打ち上げパーティー・1
後日談の中でも第二部「共和国魔眼事件」に関わるエピソードについてはなろう、ノクターン両方で投稿していきます。
よろしくお願いいたします。
王国南西部にて勃発した、魔剣を巡る一連の事件が一応の終結を迎えてから、今日で概ね一週間が経過していた。
今や『魔剣騒動』などという呼称で段々と世間一般に広まりつつあるかの戦い。今日はその功労者たちで打ち上げ会を行う日であり、そのためにセーマは集合場所である王国南西部は冒険者ギルドの施設前にてメンバーを待っていた。
すっかりと不安の影を拭い去った感のある、平穏かつ平和、のんきですらある地域としての姿。町の活気は相変わらず賑やかに盛況なものだ──勇者は人並みを眺めつつ言う。
「いやー、平和だ。こうでなくっちゃいけないよな、やっぱり」
「そうですね、セーマ様」
いつも通りに侍っているメイドのフィリスが、セーマに愛しげに微笑んだ。平和を心から享受できている主の姿は、この世のどんなことよりも素晴らしいものだと胸中を温もらせる。
「本当に、平穏が一番です。あのような騒動はもう、これきりにしていただきたいところですね」
「まったくだ。少なくとも王国南西部では勘弁願うよ」
ホッとしたフィリスの姿を見て、セーマもにこりと笑った。愛する家族の幸せそうな表情に、改めて平和の大切さを感じる。
穏やかな陽の光を浴びる午後の、のどかな主従。
しばらくそんな風に笑い合っていると、二人に声がかける者たちがいた。
「セーマくん、お待たせー!」
「フィリスさんもちゃーっす!」
「……一週間ぶりだな」
ブロンドのセミロングに勝ち気な印象の女性と、銀髪に瓜二つな顔立ちにそれぞれ対照的な表情を浮かべる少女が二人。いずれも美人だ……衆目を集めている。
セーマは片手を挙げて彼女らを迎え入れた。
「お久しぶりですレヴィさん、リムルヘルちゃん。お身体の方は大丈夫ですか?」
「ええ、4日前に退院して、もうバッチリよ! ……リムルヘルの謎の寝言からも解放されたしね」
笑いつつ、しかしどこかげっそりとレヴィが答えた。入院中、寝ている最中には決まって大声で、鼾や歯軋りとも違う意味不明な寝言を繰り出すリムルヘルのお陰で寝不足気味だったのだが、それも今やすっきりとした安眠に戻れているらしい。
「へいへいへーい! レヴィさんたらヘルちゃんの寝息に興味しんしーん? あたいのベッドで夜の帳とこんにちわかーい?」
「あんな意味不明な寝言、嫌でも気になるでしょこのお馬鹿! ……はあ、ま、このリムルヘルも完全回復よ」
「良かった! おめでとうございます、二人とも!」
「リムルヘルはその言動を医者に見てもらうべきと思うのですが……」
相変わらずの奇妙な言語センスを見せ付けるリムルヘルに、元気にツッコミを入れるレヴィ。
魔剣を巡る一連の戦いにおいて、風の魔剣士クロードにより病院送りを余儀なくされていた彼女らのそんな元気な姿に、セーマもフィリスも苦笑混じりに、しかし心からの喜びを見せた。
次いで二人の隣、リムルヘルと同じ顔を持つ双子の姉リムルヘヴンに目を向ける。妹とは裏腹の不機嫌そうな表情だが、これでも最初にカジノ『エスペロ』にいた時よりは柔らかくなっているように思える。
「リムルヘヴンちゃんも、この間はお疲れ様。レヴィさんとリムルヘルちゃんが無事退院できて良かった」
「ふん……まあな。ところで今日のお付きはそこなエルフだけか? オーナーやリリーナ様はいないのか」
「あ、あーうん。まあね」
「あの二人は貴女に気を遣って今日は留守番です」
「……? どういう意味だ」
まずは敬愛するアリスとリリーナがいないことを問えば、すかさずフィリスが応えた。
自分に気を遣って留守番……その意味が掴めずにいる彼女に、なおもメイドは続けて言う。
「『自分たちがいると、リムルヘヴンは間違いなく傍から離れない。せっかくの機会なのだから他の人とも関係を構築するべき』とのことです。愛されていますね」
