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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
最終章・煌めく銀朱、明日を拓く『EVOLUTION』
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『焔の英雄』

 アインに宿った星のエネルギー。予想だにしていなかった存在の介入に、バルドーは憎悪と困惑、疑念を隠さずにいた。

 遺跡の天井には『イグニスボルケーノ・ドライバー』により大穴がいくつも空き、にわかに黎明を迎えようとしている空を覗かせている。朝は近い──明け方にワーウルフの叫びが響いた。

 

「何故星がアインくんに味方するっ!? 人間は貴様らにとって、忌むべき寄生虫ではないのかぁっ!?」

「なわけねーだろ馬鹿が。スラムヴァールとの会談で分かってたことだけどさ、決定的な思い違いをしてるんだよお前ら『オロバ』は」

「何……っ!?」

 

 鼻で笑ってマオが言う。嘲ってくるその態度にバルドーが、全身をひどく焼かれた状態でもなお激昂する。

 それにも構わず魔王は続けた。

 

「冥土の土産だ、教えてやるよ──星は別に、人間を忌むべきものだとは捉えていない。むしろ適度な発展によって星に潤いをもたらすものとして特別視すらしている程だ」

「……馬鹿なっ! ならば何故貴様は、『魔王』は人間相手に殺戮戦争を引き起こすっ!? そこまで大事なものを、何故破壊しようとするっ!?」

 

 まるで理解不能なマオの言葉にバルドーは叫ぶ。特別視している程の相手を破壊し殺戮し管理しようとする──その理由がまるで分からない。

 やれやれ、と息を吐き、呆れてマオが答える。

 

「大事だからこそ、手入れは欠かしてはならないのさ。人間たちが作る便利な発明の数々と一緒だ……汚れたり変な機能が見つかればその都度、点検・修復する必要がある」

「点検・修復……!?」

「時として人間は、星の意図しない発展を遂げる。その時点においてあってはならない、存在するだけで世界のバランスを崩すような発明をしてしまう。星としては、そりゃあ管理するだろう?」

「そんなっ……そんな勝手な都合で貴様らはっ! 幾度となく人間を殺戮してきたのかっ!?」

「それをお前が言うかよ……より長くこの世界が存在し続けるための措置だ。謂わばこの世界のクリーンアップなんだから仕方ないじゃないか。ねえ?」

 

 皮肉げに呟く。星という一つの生命体と、その体内に生息する人間という群体との関係……

 セーマがひっそりとアインに話しかけた。

 

「大概さ、どっちもどっちだよな星も『オロバ』も」

「え……い、いやあ。人間からすればそれはまあ、どちらも迷惑な話ですけど」

「『オロバ』の首領もマオや星の在り方を嫌ってたみたいだけど、これいわゆる同族嫌悪なんじゃ──」

「そこ、うるさい! こんなアホどもと一緒にするな!」

 

 一喝。いくらなんでも『オロバ』と同じ扱いではたまらないとマオは叫び、それから嘆く。

 

「まったく……そもそも星は別に、人間の進化や発展そのものは否定していないっての。時折異常な速度でその時点での文明にそぐわないものをお出ししてくるから、それに対してアウト判定出してるだけなのに、もう!」

「馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な!? では、星がアインくんに力を与えた、その理由とは……っ!?」

 

 ことここに至りバルドーは己の、そして『オロバ』の勘違いを悟った。

 星は──人間を敵と見なしていない。単純に、行きすぎた進化を抑制する以上の意図はなかったのだ。

 ならば、と考え至る。星は今、アインに力を授けた。無限エネルギーを行使する星の端末機構の一つに彼を選んだのだ……それが星にとって必要なことであると判断して。

 それの意味するところとは、つまり。

 

 マオが、ニヤリと嗤った。

 

「良かったなぁ『オロバ』……お前ら全員、纏めて完全に星の敵だ。特にバルドー、お前はお前個人の目的も含めて最優先で抹殺すべきと判断されてるぜ。現地の人間に力を与えて端末機構とした緊急的措置からも、それは窺える」

「遅くない? もっと早くに認定しとけよ、仕事しろ星……」

「これまでは表に出てこなかったんだから仕方ないだろ! 全知全能ってわけでもないんだからな、星も!」

「は、はは……」

 

