第二話 緊張はしない。
「1010番、前へ」
聖女は公務で王都にいないらしい。よって最大の用事はお預けである。
少なくともクラムの前に1009人も受験生がいるらしい。倍率など考えたくもないが、彼はそれほど緊張はしていなかった。
彼のいた学校の校長、カーロン先生はかなりのやり手で、彼の一番弟子のようなものであるクラムは王都レベルで評価しても非常に高い水準の実力を持っている。それはここを受ける受験生のような『未だ眠る』力ではなく、『すでに開花し、鍛錬を経て自分のものにした』力だ。その点において、すでにクラムは受験生のほとんどよりも優位に立っているのだが、それは彼のあずかり知らぬ事である。
「試験の内容は」
「理解してます」
「よろしい」
試験官と言葉を交わす。――試験の準備が完了したようだ。
「では、はじめ」
「――――――――――終わりました」
時間にしてコンマ1秒未満。縦横が乱雑した7つの的をすべて魔法で破壊する事が今回の試験の内容だ。――彼にとっては朝飯前でしかないが。
「…下がって良し」
「ありがとうございます」
試験官が絶句していたが、的を見ずに瞬時に的を7つ同時に破壊して見せただけで驚かれても困る。この程度カーロン先生やモニカ先生なら話の合間にできることだ。ここの教師陣はそれこそ朝飯前だろう。
このように感じながら、クラムは試験会場を後にする。筆記試験はとうに終わっている。モニカ先生直伝の記述式説明術があればフルスコアも夢ではない、と校長に言われていたが、まさか本当だとは夢にも思わなかった。正直なところ、モニカ先生を甘く見ていたようだ(主に外見が原因である)。帰ったら感謝の言葉と王都の菓子類を進呈しよう、と彼は考えた。
宿に戻って、村へ帰る準備をする。学園に合格すればそこの寮で暮らす予定であるから、宿をとっておく必要はない。とっとと帰るのみである。
頭痛はもはや友人である。最近になると少しの痛みは気にならなくなってきた。試験は多分合格だろうか、と推測しながら(慢心とも言えるかもしれない)、彼は早々に王都を立ち去った。
正直なところ、機会を逃したおかげで彼女に会う気が失せてしまった、というところが大きい。菓子屋で適当な物を見繕い、村全体への土産も購入し、彼は足早に村へ帰還した。
殆どセレシアとは入れ違いだったのだが、それを聞いて悔しがったのはセレシアのみ。
「何なのですか、あいつ!せっかく急いで戻ってきたと言うのにー!」
徹底的に強制された言葉遣いの中に素が混じった叫び声が大聖堂に満ちたのは、奇しくも同日のことであったというが、これもクラムのあずかり知らぬことであった。