アインと魔剣、出会いの経緯
──一か月前。その日もやはり、アインとソフィーリアは冒険に出ていた。
まだまだ冒険者となって日も浅い彼らだ、そう難易度の高いものは受けていない。その時も簡単な採集依頼を受けて町の外を彷徨いていたのである。
本来ならば危険に遭遇するはずもないはずの、時間にして一時間と町から外出しないような依頼だ。
その日は天気も良くなかったものだから、さっさと終わらせて宿で二人、穏やかに過ごすかと……そんなことを考えていた少年少女であるのだが、不幸は起きてしまった。
『へっへへへ! 観念しなぁ』
『そんな、こんなところで襲われるなんて……!』
運悪くも賊に出くわしてしまっていたのだ。
強盗目的の賊が三人で亜人ではない。人間であるのがまだ救いと言えば救いだろうか。
それでもその日は採集がメインということで、しかもすぐに終わることだからと……最低限の武装しかしていなかったのがアインとソフィーリアの首を締めてしまっていた。
新米にありがちな、依頼のことばかりを気にして安全や防護を疎かにするケアレスミスが最悪のタイミングで発露してしまった形だ。
『男は殺すし女は売るかぁ! おっとその前に、ばっちり楽しませてもらっちゃうけどなぁ!』
『させるか!』
ソフィーリアを背に応戦するアインだったが、いかに剣才があるといえど多勢に無勢。未だ三人一度に相手取れる程の経験も技術も培っていない少年の身では、翻弄されつつもソフィーリアを守り抜くことが精一杯であった。
『く、う……』
『あ、アイン!』
次第に傷が増えていくアインにソフィーリアが叫ぶ。
彼女も守られるだけでなく、時折逃走できないか隙を窺うのだが……相手も賊ながらそれなりに実力があり、新米冒険者のそんな挙動など即座に看破して逆に牽制を入れてくるのだから手に負えない。
『いい加減諦めて死ねや坊主! お前の彼女は幸せにしてやるからよぉ!』
『ふざけるなっ!!』
恫喝じみた雄叫びの賊たちに、しかしアインも負けじと叫ぶ。
せめて気迫では負けられない──冒険者として以前に男として、大切なソフィーリアを護り切らねばならないと、彼は決死を覚悟していた。
『負けてたまるか! 諦めてたまるかっ!! 僕は……ソフィーリアと僕は、これからも生きていくんだ、二人でっ!!』
それはほとんど虚勢に近いものだったが……賊たちはアインの気迫を受けてたしかに後退る。
千載一遇だ。その隙を突いてソフィーリアは彼の手を引き、町に向けて駆け出した。
『ソフィーリア!?』
『走って! 町の近くまで走れば、きっと衛兵さんが!!』
突然の行動だったが、すぐさま理解してアインも逃走体勢を整える。
すぐさま賊たちが走り始めるが、やや遅れてのことだ……逃げきれなくはない。一縷の希望を託して駆ける二人だったが。
『──素晴らしい』
どこからか突然現れたローブの男に行く手を遮られ、逃走を阻まれてしまっていた。
思わず立ち止まるアインとソフィーリア。驚きと焦りと、そして恐怖に声を張り上げる。
『そんな!?』
『な……あ、新手!?』
『いいや違う。あれは私とは関わりない連中だ』
アインの一回りは大きな男は、身体全体をローブで、顔の上半分をフードで隠していてまるでどのような人物かが判別できない。
あまりにも異様な風体で、しかも二人の決死の逃走を邪魔してくるのだ……たとえ賊たちと繋がりがなかったとしても、どう考えても味方ではないと窺い知れた。
続いて賊が迫ってくる。前には謎の男、後ろには賊。
今度こそ絶体絶命だ……覚悟を決めてアインは再び剣を構えた。
『ソフィーリア、君だけでも逃がして見せる……っ』
『そんな、嫌よアイン! 私だけ生き延びるなんて!』