「ミリアさんも同じこと言ってたよ。ちなみにジナちゃんはそんな皆に合わせて欠席。今頃メイドさんだけでのんびりやってるんじゃないかな」
「う……む、う」
「ヘヴンちゃん見抜かれテラー! わっははー!」
「さすが……お見通しなわけね、昔から付き合いがある人たちには」
完璧なまでに行動パターンを読みきっている育ての親とその友人たちの言葉に、リムルヘヴンは二の句が継げずに呻く。
いかにも指摘の通りで彼女は、アリスとリリーナ、ミリアがいるのなら彼女らにくっ付いているつもりでいた。
最近では多少なりとも人間とのつきあい方、思想に変化も生まれつつあるリムルヘヴン。とはいえ、それでもやはり一番心を開いているのはリムルヘルであり、またアリスでありリリーナでもある。
ミリアとてそうだ……交流はあるのだから人間と話をするよりかは付き合いやすいだろう。そこを見抜いていたからこそ、メイドたちはセーマに付き添うのを遠慮したのである。
レヴィが苦笑して言った。
「ま、これも良い機会よリムルヘヴン。そろそろ王国を発つんでしょ? 今の内にちょっとでも角の立たない付き合い方でも模索なさいな」
「言われるまでもない、ハンマー女め……」
「……いや、え? っていうか王国を発つ? この国から出るのリムルヘヴンちゃん」
まさかの言葉にセーマが反応した。リムルヘヴンが王国を出るつもりでいるなど青天の霹靂、予想もしていなかったことだ。
むっつりとリムルヘヴンが答える。
「……そうだ。より強くなり、水の魔剣の性能をフルに引き出すためにな」
「もちろんヘルちゃんもついてくぜぇーっ! 二人は一人で半分二つ! なり!!」
「そ、そうなんだ……」
決意の籠った眼差しで、腰に提げた水の魔剣を撫でるリムルヘヴン。
『魔剣騒動』最終盤にて水の魔剣士として戦いに参加した彼女はしかし、水の魔剣の性能を完全に使いこなせているわけではない。
『タイダルウェーブ・ドライバー』……第2段階までを放つのが精一杯であり、かつて炎の魔剣士や風の魔剣士が辿り着いた最終段階への覚醒は未だ成し遂げられずにいた。
「この辺りはそもそも、人間も亜人も呑気すぎる。多少厳しい環境に身を置いて、鍛え直すのだ」
「それで国外かぁ。具体的にはどの辺……おお?」
向上心溢れるリムルヘヴンの姿勢を好ましく思いつつ、どこへ向かうかくらいは聞いておこうとしたセーマ。
しかして近付いてきた、見覚えのある者たちに気を取られる。老人と中年と少女、三人組の冒険者たちだ。
「勇者殿、リムルヘヴン殿! お久しぶりです、どうやらお待たせしてしまったみたいですのう」
「ロベカルさん! ラピドリーさん、ジェシーちゃんも! お久しぶりです」
彼ら……ロベカル、ラピドリー、ジェシーの三世代冒険者一家の面々は笑ってセーマと握手を交わす。リムルヘヴンもぞんざいながらたしかに手を挙げて彼らに応えている。
「一週間ぶりだな、セーマ。元気してたか?」
「ええ、お陰さまで!」
「リムルヘヴンさんもお疲れ様です!」
「ふん、相変わらず一家揃って仲の良ろしいことだな?」
「はっはっは。リムルヘヴン殿も相変わらずのようですなあ」
鼻で笑うようなリムルヘヴンの言葉も、ロベカル一家らは苦笑して流す。短いながらも共に戦った仲だ、リムルヘヴンの憎まれ口とて悪意に満ちているわけでもないことは分かっていた。
「失礼でしょリムルヘヴン! す、すみません『タイフーン』ロベカルさん、この子ちょっと、問題児でして……」
「保護者面はやめろ、ハンマー女!」
「いやいや、お気になさるなレヴィ殿……彼女のことは先の騒動でもある程度分かっておるでな」
一方でレヴィが慌ててロベカルに謝罪する。彼女からしてみれば偉大なるS級冒険者『タイフーン』である大先輩でもある大御所だ、決して粗相は許せる話ではない。
しかしロベカル当人はそれにも笑って受け流し、ふと周囲を見回した。
「はて、本日の主役はまだですかな」
「ええ。まあちょっと時間も早めですし、しばらく待っときましょうか」
二人で頷く。この飲み会の主役、すなわち『魔剣騒動』において一番の活躍を見せた少年の姿は未だ見えない。
