滅びる大幹部、アリスたちの決着
三人の魔剣士による最終決戦。アインとリムルヘヴンがクロードを打ち破り、王国南西部における魔剣騒動はついに最終盤を迎えた。
残るは二人の大幹部──今しがたセーマによって攻撃されたミシュナウムと、そしてアインを連れて遺跡のある方へと走り去っていったバルドーを打ち倒すことで、魔剣を巡る一連の事件は終息する。
「……状況は分かった。後はバルドーとこのミシュナウムとかいう婆さんの二人か、取りあえずは」
セーマが呟いた。手には救星剣ヴィクティムが握られており、先程放った極光の残り香か、美しい光を微かに纏っている。
その隣にはエメラルドグリーンの長髪が目印の魔王マオ。セーマの超長距離攻撃をまともに受けた蜥蜴と老婆の成れの果てを眺めては、面白くなさそうに何かを思案している。
元より行動を共にしていたセーマはともかく、館にて待機していたはずのマオがやって来ていたことに驚きつつ、アリスが問うた。
「ご……ご主人、マオが何故ここに? いえ、それより『テレポート』でここまで来られたのですか?」
「ああ、まあ……村まではね。深夜なのに皆が出払ってるってことで、クロードくんに襲撃を受けたんだろうなって分かった。それでロベカルさんたちを残してマオと二人、ここまで来たんだ」
ここに至るまでの経緯を、簡潔にセーマは語った。
──『オロバ』アジトからマオの『テレポート』によって村まで転移してきたセーマたちであったが、アリスたちが一人残らず宿からいなくなっていることを確認し、次いでどこへ行ったかを探る必要に迫られた。
その時点で既に、村を起点にした気配感知の範囲内にはアリスたちはいなかった──王国南西部でも最南端だ、いかにセーマとてそこまで知覚範囲は伸ばせない──のだが、しかし彼は別のものを感じ取ったのだ。
セーマの気配感知は特別製だ。『勇者召喚術』による人体改造の末、五感が異常強化された結果としての副産物である。
集中することで、かつてそこにいた者がその時抱いていた、強い感情をも知覚できるのだ。
すなわち残留思念の感知──スピリチュアルの領域にまで足を踏み入れた、『五重感知』とも呼べる彼だけの技能。
それによってセーマは、アリスやミリアの怒り、クロードの憎悪、そして、アインの激怒を感じたのである。
後はその残留思念を辿り、マオの『テレポート』で転移を繰り返すだけだった。途中で方向転換した可能性もあるため直線距離を一息にとはいかなかったが、それでも彼らは着実にアリスたちの元へと近づいていき、そして見付けたのだ。
空を飛ぶ謎の巨大蜥蜴と、その背に乗る老婆を。
「炎の魔剣を持ってたのが見えてね。しかもアリスちゃんまで敵意を剥き出しにしてるから、敵だと断定して攻撃したんだ。まさか『オロバ』の大幹部だとは……」
「助かりました、本当に……バルドーを追えず、さりとて空におるゆえこやつらにも対抗できずにおったのです」
「むしろよく、ここまで持ちこたえてくれたね……ありがとう、助かったよこちらこそ」
無力感を噛み締める様子のアリスに、セーマがフォローを入れた。あまりに相性が悪いように思えるのだし、むしろ防戦一方の中、それでも諦めずに粘り続けた姿勢は賞賛に値するものだろう。
「ゆ、勇者……アインが、まずい。あいつにはもう、戦えるだけの力なんて残っていないんだ。殺されてしまうぞ……っ!」
「リムルヘヴンちゃん……もちろん分かってる。すぐに行くよ、この婆さんをどうにかしてからね」
そんな折、震えながら立ち上がりアインの窮状を訴えるリムルヘヴン。今までにはなかったアインへの気遣いが篭った声音に内心驚くも……セーマは頷いて、老婆ミシュナウムを見据えた。
マオは既に老婆に問いを投げている。セーマの攻撃によって一撃で身体に大穴が空いて即死した巨大蜥蜴について、詰問していたのだ。
「おいこらババア、お前どこでこんなよく分からんもん捕まえたんだ、え?」
「き、さま……ま、魔王、か……ゆ、勇者はともかく、な、何故……」
「良いから答えろよ、もうお前助からないんだから」
老婆の死を確定事項とするようなマオの物言いは、実際、誰がこの場にいたとしても頷かざるを得ないだろう。
蜥蜴だけではない……ミシュナウムもまた、セーマの放ったヴィクティムの極光によって身体の下半分が消し飛んでいた。
「その様じゃもうあと少しで死ぬんだから、隠しごとなんてせずに死ねよババア。さっさと洗いざらい吐け、おい」
「くっ……くく、く。誰、が……き、さまら、ごとき、に……! 星の、犬、めが!」
残る命も後僅か……だというのに老婆は未だ、敵意も憎悪も十二分に溢れさせている。話すことなど何一つとしてない、そんな態度だ。
即死していないのが不思議なくらいだがと感心しつつ、セーマがマオの肩を叩いた。これ以上は時間の無駄だ、死に逝く者に時間をかけてやれる状況では、ない。
「もういいマオ。アインくんが心配だ、さっさと済まそう」
「……ちっ。まあ良い、さっきの首領だかいう大馬鹿野郎よろしく、変な真似する余地を与えて逃げられるのも困るしな」
「そういうことだ……ヴィクティム!」
セーマが叫び、救星剣が唸る。一瞬とかからない──ミシュナウムの首が落ちた。
すかさずマオが手を翳し、魔法を発動させた。
「『ダークネス』……離れとけお前ら、巻き込まれるぞ」
