勇者セーマと焔の英雄アイン
早速町に戻り、ギルドに到着したのが昼過ぎのことだった。
全員でギルドに入れば、冒険者やギルドスタッフたちの視線を一身に浴びる──名だたる冒険者たちもいるのだ、当然のことだろう。
すぐさま事務員や複数のスタッフたちに促されて入った会議室。一同が席についた上で、セーマたちは風の魔剣士、ひいては『オロバ』との決着についてを説明していった。
「──こうして俺たちは、『オロバ』を撃退して戻ってきたわけです」
「……話は、分かりました」
臨時ギルド長らしい、事務員の女が立ち上がる。同時に他のスタッフたちも立ち上がり、一斉に頭を下げた。
「この度は、王国南西部における魔剣騒動の鎮圧に、多大なるご尽力をいただきまして誠にありがとうございました。並びに皆様をサポートすべきギルドの長たる立場の者が、その職責にあるまじき背信行為を行っていたことを深くお詫び申し上げます。ご迷惑をお掛けして、大変申し訳ありませんでした」
「あ、いえ……冒険者として、王国南西部に住まう者として当然のことをしたまでです。なあ、皆?」
セーマの言葉に、全員が頷いた。別にギルドに言われたから、頼まれたからというだけで『オロバ』と戦ったわけではないのだ、皆。
それぞれの個人的な理由と思惑があり、成り行きから力を合わせて強大な敵と相対したにすぎない。
別段恩を売るわけでもないと、彼らは揃って苦笑した。
「それに、ギルド長のことだって……何百年も前から『オロバ』に協力していて、その一環で忍び込んできたんです。ギルドスタッフの皆さんも騙されていたわけじゃないですか。何て言うか……皆さんこそ、その、お疲れ様です」
そしてアインも慰めの言葉を発した。騙されていたのはギルドスタッフとて同様なのだ……長年彼女の下で働いていた分、その衝撃と動揺はアインたちよりも遥かに大きいはずなのだ。
実際、少くない数のスタッフたちが意気消沈としており、泣いている者さえいる。
愛されるだけの善性はあったのだ、彼女にも……どういった経緯で『オロバ』に手を貸すことになったのかは知る由もなかったが、やりたくてやったわけではないと語っていたのも嘘ではないと思える。
やりきれなさを感じるアインやロベカルたちを尻目に、ゴッホレールとカームハルトが告げた。
「ギルド長の身柄は私ら『クローズド・ヘヴン』のゴッホレールとカームハルトが、責任を持って王城にまで連行する。それで良いかい?」
「はい。厳正なる法の裁きをお願いいたします」
「ずーばーり! お任せください。それを以て我らの王国南西部での活動も終了となります」
そして二人は先んじて立ち上がった。目を丸くする一同に照れ笑いなど浮かべ、ゴッホレールたちは告げる。
「ま、正直ろくに役に立ててなかったけどよ……また『オロバ』ともかち合うこともあらぁな、そん時にリベンジと行くかねぇ、カームハルトくぅん」
「ええ。ずーばーり! 名誉挽回といきたいところですね。さて、それでは我らはここでお先に失礼させていただきましょう」
「え? ずいぶん急だな」
目を丸くしてセーマが驚く。他の面子も呆気に取られていて、カームハルトは苦笑した。
穏やかな笑みを浮かべ、紳士姿のS級冒険者は言う。
「ずーばーり! 実のところ、次の案件もありまして。連邦領で謎の失踪事件が相次いでいるらしく、その捜査を」
「ギルド長を王城に連れていって、その足で北上するのさね。あと回収しときたい奴もいるし……ま、それなりに忙しいのさ、私らも」
「そっ、か……世界最高の冒険者たち、だものな」
改めて知らされる、彼らの多忙さ。
人間世界の秩序維持を目的とした、S級冒険者たちによる組織『クローズド・ヘヴン』──彼らの戦いもまた、これからも続いていくのだ。
セーマが立ち上がり、彼らに握手を求めた。二人もそれに応じ、互いの手を固く握り合う。
「ありがとうゴッホレール、ありがとうカームハルト……役に立ってないなんてそんなことない。君たちには多くの場面で助けられた」
「そう言ってもらえるとありがたいぜ、セーマさん……こちらこそありがとうな。あんたに会えて、それだけでも王国南西部に来れて良かったって思えるよ」