 セーマのぼやきに反応するマオ。アインはどう反応したものか、曖昧に笑っている。

 ──と、バルドーの身体が震えた。激怒によるものだ。彼は、心底から怒りに燃えていた。

 

「ふざけるな……!! 人間の進化を管理するなど、そのようなことが許されるものかっ!! 私が星の敵だと、上等だっ! 人間を牢に縛り付ける糞めらがっ、私を舐めるなぁっ!」

「野放図に好き放題されても星の寿命が縮まるだけだっつってんだバーカ。そもそもお前のいう進化なんて進化じゃないんだよターコ」

「何いっ!?」

 

 冷たく吐き捨てるようなマオに、ますますバルドーが憤る。

 しかし次の言葉は、そんな憤りさえも打ち砕くものであった。

 

「要はお前、人間を亜人にしたいんだろ? ……アホか! 人間は亜人の失敗作でもなり損ないでもないっ!!」

「っ!?」

 

 バルドーの目的、妄執を切って捨てる。その力強い断言に、ワーウルフは怯んだ。

 『進化』を勘違いした愚か者への、星の端末としての断罪──マオは根底から、ワーウルフの800年を否定しようとしていた。

 

「亜人以上の繁殖力、創造力……そして短いスパンで世代を重ねることによる、多様性に富んだ成長力! それは人間にしかない特質だ! 身体機能と無駄に長生きなとこしか勝るところのない亜人なんぞが、どのツラ提げてそんな口利いてんだ、あぁっ!?」

「肉体の脆弱性こそ人間の抱える問題点だ! 亜人に成す術なく殺されるような生物なんだぞ、人間は!」

「だからこそ人間はここまで繁栄したんだよ! 個体が弱いからこそ群体として、どんな過酷な環境にあっても無限に発展し続ける可能性を持った! その強さこそ『進化』であり、星が人間を特別視する理由だ!」

「──っ!?」

 

 星の化身から明かされる、人間の強さの本質。星が定義する『進化』の真実。

 身体能力に劣るからこそ、人間は今日の発展を迎えたのだ。容易く死に、儚い生に苦しむからこそ人間は、総体としての成長を絶やすことなく続けて来られたのだ。

 

 それは亜人にはあり得ないものだった──寿命が極端に長く身体能力が優れている分、繁殖力に乏しい彼らには生の短さを嘆くことは少ない。現状に満足してしまうため、ほとんどの場合、自分たちの集落に引きこもって他者との交わりを控えるのである。

 

 人間と亜人、その真逆の生態から見えてくる人間という種の可能性と成長性──彼らの成長と発展そのものを『進化』だと、星は認識しているのだった。

 マオが、ありったけの怒りを込めて言い放つ。

 

「小さなものの見方で、人間の可能性を奪い取ろうとしてるんじゃないよバカ野郎ッ!! お前は進化の意味を履き違えた大間抜けだッ!! 腕っぷしなんかじゃない強さを人間は持っているんだっ! とっくの昔になっ!」

「ぁ……ぐ、ぅっ」

 

 言葉に詰まるバルドー。

 人間を想い、その弱さを憐れんだからこそ進化を求めた。身体を強化した人間を産み出しそれを遺伝によって増殖させることで、いずれは亜人にも肩を並べる種族にしてやろう、より成長させてやろうと。

 ──そうすることで、あの日死んだあの村人たちが、少しでも報われると信じた。

 

 だが、星は違うと言う。人間は、既に強いと……その無限の可能性こそが、亜人をも超える強さだと。

 そしてバルドーが800年費やして、大勢の犠牲を出してまで至った進化までもが視野の狭い浅はかなものなのだと、そう言うのだ。

 

「──だが、だがなぁっ!!」

 

 それでもワーウルフは構えた。

 もう止まれない。ここまで来て何もかもご破算となったとしても──もう、他にできることなどありはしない。

 

「それでも、私は私の進化を求める……! あの光景を、あの村人たちを私は……俺はもう見たくないっ!!」

「バルドー……!」

 

 なおも戦う気概を失わない……いや、戦うことしかできないその姿を、アインは憐れに思った。

 800年前からずっと、大切な村人たちを失った痛みにもがき苦しんでいるこの狂った男が……ひどく弱々しく物悲しいものに思えるのだ。

 

「どうしようもない奴だ……! 良いだろう、そこまで言うなら星の化身として、私が貴様を──」

「マオさん。ここは僕がやります」

「あ……?」

 

