打ち上げパーティー・2
アインとソフィーリアの合流を以て勢揃いした、魔剣を巡る戦いの功労者たち。
事情があり参加しないアリスやミリアやマオ、そもそも今や王国南西部を離れ王都へ向かった『クローズド・ヘヴン』の二人を除けば、この面子が『魔剣騒動』最終局面に関わっていた面々だ。
「あれ……マオさんはいらっしゃらないんですか?」
「メイドの皆さんはその、リムルヘヴンに気を遣ってっていうのは分かったんですけど。マオさんは何か理由が? お忙しいとか?」
「ん、いや……別に忙しいわけじゃないんだけど。ほら、立場的に色々とね」
今夜の飲み会の会場であるレストランに向けて歩く道すがら。少年少女の質問にセーマは答えていた。
リムルヘヴンを想って欠席したアリス、リリーナ、ミリア……ついでに言えば、そんな彼女らに合わせた形のジナ。
この四人はともかくとしてマオは別段、リムルヘヴンに気兼ねする必要もなければ忙しくて来られないわけでもない。
それでは何故、彼女まで飲み会を欠席したのか。セーマはどこか慎重そうに、小さな声で説明した。
「あいつ、ロベカルさんとは本気で折り合い悪いんだよ。戦争絡みで」
「そう……なんですか?」
軽く目を見開いてソフィーリアが驚く。マオとロベカルが不仲などというのは知らなかったが、言われて振り返ればたしかに、あの二人だけは言葉一つ交わしていなかったようにも思える。
一方でアインは得心したように頷いている。マオが『魔王』であることについてより詳しい立場──もっと言えば彼自身が魔王に近い存在と化しているからこその理解だ。
「『魔王』として戦争を起こしたんなら、ロベカルさんからしてみれば絶対に許せない相手ですよね」
「あ……そっか。ロベカルさん、仰られてたものね」
戦争によって心に大きな傷を負うこととなったロベカル老。それゆえに戦争を引き起こした張本人である『魔王』マオの存在は、たとえ何があろうと許せるものではない。
複雑な表情を浮かべたアインとソフィーリアに、セーマもまた複雑な笑みを浮かべる。
「俺があいつを家族としたのも、本当なら納得なんていってないはずだ。それをどうにか抑えてくださっているんだから、せめて鉢合わせないようには配慮したくて、さ」
「そうでしたか……それなら仕方ないですよね」
「ああ。今日のあいつには行き帰りの『テレポート』だけ頼んでる。何か用事があるなら帰り際に付いてくれば良いよ」
「いえ、この場にいなかったので気になっただけなんで」
緩く首を左右に振る。戦争の最中、多くの若者を目の前で失った老人の心中は、アインには到底推し量れないものだ。
かといってマオを悪とも断じきれない。彼女は彼女で、星の端末機構として世界そのものの尺度と都合によって動いたのだ。
いずれにしても仕方のないものなのだと、今や『魔王』同様の存在となったアインは受け流す外なかった。
「じー」
「……え? えと、リムルヘヴン、じゃないよね?」
……と、そんな彼を見詰める少女が一人。リムルヘヴンと見紛うような、けれどつぶらな瞳はより無垢で、より純真な光を湛えていて。
いち早くソフィーリアが反応する。
「リムルヘルさん、ですよね。アイン、ほら。病室で寝てた方の」
「あ、そうだった。リムルヘルさんだ」
「じー、じー」
「……ええと、僕に何か?」
呼び掛けにも答えずひたすらに、歩きながらずっと、アインを見つめ続けるリムルヘル。
困惑しきりにアインとソフィーリアが顔を見合わせていると、リムルヘヴンの双子の妹はいきなり高らかに告げた。
「アインきゅん、ありがとー!」
「えっ、えっ?」
「な、何がですか?」
「アインきゅんきゅんのお陰でヘヴンちゃんのドグサレ老害ごっこ地獄変がそろそろ終わりそうなのらー! 次はー、天国?」
「ど、ドグサ……?」
両手を握りしめ、ヴァンパイアの少女はアインに感謝した。聞き馴染みのないためよく分からないが、それでも何か恐ろしくリムルヘヴンに対して辛辣な言葉が放たれた気がする。
セーマの隣にてフィリスが、やはりこちらも戸惑いつつ問う。
「ええと、つまりリムルヘル……貴女はアインくんのお陰で、リムルヘヴンの古い時代のヴァンパイアごっこが終わりそうだと言いたいのですか」
