければ誰が亜人なぞにこの国の大切な予算を流したりなどするものですか」

「……自分のやったことの重大さを、多少は分かっているのか。だのに何故、このような馬鹿なことを」

 

 ローランが呟いた。今の口振りから見ても、テリオスは国の予算、資金を大切なものだと認識しているように思える。

 にも拘らず何故それを横流ししたのか。憎々しげに青年大臣は王を睨んだ。

 

「先代アルバール王の偉大なる功績を踏みにじり、あまつさえ亜人に国を売る真似をしている馬鹿息子には、このくらいせねばならぬでしょうよ……!」

「テリオス! 貴様、言うに事欠いてなんという!!」

「挙げ句に魔王などと親しげにっ!! 亜人など、魔王など人間の怨敵に過ぎないと先代から学ばなかったというのか、愚王!!」

 

 あまりに不遜な物言いにプラムニーが激怒するも、当のローランは静かにテリオスを見ている。

 その冷静な視線に、馬鹿にされているのかと思ったか更にテリオスが叫ぶ。

 

「勇者とてそうだ! 所詮異世界から呼び寄せた兵器、人間未満の猿ごときに何故この国がそこまで忖度せねばならない!? 改造強化してやったのだから、むしろ壊れるまで我が国のために使い潰すのが道理だっ!!」

「『ファイア』」

 

 一息に勇者への憎悪、侮蔑を口にするテリオスに向け、マオの激怒が放たれた。

 『ファイア』……アインの用いる炎とは比べ物にならないレベルのそれが青年大臣の服を燃やす。

 

「──っ!? ぐううううあっ!!」

「マオ殿、止せ! 怒りは分かるがそやつは我が国の法にて裁く!」

 

 いきなりの発火にテリオスがパニックの叫びをあげる。周囲の者たちも驚愕してその場から離れる中、ローランは慌ててマオに静止を呼び掛ける。

 しかし返ってきたのは冷酷なる視線。『魔王』としての底冷えするような憎悪のオーラにさしもの少年王も身が竦んだ。

 マオは底冷えするような声音で告げる。

 

「温いこと抜かすな『豊穣王』。こんなゴミはこの世界に生きていることさえ不愉快だ……君らのルールなぞ知るか。今ここで、塵の一つも魂の欠片とても残さず消滅させてやる」

「セーマを侮辱されて腹立たしいのは余も同じだ! だがここで腹立ち紛れに殺しては、それこそセーマに申し訳が立たぬではないか! 彼は、己を原因に人が死ぬことを絶対に望んではいない!」

「……ちっ。『ウォーター』」

 

 一理あると見なしたか、マオがその手から水を放った──『ウォーター』、人を殺さない程度には加減しているが勢いはある。燃えていく服に苦しむテリオスを強かに打ち据え、遥か後方にまで吹き飛ばしていく。

 鎮火はしたものの炎と水とでダメージを負った青年大臣が呻くのを静かに眺め、マオが言う。

 

「……可能な限り厳罰にしとけよ。変な温情かけやがったらセーマくんはともかく、私やメイドたちが黙っちゃいない。私たちは彼が望むからこそ、この国の法に則っているんだからな」

「無論だ……そもそもセーマを抜きにしてもこれは重罪であるゆえな」

 

 厳かにローランが頷いた。

 森の館のメイドやマオは、そもそもセーマありきで王国の、ひいては人間世界のルールにある程度従っている。それはローランとて重々分かっていることであり、何よりそこを引いてもテリオスの罪は重い。

 立ち上がり、力なく横たわる男を見る。美貌なる少年王は、凄絶なる気迫を以て先の言い分に応えた。

 

「テリオス。先王アルバールへの忠心、そして余への不満、すべて理解はしよう──だが共感も肯定もせぬ」

「く……う」

「父には父の理想があったのだろうが、余には余の理想がある。王国に住まう、すべての人間と亜人との融和──共存共栄の道を、これからこの国は辿るのだ」

 

