12 試合 ーハルカ&ナツミ前編ー
ヴー、ヴー、ヴー……。
ポケットに入れていた端末が振動した。何かの連絡かと思い、俺は端末を出す。
リリー、ハルカ、ナツミも端末を取り出し、手慣れた感じで黙々と操作を始めた。
…………どうやって起動させるんだったか?
「リュウヤさん、横、横」
「……横、ああ」
リリーが自分の端末の側面を指して、俺に教えてくれた。
少しだけ操作を思い出し、遅れて俺も画面をつける。
画面には手紙のマークが表示されており、それを軽くタッチする。ぐわっと手紙が開かれ、少し長めの文書が現れた。
「トーナメントの集合時間と場所か」
時間は明日の午前九時丁度、場所はこの西エリアにあるドームナンバー二。対戦は二回戦までやるとのこと。
はあ、朝早いのは苦手だ。
「三回戦以降は明後日からのようね」
「……頑張ら、なきゃ」
「えっ、ナツミちゃんも参加するの?」
「そう、だけど……?」
「あ、ごめんね! 悪気があった訳じゃなくて、純粋に驚いて!」
「ううん、気にしてない」
ぼんやりとしか覚えていないが、入学式は俺よりも年下の奴らもいた......気がする。その事を踏まえて考えると、ナツミに参加権があってもおかしくはない。
そして、参加権があるということはエピデンドラムの『波』を避けたということでもある。どうやって回避したのかが気になるところだ。
「それで、これからどうする? まだ夕食まで少しあるし............軽く一戦、やる?」
ハルカが耳を疑うことを言ってきた。
「なんだって?」
「だから、時間もあることだし少しだけ試合しない? 申請はあたしがするから」
「面どーーーー」
「ーーはいっ! やりましょう!」
「やり......たい」
断ろうとしたら、リリーとナツミがやる気のある声をあげた。
「俺はやらーーーー」
「もちろんやりますよね! リュウヤさん!」
リリーがグイッと俺に身を寄せ、試合をやるよう促してきた。
「だから、俺は……」
「や、り、ま、しょ、う!」
「………………」
リリーから目を逸らし、ハルカに目を移して意見を求める。
けれど、これは逆効果となる。
「やりましょうよ。あたし的にはリュウヤの実力を知りたい」
…………ああ、もう。
「……分かった、やるよ」
俺は、渋々承諾した。
まあ、二人の実力には興味はある。ハルカに関してはトーナメントで当たる可能性も無きにしも非ずだ。
情報収集と考えればまだやる気が出るか。
「方式はどうします?」
「タッグでいきましょう。あたしとナツミ、リリーとリュウヤでどう?」
「私はそれでいいよ」
「まかせる。…………あ、フェア。もう出てきていいぞ」
腰に下げた巾着がバタバタと暴れたので、俺は巾着の紐を緩めた。
「もうリュウちゃん! 今日は袋率高すぎるのです!」
フェアは巾着から出ると、俺の頭をポコポコと殴ってきた。どうやらご立腹のようだ。
「仕方ないだろ」
「仕方なくないのですっ!」
西エリアに来る時、フェアには巾着に戻ってもらっていた。
それに加え、『学園』に来てからの今日一日、フェアはそのほとんどを巾着の中で過ごしている。いつも半日以上は外で暮らしているフェアにとっては、今日は窮屈に感じたのかもしれない。
「……フェアちゃん、可愛い」
「ん? あなたはえっと確か……ナツミさん?」
「うん、合ってる。よろしく......ね」
「はい、よろしくなのです!」
それから俺に聞こえない音量で二人で何やらコソコソと話し始めた。
フェアについては移動時に二人に簡単に説明しておいた。そのため、初めの時よりかは抵抗はないようだ。
フェアがナツミの名前を知っていたのは『聴いた』からだろう。
この二人、もしかしたら相性いいのか......? それとも単にフェアが人懐っこいだけなのか。
「フェア、話もそこそこにしてくれ。頼みたいことがある」
話し終わるのを待つことなく、俺はフェアに本題を切り出した。
「......ん? なんですか?」
「これからやるタッグ戦の審判を頼む。判定は、そうだなクリーンヒット一発が決まったかどうかのアウト判定で。それと、対戦中は判定以外は自由にしてていいから」
「なるほどなるほど......。了解なのです!」
フェアはピシッと敬礼して、快く引き受けてくれた。
「両方がアウトで負けでいいよな」
「ええ、それでいいわ。それじゃあ少し離れましょうか。五分後にスタートしましょう」
手早くルールも決め、端末のタイマー機能を起動させてから、互いの姿が見えなくなる距離まで離れた。
フェアは始まるまでは俺の近くにいてもらうようにした。
開始まで残り約二分。軽くリリーと打ち合わせでもしておくことにする。
「リリー、お前が攻めてくれ。俺は援護に回るから」
攻めるのは面倒だ。
「えぇぇっ! リュウヤさんそれは無茶ですよ!」
「あの大砲みたいなのをドカドカ撃てば終わるさ」
「無理無理ッ! 私、単独で闘ったことないし! 大砲だって私が撃ちたい時に撃てるもんじゃないもん!」
「お前、何しに『学園』へ来たんだよ……」
「うぅ……強くなるため……………」
「だったら任せた」
「でもでも、いきなりは無理だよー!!」
おいおい......。この試合はリリーが「やりたい」と言ったのではなかったか?