「ピンポンピンポーン! 大正解につきヘルちゃんポイント8000ポイントあげましゅー! ヘルちゃんくじ引きます?」
「引きません」
「しょんぼりー……」
冷淡な返事に何やら肩を落とすがそれも束の間、すぐにまたリムルヘルは元気良くアインに爛々とした瞳を向けている。
掴み所がないどころの話でない、まったく理解の及ばないリムルヘヴンと瓜二つの少女に、同じ顔でもこうまで変わるものかと感心さえしつつ少年は言う。
「えと、僕のお陰でって何ででしょうか?」
「ヘヴンちゃんが人間さん認めるなんて初めてさんだしー! しかも男の子ー! きゃー、せいしゅーん!!」
「……アイン。何だかアリスさんのはしゃぎようを思い出してきちゃった」
「さすがソフィーリア、僕もだよ」
飛び跳ねさえするリムルヘルの姿に、いい加減アインとソフィーリアも、もっと言えば彼らの周囲にいるセーマやフィリスもラピドリーたちさえも気づいていた……つまりはいつぞやのアリスと同じだ、と。
風の魔剣士との決戦の中、リムルヘヴンはアインを認めた──人間だが尊敬すべき戦士として、共に並び闘う友として差別的思想をさえ越えて彼を認めたのである。
それに対して盛大な喜びを見せたのが、誰あろうアリスだった。
元より他人の色恋沙汰は嫌いでないアリスは、娘同然のリムルヘヴンがにわかに春の兆しを迎えたことに──実際は異なるのだが──それはもうはしゃいだ。大はしゃぎだった。
「リムルヘヴンが心底からうんざりしてたね……いや僕としても困った話だったけど」
「でも私もビックリしたのよ? 全部終わった後、アインとリムルヘヴンさんがやけに仲が良くて。しかもアリスさんはそんな二人をからかってたし」
「ソフィーリアに誤解されるかと思ってヒヤヒヤしたよ……」
「アリスちゃんがごめんね、二人とも……」
困ったように笑う二人にセーマも謝った。後からはしゃぎすぎたことをアリスも反省していたが、やはり横恋慕はどうかと思う……そんな考えからのものだ。
「おりょーん……アインきゅん、ヘヴンちゃんいらない? 不良在庫?」
「え……いえその、いるとかいらないでなく」
「愛人さんとかオススメざんすよ? 何なら今ならヘルちゃんも付いてきて酒池肉林だぜい?」
「いやいやいやいや」
平気な顔をしてとんでもないことを提言するリムルヘル。普段からのすっとんきょうな言動ゆえ、冗談で言っているのかはたまた本気であるのか、それさえも分からない。
アインがどうしたものかと困り果てていると、そんなリムルヘルの首根っこを後ろから掴み、引っ張る者がいた。
彼女の双子の姉、まさしく話題に挙がっていたリムルヘヴン当人である。
「ヘル。いい加減にしろ……アインはたしかにひとかどの戦士だが、男としての魅力を感じることは何一つとしてない」
「そ、それはそれで地味に酷い!?」
「私個人の感性だ、気にするな……それにお前にはソフィーリアがいるだろう」
「そ、そうだけどさぁ!」
別にリムルヘヴンと男女としてどうこうなりたいなどとは露にも思っていないが、『男として魅力を感じられない』とまで言われては、さすがに男として納得のいかないところもある。
アインが口元をひくつかせて呻く。その隣でソフィーリアが、そっとアインの腕に自らの腕を絡ませて寄り添った。
「ソフィーリア……?」
「アイン。アインの格好良さや男らしさ、魅力的なところは私がたくさん、知ってるからね?」
「え、あ……あ、ありがとうっ! ソフィーリア、大好きだぁっ!!」
「私もよ、アイン!」
最愛のソフィーリアからの嬉しい言葉に、アインは感動に身を任せて彼女を抱擁した。無論、歩き続ける道の途中、往来の只中である。
当然衆目が集まるが、それさえ気にせず二人は抱き合っていた──リムルヘヴンが指差す。
「見ろ、ヘル。この色ボケどもを……面倒臭すぎる、そもそも割って入りたくもない。だからあまり下らんことを言うな。疲れるだけだ」
「ぬほほー……ラブラブアベックすなぁ」
「というか往来で止めろ、鬱陶しい。ただでさえキワモノ集団なのが余計に目立つだろう」
