15 同室Ⅰ
投稿、遅くなってすみません。
「リュウヤさん!?」
私が玄関を開けると、そこにいたのは今しがた別れたばかりのリュウヤさんだった。
「どうしてここに……?」
「今日からここに住むことになった」
「えっ……!」
「入るぞ」
「ど、どうぞ」
リュウヤさんは相変わらずの様子で、玄関で靴を脱いでから入室した。
「あっ! ちょ、ちょっと待ってください!」
私はとあることに気付き、二歩進んだリュウヤさんを呼び止めた。
「なんだ」
「その、少し片付けさせてもらって……いい?」
考えてみれば、この先の部屋には私の服やら下着やらが転がっている可能性がある。
リュウヤさんがそこへ足を踏み入れるのは、大変まずい。というか、恥ずかしい!
「……早くしてくれ」
リュウヤさんの返事を聞き、私は慌てて部屋へ移動した。
ここの『ホーム』は格安というだけあって、中の作りはとても簡素だ。
キッチンは通路に沿って設置され、その向かいにはトイレとお風呂へ繋がる扉がそれぞれ二つ。短い通路を進むと、決して広いとは言えない部屋が一部屋ある。
部屋に置かれた家具として、中央には四角いテーブル、端に二段ベッド、その隣に三段の引き出し。それと庭が見えるサッシが二枚あるだけだ。
そのため、片づけは通路奥の一部屋だけでいいが…………こうして見てみるとなんだか散らかって見えてきた。
私は早速作業を開始。衣類は布団の間に隠し、雑貨類はできる限り整理整頓していく。
「……もう、大丈夫です」
三分ほどで手早く終わらせて、リュウヤさんを呼んだ。
「おう」
リュウヤさんは短く返事をすると、、部屋に入ってきた。
何だか少し緊張する……。
「私、飲み物用意するね」
私は感情を誤魔化すためにキッチンへと移動した。
いつも私が飲んでいるミルクティーを二杯分用意する。リュウヤさんの方は、フェアちゃんの分だけ少し多めに入れておく。
ミルクティーを用意をしている間に、少しだけ緊張が解れた気がする。
「お待たせしました。ど、どうぞ」
私がミルクティーのカップを両手にリビングへ戻ると、リュウヤさんは不思議な『力』で一本の剣を作っていた。
何に使うつもりだろう?
「何に使うの?」
「まあな」
返答になってなくないッ?! もう…………。
疑問を抱えつつ、私はテーブルにコップを置いて腰を下ろした。
ミルクティーを一口飲み、そっとテーブルに戻す。
チラッとリュウヤさんを見ると、ゴソゴソとポケットを漁りだした。
沈黙が…………気まずい。
「お、驚いたね。相部屋」
「そうだな」
すぐに沈黙するリュウヤさん。
「どうしようねぇ、これから」
「ああ」
むむむ……さっきから空返事ばかりだ。
どうしよう。もう一度声をかけてみーーーーー
「リリー」
「は、はいっ!」
考えている最中に名前を呼ばれ、思わず大きな声を出してしまった。
「……声が大きい」
「ごめんなさい…………」
「……謝らなくていい。それより、今からお前が見ることは決して他言無用だ。いいな」
「ぅえ……。う、うん」
いったい、何をするの?
リュウヤさんは腰につけて黒い袋を外した。そして、袋をそっとテーブルに置いてから、袋の紐を緩めた。
すると、そこから明らかに顔色の悪いフェアちゃんがフラフラと出てきた。
「フェアちゃん! 大丈夫?!」
「あ…………リリーさん。大丈夫、なのですよー。少し疲れただけなのです……」
弱々しい笑みを浮かべて、フェアちゃんは答えた。
「フェア」
リュウヤさんは「手の平に乗れ」と合図するように、フェアちゃんへ左手を差し出した。
「ありがとうなのです。……うんしょ」
フェアちゃんはリュウヤさんの手のひらに乗り、ぺたんと座り込んだ。
…………昼間の元気ハツラツなフェアちゃんとは大違いだ。
次に、リュウヤさんは空いている右手の親指を、先程作っていた剣の先へ軽く刺した。
ツーっと血が指から流れる。
「リュウヤさん!?」
「静かにしてろ」
「う、うん……」
リュウヤさんがキッと睨んできたので、私は大人しくリュウヤさんの言う事を聞くことにする。
「ほら、フェア」
リュウヤさんは、フェアちゃんに血が滴る親指を差し出した。
「うん…………。はむっ……」
フェアちゃんは吸い付くように、その血を飲み始めた。
チュッチュッとフェアちゃんが血を吸う音が部屋に響く。
そのまま、誰も口を開かない時間が続いた。
一分ぐらい経って、フェアちゃんが指から離れた。
ぼんやりとした表情のフェアちゃんは、手で口のまわりについた血を拭き取っていく。時折、ペロリと血のついた指を舐める。
