14 住居
「改めて二人共、試合ありがとう」
「いえいえ、こちらこそありがとう、ハルカちゃん、ナツミちゃん」
ハルカが手を伸ばし、リリーはその手を握ってグッと握手を交わした。
次に、ハルカは俺にも握手を求めてきた。断る理由もないので、サッと握手を交わす。
「リュウヤ、強かった」
ハルカの手を離すと、ナツミが俺に話しかけてきた。
「そりゃどうも」
「あの『力』、ズルイ。わたしの魔法、使ってた」
「それが俺の『力』だからな」
「むぅ…………」
ナツミは少し頬を膨らませて、不服そうな顔をした。
「ナツミちゃんも強かったよ! 私、気づいたら捕まってたし……」
リリーがフォローするかのように、話に割り込んできた。
「わたしなんか……全然。あっ、怪我とかない……?」
「大丈夫、大丈夫。それより、試合で操ってた植物とや土の壁ってどうやってたの?」
「魔法だよ、リリーちゃん」
そこからリリーとナツミは、会話に花を咲かせ始めた。
その流れに乗って、俺もハルカに質問を投げかけてみる。
「なあ、ハルカ。一つ質問していいか?」
「何、リュウヤ?」
「お前が使ってた、その炎が出る柄。それは一体何だ?」
俺は、ハルカの腰に携えられている剣を指して問うた。
「『アポロン』のこと?」
「ああ、少し気になってな」
「詳しくは教えられないけど、簡単にでいいなら教えるわ。それでいいかしら」
「問題ない」
俺は頷いて、肯定した。
「この剣は、送り込んだ魔力をそのまま炎へと変換することができるの。試合でも使ってた『炎弾』がその一例ね。それと…………ハッ!」
ハルカは『アポロン』の柄を鞘から勢いよく抜いた。
すると、柄の根元から火柱が立ち上った。火柱は飛んでいったり拡散したりすることなく、そのまま柄に留まった。長さは見た感じ俺の腕一本分、約七十センチあるかないかといったところか。
『炎の剣』、と言ったら適切だろう。
「こういった具合に維持も可能よ」
「ほう、面白いな」
「加減は難しいけどね」
俺は興味深く『アポロン』を眺めた後、ハルカの顔色を伺った。
魔力を変換し続けているハルカに、体調の変化は見られない。『アポロン』の負担が軽いのか、単にハルカの魔力総量が多いだけなのか。
「少し見せてもらってもいいか?」
「ええ、どうぞ」
ハルカは火柱を消して、俺に『アポロン』を手渡した。
持ってみてみると、意外と重い。ズッシリとした重量感があり、これをハルカの細腕で振り回すとなると大変そうだ。
…………とりあえず『模倣』しておくか。
折角の機会なので、俺は躊躇なく『アポロン』を『模倣』することにした。
手の甲の『印』に意識を集中させ、『模倣』を始める。
ーーーーーーズキンッッ!!
「……ッ!」
『アポロン』の情報を読み込んでいる最中に、突然激しい頭痛が襲った。
痛みは一瞬ではなく、ますます酷くなりガンガンと頭を攻撃してくる。
冷や汗も出てきた。それに、気分も少し悪い。
「リュウ……ちゃん? 大丈夫なのですか?」
フェアが俺の変化に気づいたのか、俺に声をかけた。
「……大丈夫だ。ハルカ、ありがとう」
俺は嫌な予感がしたので、『模倣』を中断して『アポロン』をハルカに返した。
「ええ…………。リュウヤ、本当に大丈夫? 顔色悪いわよ」
「気にするな。大丈夫だ」
「…………ならいいけど」
アポロンを手放してから、少しずつ頭痛が引いてきた。
万全ではないにしろ、大丈夫だろう。
しかし、『模倣』中にこんな症状が起きたことはこれが初めてだ。…………なんだったんだ?
「あっ、そうだ。みんな、『ホーム』を利用するの?」
ナツミとの話が一区切りしたリリーが、思い出したかのように俺たちに聞いてきた。
リリーの言う『ホーム』とは所謂寮のことだ。『学園』の生徒が利用でき、その規模は、一軒家やマンションといった高級住宅から相部屋が絶対の格安アパートまでとピンキリである。
『ホーム』を利用しない学生は、下宿したりホテルや宿に泊まったりしていると聞いている。
「あたしとナツミは相部屋の『ホーム』を取っているわ」
「あ、私も『ホーム』! と言っても、格安のところだけど……。リュウヤさんは?」
「……『ホーム』だ」
まだどこにするかは決めていないので、このあと探す予定である。……これは伝えなくてもいいだろう。
「みんな同じなんだ! ならなら、日が完全に暮れる前に食事にしませんか? みんなで!」
ああ、だから『ホーム』かどうかを聞いてきたのか。『ホーム』ならば時間の都合はいくらでもきくからな。
「どうする、ナツミ?」
「わたしは…………お姉ちゃんに、まかせる」
「なら、あたしたちはそれでいいわ」
「フェアもご一緒したいのです! いいですよね、リュウちゃん」
「…………まあな」
俺が答える前にフェアが賛成した時点で、答えは決まっている。
ここでもしも断れば、フェアが何を言い出すかは想像に難くない。
「やったっ! では、早速向かいましょーう!」
「リリーさん、待ってくださいなのです!」
賑やかなリリーとフェアを先頭に、俺たち五人は西エリアを後にした。
食事は『ホーム』が集中している東エリアで取ることにした。リリー曰く、東エリアに飲食店は少ないらしく、俺たちは途中で見つけた店により、食事を済ませた。俺以外の四人は和気藹々と食事を楽しんだようだ。俺は黙々と料理を平らげていった。
食事を終わってからは解散という形になり、各々『ホーム』へと向かった。
俺はまだ自分の『ホーム』を決めていないため、これから探すこととなる。
リリーやハルカにどうやって『ホーム』を決めたかについて尋ねたところ、端末を利用したとのこと。なので、俺も端末を使って調べることにする。
……えっと、確か横のボタンだよな。
端末を取り出し、側面にあるボタンに触れて画面をつける。すると、また手紙のマークが画面に表示された。
トーナメントについての追記か……?