悲鳴じみた声をあげる。アインは死ぬ覚悟でいて、自分に逃げろと言ってくる。それでも……アインが死ぬなら一緒に死にたいと、そんな想いで叫ぶソフィーリアだ。
そんな折、低い声が響いた。
『そうだな。私もそれは嫌だ。素養ある若者が、詰まらぬ輩に殺されるというのは見るに堪えない』
『……あなたが、何を!』
ローブの男だ。大袈裟なまでに悼むような素振りと口調と共に、涙目で激昂するソフィーリアをものともせずアインに近寄る……
少年の眼前にまで立つと、男は懐から一振り、剣を差し出した。
黒い、どこまでも漆黒の剣だ。鍔に埋め込まれた不気味な程に赤く輝く宝石以外、すべてが黒い。
唐突に差し出されたソレに戸惑う少年。構わずに男は告げた。
『──おめでとう。君は『進化』に選ばれた。この剣を使うが良い。これがあれば君は、あらゆる難局を乗り越えられる』
『な、にを』
『使え。さもなくば君はその子を守れない』
『……っ』
まるで押し売りじみた強引さだったが……しかし少年は迷わず手を伸ばす。
生きるため。
そして、自分の背で震える女の子を守るために。
差し迫る脅威を退けられるのならばと、少年は選択し──掴んだ。
そして始まる、身体の異変。
『ぁ──っ』
『アイン!?』
『案ずるな。少しの間、熱に浮かされるだけだ……そら、終わるぞ』
アインの全身に痺れが走る。痛くはない、痛くはないが……何かが身体に入ってくる感覚。
ニヤリと笑い、男は言った。
『手にしたな……選んだな。自分の意志で、求めたな』
男の声がどこか遠く響く。
まるで走馬灯のように脳裏を駆け巡る昔日の記憶。溺れるように溢れる感情の中、少年はたしかにその声を聞いた。
──Wake-up"EVOLUTION"
賊がやって来る。どこか夢見心地のままアインは構えた。
不思議と力が湧いてくる。頭ではなく身体が、この剣の使い方を急速に理解していく。
今現在使える技はただ一つ。しかしその威力は亜人とさえ渡り合える。人間の賊程度、相手にもならない。
感覚で把握した剣の性能を引き出していく。一連の流れはわずかな時間のことで、呆然と彼を見詰めるソフィーリアを尻目に男は狂喜の笑みを浮かべた。
『ならば行くが良い。君が望む限り『進化』は止まらない』
エールを送る男の、フードから覗く狂信の煌めき。
それでも良かった。
たとえこの男がどこの誰であろうが構いはしない……ソフィーリアを護れるのなら。
アインは力を込めた。
──1st Phase
何かが始まる音がして、そしてアインは静かに、しかし強く呟いた。
『ファイア・ドライバー──!』
「とまあ、そんな経緯で怪しい親切なおじさんからいただいた物でして、その剣」
「いやいやいやいや。間違っても親切じゃないからそのおじさん」
ほんわかムードで一連を語り、最後にはそう締め括って笑うアインにセーマは思わずツッコミを入れた。
思っていたよりも壮絶な話だったことに驚きつつも、相変わらず呑気に笑う無垢な少年少女に言う。
「……どう考えても仕込みとしか思えないんだけど。その男、アインくんに剣を渡すために賊を差し向けたんじゃないのか?」
「え」
「あ、やっぱりそう思います? セーマさんも」
心底から驚いたようにきょとんとするアインとは裏腹に、ソフィーリアの方はそのような考えが元よりなくはなかったのかセーマに同意して見せた。
「タイミングバッチリすぎて絶対仕込みですよねー。アインには繰り返しそう言ってるんですけど、まあ本人が良い怪しいおじさんって思ってるならそれで良いかなーって」
「何だようソフィーリアまで。あの怪しいおじさんは絶対、良い怪しいおじさんだよ」
「良い怪しいおじさんって何……」
「怪しいのはどうあれ確定なのね……」
