17話 決戦である。
二話に分けてもよかったかもしれない。
「待って、弟君」
親善大会の決勝戦。アーサーとの決戦に臨むクラムを、アリスが引き止める。フローラと言えば彼の魔法を受け取ることはできるものの相手に有効打が全くなく、消耗戦を悟りわりと早々に降伏した。
「何でしょうか、会長」
「うーんとね、アーサー王子との対決だけど。できればこれを持って行って欲しいの」
「…これは」
「そう、我が国の宝、神剣アストレア。ーーそうだ、ちょっと握ってみて」
クラムが神剣を握った。その異常さに、アリスは「やっぱりね」と納得する。
「弟君、親の顔って知ってる?」
「いえ、赤子の頃から、村の教師に育てられたので」
「そう…間違いないわ。弟君は、どこかのーーいえ、今はまだ、話さなくていいわね」
今更だが、クラムは孤児である。しかし自らの出自については、彼は興味を持っていない。両親が死んでいるのか、生きているのかさえも。
彼にとっての親はカーロン一人であり、その人以外必要ないとクラムは思っている。
「違和感はない?鍵が合わなければ、握るだけで苦痛を伴う筈だけど」
「そうですね…確かに、違和感はあります」
「わかった。ちょっと、じっとしててね」
そうやってクラムの右手を両手で包むようにしたアリスは、彼女の魔力をクラムに流し込み、神剣の『鍵』を、彼に与えた。
「どう?違和感は消えた?」
「はい。…ありがとうございます」
流石にこの状況では、『手に触れるな』などとは言えず。大人しく謝辞を述べたクラムであった。
「そうね…本来ならば私の役目だったんだけど、今回は私、負けちゃったから。弟君、代わりに戦ってきて」
「…何だかすみません」
「ううん、油断してたのはこっちだから。お父様にも叱られちゃった」
その父親からの指示を実行したアリスは、愛しい弟分にエールを送る。
「まぁ難しいことは気にしないで、頑張って勝ってきてね!」
「はぁ。…最善を尽くします」
背中を押されて、試合会場へ。既にアーサーは到着し、彼を待っていたようだ。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
「いやいや、クラム君。私が早く来ただけだ、気にすることはない」
そう話すアーサーの雰囲気はまさに『覇者』であり、その体からは精悍な雰囲気とともに、隠しようが無い覇気がにじみ出ていた。
「それでは、始めようか?」
「開始の指示は出てませんが」
「決勝戦は開始の合図が無いのが習わしなんだ。さて、先手は譲るよ。君はその剣に慣れていないだろう?肩慣らしから始めようか」
「お気遣いありがとうございます。ではお言葉に甘えて、参ります」
神剣の試し振りなどする時間はなかった。こう行った申し出はとても助かる。
神速の斬撃を放つ。いつもより速度が強化されており、若干コントロールに苦戦した。
「ほぉ、やるじゃないか」
その攻撃を難なく受け止めたアーサーが感心する。クラムはそのまま剣を振り上げ、アーサーを空中へ打ち上げる。
「空中戦かい?君は飛んだことがーー」
「生憎ですが、慣れております」
カーロンから飛翔魔法については詳しく教わっているクラムは、最早飛翔ではなく重力を無視した立体機動のような動きができる。
クラムとアーサー、両者に翼が現れた。
空中で静止するアーサーに向け再度突進。上方向にいなされた後、間髪入れず追撃を入れる。
四方八方どころでは無い。あらゆる方位から奇襲をかけるクラムだが、それらの攻撃は全て読まれており、アーサーに全ていなされる。
「随分と慣れてるようだね。では、そろそろ本気で行こうかな?」
何度目かのクラムの突進を、アーサーはいなすのでは無く受けた。ーー瞬間、クラムが切り飛ばされ、盛大に吹っ飛ぶ。
「時間停止の類、防御と反撃が同時とは」
「おや、攻撃を瞬時に防御に変えるとは。平民だと思って侮ってはいけないようだ」