その姿は妖美を漂わせていた。
フェアちゃんは少しぼーっとし、眠くなったのかリュウヤさんの手の平にコテンと倒れた。
リュウヤさんはそっとフェアちゃんをテーブルに横たわせた後、水道で手を洗い、手にしたハンカチを半分濡らした。
そして、テーブルに帰ってきて、濡らしたハンカチでフェアちゃんの血で汚れた手や顔を拭いていく。
作業中のリュウヤさんの目は、まるで自分の子供を看病する親のような優しい目をしていた。
……私は、ただその光景を見ていることしかできなかった。目を離すことも、できなかった。
◇ ◇ ◇
……とりあえずは、これで大丈夫だ。
フェアの血を拭き終え、俺は胸を撫で下ろした。
さて、次の問題はーーーーーー。
俺は横目で隣にいる銀髪の少女、リリーを見た。
リリーは、じーーっとこちらを凝視している。
どう見ても説明を求めている顔だ。
フェアのことを教えるべきか否か……それが問題だ。
俺はどうすべきか考えてみることにする。
まず、前提として、俺はリリーのことをまだ完璧には信用していない。
俺はリリーのことを知らないし、リリーも俺のことを知らない。互いにほとんど他人である。
出会って一日も経っていない相手に気を許すほど、俺は馬鹿じゃない。
それにもしかしたら、フェアの秘密を知って何か危害を加えてくることも考えられる。
また、教えなければならない理由も今の所ない。逆に教えない方が、口外される可能性は低くなるだろう。
つまり、話すことへの俺やフェアに対するメリットが感じられないのだ。
……話す必要は、ないな。
俺はそう結論付けて、リリーから視線を外した。
「リュウヤさん」
「………………」
リリーが名前を呼んだが、俺は無視した。
「私がこんなこと言える立場ではないけど……フェアちゃんの事、教えてもらうことはできませんか?」
無視を続ける俺に負けじとリリーは話しかけてくる。
「絶対に誰かへ話したり広めたりしません。約束します……!」
………………約束、ねぇ……。
「……どうして、首を突っ込もうとするんだ」
俺は無視を止めて、リリーに意図を問ことにした。リリーの返答次第では、ここを出ていくことを考えなければならない。
「気になるからです!」
「……………………………は?」
予想の斜め上の答えが返ってきたことで、俺は力抜けた声を漏らした。
「気になるからです!」
「二回言わなくても分かっている。………どういうことだ?」
フェアの答えが理解できず、俺はリリーに説明を求める。
「えっと、私はフェアちゃんのことやリュウヤさんのことが気になるんです! その、上手く言えないけど……心配なんです!」
俺やフェアのことが心配……?
…………意味が分らない。
「それに! さっきのをまじかで見せられて気にするなって言う方が無理だよ! あと、これからここで一緒に住むなら秘密はない方がいいと、私は思うな!」
うむ……確かに。その意見には一理ある。
今回の『これ』は一回限りではない。生活を共にするならば、何回も『これ』を目撃することになるだろう。
もしかして、今ここで話しておく方が得策なのか……?
『ホーム』は沢山あるとはいえ、金銭的な問題から安いところにしか俺は住むことができない。一人部屋なんてもっての他だ。
入学式が終わった今では、おそらくここほど安いところで、相部屋ながらも入居できる『ホーム』は他にはないだろう。もし入居できたとしても相部屋には変わりなく、結局いつかは今回の問題に直面する。
そうなれば、リリーに話そうが、誰に話そうが危険性は同じ……。強いていえば、まだ俺に恩のあるリリー方が口止めは容易いかもしれない。
「……………分かった、話そう」
俺は、リリーにフェアのことを説明することに路線変更した。
もしものことがあれば、その時考えるとしよう。
「リュウヤさん!」
リリーは声をあげて、立ち上がった。
「その代わり、絶対に口外するな。それで助けてやった時の借りはチャラだ」
「チャラだなんてとんでもない! 私はまだ恩を返しきれてません! それに……今回も私が気になるだけだし……」
「ああ、もういい。いいから、口外するな。それだけだ。約束だぞ」
「は、はい! もちろん!」
俺は体をリリーへ向けてから、ミルクティーを口に運んだ。立っていたリリーも律儀に正座をして座った。
はあ、また説明か…………。
長くなりそうなので二話に分割します。
次回、妖精について。
(更新は週末になりそうです)
6/4 誤字訂正
6/7 後書き追記