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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
最終章・煌めく銀朱、明日を拓く『EVOLUTION』
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覚醒、無垢なる未来のために

「うぅううぅおおぉおおおおっ!!」

 

 雄叫びと共にバルドーが爪を振るう。獣化によって鋭利に伸びたそれは、人間の柔肌などたちどころに引き裂いてしまえるだけの殺傷力を秘めている。

 受ければ死ぬ──疲労の蓄積した身体で、アインはそれでも飛び退いた。

 

「くっ、う……!」

「どうしたぁっ! 抵抗して見せろ、アインくんっ!」

「無茶を、言って……っ!」

 

 どうにか攻撃は回避したが、続けざまの追撃は当然行われる。二撃三撃と振るわれる凶爪。

 いつまでも避けられるわけがない。アインはならばいっそと、突撃した。

 

「うぁあああああっ!!」

「ぐ……!」

 

 体当たり……というよりは倒れ込むに近いが、それでもバルドーを多少は吹き飛ばす。思わずよろめくワーウルフを尻目に、アインはどうにか息だけでも整えようとしていた。

 

「はあー、はあー……くっ、ふぅ、はぁ」

「ふふふ……その調子だアインくんっ! 私の読み通り、やはり君の身体は進化を遂げた!」

「し、進化、だって?」

 

 抵抗されたにも関わらず嬉しそうに笑うバルドーが、どうにもアインには不気味に思える。進化……魔剣でなく、身体が?

 思わず自分の手を見る少年に、ワーウルフは語り始めた。

 『プロジェクト・魔剣』の全貌と、その裏で進行していた、彼自身の野望とを。

 

「『オロバ』の目的である人間の進化。そのための重要な要素の一つである『宿命魔剣』の完成に……君たちに渡した魔剣の、最終段階への進化が必要だった」

「そのために、魔剣士たちを殺し合わせたのか!?」

「そうだ。魔剣同士のエネルギーのぶつかり合いも進化を促す要素であったし、あわよくば複数の魔剣が一度に進化するかもしれないからな。コアは一つで良いが、予備があるに越したことはない」

 

 その言葉に思い返される、水の魔剣士──ワインド。彼との戦いの最中、彼自身は『フリーズ・ドライバー』へと進化したし、アインもまた『プロミネンス・ドライバー』へと進化した。

 目の前の男にとってはそれこそが望んでいた展開だったと言うのか……実際のところワインドの進化はバルドーとしても想定外ではあったのだが、アインから見ればそう思わざるを得ない。

 ワーウルフの男は続ける。

 

「魔剣は進化するごとにエネルギーを増していく。最初からフルパワーでは使用者の身が持たん……ゆえに使用者の肉体を強化する特質を持たせ、段階に応じて進化するように仕組んだのだ」

「肉体の強化……それが、お前の言う人間の進化」

「その通りだ!! 魔剣の進化を求めた『オロバ』の裏で、私は魔剣士の強化を求めていた!」

 

 高らかに叫び、バルドーが駆ける。恐るべきスピードで距離を詰め、蹴りを放つ。

 紙一重で避けるアインだったが、すぐさま拳が向けられ、その腹に痛打を食らってしまった。

 

「か、は」

「普通の人間ならば、今ので腹に大穴が空いているっ! 君は素晴らしいぞアインくん、まさしく進化した人類に相応しいっ!!」

 

 そして投げ飛ばされる。遠くの壁に勢いよく叩き付けられ、アインは地に伏した。元よりダメージの大きかった身体に更なる負担がかかり、内臓への衝撃もあり吐血する。

 

「ぐ、ぶ──」

「『オロバ』の、あの首領の思い描く進化など初めからどうでも良い! 私はただ、人間の肉体を強化する術を求めて協力したにすぎない! そう、800年前からだっ!」

「う、ぐ、ぅ……っ。何故、そん、な」

「かつて戦争があったぁっ!!」

 

 もはや瀕死といったアインにも構わずバルドーは叫ぶ。悲願を前に、これまでを振り返るように彼は、続けた。

 