その勢いを魔法で殺し、空中で静止したクラム。左手に太陽を生み出し、その輝きでアーサーを照らす。
「無駄だよ」
アーサーの目前に太陽が現れるが、彼の神剣から放たれた聖光はいともたやすくそれを両断し、余波がクラムを襲った。
神剣を瞬時に解析し、 クラムの持つ神剣が灼熱する。腰から頭上へ振り上げたそれは神炎の波動を放ち、聖光を焼き払う。
「もう『それ』が使えるのか。凄まじいセンスだ」
「こんな物があるとは…道理で平民では、王族に勝てないわけだ」
お互いが感心する。
「遊びは終わりだ。もう少し戦いたいところだが、時間も迫って来ている」
そろそろ終いだと、アーサーはその神剣『エクスカリバー』を大きく振り上げ、
「次の一撃で、決めさせてもらおうか」
先ほどとは比べ物にならない聖光で、クラムを打ち倒さんと構えた。
「では、こちらも」
どんな政治的事情があったとしても、セレシアが見ているという時点で、クラムに敗北という選択肢はない。天にかざした『アストレア』が灼熱し、絶大な威力の神炎が噴出する。
『宝式記録』。ある特別な、大規模な魔法を聖剣・魔剣・そして神剣などに封じ込めて、必要時に魔力を供給しそれを取り出す仕組みだ。
『魔力を波動に変え放出する』という魔法は一見とても簡単なものに見えるが、その波動に様々な性質を、『概念』を付与するとなると話は別である。
お互いの神剣が波動に込める概念はそれぞれ『奇跡』と『勝利』。必勝の王の一撃が奇跡を葬り去るか、必定の敗北を奇跡が打ち破るか。
勝敗は今、この一撃を持って決まるーーー
「「ーーはぁっ!」」
お互いの神剣が振り下ろされる。聖光と神炎が激突し、この会場を二色の光が照らし上げる。
しかして灯は一つで良い。二つの波動はお互いを滅ぼさんと、激しくせめぎ合う。
しばらく拮抗していた両者だが、その状況は長くは続かなかった。
クラムに渡されたアリスの魔力が切れかかり、神炎が勢いを弱めていく。
「くっ…」
刻一刻と弱まっていく波動。近く敗北へのリミット。
(折角ここまで来たのだ、セレシアも見ている。負けたくはないがーー)
これではどうしようもない。アーサーが勝利を確信し、クラムが敗北を覚悟したその時。
『2度も他者の助けを借りねばならぬとは。憐れなものですね』
神の声が聞こえた。まるでセレシアの様だったが、僅かに違うと、クラムは確信した。
『我が現し身の伴侶よ。私の剣を燃やした貴方を助けるのはどうかとは思いますが、あちらの神に負けるのはどうも気に入りませんので、貴方に特別に、私の力を与えましょう』
何だそれは、とクラムは思った。どうにもここ最近、『何だそれは』と思うことが多いなと、彼は苦笑する。
彼の右手に浮かぶ炎環に、アストレア聖王国の国旗にも記された、『神紋』が刻まれる。
クラムの翼は金色に変色し、頭上の円環はその数を一つ増やしたようだ。神炎はその輝きを赤から白へと変え、聖光を圧倒する。
「なにっ!ーーでは、こちらも…!」
だが、アーサーもたやすくは倒れない。残った魔力を全て消費し、聖光が勢いを増す。
「はぁぁぁぁっ!」
覇者たる獅子が吼える。神たるアストレアの直接的なバックアップを受けているクラムと、己の力のみで拮抗するアーサー。
しかしこの状況も長くは続かず。
「ーーはぁ、ぁあっ!」
クラムが剣を一閃する。神の力を受け取った彼にとって、人であるアーサーの聖光を下すことなど造作もないことであった。
「くそっ、『アヴァロン』ーー!」
『無駄ですよ。加護を受けていないそれは、ただの堅い結界。破る事など容易い』
神の声はアーサーには聞こえないが、その状況は彼にも理解できたのだろう。彼は結界の展開を中止し、
「…ダメか。どうやら君は、とても天に愛されているようだ。悔しいが、私の負けだよーー」
神炎に吹き飛ばされながら、覇者は神子に、その『奇跡』に嫉妬した。




