6 一息Ⅲ
私に流れ込んできたのは『映像』だった。
見たことある街並み。青い空。行き交う人々。音はなく、ただ『映像』が流れていく。
少し遅れて、この映像の場所が『学園』であることに気づく。それも、私がアレスたちに連れ去られたあの通りだ。
…………あっ、変わった。
高速で『映像』が動き、景色がみるみると変わっていく。まるで私自身が走っているようだ。
……止まった。
いきなり『映像』が停止し、誰かの手の甲が映り込んだ。甲には刻印のようなものがあり、うっすらと光っている。
この刻印はなんだろう。どこかで見たことあるような……。
じっくり見ようとしたが、すぐに『映像』は動き出した。
一分ほど早送りされたところでピタリと『映像』が止まった。『学園』のどこかの通りが映し出された。
そこには大量の荷物を運んでいる馬車が一台いた。紐で何重にも巻いて荷台に固定している荷物を揺らしながら、ゆっくりと進んでいる。
馬車以外には特に目立ったものはなく、いつも通り人々が歩いているだけだ。
『映像』はそのまま馬車を追いかけるようにスクロールしていく。
馬車がどうかしたのかな? ………………あっ!
何の前触れもなく、荷台の車輪が破砕した。それにより、荷台が傾いく。
音はないが、馬が暴れ、周りの人達が騒いでいるのが分かる。そして、荷物を固定していた紐が緩み、荷物が崩れ始める。
あの子っ! 危ない!!
落下する荷物の先に、十代ぐらいの赤毛の女の子がいた。このままでは荷物の雪崩に巻き込まれてしまう!
だが、私の心配は杞憂に終わる。
赤毛の子は、スルリスルリと荷物を最小限の動きで次々に避けていった。
避けきれないものや背後からの飛んできた車輪の破片などは、懐から出したダガーで的確に受け流している。
…………すごい。それに、目だけじゃなくて、何か魔法も使ってる……?
あの一瞬で魔法を発動し、落下物を回避……。私には到底まねできそうにない。
最後にとても大きな木箱が落ちてきた。
赤毛の子の立ち位置や木箱のサイズ的に考えても、あれを避けることは厳しそうだ。
助けたい衝動に駆られたが、赤毛の子はすぐに動いた。
手にしたダガーを捨て、腰に携えている二本の剣うちの一本に手を添える。
…………え……?
そして、私が気づいた時には、木箱は半分に切断されており、それぞれ炎を上げていた。
燃える木箱は赤毛の子の左右にドンッと落ちた。
赤毛の子は顔色一つ変えることなく、燃える木箱を無視してその場か静かにら去った。
そこでまた手の甲が映り込こんだ。
刻印の光は、輝きを増していた。
『映像』はそれで終わった。
◇◇◇
「分かったか?」
記憶を見終えた頃合を見て、俺はリリーへ声をかけた。
『記憶模倣』は俺の記憶を他者に見せる『模倣』の応用技だ。
正確には、俺の記憶を一度『模倣』し、それを相手の記憶に『模倣』するというもの。記憶のすべてを『模倣』することはできないが、一部だけなら相手に見せたり、逆に俺が相手の記憶を見ることが出来る。
欠点として、送る時は互いの額を触れ合わせ、受け取る時は相手の頭に手を触れる必要がある。なんて面倒。
「今のは、何?」
「俺の記憶の一部だ」
「え、えっと……」
「リュウちゃん。説明しないとさすがに分からないと思うのです」
食事を終えたフェアから指摘が入る。
はぁ、面倒だ。
「さっき見せた映像にいた子が使ってた魔法が『探索』だ。俺がそれを『模倣』して、使った。これで分かるか?」
「…………………………」
リリーから返信が来ない。
見ると、こちらを見ながらパチパチと瞬きを繰り返している。
せめて、分かったかどうかぐらい答えろよ……。
ーーーーーーまあ、こうなることは、分かっていた。
魔法とは、魔力を消費することで発動する個人の力だ。 複数所持している人もいれば、必ずしも全員が持っているというものでもない。才能があるものだけが使える力とでも言うべきだろうか。
つまり、魔法とは使用者にとって特別なものであり、オンリーワンなもの。そして、俺はその魔法を『模倣』することで使用することができる。
これは有り得ないことであり、あってはならないことだ。
ペテン師であり、強奪者。それが俺だ。
……この力のせいで、自然と俺は避けられ、何度忌み嫌われたことか。
今回も、同じだろう。
「……じゃあな」
俺は席を立ち、出口へ向かう。
これで付き纏われたり、変に好かれたりすることはないはずだ。
「…………い」
リリーがポツリと何かを言った。小さな声だったため、うまく聞き取れなかった。
俺は何と言ったのか気になり、振り返って問う。
「なんて言った?」
「……すごい!」
「は?」
リリーは勢いよく立ち、俺の元に迫ってくる。
「すごいすごいすごい!! え、なんでそんなことできるの! それって何かの魔法なの!? いつからその力が使えるようになったの? なんでなんで!?」
リリーは目をキラキラと輝かせ、まるで無邪気な子供ように俺へ質問を投げかけてきた。
「……く、詳しくは知らん。これは魔法とかじゃなくて、生まれつきの体質みたいなもんだ……」
予想外の反応に動揺し、答えなくていい質問にまで答えてしまった。
「いいーな、いいなー。私、魔法とかの才能はないから羨ましい~!」
「……羨ましい? お前、怖くないのか?」
「…………怖い? どうして……?」
興奮していたリリーがピタリと動きを止めて、俺の目を見た。
「どうしてって…………」
「まだ慣れないところもありますけど……。助けてくれたリュウヤさんを怖いだなんて思いません」
リリーはキョトンとした顔をして言った。この様子だと、本気でそう思っているみたいだ。
……もしかして。
俺はチラリと後ろにいるフェアを見た。フェアはニヤニヤと笑みを浮かべて、俺のことを見ている。
こいつ、リリーの心の声を事前に聴き、俺のことを嫌いにならないことを知って……。だから、俺の『模倣』のことをーーーー。
はあー。どうやらフェアに一本取られたようだ。
「どうかしました?」
「……いや、なんでもない」
「ん??」
それにしても、リリー・ホワイトライト……変わった奴だ。
俺は伝票を手に取り、出口へ向かう。
「あっ! 支払いは私がします!」
リリーが俺の手から伝票を取った。
そういえば、お礼として奢ってくれるという話だったな。忘れていた。
「そうか。なら、俺はこれで……」
「あっあっ! リュウヤさん!」
「…………なんだよ」
嫌な予感がする。
「あの、そのひじょーに申し訳ないのですが…………入学式の場所ってどこです……か?」
次回、またアレスが絡んできます。
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