「......なあ、俺この試合降りていいか?」
「それはダメですっ! ……あっ! 前衛は絶対無理だけど、後衛ならできるので……頑張りましょう!」
「そうだよ、リュウちゃん! 頑張ろー、なのです!」
少し脅せば攻撃側を引き受けるかと思ったが、どうやらこれは本当に無理そうだ。
手を抜いたりすっぽかして逃げたりしてもいいけれど…………この様子だと後からフェアが五月蝿いだろう。それは確実に避けたい。
「……仕方ない、なら攻撃は俺がやる。その代わり、ちゃんと援護しろよ」
「う、うん! 任せてっ! 私、サポートは得意だから!」
「なら少し離れろ。近くにいると斬るぞ」
「りょ、了解っ!」
リリーはハンドガンを抜きつつ、俺の数歩後ろの木陰に半身を隠した。
こいつ、ここに来るまでどんな生活送ってたんだよ…………。
ピピピピピピピピピピピピ…………。
最後にもう一度ポジションと役割を確認し終え、フェアと別れたところで端末のアラームが鳴った。
「頑張りましょ………って、うわッ!!」
「チッ……」
アラームを耳にした俺は、『探索』を発動させるため『印』に意識を集中する。
今回の『探索』は、誘拐されたリリーを探した時に使った大規模のものだ。
しかし、意識を集中させたところで突発的に森に濃白な霧が発生。気づいた時には、拡散して辺り一面が濃霧に包まれていた。もう近くの木々しか視認できない状態だ。
「これは......厄介だな」
それだけでなく、霧に意表を突をつかれ、俺の集中が途切れてしまった。それにより、俺の『探索』は発動しなかった。
『模倣』した魔法を行使するには集中が必要となる。
こんな霧まみれではどこから攻撃が来るか分からない上に、何を仕掛けてくるか予測不能なため集中する余裕がない。リリーと合流すればまだ楽になるけど、霧が邪魔してリリーの居場所が掴めない。
この霧、『印』が反応しなかったってことは魔法ではないな。それとも複合魔法か……?