 言うは易し、行うは難し。何とも軽く口にしたものだと内心で思うマオだったが、しかし馬鹿な妄言と嗤いはしない。

 戦後世界を牽引し理想のため、魔王当人とさえある程度の友好関係を築こうとしているこの『豊穣王』の姿は、星が人間という種そのものに期待している『進化』にとって決して悪いものではない。

 

 何よりこの王がいるからこそ、セーマは穏やかな生活を送ることができているのだ。ある種の敬意さえ抱くマオが見る中、更にローランの言葉は続いていく。

 

「そして、テリオスよ。お主のやったことで人が死んでいるのだ。我らが国の、愛しき民が」

「……!」

「『亜人連合』の通り魔により将来有望な若者が一人。それに死ぬまではいかずとも重傷を負った者も多い……亜人もそうだ。水の魔剣士により、ハーピーの集落が全滅した。ただ一人、幼き少女だけを残して」

 

 痛切なものを胸に覚えてローランは天を仰ぎ見た。人間も亜人も関係なく、命が失われるのは哀しいことだ。ましてやそれが罪なき者、己が国の者であるならばなおのこと。

 改めて『亜人連合』、そしてその裏にいた『オロバ』への怒りを湛え、若き王は問うた。

 

「国のためにとお主は言うかもしれんが、それにより国民の命が永遠に失われた。余はその欺瞞、断じて納得せぬ」

「だ、黙れっ! この国を正しき方向に導くための、尊き犠牲に過ぎない! 私を、先代を敬っていた私のような者をここまで追い詰めた貴様こそ赦されないと知れ!」

「この期に及んで被害者面とかすごいなこいつ……」

 

 いっそ清々しい程にすべての責任をローランに転嫁してみせるテリオスに、マオが呆れ返って呟く。

 どこまでも被害者意識でいて、それゆえにローランこそが諸悪の根源なのだ。少なくともこの男にとっては。

 深々とため息を吐いて、王は苦く笑った。

 

「尊き犠牲、か──そのような言葉で、命を軽々しく扱う者が近くにいるとは、思いたくなかったよ」

「私が言えたこっちゃないけどさあ、人選はしっかりしろよお前さあ」

「返す言葉もない」

「貴様らこそ欺瞞の塊だっ! 亜人など人間の敵でしかないっ! だから私は、あえてあの『オロバ』どもに暴れさせた! 亜人による虐殺を起こさせることで反亜人の流れを作り、愚王ローランの悪政を糺すためにぃ!!」

 

 歯茎を剥き出しにして叫ぶテリオスの顔はもはや、人間性が失われている。憎悪に凝り固まった、醜い獣の面構え。

 目を逸らしたくなる程の醜悪さに、けれど誰も目を背けることはしない。彼こそは古き王国の象徴、新時代にあっては乗り越えねばならない過去そのものなのだ……正面から向き合い、否定しなければ。

 ローランは厳しくも告げる。

 

「王国の新しき時代には、人間も亜人もありはしない!」

「っ! 貴様」

「生きとし生けるすべての民は、等しく愛しき国の宝!! ゆえに! 彼らを脅かした貴様も『オロバ』も、余は断じて許しはせぬ!!」

「ぐ……」

「法の裁きを受けよテリオス! 貴様も我が愛しき民ゆえに、王国の法に則り厳正なる処分を下そう! 連れていけいっ!!」

「お……おのれ……!」

 

 覇気を以て示した王威に、騎士たちはすぐさまテリオスを取り押さえ、連行していく。

 呪詛を吐きながら、為す術なく引きずり連れられる彼はこれから牢にて拘留の後、準備が整い次第裁判に掛けられるのだ。

 

 法の範疇であれ、極めて重い罰が下されるだろう。そう確信してマオは軽く息を吐いた。

 この場ですぐさま、殺したかった思いはある──だがローランの言うとおり、セーマはきっとそれを望んではいない。ゆえに思い留めたのであるが、どうしても不満は残る。

 

