11 固定
俺たちは一般区画から北エリアへと移動した。はっきりとした移動時間は分からないが、一時間はかかっていないだろうか。
北エリアには試合のフィールドや森などがある。端末による申請を行うことで、それらの施設の利用が可能だとハルカから聞いた。
ここは西エリアに一番近いところにある森林地帯。背の高い木々が多く並んでおり、ざっと半径五十メートル以上は同じ風景だ。樹種に関しては全て同じもので、俺が初めて見るものだ。どことなく杉の木に似ている。けれど、幹の色がどことなく青い。それに触ると少し冷たい。不思議な木だ。
「ねぇ、ちょっと。リュウヤ」
後ろからトントンと肩を叩かれ、俺は頭だけを後ろに向けた。
「……なんだ」
「なんだって......。何をぼーっとしてるの」
「いや、この木が気になってな」
「木? ああ……、ブルムシュカの木のこと? 確かに珍しいけど、それがどうかした?」
「………………いや、なんでもない」
ブルムシュカというのか。ふむ、まあ気にはなるが今は横に置いておこう。
「それよりリュウヤさん。どうしてここに来たの?」
「お前は呼んでいない」
「えー、そんな冷たいこと言わないでくださいよ!」
リリーの相手は面倒なので、これも横に置いておこう。
話をする前に、『探索』を発動させて近くに人気がないか捜索してみる。
……よし、今のところは大丈夫だな。
「とりあえず今からすることと、その前段階として俺の『力』について説明する。ハルカ、お前は特に聞いておいてくれ。そして、これからの話については他言は厳禁だ」
「分かった。今のあたしとナツミは貴方には逆らえないしね」
「......了解」
「リュウヤさん、私のことはスルーなのね…………はぅ……」
リリーはさておき、二人の同意を確認してから俺は『力』のことについて話し出す。
面倒だけど、これは仕方ない。
「俺には変わった『力』ーーーー他者の武器や魔法を使うことができる『力』がある」
「…………?」
俺の言葉に対して、ハルカは少しだけピクリと頬が動き、眼を細めたがすぐに力を抜いた。
妹のナツミはどうやら理解出来ていないらしく、首を少しだけ傾けた。
「実際に見せた方が早いな」
俺は手の甲の『印』に意識を集中させて、『模倣』を発動させる。
『印』が輝くと、すぐに一本の剣が手元に現れた。
「ほら、見てみろ。ハルカが使っていたのと同じだろう」
俺が生成したものは先程『模倣』し、壊したはずのハルカの剣。二人に同じものであることを確認させるため、剣をハルカに手渡す。
「……ええ、本当に同じ。......怖いほどにね」
「………………ん」
ナツミは剣を一瞥した後、硬い表情をしたハルカの後ろへと隠れてしまった。
まあ、これが正しい反応だろうな。
ハルカはナツミほどあからさまには反応していないけれど、顔だけでなく言葉もどことなく重い。
「大丈夫だ。戦闘では使うが、普段は使わない。敵意もない」
「そうしてくれると助かるわ」
ハルカは苦笑いしながら答えた。
「話を戻す。俺はこの『力』のことを『模倣』と呼んでいる。詳しい話は面倒だから今はすっ飛ばす。そして、ここからが重要だ。『模倣』には制限が存在して、今回はその制限絡みについてだ」
俺はハルカに「ここまでは大丈夫か?」と目線を送る。
「ええ、続けて」
「制限の一つとして、俺は武器と魔法をそれぞれ三つまでしか保持できない。…………待て待て、そんな顔しなくてもここはちゃんと説明する」
一つ咳払いして、話を続行する。
「保持ーーー俺はストックと呼んでいるんだが、今あるストックには武器と魔法合わせて五つある。武器がその剣と……」
俺は『模倣』を使って、アレスのバスタードソードを出す。
「これだ。魔法の方は、ハルカが使っていた『探索』、そして『加速』と『無音』だ」
一応、それぞれの魔法を話しながら発動させ、素早く解除した。
「『加速』と『無音』って、確かアレスって人のだよね」
「アレス?」
「えっと…………あの、入学式前ハルカちゃんに絡んできたおっきな男の人。こんな感じに、ムフーとした」
「いたわね。アイツ、魔法使えたんだ」
その情報はいるのか?