霧のことを考えながら、俺は周囲の警戒を怠らない。
まだ二人の姿は見えてこない。
「…………ッ! リュウヤさん、右っ!」
リリーの声に反応して、俺は咄嗟に左へと飛んだ。
そこへサッカーボール大の火球が五つ飛来してきた。火球はそのまま真っ直ぐに進み、リリーが放った魔力弾六つとぶつかって消滅した。
リリーに言われなきゃ、危なかった……。っと、また来た。
次に確認できた火球は、先程よりも小さめのもの。大きさは大体握り拳ぐらいで、数はざっと見ただけでも二十は超えている。
「はわっ! この数を撃ち落とすのは無理ー!」
「できるだけ撃ち落とせ、残ったのは俺が片付ける」
「う、うんっ!」
俺はどこからか聞こえてくるリリーの声に応答しつつ、『紅葉』の柄を取り出す。
いつものように『模倣』を使って刀身を生成。俺は『紅葉』の届く範囲の火球を振り払う。
勢いよく『紅葉』と火球が接触し、ボッ!と音をたてて火球は消えた。
火球の熱度は、そこまで熱いと思わなかったが、やはり火球に触れれば『紅葉』の刀身は少しずつ溶けていく。
そこで、もう使い物にならないと判断した時のみ溶けかけの刀身を消して、『模倣』で新たな刀身を生み出すことで対応。 これを二回ほど繰り返した時には、火球は全て消えていた。
そこで、俺はあることに気づいた。
……発砲音が聞こえない。
リリーのハンドガンで使用する弾には、実物の鉛弾と魔力を凝縮した魔力弾の二種類が存在する。
性質は異なるものの共通点として、どちらの弾も撃つ時に必ず発砲音が鳴る。
ついさっきまで魔力弾を撃ちだす音がしていたのだが、今では全く聞こえない。
嫌な予感がする……。
霧が濃いためリリーを探すことは難しい。それでも俺は来た道を戻ってみることにした。
そこで『印』が反応した。
目の前の地面が盛り上がり、ツタ上の植物が俺に襲いかかってくる。
『印』のおかげで警戒を強めていた俺は、難なくツタを『紅葉』で一掃していく。
これは、ナツミの魔法か?
「リュウヤさんッ! 後ろ!」
パァンッ!と発砲音がして、後頭部あたりに風を感じた。
振り返るとリリーがこちらに向けてハンドガンを向けており、俺の足元には粉々になったツタがあった。
「すまん、助かった」
「いえいえ、どういたしまして」
リリーが近づき、俺と背中合わせになって二人で周囲を警戒する。
たまたま出会うことができたが、このままだとかなりやられたい放題だ。
向こうは『探索』を使って、こちらの位置を把握しているのだろう。そうでなければ、今までの攻撃の正確性に納得いかない。
俺は再び『探索』を発動されようとしたが…………予想通りできなかった。
『探索』のような範囲系魔法は、同じ範囲系魔法と干渉し合う性質がある。干渉を起きた場合、干渉力の強い方の魔法が残り、弱い方の魔法は破壊または展開されない。
『探索』は元々ハルカのもの。俺は魔法を『模倣』しただけで、干渉力を丸々『模倣』したわけではない。よって、今ハルカが展開している『探索』に、干渉力で勝てるはずがないのだ。
…………仕方ない。
「リリー、今から霧を消す。気を抜くなよ」
「消すって、どうやってですか?」
「こうやってーーーーー『紅葉狩り』!」
腰を落とし、大きく『紅葉』を薙ぎ払う。
俺の奥の手、なんでも斬ることができる『紅葉』の固有スキル『紅葉狩り』。
ジジッと音が聞こえ、パッと霧が一瞬にして消えた。それと同時に『紅葉』の刀身もパリンと音を立てて砕けた。
『紅葉狩り』は強力な代わりに一日三回しか使えない。三回使うとこうして刀身が壊れ、どれだけ『模倣』を発動しても刀身が生み出せなくなる。
正確に言えば一、二回ならば刀身を生み出すことは出来る。けれど、何か硬いものに触れただけで同じように砕けてしまうのだ。
ただし、二度と使えないというわけではない。しっかりと睡眠をとればまた元の強度の刀身を作ることができる。
どうせこれが終わったら今日は飯食って寝るだけだ。『紅葉』が使えないのは痛手だけれど、大丈夫だと思う。
浪速ともあれ、これで視界は開けた。
「さあ、反撃だ」
「はいっ! ……キャッ!!」
背後のリリーから活きのいい返事と変な声がした。それになんだかリリーの気配が遠ざかった。
ゆっくりと後方を確認すると、リリーが左足首をツタに絡まれ、ブルムシュカの木の枝に逆さ宙吊りになっていた。
「は、はぅぅ……! リュウヤさん見ないで下さい!!」
「リリーさん、アウトなのです!」
必死にスカートを押さえるリリーから目線を外し、声をかけるのを止めた。
……さて、どうする。
次回、ハルカとナツミとのタッグ戦、決着。
勝つのはどちらか............お楽しみに。
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