「ずーばーり! またいつかお会いしましょう。オフができたらこの町に寄りますので、その時は是非とも一緒に冒険を」
「あっ! ずりぃぞカームハルトくん! なあセーマさん、私とも冒険しようぜ。必ず来るからさ!」
「ああ、もちろん! その時を楽しみにしてるよ……だからいつかまた、元気な姿で会おう、二人とも!」
別れを惜しみ、それでも笑顔で再会を誓う。まさしくセーマと彼ら二人は、友情で結び付いていた。
そして『クローズド・ヘヴン』たちは退室する。彼らと会うのはしばらく後になるのだろう……寂しくも、けれど感慨深くも見送るセーマであった。
それからもいくらか、ギルドスタッフとの話を経てから。セーマたちはひとまず解散の運びとなり、ギルド前でそれぞれ、顔を見合わせていた。
もうじき夕方だ……この頃になるとすっかり夏景色で、この時間帯でもまったく空は青いままだ。
それでも吹く風は少しばかり涼しく、心地好さを感じながらセーマは彼らを仕切り、言い始めた。
「さて……せっかくだから打ち上げ会でもしたいところなんだけど、さすがに皆疲れてるし今日は止めとこう。一週間後にギルド前に集合とかどうかな」
提案に皆が頷く。森の館の面々はともかく、アインやリムルヘヴンといった魔剣組、ロベカルやソフィーリア、ラピドリーにジェシーなど人間組は疲労もそれなりに蓄積している。
まずは一週間程ゆっくりリフレッシュして、飲み食いに騒ぐのはそれからで良いだろう。
「それじゃ、そういうことだね……皆、本当にお疲れさまでした。ゆっくり休んで、またそれぞれの日常を過ごそうか!」
最後にセーマが締めを結んだ。解散だ……弛緩した空気が漂い、一気に皆から肩の力が抜けた。
日常へと戻ったのだ。当たり前の日々に、ようやく帰ることができたのである。
となると次は、それぞれがそれぞれの居場所に帰る段だ。
まずはロベカル、ラピドリー、ジェシーら冒険者一家が声をあげた。
「……それでは、わしらはここで失礼しますかの。勇者殿、皆、ほんに世話になりましたのう」
「ありがとなセーマ、アイン、それに皆! 何だかんだ楽しい数日間だったぜ」
「良い経験になったよ……セーマくん、ありがとう!」
「ロベカルさんたちも、お力添えいただきありがとうございました! お気を付けてお帰りください、また一週間後に!」
手を振り一家を見送る。その姿が雑踏に紛れて消えると、今度はリムルヘヴンがアリスに向けて言った。
「それでは私も病院に向かいます……オーナー、リリーナ様。この度はお世話になりました」
「おう、お疲れさん。ってかご主人やらアインにも挨拶せえよお主」
「そうだぞリムルヘヴン。特にわたくしなど、今回に関しては接点がなかったろうに」
旧知の、仲の良い亜人にのみ声をかける彼女にすかさずアリスとリリーナがツッコミを入れた。
それを受け少しばかり微妙な顔付きになり……しかしヴァンパイアの少女は、セーマたちにも声をかけた。
「……勇者、今回は貴様にも世話になった。一応礼は言っておく」
「リムルヘヴンちゃん、お疲れ」
「それとアイン、お前には本当に助けられたな。ありがとう……また会おう」
「うん。リムルヘヴンもお疲れ。リムルヘルさんによろしくね」
「ああ……ソフィーリアだったか、お前も元気でな」
「はい、お疲れ様です」
セーマにだけは依然つっけんどんだが、それでも以前に比べれば段違いに素直な言葉の数々。
思わず促したリリーナが唖然と目を見開くのをニヤニヤと、アリスが呟いた。
「驚いたじゃろ? ヘヴンの奴、ひょっとするとアイン少年に……ぬひひひっ」
「何と!? ほぉー……人は何が切欠で変わるのか分からんものだなぁ」
「違いますからね? お二人とも……ニヤニヤ笑うのを止めてください、本当に!」
リムルヘヴンがアインに異性としての好意を持っている、となおも勘違いしているアリスがリリーナに教えれば、堕天使メイドもどこか嬉しげに微笑んでいく。
それに対して当の本人が心底からうんざりと叫び……仕方なしと深々、ため息を吐いた。