「15年前と同じく、魔王による文明破壊だっ! 私はその時人間たちと共に戦った!」

「何、だっ……て」

「懇意にしていた村の人たちがいたっ! その人たちは優しくて、暖かくて……亜人の私にもとても良くしてくれていた! だから私は恩返しのため、彼らを守るために戦ったのだっ!!」

 

 星の化身たる魔王。増えすぎた人間、進行しすぎた文明を減衰させるべく『間引き』を行うその存在は、過去何回も戦争を引き起こしている。

 亜人を率いての殺戮戦争。その中にあって、過去のバルドーは亜人でありながら人間を守るために戦ったのだ。

 しかし。

 

「だが、だが……っ! 結局守れなかった!! 皆死んだ、皆殺されたっ!! 私が村を離れていた隙にっ!! 弱すぎたんだ、皆! 心でなく身体がっ!」

「お、まえ……は」

「何故たった一人の亜人に皆殺しにされてしまう!? 何故そんなに弱い!? 何故、なぜ、どうして、どうして──君たちは弱すぎるんだっ!? 私には分かってやれないっ! 私は亜人だから、強いから、強すぎてしまうからっ!!」

 

 半狂乱。涙すら流して狂ったように叫び頭を掻きむしるバルドーに、アインはかろうじて身を起こしながらも圧倒されていた。

 人間は亜人と比べて肉体的に弱い。それは自然の理であるし、当たり前の常識である。その、はるか昔から続いてきたその法則にこのワーウルフは一人、嘆いているのだ……狂ってしまう程に。

 

「君たちが哀れだっ! 哀しすぎるっ! 人間と言うだけで、生まれつきの種族を理由に、君たちは惨い程に弱々しく儚い生に苦しまなければならないっ!! 私にはそれが耐えられないっ!」

「だか、ら。人間を、強化させようと、したのか」

「人間は進化するべきだっ! もっと強く、もっと逞しく、亜人にだって負けないくらいにっ! ……だから私は、魔剣を使って人間に進化を促したっ!!」

 

 充血し、血走ったその瞳には理想に狂った鈍い輝きが灯されている。800年をひたすらに人間への憐憫と同情、そして無念に身を焦がした末の、発狂してしまった男がそこにいた。

 その瞳がアインに向けられる。

 

「そして今……進化は成った。君という新たな人類が誕生したのだ。人間はいずれ、皆が君のようになる」

「何を……?!」

 

 意味の分からない、理屈の通らない話にアインが呻く。彼一人進化したところで、人間全体には何も影響がないはずだ。

 そう考える少年に、バルドーは恐るべき真実を言い放った。

 

「君はあの、ソフィーリアという少女と想い合っているのだろう? ならばいずれ子も成そう……進化は遺伝する」

「──な、に」

 

 戦慄の言葉だった。アインが受けた肉体強化は、その子孫にまで受け継がれるという。

 青ざめた顔の少年を見やり、むしろ優しい笑みさえ浮かべてバルドーは語る。

 

「世代を経るごとに君の、進化の遺伝も少しずつだが広がっていくだろう……何しろ亜人並みの力を持つ人間。英雄めいた血筋だ、繁殖には困るまい。今すぐでなくとも千年、あるいは万年の果てにきっと人間は、君を祖とした新たな種になっているさ!」

「く……狂ってる……っ」

「何とでも言ってくれ……私は、私が正しいと思えることをした!!」

 

 アインのみならず、アインの血筋そのものを進化という妄執で侵したバルドー。その狂気は、まさしく呪いと呼べるだろう。

 愕然とアインは俯いた。己だけではない。いつかソフィーリアとの間に、成すかもしれない愛し子に、そしてその子孫たちに……恐るべき狂気を受け継がせてしまうことの恐ろしさと込み上げる怒りが、彼を茫然とさせていた。

 それに気付かずバルドーは言う。

 