「ちっ……人間はこういうところが面倒なんだ。さっさとぶち殺せば早いと私は思うんだが、セーマくんも感性は人間だからなぁ」

「不快な思いをさせて申し訳ない、マオ殿」

「あ? お前らに当たる気はないよ。私も亜人だから、人間とは考え方のズレがあるってだけの話だ。暴れたりしないから放っておけ」

 

 釈然としないまでもどうにか妥協を示すマオに、ローラン始め周囲の全員がほっと肩を撫で下ろした。

 何しろ『魔王』だ、怒りに任せて八つ当たりなどされても笑えない。

 

 騒動が落ち着き、にわかに静まる玉座の間。

 少しして、小さな手が挙がった。『クローズド・ヘヴン』No.3、シオンのものだ。

 

「すみません。シオンはそろそろ出立したいのですが」

「ん……そうか、そうであったな。連邦に向かうのであったか、シオン」

「はい。ゴッホレールとカームハルトが待っていますので、シオンは行きます。皆さん数年間、お世話になりました。向こうが片付くまでは戻って来ませんので悪しからず」

 

 ぺこり、と頭を下げる少女に大臣たちが動揺した。大臣格の一人が『クローズド・ヘヴン』であったことからして既に驚愕の事実だが、とりもなおさずこのまま王城を離れるという。

 知っている名が出たことでマオも興味を引かれたか、シオンに尋ねた。

 

「ほう……お前、あのゴリラとずばりに付いていくのか。そういやギルド長を連行するついでに、拾い物があるとか言ってたなあいつら」

「その拾い物こそシオンでしょう。あの二人は昨日、ギルド長を王城に引き渡してそのまま城下に滞在しています。会いますか?」

「いらん。あいつらは私じゃなく勇者の友人だ」

 

 シオンの提案をすげなく拒む。マオからしてみれば大した付き合いがあるわけでもないし、そもそも向こうは魔王を敵視、あるいは恐怖している節さえあるのだ。

 それよりも気になるのは彼らの行き先だとマオは言う。

 

「で、三人仲良く連邦行きか。仮にも世界最高峰の冒険者とやらが雁首並べて、そんなに大事なのか? 連邦の連続失踪事件とやらは」

「失踪事件ももちろんそうですが、連邦の治安自体が今、大変なことになっていますので」

 

 答えるシオンは肩を竦めた。無表情ながらコミカルな動作を交え、連邦と『クローズド・ヘヴン』との関係について彼女は説明していった。

 

「連邦の治安回復に向けての協力要請は以前からありましたが、シオンたち『クローズド・ヘヴン』もそれぞれ別個の案件を抱えており、中々本腰を入れることはできていませんでした」

「そう言えば何か、ああ見えて忙しいとかって話だったな、あのゴリラども」

「何しろ世界的冒険者集団だからな……今回の『魔剣騒動』とて、ゴッホレール殿とカームハルト殿に依頼をするのも中々骨が折れた」

「所在を突き止めることがまず至難でしたなあ」

 

 ローランとプラムニーがしみじみ語る。世界中で秩序を護るための活動を行っているかの組織の冒険者たちは、やはり一つところに留まることが少ないのだろう。

 興味深げにマオや他の大臣たちが傾聴する中、シオンの話も続いていく。

 

「王都で大臣をしてたシオンが折に触れ、連邦の自警団を鍛えたりもしましたがその程度では焼け石に水でした。そこに来て謎の失踪事件が発生し、これはいよいよまずいとシオンから仲間たちに打診したのです──『連邦ヤバそうだから誰か一緒にテコ入れしに行こう』と」

「テコ入れて……あー、それでちょうど王国に行く予定が付いてたあの二人が乗ったわけだ」

「そうなります。武闘派が二人も来てくれて大助かりでした。やったー」

 

 無機質に両手を挙げて喜ぶ素振りのシオン。いまいち感情の読めなさに遣りづらさを感じつつも、経緯が知れたことにマオはなるほどと頷くのであった。

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