7 道端
結論から言うと、リリーは俺たちについてくることになった。
入学式の場所が分からないリリーに場所を教えたのだが、よく分からないとのことで「同行してもいいですか?」と言われた。
もちろん、俺は面倒だからと断った。
にも関わらず、店を出てから、リリーは俺の後ろをついてきた。しかも、下手くそな尾行で……。
そのせいで、俺は周りからとても怪しい目線を浴びることになり、仕方なく同行を許可することとなり…………今に至る。
といっても、もうすぐ入学式の会場には着く。後は左右に露店が並んでいるこの一本道を進むだけだ。
「入学式って何をするんでしょうね?」
ワクワクとした表情のリリーが声をかけてきた。
「知らん」
「『学園』って本当に大きいですよね」
「そうだな」
「あの時計塔って、上まで上がれるんですかね」
「行けば分かる」
「む~。フェアちゃん、リュウヤさんが私の話を流しちゃう~」
「まだ返答があるだけましなのです」
「そうなの!?」
「ひどい時は答えるどころか頷きもしないのです。めげずにずーっと話しかけていたら最後にはおでこにチョップが飛んでくるのです」
「えー。だめだよ、リュウヤさん! 暴力反対!」
「そうなのです! 暴力反対なのです!」
「「えへへへ~……」」
二人で顔を見合わせて、何やら意気投合している。少し五月蝿い。
「フェア、そろそろだから隠れとけよ」
もうすぐ目的の場所に着くので、フェアに巾着に戻るように促す。
「はいなのです。でも、もう少しだけ~」
リリーの左肩に腰掛けているフェアが足をぶらぶらさせながら答えた。
普段なら人目のあるところでは巾着の中にいるフェアだが、今はリリーの銀髪で隠れるギリギリの位置に座っている。リリーの長めの銀髪とフェアの蒼銀の髪の色が似ているため、いい感じに同化してパッと見ではフェアの存在に気づけない。
前から見たらバレるかもしれないが、覗き込んでくる輩もいないだろう。
「……にしても、暇だ」
女性陣はまた別の話題で話に花を咲かせて、盛り上がっている。
俺は特にやることなし。
「ーーーー暇だ…………」
ポツリと言葉を漏らした……その時。
「テメェ! 何してくれてんだよ!」
俺達の進行方向にて、どこかで聞いたことのある男の声が聞こえてきた。
俺は歩みを一旦止めた。
「この声は……」
「は、はぅー…………」
フェアとリリーも男に気づいたようだ。
リリーはそそくさと俺の後ろに身を隠した。
「ぶつかっといて、謝りもしねぇのかよ!」
「……当たってきたのは貴方の方よ」
「ンだとオラァッ!」
見たことのある大きな身体、荒々しい口調、背中の大剣。
やはり、アレスだ。
話の内容からして、あの少女にいちゃもんをつけてるのか?
「ちょっ、アレス君」
「止めようぜ、こんな所でよ……。ここはヤバいぜ」
「ああぁん?! そんことしるかッ! 俺は今虫の居所が悪いんだよ! 邪魔するな!」
取り巻きの二人がアレスを声をかけるも、アルスは余計に苛立ちを顕にした。
というか、自分で虫の居所が悪いって言うか、普通……?