気の抜けるやり取りを繰り広げる少年少女に、セーマはもちろんジナもミリアもどう反応したものかと微妙な面持ちでいる。
こほん、と一つ咳払いして話を戻す。どうもこのカップルのペースは独特で、気を抜くと珍妙な会話に呑まれそうになるセーマだ。
「と、とにかく。ええと、それでアインくんはその『魔剣』とやらを手に入れたんだね」
「はい。でもまあ、あんまり使う機会も無いんですけど」
「新米冒険者がいきなり荒事に関わるって滅多に無いもんね」
ジナの言葉にアインもソフィーリアも頷いた。
たしかに新米冒険者というのはほとんどの場合、町の中やすぐ周辺でちょっとした依頼を行うことで基礎的な知識を身に付けるのがセオリーである。
この二人のみならず、セーマとてそれは変わらない……だからこそ以前には、リリーナのレクチャー付きで薬草採取の依頼をこなしていたのだ。
「一応、剣の訓練はしてたんですけど……一月前や昨日のような炎や必殺技は出せなかったんですよね。何なんでしょう?」
「必殺技……って、さっき話に出てた『ファイア・ドライバー』のことで良いのかな」
「はい。何かここぞという時にはこういう技が使えるぞって、この剣が教えてくれるみたいで」
「……」
何気なく普通のことのように語るアインだが……内容はつまるところ魔剣が彼の精神に干渉しているという事実に他ならない。
セーマはそこに思い至り、内心で半ば確信した──魔法の行使だけではない。治癒能力の異常な向上も、おそらくは魔剣によるものだろう。
彼の精神と肉体に、何らかの目的を以て影響を与えているのだ。
「『勇者』よろしく改造でもしてるっていうのか? そんな馬鹿な」
ぼそりと呟く。やはり真っ先に思い出されるのはセーマ自身が過去に受けた邪法『勇者召喚術』による肉体改造だ。
むしろ、魔剣の方がより質の悪い代物かも知れない……少なくとも邪法による人体改造は、被害者たるセーマの精神面にまでは手を加えることはなかった。
その点ではアインの選択意思に対して明らかな干渉を行っている形跡がある魔剣よりも、控えめですらあるだろう。
「にしても『ファイア・ドライバー』……『ファイア』か」
「カッコいいですよねー、名前。これでもっと好きなタイミングで使えるんなら完璧なんですけど」
「夜でも明るいし、火が調達できるから便利よねえ」
「何でもできるのにねー」
「ねー」
顔を見合わせて頷き合う少年少女。まったく軽薄なノリにいい加減慣れてきたのか誰もが苦笑いするに留まる。
恐らくは殺傷目的しか想定していないであろう必殺技も、この二人にかかれば便利な火の元でしかないらしい。
半ば感心すらしつつも、セーマは彼らに提案した。
「使用法については知ってそうな奴に心当たりがある。今度連れてくるよ」
「本当ですか!? 助かりますセーマさん!」
「顔広いんですねー……でも、知ってそうな人って一体?」
無邪気に喜ぶアインと、魔剣に詳しいらしい知り合いとやらを不思議がるソフィーリア。
それらを受けて微笑み、セーマは言った。
「ん、まあ……昔の好敵手さ。色々あって仲良くなったんだ。今はうちの館で居候している」
「好敵手?」
「何かカッコいいですね」
「そんな良いもんでも無かったんだけどな……」
頬を掻いて答える。実際のところ、好敵手というよりは宿敵──互いに何がなんでも殺さなければならない、殺し合わねばならないような関係という方がしっくりくる。
とはいえあまり血腥いことをひけらかすのも気が引けて……適当に笑って誤魔化したセーマ。
そしてその『好敵手』と一週間後に引き会わせることをアインたちと約束し、セーマはひとまずジナ、ミリアを連れて館へと戻ることにしたのであった。




