17 就寝
後半に軽く嘔吐するシーンがあります。苦手な方はご注意ください。
「分かった。気をつけてね」
玄関でリュウヤさんを見送り、私は静かに部屋に戻った。
「…………リュウ……ちゃ……ん……」
テーブルで寝ているフェアちゃんが小さく寝言を呟いた。
その姿を微笑ましく思いながら、私はそっとフェアちゃんにハンカチを掛けた。
リュウヤさんが帰って来るまで約一時間。
お風呂には一時間も掛からないし……先に片付けやっちゃおかな。
リュウヤさんが訪問し、慌てて片付けたことがずっと気がかりだったのだ。お風呂に入る前にやってしまおう。
片付けの優先順位としては見られては恥ずかしいものから取り掛かるとする。
まずは、布団の間に隠していた衣類を取り出し、洗い物と収納する服に分けていく。
収納する服は、一つ一つ丁寧に畳み、引き出しへ。洗い物は、洗濯カゴに入れていく。
本当は洗濯炉で洗ってしまいたいが、この『ホーム』に洗濯炉は一つもない。そのため近くの施設にある共用の洗濯炉を借りて、まとめて洗うしか方法がないのだ。さすが格安物件。
とりあえず、洗濯炉については仕方がないため、私は次の作業に移ることにする。
テーブルの空になった二つのカップをキッチンへ運び、洗剤を使って洗っていく。サッと水ですすいでから、水切りカゴに入れた。それから、出しっぱなしになっていた調味料やお皿を元の場所に戻していく。
あとは……あっ、そうだった。あれもしなきゃ……それにー……。
一つ始めるといろいろな事が気になってしまい、ついつい手を出してしまう。
一段落した時には、三十分以上が経過していた。
あっ……! 早くしないとリュウヤさんが帰ってきちゃう!
内心焦りつつ私は服を脱いで、服とタオルを手にお風呂へ向かった。
時間もあんまりないし、今日はシャワーかな。
蛇口を捻り、温度を調節してからシャワーを使ってお湯を全身に浴びていく。
…………ふう、気持ちいい。
片付けで汗をかいたこともあるが、今日はハードな一日だったためシャワーがとても気持ち良く感じる。
考えてみたら……今日はすごかったなあ……。
道に迷っているとアレスたちに連れ去られて、もうだめだと思ったらリュウヤさんが助けてくれて。
それから二人で食事して、入学式があって、ハルカちゃんとナツミちゃんに出会って、模擬戦して。
そういえば私、模擬戦すぐに負けちゃったな…………。うう、やっぱり弱いな…………私。
体を洗いながら今日のことを振り返っていくと、自分の弱さが身にしみてきた。
結局、模擬戦は引き分けになって、みんなで晩御飯を食べて、別れて。
家に帰って一息ついたら、またリュウヤさんに出会って、一緒に住むことを告げられて。
そして、フェアちゃんのこと教えてもらって……。
フェアちゃん……。何か私に出来ることあるのかなあ。
妖精については、実はまだよく理解できていない。だが、フェアちゃんが死んでしまう可能性があることは、よく分かった。
できることなら何でも協力したい。
でも、私に出来る事ってなんだろうか。
……私には『力』がない。いろいろと。
体の泡を流すため、桶に溜めておいたお湯をかけた。次に髪を洗っていく。
明日からはトーナメントか……。
リュウヤさんのおかげで、たまたまトーナメントの参加権を手に入れちゃったけど、上手く戦えるか不安だ。
それに『銃』もまだ使いこなせていないし…………。
はあーー。ダメだ、ダメだ! 前向きに考えよう! うん!!
