70話 剣をもらって人になる、らしい。
『ご主人様。いいえ、龍神様』
どこからともなくやって来たアリシアに、俺はそう呼ばれた。
『アリシアか。…どうした?』
『少し、お待ちください。私が、繋ぎ止めます』
『セレシアの準備が、整っていないと?』
『いえ、恐らく、もうすぐやってくるでしょう』
その言葉とともに、彼女らがやって来た。
『随分と神々しいな』
『うわー、でっかい』
『…クラム様』
『セレシアか。…さて、龍神としてはあり得ないことだが、どうにも俺は、人間に戻りたいらしい』
『存じております。私としても、まだ挙式もしていないのですから、先にいなくなられては困りますよ』
『そうか』
その後、セレシアは俺に、一つの剣を差し出した。
『その剣を握ってください。貴方はまた、人として生きられるでしょう』
それを握ると、体が光に覆われ…
「本当だ。どうも済まないな」
「いえ。これほど被害がなくこの状況を打破できたのは、貴方のおかげですから」
五龍は剣から分離し、空間の狭間に消えていった。ファブニールは元の場所へと戻り、ヴリトラとその眷龍もまた深淵へと戻り、大穴は何事もなかったかの様に消えた。世界はまた、何事もなく明日を迎えられそうである。…本当に世界の危機だと、実感できた人はいったい何人いただろうか?
久方ぶりに人間に戻ったクラムは、
「さて、人間に変わったところで、現世にいれるわけではない。…そこでセレシア」
「…はい」
「済まないが、巫女になってくれ」
「お任せください」
巫女。龍神をこの世界に止めるための、いわば楔。
龍神が女性を巫女にするのに必要な儀式といえばーー
「信じていますから、怖くなどありませんよ。さぁ、一思いにどうぞ」
「一部の狂いもなくそう言えるのが、お前のすごいところだよな」
ーーその女性を自らの手で、殺めること。
クラムは先程セレシアから貰った剣で、彼女の心臓を貫いた。
「…なっ」
「何をしてるの⁉︎クラム⁉︎」
グレイスやアリスが驚愕している中で、
「落ち着いて。あれは儀式よ。龍神をこの世につなぎとめる楔となる『巫女』と契約するための、大切な儀式」
「セレシアを殺すことが、ですか⁉︎」
「驚くのも無理はないけど。…まぁ、見ていなさい」
アカネがアリスを宥める。その傍で、セレシアの亡骸が宙に浮き、
まばゆい光と共に、彼女は再生した。
「お帰り、セレシア」
「えぇ。只今でございます。…アリシアちゃん、お疲れ様。疲れたでしょう?もう休んでいいわよ」
「…いえ、その様なわけには」
「そう。では、こちらにいらっしゃい」
そう言って、ぐったりと疲れきったアリシアを抱き寄せ、癒すセレシア。周りの人間はそれを、大抵は唖然として見ていた。
「…俺は今、幻でも見ているのだろうか?」
「不死性、ですか。…グレイス、挑戦して見ますか?」
「いや、死ぬこと前提に戦ってはいかんだろう」
「まぁ、そうですね。…あれは常人には踏み越えてはいけない一線、神の領域へ至る禁足地。拝めただけでも一生物の幸運でしょう」
「そうだな。そんな研究をしていれば、天罰が下るかもしれん」
珍しくフローラが節操を覚えている中で、アリスがクラムたちに近づいていく。
「…アリス」
「いや、別に、私もとは言わないよ」
驚いた。まさにそれを言うと思っていたのだが。
「私は聖王になる。民とともに生き、そして死ななければならない。不老不死なんかじゃいけない。未来へ伝え、託す必要がある」
「…そう、だな」
「うん。だから、どうやら先に、私だけおさらばすることになりそうだね。…何十年も先の話だけど」
「まだ50年は後の話でしょう?今気にすることはありませんよ」
「ううん、だからさ」
そう言ってアリスは、
「せめて私が生きている間は、出来るだけ私の方を優先してほしいなー、なんてね」
と、珍しくはにかんだ。
「…そうですね。それがいいかもしれません」
「…セレシアがそう言うならば」
そうやって、また日常は始まる。向こう100年はかなり平和だったため、歴史に刻まれる様な大事件はなかったと言う。
そして。
「『両手に花』だな、クラム」
「言わないでくれ。…全く、あれほど別にしろと言ったのに」
「でもまぁ、面白いではありませんか」
「そうだよ!前例がなくて面白いじゃん!」
学園も無事卒業し、晴れてクラムの結婚式。聖王国史に残る一大事件、『王女姉妹と帝国の皇子との二重結婚式』が、騒々しくも華々しく、幕を開けるのだったーー。
次でとりま終わり。




