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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
エクストラ・デイズ『王国魔剣奇譚』
115/129

王城にて・1

 大陸の大半を占める広大なる王国の中心部、王都。

 戦後の世界経済を牽引する若き名君『豊穣王』ローランが君臨する一大都市は、国政の一切を取り仕切る王城をシンボルとしてその城下を日夜、絶えることなく賑わせている。

 

 その王城の、玉座の間にて。

 一人の男が捕縛され、玉座を前に跪いていた。年若い青年の、上質なスーツに身を包んだ男だ。

 大臣テリオス──苦々しくも顔を歪めた彼は、視線を前に向けた。段差の上、鎮座する玉座に腰を下ろし見下ろしてくる少年王に向け、言葉を放つ。

 

「……王よ。これは一体どういうことでしょうか? いきなり兵を差し向けて、捕縛し連行し、まるで犯罪者のように扱って!」

 

 怒りに震えるその声に、しかし国王ローランは無言かつ無表情でいる。その傍に従う騎士たちもまた、静かに前を向くばかりだ。

 テリオスの左右には少し距離を置いて、国政を担う大臣格が勢揃いしている。彼らもまた静かに佇むばかりで無言の圧力を感じさせ、テリオスは苛々と続けた。

 

「大臣にこのような不当な扱い、たとえ王であっても許されることではありませんよ!? 即刻解放していただく! 騎士よ、私の縄を解け!」

 

 無実を訴え、騎士に己が身の解放を命ずるテリオス大臣。

 しかし応える者はいない……ただじっと、視線を向けてくるばかり。

 さすがに居心地の悪いものを感じて息を詰まらせると、『豊穣王』はぽつりと呟いた。

 

「もうすべて分かっておるのだぞ、テリオス」

「は?」

 

 不穏な声音に、心臓が跳ねる。背中を冷たく汗が流れるのを感じながら何のことかと問うテリオスに、ローランは冷たく見下ろし告げた。

 すなわちこの、青年大臣の罪状……何をしたかの告発である。

 

「国庫金の『亜人連合』への横流し……及び『オロバ』への国家機密の漏洩。いずれも裏は取れている」

「民の血税をテロ組織に与え、しかも騎士団の活動や各町村の経済や治安について密告していた、と……やってくれたな? テリオス!」

「……何を、何を馬鹿な! そんなことは、私はしていない!!」

 

 冷静なローランと激昂するプラムニー。対照的だがその瞳に宿すのはいずれも同じ、憤怒。

 一瞬硬直し、すぐさま大声で否定するテリオスだが……

 

「おいおい、お約束みたいな言い逃れだな? ちょっとはアレンジ利かせてみろよ、大臣さん」

「……!?」

 

 突然姿を表した少女に目を剥くこととなる。

 この場にいるとは思っていなかった、いるはずのない存在であったためだ。

 エメラルドグリーンの長髪を床にまで伸ばした、美しい顔立ちの少女。しかしてその正体は、かつて人間世界を恐怖に陥れた最恐の存在。

 

「ま、魔王!?」

「いかにも……お前が隠れ蓑にしてくれやがった魔王その人だぜ。その節はどうも、よくもやってくれたなカス野郎?」

「……っ!」

 

 魔王──マオは、凄絶に嗤った。全身から放たれる殺意と威圧がテリオスはおろか周囲の者全員を圧倒する中、ローランがかろうじて声をかける。

 

「マオ殿、怒りは分かるが気を鎮められよ……我らは脆弱なる人の身ゆえ、そう荒ぶられては保たんのだ」

「ん……悪い悪い。ついね、イラッときちゃった。打ち上げパーティーに参加できない鬱憤もあるかも。あーあ、今頃セーマくんたちは思い切り飲み食いしてるんだろうなあ」

 

 ぶつくさとぼやく魔王。時はちょうど、セーマやアインたちが王国南西部は町のレストランにて宴会を始めた辺りであり、ロベカルへの配慮から参加を拒まれていたマオは、暇潰しも兼ねてこうして王城にやって来ていたのだ。

 あからさまにがっかりしている姿に苦笑してローランが提案した。

 