私は、弱い。
そのことは、考えずとも分かりきっていること。
強くなるために、私は『学園』に来たんだ。これから強くなればいいんだ。
そして、いつか必ずーーーーーーー。
シャワーのお湯を頭から被りながら、私は心の中で再度決意を固めた。
◇ ◇ ◇
久々に一人だ。
『ホーム』を出た俺は、近くを散歩することにした。
目的はないので、これからのことでも考えながら歩くとしよう。
入学式も終わり、明日からはトーナメントが始まる。
俺は『力』を手にするために『学園』に来た。そのためには、強者との場数を踏む必要がある。今回のトーナメントは、まさにうってつけの催しだ。本来はクラス決めが目的らしいが、クラスについて興味はない。心置き無く戦えそうだ。
それに、俺やハルカ以外の新入生のレベルを測るいい機会でもある。その中で便利な魔法や武器を使う者がいれば、『模倣』してストックすることもできるだろう。
一石二鳥といきたいところだ。
ストックで思い出したが、今の俺のストック……かなり微妙だよな。
武器のストックは、アレスのバスタードソード、ハルカの剣。残り一つは、実弾限定のリボルバーがある。リボルバーは、『学園』に来る途中でいろいろあって『模倣』した一つだ。『模倣』でリボルバーを生成しても、弾は装填されないため、今のままでは使い物にならない。
魔法のストックは、アレスの『無音』と『加速』、ナツミのツタ……正式な魔法名は確か…………『自然:アイヴィー』だったか。
それから、『固定』しているのが父さんの『強化』、ハルカの『探索』の二つだけ。
あっ……あと武器としては俺の『紅葉』がある。
武器と『固定』の二つはいいとして、問題はストックにある魔法だ。なんとも言えぬ微妙さである。
……時間はまだまだあるし、実験でもするか。
俺は辺りをウロウロ散歩するのを止めて、少し開けた場所に移動した。見た感じ、近くに人気はない。
俺が今から行うことは、魔法の確認とその実験だ。
『模倣』は、見た魔法や武器をそのまま『模倣』することができる。その際、武器の構造や魔法の発動方法についての情報は、勝手に俺の頭へ流れてくる。
しかし、対象の能力や特性についての情報は流れてこない。つまり、己の目で見たことや体験したことからしか分からないのだ。
そのため、ストックにある魔法について実験を行い、情報を引き出しておきたい、ということだ。
「『加速』」
一つ目は『加速』から。『加速』を発動させると、白い光が身体を覆う。この光は恐らく魔力で、魔力を纏っている間はいつもより早く身体を動かせるのだろう。
ここまでは今までの発動で分かっていること。次は……。
俺は剣を一本生成し、剣を対象に『加速』を発動。すると、剣全体に白い魔力が漂い始めた。
その状態の剣を近くの木の幹に向けて投擲。剣はビュウッ!と風を切って飛翔し、幹に深く刺さった。
ふむ、速度が早くなった代わりに、コントロールが難しいな……。
難はあるが実践で使えないことはなさそうだ。それから刺さった剣を消して、同じように剣を投げる練習をする。
十数回投げたところで、俺は人の気配に気づいた。
剣を投げるのを一時中断して、気配のする方向を睨む。
「ああー! うるっせ、っんだよッ! ビュンビュン、ビュンビュン!! 誰だあ、馬鹿みたいなことしてんのは、アアァン!?」
どこか聞き覚えのある声と共に姿を現したのは………………リリーを一度誘拐し、路上でハルカにいちゃもんをつけていた、あのアレスだった。
二度あることは三度あるっていうが…………なんでまたこんなところに。
「オマエ、かァ! さっきからウルセェ音さしてんのは! アァンッ!」
ん……? コイツ、俺だと気づいていない? いや、それよりも口調が昼間とどことなく違う。呂律が回っていない……?
「俺はなぁー……今いい気分なんだ。このアレス・シースール様の…………邪魔すんじゃねェッ!」
アレスが唐突に俺へと殴りかかってきた。その足取りはおぼつかず、パンチもただの力任せだ。
俺は身体を後ろに引いて、軽くアレスの拳を回避した。その時、アルコールの独特な臭いが俺の鼻を刺激した。
うっ……コイツ、酔っ払ってんのかよ。
「オイ、テメェ。避けてんじゃねえよ。俺様に一発殴らせろや、オラああぁ!」
アレスは馬鹿の一つ覚えのように拳を振るってきた。俺は冷たい視線をおくりながら、スッと避けていく。
これでは埒が明かない。…………そうだ、コイツを実験台にしよう。
俺はアレスで試したいことを思いつき、『自然:アイヴィー』を発動。地面から植物のツタが二本伸びて、それぞれがアレスの腕を拘束する。