「き、キワモノ……」
忌憚ない鋭利な言葉にセーマも苦笑いを禁じ得ない。たしかにこの集団、個性的な面子ばかりではある。その上アインとソフィーリアが抱き合っているのだから、それはもう目立つことこの上ない。
反論も思い付かずに彼は、前方を指差して言った……すぐそこまで目的地が見えていた。
「ははは……ま、まあほら、レストランも見えてきたし。二人もそろそろ落ち着こうか」
「あっ。す、すいません」
「つい私たちだけの世界に……」
「いやいや、青春青春!」
顔を真っ赤にするカップル二人に微笑んでから、セーマは他のメンバーの様子を確認した。
ロベカルは先程から『勇者』としてのセーマについての説明をレヴィにしており、何やらラピドリーとジェシーもそれに参加していた。
この父娘も『魔剣騒動』の折、セーマが勇者であることは聞かされていたのだが、それとて触り程度しかなかった。
しきりに驚いたり顔を曇らせたりと、レヴィと並んで多彩なリアクションを示している。
リムルヘヴンとリムルヘルはアインとソフィーリアが抱き合った辺りから少し距離を置き、二人で話をしている。
こちらも大概仲睦まじい様子で、瓜二つの美少女がそうなのだから視線もしっかりと集めていた。
そして眼前にアインとソフィーリア、隣にフィリスを連れたセーマだ。
合計10人。それを確認して、全員にセーマが声をかけた。
「そろそろレストランなんでそのつもりでお願いしまーす」
「おお、そうですか……続きは会が始まってから、酒でも入れつつやろうかのう?」
反応してロベカルがレヴィたちに告げる。『勇者』という戦場の伝説について、老翁の戦争体験も交えての話を聞いていた三人は、それぞれ複雑な思いで頷く。
「は、はい……セーマくん、本当にとんでもない人だったんですね」
「宴会で戦争の話は聞きたかねえなあ、俺」
「うーん、私も……」
「無理強いはせんよ。わしとて、思い出したくないことは話すつもりもないしのう。酒が不味くなるでな」
言いながら、セーマの後ろに並ぶ面々。アインとソフィーリアもセーマの隣にまで下がり、あともう少しのレストランに向かっていく。
立ち並ぶ店を眺める中、ふと何かに気付いてアインが尋ねる。
「……もしかして、今日の宴会場ってメリーサさんの店ですか?」
「おっ、良く分かったねアインくん。いかにもそうらしいよ、ギルドの人からはそう聞いてる」
「やっぱり!」
喜色満面に少年が笑う──知り合いの店だった。
アインとソフィーリアが小さな頃からよく世話になっていたという、妙齢の女性メリーサ。彼女の切り盛りしているレストランで今日、宴会は行われる。
「『魔剣騒動』でもちょっとだけ関わりあったろ、あの店。だから打ち上げにはもってこいだと思ったらしい」
「ワインドさんがメリーサさんに執着してましたもんね……」
ワインド。リムルヘヴンの前に水の魔剣士であった男は、メリーサに恋い焦がれていた。狂気に堕ちて暴走してもなお、求める程に──ある意味では彼女も『魔剣騒動』の関係者なのだ、会場としては意味あるチョイスとも言える。
しみじみと振り返るセーマとアインが、いよいよレストランの前までやって来た。
店の前にはギルドの職員が数人いる。いつもセーマを担当している事務員の女ももちろん待っていて、一行を確認するとすぐに挨拶してくる。
「ようこそお出でくださいました、お疲れ様です皆さん!」
「皆さんこそお疲れ様です。お忙しい中、セッティングまでしていただいてありがとうございます」
「いえいえ。ギルドとしては、せめてこのくらいはさせていただきます。それではどうぞ、中にお入りください」
促されて店の扉が開く。中にも何人かギルドの職員がいるのが見える──それだけではなく、見知った気配がいることもセーマは感知していた。
「……? ああ、そういえば来るとか言ってたっけな」
「お分かりみたいですね、さすがです」
まるでサプライズにもなりはしないと事務員の女が笑う。フィリスも気配に気付いてにわかに困惑している。
この町に来るのはともかく、なぜ宴会に? ……広がる疑問を胸に、セーマは店へと入っていった。