「良ければ後で食事をして行かれるか? 馳走を振る舞うが」

「そうだねえ……このカスをさっさととっちめた後ローラン、君にもちょっとした話があるからその時にもらおうかなー」

 

 有り体に言えば、奇妙な光景ではあった。人間の王と亜人の王とが、多少打ち解けた様子で言葉を重ねている。

 両者共通の『勇者』という存在が緩衝材になっているがゆえなのだろう。とはいえそんなことは関係ないテリオスは、口泡を飛ばしてローランに叫んだ。

 

「王よ! なぜ憎き魔王とそのように話される! ましてや私にあらぬ疑いをかけるなど、何を唆されたというのです!?」

「まーだ言い逃れすんのかよ、見苦しい奴だなあ……あのバルドーのがまだ、まともな態度でくたばったぜ?」

「っ。き、さま」

 

 肩を竦めて呆れ返るマオのその言葉に、テリオスは呻くばかりだ。バルドー……いかにも彼が支援していた『オロバ』大幹部の名前だ。

 死んだというのか。未だに『魔剣騒動』の顛末がこの王都にまでは届いていないゆえ、明かされたかのワーウルフの死に青年大臣は動揺を隠せない。

 語るに落ちる──その反応に、その場の全員が深くため息を吐いた。マオが心底から馬鹿にした声音で言う。

 

「こんなのが内輪にいるとはね……王国も大変だな」

「いつの時代もこの手の輩はいるものだ。内側からの脅威と言うべきで、もちろん取り締まりはしてきたつもりだが……今回は桁が違う」

「何しろ国の資金と情報をテロ組織に渡したのです。それを元に『魔剣騒動』が起きたというのであれば、この者は紛れもなく首謀者の一人」

 

 プラムニーが殺気さえ込めてテリオスを睨む。歴戦の大臣が放つ気迫に、青年は気圧されつつも言い返す。

 

「証拠は、証拠はあるというのか!? 私がそのようなことをしたという、決定的な証拠が!!」

「あるとも」

「!?」

 

 即答で証拠の存在を示され、テリオスは絶句した。

 何一つ、痕跡らしいものは残していないはず……そう内心で己に言い聞かせつつ、しかしたしかな恐怖と不安が入り交じっていく。

 あくまで知らぬ存ぜぬを通さんとする男に、ローランは不愉快そうに顔をしかめて告げた。

 

「お主はおろか、ここにいる余とプラムニー、そして今は王国南西部へ向かったフィオティナ以外誰一人として知らぬことではあったがな……『クローズド・ヘヴン』の一人を雇い、内部監査として時折探りを入れさせていた。かの組織が結成した頃から今に至るまで、数年間な」

「な、ぁ──!?」

「『クローズド・ヘヴン』!?」

 

 衝撃的な言葉に、テリオスはおろか他の大臣格、騎士、挙げ句マオまでもが驚きに目を丸くした。

 『クローズド・ヘヴン』。世界秩序を護る10人のS級冒険者による組織のメンバーが一人、ずっと王城に潜伏していたというのだ。

 

「マジかよローラン……あのゴリラ2号とずばり野郎の同類を、そんな昔から雇ってたのかよ」

「ゴリラ、ずばり……? いや、とはいえ四六時中拘束しているわけでもない。彼女の他の活動を阻害しない範囲で、大臣格の一人として今日に至るまで動いてもらっていた──最近ではテリオスの補佐などをな」

「ま、さか……!?」

 

 自然と小刻みになっていく呼吸にも構わず、テリオスは大臣たちの列に視線を向けた。その中の一人、紅一点の少女を見る。

 白い髪、白い肌のドレス。無機質なまでの無表情が神秘的な雰囲気を醸し出す、美しい少女。

 他の大臣、騎士、そしてマオとローランも一斉に彼女に視線を注ぐ。突き刺さる視線に対してやはり無表情のまま、彼女はピースマークなど作ってみせた。

 

「いえーい」

「シオン──! 貴女が、まさか!?」

「いかにも。シオンこそが『クローズド・ヘヴン』No.3。『輝賢』シオンです。ぴーすぴーす」

 

 動作は茶目っ気があるが無表情ゆえ、どこかちぐはぐな……少女シオンの名乗りに、テリオスは完全に頭が真っ白になった。

 同じ時期に大臣となった、同期で年下の少女。以前聞いた話では、王国の教育機関を首席で卒業したという才媛という話だったはずだ。己の補佐に回ってきた際にも調べたことだ、間違いない。

 

 それが、『クローズド・ヘヴン』──?