「やれやれ、飽きてくださるのを待つばかり、か……もう帰る。いい加減ヘルにも会いたいしな」
「お、お疲れ……」
「ご、御愁傷様です……」
どこか哀愁を漂わせ、リムルヘヴンは去っていった。やはり手を振って、その姿が消えるまで見送る。
そして、最後。
セーマとメイド五人、対してアインとソフィーリアが向き直った。マオは少し離れたところから視線を向けている。
万感の想いを込めて、セーマは少年に言った。
「……アインくん。本当にお疲れ様でした。この一月近く、よく戦い抜いたね。ソフィーリアさんも、よくアインくんを支え続けてくれた。すごいよ二人とも」
「セーマさんや皆さんのお陰です。初めて出会った時からそうでしたけど……お力添えがなければ、僕はとっくに死んでいます」
「私からも、ありがとうございました。皆さんは私たちの恩人です」
アインとソフィーリアが笑う。その姿は、一月前と変わっていないようで。
けれどその実、大きく成長し進化したのだと、ここにいる誰もが分かっていた。
「アインくん、ソフィーリアさん。お疲れさまでした」
「二人とも、帰ったらゆっくり身体を休めるのよ?」
「頑張ったね、二人とも……もう立派な冒険者だよ」
「お主らの活躍、わしは決して忘れぬ。これからも信じる道を行けよ!」
「立派になったな……だが先はまだまだ長い。お互いに精進を続けよう、偉大なる戦士たちよ」
「皆さん……っ!」
フィリスが、ミリアが、ジナが、アリスが、リリーナが……アインとソフィーリアに声をかけていく。そのいずれもが少年少女を労るもので、自然と胸が熱くなるのをアインは感じた。
「小僧。『オロバ』なんざさっさとぶっ潰しちまえ。そんでそこの嬢ちゃんと『世界の果て』とやらに行けよ……そこがどこだろうがお前らなら行けるだろ。歩き続けろよ」
「マオさん……!」
マオも、ぶっきらぼうだが言葉をかける。優しい声音に、ソフィーリアが感激して。
「何かあったらいつでも頼ってくれ、アインくん……喜んで手伝うよ」
「セーマさん……」
「これからの時代は、これからを生きる君が、君たちが護るんだ。一人でなく皆でね。かつて一人ぼっちだった勇者からの、最後のアドバイスだ」
冗談めかして笑うセーマ。その裏に込められた過去の悲哀を、朧気ながらにアインは感じて。
だからこそ彼は、一人でなく皆で苦難に立ち向かえと言ってくれているのだと理解した。
「……分かりました。一人じゃなく皆で。力を合わせて、どんな苦境だって乗り越えて見せます」
「うん、それで良い」
「もちろん、セーマさんも一緒です!」
ゆえに、手を伸ばす。
アインの差し出した手に、セーマは目を見開いた。
「──!」
「最後だなんて言わないでくださいよ。僕はまだまだ未熟です。もっともっと、セーマさんからたくさん学びたいんです……お願いします、僕の師匠になってください!」
「……ふふ、敵わないな」
どこまでもまっすぐな言葉と心の、向かうところに敵などいない。
セーマは──その手を掴んだ。
「師匠なんて柄じゃないから、あくまで友人としてだけど。これからも一緒に冒険しよう、アインくん。修行にだって付き合うよ」
「……っ! はいっ!!」
「良かったね、アイン!」
「うん! ありがとうソフィーリア!」
はしゃぐ少年少女に、無限の可能性を感じて。
勇者セーマは、メイドたちと顔を見合わせて穏やかに笑うのであった。
これにて王国南西部にて勃発した、魔剣を巡る物語は終わりを告げる。
焔の英雄は勇者の意志を受け継いで、これからも邪悪なる『オロバ』との戦いを続けていくことだろう。
『王国魔剣奇譚』。セーマからアインへ受け継がれる、魂の物語はこれにて幕を下ろした。
しかし戦いはまだまだ終わらない。邪悪の胎動は未だ続いていくのだ。
第二の物語『共和国魔眼事件』──魔眼を巡る戦い、正義を貫く少女の激闘は、すぐそこまで迫っていた。
これにて「王国魔剣奇譚アイン」は完結となります
ご愛読ありがとうございました
次ページにてあとがきと今後の予定を書いておりますので、どうぞそちらもご覧くださいませー!