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勇者のスタンス、そして帰還

 アインたちの見舞いもそこそこにして、セーマたちはひとまず今回の顛末をギルドに報告した。

 いつもの通り事務員の女だったのだが……亜人を倒したのが新米冒険者であるアインたった一人であることが到底信じられないのか、事務員の女はにわかに疑念の色を滲ませている。

 

「それは……信じがたい話ですね」

「俺もそう思います。ですがまあ、うちのメイド、ジナもミリアもそれはしっかりと確認していることなので」

「あ、いえ! セーマさんたちを信じられないわけでは決してありません。ですが、人間がたった一人で亜人を倒すだなんて……それも新人のアインさんが」

 

 事務員の疑念は至極真っ当だ。腕利きが束になってようやく勝てるような相手に、素人に毛が生えた程度の新米が一対一で勝てるわけがない。

 では何故、アインに限ってそれが成し遂げられたのか──謎の魔剣の話に及ぶと、事務員はそこで難しげに顔を歪めた。

 

「実のところ、怪しい男から剣を受け取ったという報告は聞いていました。ですが本人の強い希望がありましたので、引き続き運用しても良いものとしたのです」

「ギルドはその辺りの冒険者の判断にはあまり介入できませんしね」

 

 ジナの言葉に頷く事務員。

 冒険者への依頼斡旋や情報登録による管理などを行うギルドは、しかし冒険者の個人的な裁量や判断に関してはあまり口出ししないのが常だ。

 自己責任の下で自由に動けるがその分、生じた責任もすべて背負う。それが冒険者というものの本質なのだと示すかのような姿勢であった。

 

「そうなんです、ジナさん。しかしその剣が、まさかそこまでの力を秘めた代物だったなんて」

「炎を発現する能力……しかも魔剣がその使用方法を教えてくるのだと、アインくんは言っていました。加えて異常な治癒能力の付与まで行っている疑いがある」

「使用者の心身に干渉してくる剣ですか……あまりにも危険ですね」

 

 セーマの危惧を理解し、事務員も強い懸念を魔剣に対して抱いたらしい。

 何しろ得体が知れないにも程があるのだ、当然の話だろう。次の瞬間には何が起こるか分からないような代物が、どういったわけか新人の手に渡っていることの危険性に気付けないギルドスタッフはいない。

 

「緊急につき、アインさんに魔剣の引き渡しを要求することも視野に入れますか……」

「いえ、それはまずいかと」

 

 没収さえ口にする事務員に、しかしセーマは冷静に答えた。

 彼としてもとりあえずはそれができれば一番良いとは思うのだが……行うにはいくつかのリスクがあった。

 

「二人を回収して町へ向かう俺たちを、監視しようとしていた亜人がいます。二体、いずれもそれなりの手合いでしょう」

「……! その亜人たちはどうなさったのですか?」

 

 緊迫に顔を染めつつ事務員が訊ねた。

 あの新人冒険者の持つ怪しい剣には、亜人が複数で監視するだけの何かがあるというのか。

 ともかくセーマにどう応対したかというのが気になる彼女に、彼はさらりと答える。

 

「途中で適当に足止めして追い払いました。まずはアインくんを病院へ連れていくのが先決でしたので、ぞんざいな対応になったことは否定しません」

「そうですか。いえ、お見事です」

 

 事務員は賞賛しつつ、内心では更に戦慄していた。

 やはりこの青年は桁違いだ……追い縋る亜人を相手にこともなげに、適当にぞんざいに足止めし、あまつさえ追い払ってさえみせたというのだから。

 普通の冒険者ならば監視に気付きもしないだろうし、気付けたところで打つ手もないだろう。

 

 改めて恐るべき強さを持つ謎の館の主。そんな彼は更に続けて言ってきた。

 アインから魔剣を取り上げることにより生じる、懸念を。

 

「通り魔をしていた亜人も、アインくんから話を聞く限りでは魔剣の使用者を求めての犯行だったみたいです」

「つまり、通り魔は怪人物と関係があると?」

「そこまでは断言できませんが……監視者も含めて仲間だと見た方が良いかもしれません。魔剣を使いこなしていないアインくんに怒りを見せていたそうですから」

 

 昨日アインから聞いた、通り魔亜人の口振りから察するに……あの男はむしろ魔剣が使用されることを望んでいた節があるようにセーマには感じられた。

 魔剣を渡した男も素養がどうのと言っていたらしいので、やはり繋がりがあると考えるべきだろう。

 

「現時点では連中の思惑は分かりません。けれどどうあれアインくんに魔剣を使用させたがっているように思えます」

「亜人まで絡んで、わざわざ襲いかかってまでですか。となると成る程、アインくんから魔剣を取り上げるとろくなことにならないでしょうね……」

「連中の規模が分からない以上、あまり得策とは言えないでしょう。もし魔剣がギルド預りと知られれば……下手をすると亜人の一団がこの町を攻めかねない」

 

 内容が内容だけに声を落とすセーマ。人のほとんどいない時間帯、ギルドの受付カウンターにて……事務員の顔が青ざめるのを彼は見据えた。

 

 亜人が群れを成して町へと攻めてくるようなことになれば、戦火に晒されず平和に暮らしていた町の者たちはほとんどが大パニックに陥るだろう。

 防戦するどころではない。あるいは何もできないまま一方的に蹂躙されてしまうかもしれないのだ。

 