 

「身分、まで……偽って、いた……?」

「いえ、シオンはたしかに首席でした。ですがそれ、15年程前の話だったりしますね」

「……え?」

「実はシオンは当年とって26です。貴方より3つ年上だったりします。勇者様と同い年ですね、いえーい」

「そこ喜ぶとこか?」

 

 マオが思わず突っ込んだ。どうにも何かズレたものを感じさせる女だ……ゴッホレールやカームハルトに比べ、格段に変と言える。

 それにしても、とマオが呟く。

 

「26? ……えらくまた、若作りだな」

「若作りじゃなくて若いのです。シオンは人と亜人との間に生まれましたので、人間よりかは成長と老化が遅かったりします、いえー」

「! 人間と亜人のハーフか、珍しいなおい」

「はい、シオンは珍しいのです。えっへん」

 

 胸を張るシオンに、マオは目を丸くするばかりだ。

 人と亜人のハーフ──存在しないこともないが、人間世界ではまず滅多なことではお目にかかれることもない。異なる種族間において子を成せる確率が極端に低く、加えて生まれたとしても亜人側に引き取られていくケースがほとんどのためだ。

 

「身分だの何だの複雑な人間社会では迫害されがちで、シンプルな構造の亜人社会の方がまだ受け入れられやすいからなんだが……お前さん、何でまた人間社会に残ったんだ?」

「さあ? シオンの母、ダークエルフの亜人なんですが、その人に聞いてみないと分かりませんね。まあどこにいるかも知れませんが。あ、父は数年前に他界しました」

「軽いな……気にならんのか?」

「シオンはシオンですから。種族や生まれは単なるルーツに過ぎないと知っています」

 

 あっさりと語るシオンからは、何らコンプレックスの陰も差していない。心から、己という存在、そのアイデンティティーを確立しているのだと窺えて、マオは納得したように頷いた。

 

「シオン……貴女は、私を補佐する振りをして、ずっと監視していたのですか。この数年、ずっと」

 

 一方でテリオスが、震える声で小さく声をあげた。俯いてその顔は見えないが、声音はすっかり諦めと絶望に満ちている。

 シオンはその問いを否定した。

 

「いえ。シオンはこの王城内でのあらゆることに目を配っていました。テリオスを本格的に調べたのは、陛下から国庫金に辻褄の合わないところがあると聞かされた時点です」

「な、ぜ……そこで、私を」

「前々からこの大臣格の中でテリオスだけが唯一、陛下や今の体制に対して翻意があることは知っていました──アルバール王に批判的な意見が出る度、殺気立つのは控えた方が良かったですよ?」

「っ」

 

 テリオスは完全に沈黙した。

 完全に図星だった……彼だけは大臣格の中でただ一人、ローランでなく先代のアルバールに忠誠を誓っているのだから。

 

「誰が誰に忠誠を誓おうがシオンは別に構いはしませんが、そういう事件があったのならば、まずはあからさまに陛下に敵意を抱いているテリオスが怪しいと思って調べました」

「結果、いくつものダミー企業を経由して『亜人連合』に資金と情報が届けられていた事実を突き止めたわけだ……一番最初の出所はもちろんこの王城、名義はお主の担当しておる部署だ」

「報告書ならたんまりとあるぞ。見てみるかねテリオス」

 

 シオン、ローラン、プラムニーの三人による言葉。そしてその場一同からの冷たい怒りの視線。何よりもはや言い逃れのしようがない状況。

 それらすべてが、テリオスの心を完全にへし折っていた。

 

「──くく。まさかあれだけ便宜を図っておいて、それでも失敗するとはな。やはり所詮は亜人か、人間に楯突く化け物どもが」

 

 嘲笑。

 テリオスの素顔、本心の言葉に、一同が身構えた。

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