 憎々しげに、ならばと魔法を放つ態勢に入ったマオの前に、アインが立った。バルドーに向かい、背にしたマオに言う。

 

「この戦いは……魔剣を巡る戦いは、僕が終わらせます。お願いします、僕に任せてください」

「……小僧」

「マオ。ここは彼に任せよう……アインくん。炎の魔剣、要るか?」

「いえ。もう、大丈夫です」

 

 きっぱりと炎の魔剣を不要と言い切るアイン。その姿にセーマは、彼の成長を……進化を真実感じ取った。

 たった一月かそこらだが、出会った当初からずいぶんと変わってくれた──嬉しさと誇らしさで、彼は笑って英雄を見送る。

 

「そっか……じゃあ、後は任せた。よろしく頼むよ、アインくん」

「……はい! ありがとうございます、セーマさん!」

 

 セーマがマオの肩を叩き、後をアインに託した。魔剣騒動──バルドーがアインに炎の魔剣を渡したところから始まった一連の戦いの最後は、やはりアインとバルドーが決着を付けるべきなのだろう。そう思えたからだ。

 

 そんな勇者に、アインは少しの間目を閉じて感謝した。彼がいたからこそ、自分は死ぬことなく、生きてここまで辿り着けた。本当に色んな場面で助けられ、また教わり、そして共に戦い、託されたのだ。

 師匠であり兄貴分。そして尊敬すべき大英雄。だからこそアインは目を開け、高らかに告げる。

 託されたものを受け継ぐために。いつかどこかで、同じように誰かに託すために。

 

 さあ、今ここで、最初の一歩を踏み出そう──!

 

「……バルドー。どんな事情があっても僕は、お前の進化を認めない」

「アインくん……っ! アインっ! 貴様っ!!」

「そうだ、僕の名はアインっ!」

 

 叫ぶ。バルドーにも、いやいかなる邪悪にも屈せず、ただ己を叫ぶ。感情が高まり、彼の身体に秘められた無限エネルギーが引き出されていく。

 

「大切な女の子と二人、いつか『世界の果て』へ辿り着くことを願う、ただの冒険者だ!」

「貴様っ! 魔剣を渡した恩も忘れてよくも星なぞにっ!!」

「お前の、いや誰の思惑も関係ないっ! 僕は止まらない──僕の道を歩き続ける! 歩みを止めない限り、進化は止まらないっ!!」

 

 炎が吹き上がる。アインの心が、そして身体までもが燃え上がっていく。

 熱くはない、むしろ暖かな炎だ。だが勢いは強く、少年の気迫に呼応するように荒れ狂っていた。

 

「行け、アインくん! どんな時だって……一歩踏み出したその先に、君の未来はある!」

 

 背後から、セーマがエールを送る。新しい英雄の誕生を信じて疑わないその、眼差し。

 勇者から焔へ、魂は受け継がれたのだ──今こそアイン、完成の時!

 焔の英雄アインは、力強くその名を唱えた!

 

「『ヴァーミリオン』ッ!! 進化の炎よ、今ここに刃となれぇっ!」

 

 そして、吹き上がる炎のすべてがアインの眼前に集う。莫大なエネルギーのすべてが集結し、一つの形を象っていく。

 美しい銀朱色の刀身に、白亜の柄。炎の魔剣とはまるで違う鮮やかなカラーリングの、煌めく剣。

 

 アイン自身にも炎の余波が纏わり付いた。それは服を──燃える真紅のコートとなってアインの身を包んで形成される。同時に両手足にも漆黒の甲鎧が形成された。

 

「『ヴァーミリオン』……それが、君の力」

「これこそ『焔星剣・ヴァーミリオン』。星の力を炎に変じて作り上げた──星の焔の剣!」

 

 『焔星剣・ヴァーミリオン』……まさしくそれはアインが自ら作り上げた彼だけの力、彼だけの武器。

 銀朱の刀身が煌めく。長く薄いが重厚さも備えたそれは、あらゆるものを切り裂き燃やし尽くす熱量が秘められている。

 

 『ヴァーミリオン』を手にし、両手足に鎧を纏った真紅のコート姿──これまでとはまったく異なる、アインの新たなるスタイル。

 焔の英雄アイン……その誕生の瞬間であった。

18時に次話投稿します

よろしくお願いいたします

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