というか、リリー。口を挟まないでくれ。
「話をしていいか?」
「ああ、ごめんなさい」
全く…………。
「ストックしているものはいつでも生成、発動が可能だ。だが、今の魔法のストックが三つある状態で、四つ目の魔法を『模倣』すると一つ目に『模倣』した『探索』は使えなくなる」
ストック上限は三つまで。四つ目以降は『模倣』した中で一番古いものが消え、四つ目がストックされる、ということだ。
「……なるほど。ストックから消えた魔法は永久的に使えないってことかしら?」
「いや、また『模倣』すれば使える。しかし、一度『模倣』してものを再度 『模倣』するにはストックから消えてから三日間のインターバルが必要となる」
「なかなかに不便ね。それは武器のストックに対しても同じこと?」
「そうだ。あと二つ武器を『模倣』すればバスタードソードはストックから消えて、使えなくなる」
昔はもっと楽だったんだけどな。
「それで、『模倣』のストック制限とアタシたちに対する情報開示はどう繋がるのかしら?」
やっと本題だ。
「この制限には一つだけ抜け道がある」
「抜け道……?」
「『模倣』対象となる人物一人につき、武器か魔法を一つだけ別ストックに固定しておけるんだ。俺は『固定模倣』、『固定』と呼んでいてーーー」
「ーーー待って!! 理解が追いつけてないの!」
「……すまん」
説明が嫌になってきたため、配慮が足りなかったか。
はあ、本当に『固定』の条件は面倒だ。
「確認よ。まず、別ストックって何?」
「三つまでしか保持できないストックとは、また別のものだ。仮の名前として別ストックと呼んだだけで、他意はない」
「つまり、三つのストック制限とはまた別ものなのね」
「そう言われればそうだし、同じといえば同じ」
「……………ごめん、何かで例えて……」
うーん、どうすれば伝わるだろうか。
「魔法で例えるとしよう。今俺は三つの魔法『探索』『加速』『無音』をストックしている。そして、新たに四つ目の魔法を『模倣』したとする。すると一つ目の『探索』は消える」
「そうね」
「『固定』はこれとは別にストックできる。つまり、『固定模倣』をしたものは、ストック超過で消えることは無い。五つ目、六つ目と『模倣』しても影響をうけない。というか、たぶん俺が死なない限り永久に消えない」
「……なんとなく分かったわ。本当に、なんとなくだけど」
「あと、ハルカから『探索』を『固定模倣した場合、もうハルカから武器や魔法を『固定模倣』はできない。通常の『模倣』はできるがな」
ハルカは頭に手を添え、溜め息をついた。どうやら理解に苦しんでいるようだ。しかし、これ以上の説明のしようがないから頑張ってもらうしかない。
「…………それで、話の流れからしてアタシの『探索』を『固定模倣』させてほしいってこと……?」
「その通り」
そのために金を払ってここまでハルカを連れてきたのだ。
ハルカを許すだけでなく借金を肩代わりして恩を売り、その借りを返してもらう。
やっていることは偽善で最低かもしれないが、現実は誰も損していないのだからこのことについて俺は悪いとは思っていない。
「初めからそう言えばいいじゃない」
「俺もそうしたいのは山々なんだが、この『固定』にも条件があってな。相手のファーストネームを知ること。魔法名と魔法の内容を知ること。相手の承認を得てから情報開示を行い、『固定模倣』について知ってもらうこと。『固定模倣』する許可をもらうこと。以上、四つをクリアしないと『固定』できないんだ」
「それは……大変ね……」
そう。嫌になる。面倒この上ない。
「それで、最後の条件。許可をもらってもいいか?」
「その前に、いくつか質問」
「なんだ」
「『固定』の対象となる人物、今回はあたしだけど、あたしには害とか影響はないの?」
「基本的にはない」
「基本的……?」
ハルカが訝しそうな眼で俺を見てきた。
「詳しくは俺にも分からない。俺が昔、親父から『強化』って魔法を『固定模倣』したときには何も起こらなかった。強いていえば、俺がとても疲れるぐらいだ」
「親父さん以外に試したことは?」
「ない」
即答した俺を見て、ハルカが首を傾げた。
「……? 普通、他にもやらない? お母様とか友達とか」
「そうしたかったんだが、色々あってな。だが、安心してくれ。何かあった時には俺が責任を持つ」
「ーーーーーーー」
ハルカはじっと俺を見つめてくる。俺もハルカのエメラルドのような翠色の瞳を見つめ返す。
「私、他にもまだ魔法あるけど、『探索』で本当にいいの?」
「ああ。どうせ相性の悪い魔法は『固定』できない。実際に使ってみて『探索』がピンと来たから、『探索』でいい」
事実、『探索』は便利だし、応用も効くからな。
「ーーーーー分かった」
ハルカはスッと手をこちらに差し出した。
「リュウヤの話を信じる。借りもあるからあたしに拒否権はないだろうけど、どうぞ『模倣』してちょうだい」
許可してくれるか半信半疑だったが、どうやら信じて貰えたらしい。
「嫌なら断ってもらって構わない。許可がない状態で『固定』するのは何が起こるか分からない。変なリスクは負いたくない」
「大丈夫、本心よ。その代わり、何かあったり、嘘を吐いていたりした時は貴方を殺すわ」
『殺す』という言葉が冗談に聞こえないな。
「ああ、それで構わない」
俺は差し出された手を握り、握手した。ハルカとの握手はとてもしっかりしたものだった。
「それであたしは何かした方がいい?」
「俺に対して、『探索』を使ってくれ」
「それだけ?」
「ああ」
「分かった。じゃあ、やるわ。『探索』!」
握手したままハルカが魔法を発動させる。それに反応して『印』が光った。
俺は『印』に意識を沈み込ませた。
......どっぷりと意識が何かに包まれる。まるで浮力のない水の中にいるようだ。その中で、一つの光る小さな玉を見つけた。俺は玉に向けて手を伸ばす。そっと玉を両手で覆い、手元に引き寄せる。
玉は俺に近づくにつれて輝きを増し、胸元に寄せるとスッと俺の中に入っていった。
玉を吸収し終えると、俺の意識は浮上を開始した。
「…………リュウヤ?」
「リュウヤさん、大丈夫ですか?」
気がつくと、俺は草の上に横たわっていた。ハルカとリリーの顔が視界内に移り込む。
「よかった。いきなり崩れたから驚いたわよ」
「私も心臓に悪かったー」
どうやら気を失っていたらしい。久々の発動に体が耐えられなかったのかもしれない。
俺は体を起こしてから、試しに『探索』を発動させてみる。無事に発動。あとは次に新しい魔法を『模倣』してストックした時にどうなるか、だな。
「たぶん大丈夫だ」
「そう、ならいいわ」
「気を失うときは、事前に言ってくださいね」
そんな無茶な。
にしても、これで『固定』完了だ。
次回、ハルカとナツミとの模擬戦。
(次回の更新は5/27(土)です)