「んっだよ、これはよおっ!」
森のときよりも現れたツタが細い。もしかしたら、土地の条件でツタの太さは変わるのかもしれない。
「邪魔だああぁぁぁ!」
アレスは力尽くで腕を引っ張り、ツタを引きちぎろうとする。初めはツタと力比べをしていたが、何度目かの抵抗でブチッと嫌な音がした。どうやら、左腕を拘束していたツタが千切れたみたいだ。
リリーを吊り下げたり、俺を運んだりできることから、ツタにはかなり強度があることは分かっていた。そして、細くなったとはいえ、アレスはそのツタを引き千切った。……これはいい参考になりそうだ。
アレスが残り一本のツタと格闘中に、俺はアイデアを頭の中で構想する。
「ッラァァ! クソが!! オマエ……俺様にこんなことしておいて、タダで済むと思うなよッ! 『加速』ッッ!!」
右腕のツタも力任せに千切り、アレスは魔法を発動させた。
魔法を発動させた上に、口調も少し戻り始めた気がする。予想だが、酔いが冷め始めたのかもしれない。
酔いが冷められると面倒なことになる。急がねば。
「オッラアァァッッ!」
加速されたアレスの拳は、俺の溝内に狙いを定めた。これはさすがに手抜きでは避けられないので、地面を蹴って横に避ける。そのまま、逆にアレスの溝内に向けて出来る限り力を入れて殴る。
「グッ……!」
俺の拳は見事に入り、アレスはくぐもった声を漏らた。俺がアレスから距離を取ると、アレスは二三歩フラフラと後退した。
「ゲホッ……ゲホッ、オォェ…………」
そのままうずくまって、アレスは嘔吐した。
今なら、いける。
俺はこれをチャンスと見て、魔法を発動させた。
「『自然:アイヴィー』」
今度の魔法は、ツタはツタでも土のツタだ。ナツミが土壁を作っていたことから、もしかしたらとは思ってはいたが……意外とあっさり成功した。
とりあえず、土のツタを操作して、うずくまるアレスに上から押し付けるようにする。
「うっ……! ……テ、テッメェ……ッグ!!」
土の重さで苦しむアレスをよそに、俺は何十本と同じ土のツタを生み出し、押さえ付ける作業を繰り返していく。
それから三十秒とかからず、アレスは土の山の中に埋もれた。
念のために、土山の上にネットのように植物のツタで固定させて…………完成だ。
顔だけは呼吸するために出しているが、もう自力での脱出は厳しいだろう。
「デ、デメェ……ハァハァ…………なんのつもり、だ……」
辛そうなアレスが俺にそう問いかけてきた。
「いやなに、ちょっとした実験だよ。それと、お前には迷惑をかけられたからな。そのお返しだ」
「……実験? ……迷惑? なんの、ことだ」
「倉庫、誘拐、妨害」
ピンとこないらしいので、俺はキーワードだけを口にした。
「倉庫……誘、拐…………ッツ! オマエ、あの時の!」
酔いも覚めてきたのか、ようやく俺のことを思い出したようだ。
「じゃあな、アレス。もう俺に関わるな。お前は、面倒だ」
「おい……! 待てッ! クッ、ソッ……! オイッッ!」
「五月蝿い。『無音』」
最後にアレスを魔法で黙らせ、俺はもう干渉しないことを決めた。
そして、そろそろ時間も頃合なため、そそくさと『ホーム』へと帰ることにした。
「帰ったぞ」
二〇三号室の扉を開けると、リリーが髪をタオルで拭いている最中だった。
どうやらいい感じの時間に戻れたようだ。
「あ、おかえりー。リュウヤさん、ありがとうございました」
「礼はいい。リリー、フェアの様子はどうだ」
「ぐっすり寝てますよ。テーブルだと体悪くしちゃうから、リュウヤさんが使う予定の一段目のベッドに移動しました。枕の右横で寝ているので気をつけてくださいね」
「分かった。なら、俺ももう寝る」
「そうですか。あっ、私はもう少ししたら寝るので、すみませんが電気つけていてもいいですか?」
「大丈夫だ。その代わり、静かにな」
「はーい。おやすみなさい、リュウヤさん」
「ああ」
寝巻きも今は手元にないので、俺はこのままの服装でベッドの一段目に敷かれた布団へ入った。
リリーの鼻歌を耳にしながら、俺は眠りについた。
次回、トーナメント始動。
今回で『入学式編』終わりです。長い長い一日でした。ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
次回からはトーナメント編突入します。更新が止まらないよう努力致しますので、これからも『紅蓮の挑戦者』をよろしくお願いします。
次回の更新は、6/16(金)です。(間に合いそうにないため、更新は土曜にします。すみません)
6/12 誤字・脱字訂正
6/14・16 後書き追記