 ──とはいえその場合でも、最悪セーマが出張れば即座に片付きはするのだが。

 彼の技、空間を超えた遠距離斬撃は一度に複数の場所へ放つことが可能だ。

 つまりは町がややこしい事態になるようならば、『気配感知』の範囲に収まる敵らしい亜人全員、素っ首叩き落とせばとりあえずそれで終いとなるのだ。

 

 もっとも彼としては、そのような手段は最後の最後としておきたい。

 もう戦争でもないし、そもそも既に隠居した身の上だ……必要もない殺人など誰が好き好んで行うものか。

 

 アインやギルドには悪いと思いながらも、基本的には自分の都合と森の館を最優先に考えるのが今のセーマのスタンスだった。

 

「とりあえず、魔剣に関しては俺たちの方でも調べてみます。あれが何なのか分からない限り、こちらとしてもどう動いたものか知れたものじゃない」

「ありがとうございます、何から何まで……当ギルドとしましても、今回の件に関しましては専属チームを組んで対応する予定です。つきましてはセーマさんたちには引き続き、協力者という形でご助力願えればと」

「もちろんです。アインくんやソフィーリアさんのことも心配ですから」

 

 そうして話は終了した。時刻は昼前で食事には些か早い。

 ならばいっそと、セーマたちは宿をチェックアウトして早めに館に戻ることにした。

 善は急げだ……館にいる『彼女』に、魔剣について思うところを聞くためである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の午後一番に戻ってきた主たちを、驚きながらもメイドたちは迎え入れた。

 予想よりも数時間早い帰還だ……自室にまで戻り、一息つくセーマにメイド長のフィリスが言った。

 

「改めまして、お帰りなさいませセーマ様。今回はお早めに戻られたのですね。このフィリス、嬉しいです」

 

 銀髪を美しくたなびかせたエルフのメイドは、いつもと変わらぬ絶世の美貌を笑顔に染めてセーマに近寄る。

 メイドたちの中でも最も付き合いの長い彼女に、彼も微笑んで答えた。

 

「うん、ちょっと急ぎの用件ができてね。いきなりだけど『マオ』はいる?」

「はい。ショーコさんと二人で何かお話をしていました。お呼びいたしましょうか?」 

「頼むよ。二人ともで良い──それと責任者クラスに頼みたいこともあるから、全員会議室に来てもらえると助かる」

 

 いきなりの呼び出し。しかも食客二人に館の幹部格メイドを全員呼び出してのミーティングだ。

 セーマの指示にフィリスは一瞬目を見開き、そして自然と空気を引き締めたものへと変えた。

 何かあったのだ、町で。

 

「……かしこまりました。直ちに召集を行います」

 

 内心の微かな動揺をすぐに押し殺し、フィリスは会議室に指定のメンバーを集めるための算段を立て始めた。

 優雅に一礼する。

 

「セーマ様、用意が整い次第にお迎えにあがりますので、どうぞごゆっくりお寛ぎください」

「分かった。手間をかけさせてごめん、ありがとう」

「貴方様のために生きられる。それこそ私の喜びですよ……それでは失礼いたします」

 

 最後にセーマにそう告げ、フィリスは退室した。

 こうなると自室に残ったのはセーマ一人だ。何だかんだと目まぐるしかった数日を思い、ベッドに寝転んで深呼吸を一つ。

 

「──ふう。やれやれ、色々物騒なことになりだしてるんじゃないだろうなあ」

 

 そう呟いて目を閉じる。

 戦争から数年、未だ方々で小競り合いは続いている。平和そのものな王国南西部周辺とて、いつその煽りを受けるか知れたものではないと不安には思っていたが……どうもそういうのとは、少し毛色が違う騒動が起こりつつあるようだと彼には思えた。

 

「おそらく中心にいるのは……アインくん、か。変なことに巻き込まれて可哀想に」

 

 赤毛の、元気一杯ながらどこかのんびりとした空気を漂わせる少年を思い返す。

 彼に渡された魔剣──どうにもあれが、何やらろくでもない陰謀の気配を漂わせている気がしてならない。

 

 現に分かる範囲でも既に、多数の怪我人と一人の死者が出ている。

 通り魔亜人に襲われた若き冒険者たちだ……若い身空でどんなにか無念であるのか、セーマには推し量ることも憚られた。

 

 そして、と考える。

 魔剣を渡されたアインには今後、昨日のように亜人に襲われることが起こらないとは言えないだろう。

 少なくとももう監視は付いていたのだ。あの少年が魔剣を使い続けることが何をもたらすのかまるで見当も付かないが……彼にはこれからも苦難が続きそうだということは分かっていた。

 

「袖すり合うも何とやら。アインくんやソフィーリアさんには死んで欲しくないしな」

 

 少女を護るために勇敢にもたった一人で亜人に立ち向かったあの少年のことを、セーマはすっかり気に入っていた。

 だからこそ彼はギルドに対して協力的な姿勢を示し、わざわざ館の首脳陣を集めて会議まで開くのだ……可能な範囲でだが、アインに手を貸すために。

 

「冒険者としてはともかく……戦士として彼に何かをしてあげられれば良いんだけど。まあ、こればかりは成り行きかな」

 

 思わずして凄まじい力を得てしまった、あるいは得ることになるだろう少年。

 そんな彼にどこかかつての己を重ねる思いでいながらも……セーマはしばらく、これから始まる騒動に思いを馳せるのであった。

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