第一話 頭が痛い。
「あー。頭が痛ぇ」
「お前、またそれかよ。頭痛薬は飲んだのか?」
「効果がしねぇからやめた。金の無駄だ」
とある村の学校にて、クラムとその友人、バールの会話である。
このアストレア聖王国は大陸内屈指の識字率と学力平均を持ち、簡単な読み書きならどの村の子供もできてしまうという、他の国ではあまり考えられないような状況にある。『神のもと万人は平等』という謳い文句は伊達ではない様だ。
彼らは高等科3年。もうすぐ学校を卒業する事となる。『聖女』を輩出したこの『ヴィンテック村』の学力平均は他村と比べてかなり高く、王都の学校に勝るとも劣らず、と言ったところだ。これは王都から左遷されてやってきた(であろう)、この村の学校の若き校長であるカーロン先生の力が大きいと言える。
「ほら、そこ。喋ってないで集中する!」
「へい」
「へーい」
現在は魔法射撃の実習――と言ってもファイアーボール程度だが。
『15にもなると曲射程度なら難なくこなすことができる』らしい。事実、15歳である彼らにはそれが可能だ。バールの簡単な詠唱の後、火球は四、五回ほどウネウネして障害物を回避しながら接近して、見事、的の真ん中に命中した。
「まぁ、このくらいならな」
バールが余裕そうに語る。その脇でクラムは、
「――ほい」
発射から着弾までコンマ1秒以下。詠唱は圧巻の省略。勿論のこと、的の中心に直撃。
バークよりもよほど実戦的で、正確無比な魔法行使を披露して見せた。
「ちえっ、やっぱクラムには敵わねぇか」
「そうでもねぇよ。魔法では上なだけだ」
事実、魔法の行使については、クラムはバールの数段上を行く。しかし、村内の『女子からの人気』はバールが独占している。
曰く、『人柄』『容姿』『雰囲気』『陽気な性格』などが理由らしい。それについてバールは「クラムのほうがかっこいいのになぁ」とコメントを漏らしたことがあるが、客観的にはどう見ても女性が振り返るのはバールだ。
「やっぱ王都に行くのか?お前の能力だったら推薦くらい余裕そうだが」
「あぁ…まぁな。あの守銭奴が何かやらかしてないか見てくる」
「ハハッ、お前らはずっと変わんねぇなぁ」
「…はぁ?」
「『あんたもすぐに追っかけてきなさいよ!』だろ?約束は守るってか。義理堅いねぇ」
「――その言葉なんだが、どうも記憶に無くてだな」
セレシアからのメッセージ自体は他の村人から聞き出すことができた――同時にからかわれたが。
だがどうもしっくりこない。頭痛はあの後から一向に収まらず、薬は『効果なし』とみて3週間前に使用を中止した。正午には決まって収まるから、それほどでもないといった感じでもある。
「頭痛さえなければモテそうだがなぁ」
「余計なお世話だ」
「あぁ、どのみちセレシアがいるから無理だな、そういえば」
「――あいつが?」
「あぁ。『両想いの二人の邪魔はしたくない』そうだ」
「両思いだぁ?――俺は振ったぞ、あいつのこと」
「――え、マジ?」
「『あ、あたしは諦めないわよ!』だと。つーか、仮に両想いならあいつは聖女になんてならなかったんじゃねぇの」
「――何時の話だよ、それ」
「聖女に選ばれた直後。何やら覚悟を決めた表情で来やがったから、何だと思ったら告白だった」
「衝撃の事実だぞ、それ」
「『聖女に恋愛は禁物だ』と言って断ったんだがなぁ。『諦めない』とさ。あいつはいったいどうするつもりなのやら…。大聖堂で俺の名前なんて口にしてねぇだろうか」
「理由がなんとまぁ…。それじゃその回答になるだろ、当たり前だ」
「そういうものなのかねぇ。『女心』なんてわかりはしねぇよ」
「例えわからなくとも、理解しようとする気持ちが大切ですよ、クラム君」
担任のモニカ先生が会話に乱入してきた。女性なりに思うところがあったのだろうか。
「――まぁ、理解しようとはしてみますよ。そのためにも一度、会いに行こうかと」
「えぇ、頑張ってください。教師一同、全力で応援します」
「あぁ、頑張れよクラム。『親友』として俺も、できる限り協力してやるぜ」
こんな会話を挟みつつ、魔法、算術などの教養、武術に芸術などを総合的に学ぶ日々を過ごし(ここまで幅広くやるのは聖王国でもこの学校くらいである)、18の冬を迎えたクラムは、王都にある国立アストレア魔法学園へ入学するために、王都へ入学試験を受けに行くのであった。