「それで、私はもういいかしら?」
「あぁん?」
赤髪を揺らしながら、少女がグイッと前に出た。
あの髪色、それに腰に携えてる剣…………。どこかで……。
「私は急いでいるの。貴方みたいな馬鹿に付き合ってる暇はないんだから早くして」
「なんだとこの女ッ!」
アレスが腕を持ち上げた。
お、殴るか? こんな人通りのあるところで。
「お、落ち着けって、アレス……!」
慌てて取り巻きの一人が、アレスの腕を抑える。だが。
「邪魔だッ! どいてろ!」
「うわっ……、あ、アレス!」
制止を無視して取り巻きを払い除けたアレスは、腕を少女に向かって振り下ろす。
少女は微動だにしない。このままでは顔面直撃だ。
「危ない!」
リリーが咄嗟に叫んだ。耳元で叫ばれたため、物凄く五月蝿い。
「『アポロン』」
アレスの拳がぶつかる直前に、少女が小さく言葉を発した。
すると、瞬く間に炎が地面から上へと伸び、まるで少女を守る壁のようになった。
もう引くことのできないアレスの腕は、そのまま炎に巻き込まれてしまう。
「グァッ……!」
すぐにアレスは手を戻し、二、三歩後退した。
「お前……ッ!」
「仕掛けてきたのはそっち。私は知らないわ」
「この、クソ女が!」
どうやら怒りが頂点に達したみたいだ。アレスは背負っているバスタードソードに手をかける。
それを見た俺は、『印』に意識を集中。『模倣』を発動させる。
「ウラァッ!!」
アレスがバスタードソードを振り抜く。少女も腰の剣に手をかける。
ーーーーーしかし、少女が剣を抜くことはなかった。
ガキィィィンン!!
金属と金属がぶつかる音が鳴り響く。
「通行の邪魔だ。退け」
俺は『加速』を使って二人の間に割り込み、アレスのバスタードソードを俺が『模倣』で生み出したもう一本のバスタードソードで受けた。
「なっ……! お前ッ!」
「五月蝿い。黙れ」
「……ッ!! こいつら!!」
アレスはバスタードソードをもう一度振り上げ直す。
はぁ……。面倒だな。
「いいのか? ここで抗争を起こせば………………後は言わずとも分かるだろ?」
クイッと親指でアレスに周りを見るように促した。
現在、通行人の目がかなりコチラに向いている。これ以上目立てば、かなり面倒なことになることは必至だ。
アレスは周りを見てからそのことに気づき、舌打ちをしてから乱暴にバスタードソードを背中に戻した。
「覚えてろよ……」
それだけ言い残すと、アレスと取り巻きは踵を返して去っていった。
「もう、リュウちゃん! いきなり危ないのです」
「リュウヤさん……すごいですね」
俺が『模倣』で出したバスタードソードを消したところで、リリーとフェアがこちらに来た。
「普通だ」
別に俺は凄いことをした訳ではない。
俺の推測では、アレスは隠し事ーーリリーのような人攫いーーがあるため、目立ったり取り調べられたりされる事態になることは避けたいはずだ。ならば、ここは静かに引いてくれる、と予想しただけのこと。
「……助けられたわ、ありがとう」
赤毛の少女が軽く頭を下げて、礼を言ってきた。
「気にするな」
それよりも、早く入学式の会場に行きたい。介入した理由も、さっさとここを通りたかったからだし。
「そう。なら私は先を急いでるから」
少女は会話を盛り上げることなく、一目散に一本道を駆けていった。
こういう楽な奴は助かる。
「何をそんなに急いでいたのでしょうね」
「さあな」
「それに炎がボーッと出てきたの凄かったですね」
「…………そうだな」
あの炎……。
『印』が反応しなかった。つまり、あれは魔法ではなく武器の効果、ということだ。
先の少女と『探索』の赤毛が同一人物かどうかは分からないが、注意しておこう。
いつか敵になるかもしれないからな。
……はあ、面倒だ。
ゴーーーン。ゴーーーン。ゴーーーン。
「あーーーーーッッ!」
「五月蝿い」
何だってんだよ。
「い、い、い、今の鐘の音! チャイムですよ!」
「分かってるよ」
「いいい急がなきゃ! 入学式に遅刻しちゃう!」
「リリーさん! ゴーゴーなのです!」
リリーはフェアを肩に乗せたまま、一本道を走り出した。
全く、騒がしい奴だ。
「…………ようやく入学式か」
高く昇った太陽の光を浴びながら、俺もリリーの後を追うように入学式の会場へと向かった。
次回、ついに入学式。
新キャラも登場します。