ギルドスタッフの言うところでは数日前には元気な姿を見せていたらしい。のんびり待とうと落ち着きながらも、彼らの話題は今日の飲み会へと移っていった。
「そうですな……ところで勇者殿、打ち上げはギルドの食事処で?」
「いえ。商業区にあるレストランをギルドスタッフが貸し切ってくれました。既に何人か、向こうで段取りを組んでくれているはずです」
「ほほう! いやいや、たまにはギルド以外のところで飲み食いも良いですなあ。どうにも慣れたところばかり使ってしまいますわい」
「大体いつも同じところで外食しがちですね、俺も」
今回は王国南西部全体を巻き込んだ『魔剣騒動』の打ち上げということで、会場のセッティングや段取りなどはギルドがすべて取り仕切っている。
飲み代まで出してくれるというのだからありがたい。そんな談笑を交わしていると、レヴィが目を白黒させていた。
「せ、セーマくん、ロベカルさんとずいぶん仲良いんだね……?」
「え? ええ、まあ……実技試験からお世話になっていますから」
「いやいや、何を仰います。こちらこそ、今回の騒動では勇者殿に大変なお力添えをいただきました。もっと言えば戦争の頃から、わしら人間は皆、貴方に恩があるのですぞ」
「せ、戦争……? それに、勇者殿?」
遥かベテランのロベカルをしてここまで敬意を尽くさせる、セーマ……彼が『勇者』であるどころか『出戻り』であることさえ知らないでいたレヴィは呆然と呟く。
それを受けてセーマもにわかに息を詰まらせた。別に絶対に話したくないというものでもないのだが、もう少し人間と亜人の関係が落ち着いた頃を見計らって打ち明けようと考えていた。
「えーとレヴィさん。何と言いますか」
「……ふむ? もしやレヴィ殿にはまだ、御自身について何も教えてはいらっしゃらないので?」
「ええ、まあ……今のご時世ですし、もう少し後にと思いまして」
勇者について、何も知らないらしいレヴィに気付いたロベカル。セーマからの言葉を受けて、彼は少しばかり考え込んでから提案した。
「そうでしたら、ここはわしが彼女に説明しておきましょう」
「え……ロベカルさんが?」
「自分で自分を『英雄』と説明するのは、些か格好も付きますまい。なればこそ、かの戦争にて実際に貴方の活躍を目の当たりにしているわしが適役でしょう」
「は、はあ」
にこりと笑う老翁。何やら『語りたい』だけのような気がしなくもないと直感のあるセーマではあったが……実際、『実は僕は魔王を倒して世界を救った英雄なんです』などと主張するのは想像するだに閉口せざるを得ないため、渡りに船な話ではある。
「……ありがとうございますロベカルさん、お願いできますか? アルバールとか魔王とか、あの辺りの部分は除いて」
「色々デリケートですからな、承知いたしました」
「え、と? ロベカルさんが説明してくれるんだ?」
「はい、そうですね……まあ、道すがらにでもお願いします」
そう頼んでから、セーマは感知した気配に目を向けた。フィリスも目を向ける……主役のお出ましだ。
「皆さんもう来てるわよ、アイン!」
「あっ、ほんとだ! すみません皆さん、遅れましたー!」
既に皆が揃っていることに気付いて駆け足でやってくる、赤髪の少年と青髪の少女。
初々しい新人冒険者である彼らはしかし、その実『魔剣騒動』におけるキーパーソンの少年とそのパートナーである。
王国南西部にて『オロバ』を率いていたワーウルフ・バルドーを打ち倒し、邪悪な企みを打ち砕いた新たなる英雄アインと、相方の少女ソフィーリア。
共に一行の元にまでやって来て元気よく挨拶した。
「お疲れ様です、皆さん! お久しぶりです」
「一週間ぶりです、皆さん!」
「アインくん、ソフィーリアさん。久しぶり……元気だった?」
「はい! お陰様でもう元気一杯です!」
セーマの言葉ににっこりと、満面の笑みで答えるアイン。
勇者セーマと炎の英雄アイン──二人の英雄は今ここに、『魔剣騒動』以来の再会を果たしたのであった。