「さあ、進化の力を見せてくれアインくん。もう休憩は良いだろう? 進化した力で、私さえ乗り越えていってくれ!」

「……ぅ、く……っぅ、うぐぁあああああっ!!」

 

 どこまでも独り善がりなワーウルフに、アインはついに怒りの絶叫をあげ、殴りかかった。

 息は整ったとはいえ体力は変わらず尽きているに等しいが……それでも瞬間的な速度はバルドーにも匹敵しかねない程で、すぐさま距離を詰めてその頬を殴り抜ける。

 

「ぐっ……! そうだ、良いぞっ! もっと力を示してくれっ!」

「貴様はっ! 貴様は、貴様はぁっ!!」

 

 あまりの怒りに我を忘れ、何度もバルドーに拳を加えていくアイン。さすが進化したと評されるだけはあり、全力で振るわれるその威力は亜人の身体能力から来るタフさでさえ貫通し、ダメージを与えている。

 苦悶に顔を歪めるバルドー。しかし嬉しそうに、その拳を掌で受け止めた。

 

「やるなぁ……っ!」

「何をっ! 貴様はぁっ!!」

「だがな、私もこれではまだ死ねん……! 全力で戦って殺されて、それでようやく進化を実感できるのだからぁっ!!」

「ぐうぅっ!?」

 

 カウンターじみた蹴りを一発、その腹に入れる。バルドーの一撃を受け、後ろに吹き飛ばされるアイン。

 壁に激突し、崩れていく瓦礫に見舞われる。その中で少年は、怒りと悔しさで歯を軋ませた。

 

「ちくしょうっ……! ちくしょう、ちくしょう……!!」

 

 自分だけでなく、自分の血筋さえも踏みにじられた。そのことがあまりにも腹立たしく、つい冷静さを欠いてしまう。

 これでは勝てない、それは分かっているのに──それでも怒りを抑えられない。

 瓦礫を払い除ける、その瞬間だった。

 

『心配しなくて良い、アイン』

「──え?」

 

 彼は何者かの声を聞いた。

 聞き覚えのある、けれど誰か分からない声。つい最近、聞いた声。

 

『奴の目論みは概ね成功し、しかし肝心要の部分で失敗した。奴の狂気が君の遺伝子を汚す前に、君はわたしたちと一つになっている。未来を踏みにじる呪いは、わたしたちが防ぎきった』

「……あ、あ。そうだ、この声」

『さっそくだが時が来たんだよ、アイン。君の身体はもう、わたしたちの力を扱えるだけの器となっている』

「そう、だ。そうでしたね。そうだった、僕はもう、あなたたちと」

 

 次第にアインは思い出していた。その声の正体。魔剣を通して接触してきた、その存在。

 クロードが宿にやって来る直前にアインの体内へと入り込んだ、力そのもの。

 

『君のすべては君だけのものだ。他の誰にも侵されることはない……わたしたちももう消える。君はわたしたちから得た力を、君の思う通りに振るえば良い』

「……はい。きっと、正しいことに使ってみせます。あの人のように」

『それが良い。君ならできると、わたしたちは信じている。それじゃあさよなら──勇者や魔王によろしく言っておいてくれ、焔の英雄』

「ありがとう……さようなら」

「……何だ? 誰と話している?」

 

 バルドーが訝しげに呟くのを尻目に立ち上がる。俯いた顔にはしかし、希望と勇気……英雄の気質が宿っていて。

 静かに佇むアインに、ワーウルフは苛立ちを込めて襲い掛かった。鋭利な爪を伸ばし、その顔面を狙う。

 

「気が触れたなど勘弁してくれよ……! アインくんっ!」

 

 迫り来るバルドー。動かないままのアイン。

 しかし、その顔だけが上がり──同時に彼の全身から、炎が巻き起こる!

 

「『インペトゥスファイア・ドライバー』っ!!」

「な──」

 

 爪を最小限の動きで回避しての、カウンターの一撃。

 燃え盛る炎を纏ったアインの拳が、強かにバルドーの顔面を撃ち抜いた。

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