マークに触れると、ぐわっと手紙が開かれて文章が現れた。俺はサッと内容に目を通していく。
内容はトーナメントについてではなく、『ホーム』の利用についてだった。
利用上の注意書かれた後に、優良物件がいくつか写真と一緒に掲載されていた。
なんてグッドタイミング。
探し歩くのも面倒なので、俺はその中で最安値のところを選び、『ホーム』までの道のりを端末で調べてみる。すぐに地図が端末上に表示され、俺はそれを頼りに東エリアを歩いていく。
……お、ここか?
三十分ほど歩いた末に、それらしき建物を発見した。
見た目は端末の写真とほぼ同じ。二階建てのこじんまりとした建物で、外付けの階段は途中で無くなっている。
周囲に街灯は見当たらず、唯一の光源としてランプが近くの木に一つだけぶら下がっている。今はまだうっすらと明るいため『ホーム』の外観や近くの林が見えるが、夜になればほぼ真っ暗と変わらないだろう。
格安物件の一つなのに空室がまだある理由について気になってはいたが………実際に目にしてみると人気がない理由も伺える。
そこで俺は、1階の右端の部屋に『管理人室』と書かれた看板が掛かっていることに気づいた。
どの部屋が空いているかまでは端末では分からないので、とりあえず『管理人室』の扉をノックしてみた。
「あー、ちょっと待ってー」
声と足音が扉の奥から聞こえてきた。少し待つと、ガチャと扉が開き、中から一人の女性が出てきた。
「お待たせ。どちらさんだい?」
女性の外見はノースリーブに短パン、丸ネガネといった服装で、薄汚れた黒髪を後ろで雑にまとめている。
見た感じの年齢は、二十代前半ってところだろうか。
「ここの『ホーム』を利用したい者だ」
「おっ、お前さん新入生かい? 入学おめでとさん。利用っても、特に登録とかはないから自由に使ってくれて問題ないよ。金についてはまた今度伝えるからさ。あ、『ホーム』の破壊とかは勘弁な。直すの、私だから」
女性は手馴れたように淡々と説明を行っていった。
話の内容からして、この人が管理人で間違いはないと思う。
「分かった。今空いてる部屋はどこだ」
「空いてるのは三つあるけど、どれも相部屋確定なんだがーーーー」
「構わない」
話を長引かせるのも面倒なので、俺は割り込むように話した。
「そうかそうか。じゃあ、一階と二階、どっちがいい?」
「一階」
二階は…………上がるのが面倒くさい。
「一階なら……ここの一番奥の二〇三だな。えっと…………はい、これが鍵ね」
管理人は部屋の中から鍵を取り出して、俺に渡した。
……一階なのに部屋番号は『二』から始まるのか。変わった『ホーム』だ。
「……ありがとう。じゃあ、俺はこれで」
鍵を手に入れ、もう用事のない俺は、身体の向きを変えて『管理人室』を後にしようとする。
「あー! ごめん! その前に名前。名前教えてくんない! 忘れるとこだった」
管理人は慌てて俺を引き止めて、名前を聞いてきた。
「……クサナギ・リュウヤだ」
俺は足を止めて、ボソリと答える。
「私はリズナ・アイスプラン。んじゃ、これからよろしく〜」
管理人ことアイスプランは、軽く手を振ってからバタンと扉を閉めた。
そして、しんとした静寂が訪れた。
風が吹く音すら聞こえないのは珍しい…………。
「…………フェア。もう出てきていいぞ」
そこで、俺はフェアが隠れている腰の巾着に向けて、そっと声をかけた。
いつもなら俺の周囲に人がいなくなると話しかけたり暴れたりと何かしらのアクションを起こすフェアが、今はやけに静かだ。
「大丈夫か?」
「…………大丈夫、なのですよー…………」
もう一度声をかけ直すと、弱々しい返事が返ってきた。
これは、どうやら急を要するようだ。
「……もう少し待ってくれ」
いつもの症状がフェアに出ていると判断した俺は、早足で二〇三の部屋まで移動した。
外見は『管理人室』の看板がない以外、アイスプランの部屋とほぼ同じだった。
試しに鍵を使わずにドアノブを回し、引いたり押したりをやってみる。案の定、鍵がかかっており、扉は開かない。
もう一人の住人が、普段から鍵をかけるしっかり者なのか。あるいは、出払っているだけなのか……。
気になりつつも、フェアのこともあるため俺はさっさと鍵を取り出した。
「はいはーい。少々お待ち下さーい」
俺が鍵をドアノブにある鍵穴へ添える前に、部屋の中からやけに聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
…………………………まさか…………。
鍵が中から外れる音がして、扉がギーっと開かれる。
「はーい。どちらさまでしょー……………………え?」
「……また、お前かよ……」
「リュ、リュ、リュウヤさんッッ!?」
同居人はーーーーーーーーーーーまさかのリリーだった。
次回、妖精の生まれが明らかに。
そして、リリーとの同居生活も始まります。
(次回の更新は、6/3(土)です。すみません、予約投稿に失敗しており投稿できていなかったので、明日投稿します。)
6/1 誤字訂正、後書き追記
6/3 後書き追記