その名を告げると共にマオの手から放たれる小さな黒点。指先程もないサイズのそれはしかし、ミシュナウムに触れた途端、その周辺にある空間も含めたすべてを吸い込み呑み込んだ。
闇そのもの──ミシュナウムと蜥蜴を吸収していく。数秒後には何も残るものはない。綺麗さっぱりと、この世からミシュナウムと蜥蜴、ついでに周囲の草も土さえもごっそりと消え失せていた。
あまりの威力に慄然としてアリスが問う。リムルヘヴンも、息さえ止めて消滅したものたちを見詰めている。
「マオ……何の魔法じゃそれは」
「ん? 『ダークネス』ってね、極小サイズのコラプサー……あー、ざっと言うと何もかも吸い込んでこの世から消す不思議パワーを発生させる魔法だ」
「こ、ら、ぷさあ……?」
「今の文明じゃ分かりっこない代物だよ。何百年かしたら理論くらい出るかもな? ま、一足飛びの発展なぞ許しはしないが」
皮肉げに笑うマオ。どこか超然とした物言いに、星の化身としての意識を垣間見てアリスはごくりと唾を飲んだ。
魔王なのだ、この少女は……星の化身として早すぎる進化を遂げた人間を間引く、大自然よりの使者。
勇者セーマと対となる魔王……その力の片鱗を改めて思い知らされた心地だ。
「お主……やベー奴じゃのー。普段は気位ばかり高いお子様じゃが、やはり魔王なんじゃなあ」
「元だよ元。今じゃ元魔王だよ……っていうかお子様って何だとこの野郎」
「戯れるのは後にしてくれ二人とも。マオ、行こう……方角的に遺跡へ向かったんだと思う。アインくんに何をしたいか知らんが、急がないとまずい」
他愛のないやり取りを止め、セーマが転移を促した。ミシュナウムの手を離れて少し離れたところに落ちていた炎の魔剣を取りに行き、戻ってきてからのことだ。
手にした魔剣を見て、マオが尋ねる。
「それ、どうするんだ?」
「どうやらこれが、敵の目的らしいからな……破壊をちらつかせればアインくんを解放するかもしれない。どうあれ後で壊すんだが、少しでも手札は増やしておきたいしな」
「ふうん? まあ良いさ、行こう」
マオがセーマの手を取る。『テレポート』ですぐさま転移する寸前、アリスが言った。
「わしらはどうしましょう! 村へ戻りましょうかのう?!」
「ああ、一応この辺りに異常がないか確認してからね! 村にはロベカルさんと『クローズド・ヘヴン』の二人がいる、合流してくれ!」
「承知いたしました! ご武運を!」
言うや否や姿のかき消える勇者と魔王。『テレポート』で転移したのだ……既にもう、遺跡の近くにいるのだろう。
騒動の後、静けさがいやに響く夜の草原を、静かに風が撫でた。これで後はもう、セーマたちに任せるばかりなのだと実感が込み上げる。
はあ、と肩の荷が下りた心地でアリスが呟いた。
「とりあえず、こちらはもう後片付けして終いじゃのう……やれやれ、一時はどうなるかと思うたわ。おうリムルヘヴン、お主もお疲れさんじゃった」
「あ、いえオーナー……」
フラフラのリムルヘヴンの肩を抱き、アリスがその身を支えながら労いの言葉を投げる。
発端こそ彼女の暴走であったが、終わってみれば事態解決に大きく貢献したのも彼女なのだ……アリスは上機嫌で笑った。
「ようやったのう、お主。大したもんじゃ、あの恐るべき風の魔剣士をよくぞ打ち倒した。確保できなんだのは悔しいことじゃが、しかし大いに誇るべきじゃよ……強くなったのう、ヘヴン」
かつて『エスペロ』で働いていた頃の姿からは想像もつかないような成長ぶりだと、アリスは心底からの喜びで娘同然のヴァンパイアを誉める。
人間を憎み、アリスを盲信し、そしてリムルヘルと『エスペロ』を最優先として己の成長には興味も薄かった少女が、こうして段違いな進化を見せてくれた。
やはり、この子は外に出て正解だった……そう感慨深げなアリスに、しかしリムルヘヴンは頭を振った。
「……いえ。私一人では勝てませんでした。アインがいてこその勝利です。無事に帰って来てくれると、嬉しいのですが」
「ぉ……おおっ?!」
心配げにアインを思うリムルヘヴンに、アリスはキョトンと目を丸くした。あの差別主義を拗らせていた言動からの変わりように、何があったかと驚く。
──が、それも束の間。すぐに目を細め、ニタニタとからかうような笑みを浮かべて言うのだった。
「おおっほーぅ……あのリムルヘヴンにもついに春が来たとはのー。しかも相手は人間と来た! うむうむ、アイン少年はご主人程でないにしろ素晴らしい男じゃからな!」
「……あの、オーナー。そういうのではないのですが。第一あいつにはもう好いた女が」
「むっ! ソフィーリア嬢か……どうにか彼女が正妻ってことで、何とか愛人の座くらいにはしてもらえんもんかのう? ほら亜人って多夫多妻もありっちゃありじゃが、人間は一夫一妻が基本じゃしなあ」
「勘弁してください、オーナー……!」
勘違いを諌めるように、うんざりした思いでリムルヘヴンは声をあげた。やはりこうなったか、という面倒臭さが胸中にて膨らむ。
この調子だとリムルヘルにも何を言われるか知れたものではないな、と病院で過ごしている最愛の妹の、奇妙な言動を思い返し……
「はあ……まったく、平和というのもままならんものだな」
リムルヘヴンは、深々とため息を吐いたのであった。
今週末の金曜日までは毎日17時投稿、そして金曜日には17時から数時間おきに最終話まで投稿します。
よろしくお願いいたします。