10 和解
「本当に、ごめんなさい」
赤髪の少女は丁寧に深く頭を下げた。少女の隣に立つ妹も少し遅れて頭を下げる。
初めは敵意を顕にしていた少女だったが、リリーの事情説明により大部落ち着きを取り戻していった。
今では誤解も解け、もう敵対意思は感じられない。
「いいよいいよ。誤解だったみたいだし、それに妹を心配するのはお姉ちゃんとして当たり前だよ」
リリーのフォローを聞き終えてから、二人は頭をあげた。
俺は、間髪入れることなく口を開く。
「だが、妹は別だ。どうして財布をスった」
俺とリリーと赤髪の少女の目線が、妹に集まった。
三人の視線に当てられた妹は、初めは渋った顔をしたが、俺からそっぽを向いた後に話し出した。
「お金、必要だった」
「どうしてだ」
「リュウヤさん、そんな風に聞いたら答えずらいですよ」
「そんなことは知らん。いいから答えろ」
「…………弁償代が、なかったから」
「あっ……!」
その言葉を聞いた少女は、ハッと言葉を漏らした。
「どうした。何か分かったのか」
「ええ……、分かったわ。ごめんなさい。ここからはあたしが説明するわ」
俺は首を縦に降り、そのまま話を続けるように眼で促した。
「あたしたち、正確にはあたしが原因なのだけど。入学式の会場に行く途中でーーーー」
少女は俺たちに分かるようにゆっくりと事情を話した。
少女の話をまとめると、こうだ。
妹と別行動をしていた少女が会場に向かう道中、近くにいた馬車の積荷が少女に向かって崩落してきた。
自己防衛のために小さな荷物は身のこなしで避けたり短剣でガードしたりしたが、最後にとても大きな木箱が襲いかかってきたそうで。
避けようとするも、それは不可能だと分かった少女は咄嗟に『アポロン』という武器を使い、木箱を破壊することで難を逃れたそうだ。
……ここまでで終わっていればまだよかったけれど、問題はここからだった。
身の危険を回避することには成功したが、重大なことが発覚した。
少女が『アポロン』で壊した木箱の中には、とある貴族の道具が入っていたらしく、その弁償代の一部を負担することになってしまったそうだ。
もちろん、荷台を運んでいた行商人にも弁償代はかかっているものの、壊した張本人ということで巻き添いをくらった、とのこと。
しかし、今はまだ『学園』に来たばかりで手持ちがなく、困っていた。それを知った妹がお金を手に入れようとして、リリーの財布を盗んだ。
これが、大まかな一連の流れだった。
話を聞いた限りでは、俺にも心当たりがある。
恐らく、俺が『探索』を『模倣』した時の出来事のことだろう。
つまり、『探索』の少女と、今俺の目の前にいる少女は同一人物というわけだ。
なんとなく俺の中で話が繋がったように思えた。
「大まかな事情は理解した。それで、話しを戻そうか」
「あたし自身も妹が襲われていると早とちりして、ましてや攻撃まで…………。責任はあたしがとります」
「お姉ちゃん……!」
「いいの、気にしないで」
少女が妹の頭をそっと撫でた。
「なら、どう責任をとる」
俺は眼を鋭くして少女に問うた。少女も真剣な目つきで俺を見据えて、答える。
「あたしにできることなら何でも」
「そ、そんなっーーー!」
少女の発言に驚いて身をのりだそうとしたリリーを俺は手を伸ばして制した。
本当はここらでフェアに少女の真意を『聴いて』もらおうか考えた。だが、少女の翠色の眼を見る限り今の発言は嘘ではないと感じた。
そこまでの覚悟があるのならば……。
「そうだな、まず」
俺が口を開いても、少女は俺から視線を外さない。妹は対照的にギュッと目を閉じている。
そして、俺は指示を出す。
「名前を教えろ」
「………………え?」
誰が漏らした声か分からなかった。けれど、この場の空気が軽くなった気がした。
「だから、名前だ。お前ら二人の」
「…………あたしはハルカ、この子はナツミよ」
「私はリリー、こちらはリュウヤさん」
「お前は答えなくていい」
「はぅっ!」
余計なことを話すリリーに軽く頭にチョップを打つ。少しは大人しくしてくれないのか。
「…………それだけ?」
「ん? いや、質問はまだする」
「そうじゃなくて! …………質問なんかでいいの?」
「ああ。なんだ、不満か?」
「不満、とかじゃない、けど…………」
ハルカとナツミは互いに顔を見合わせた。
リリーはなにやら俺の横でニコニコとしている。
なんなんだ、いったい……。
「質問に戻る。今問題となっている金についてだ。ハルカ、弁償代はいくらだ」
「…………十七万イエン」
「えっ!! じゅ、じゅ、十七万イエン!?」
リリーがあまりの額の大きさに目を剥いて叫んだ。
「え、えっと、私の一ヶ月の食費が二万イエンを少し超えるぐらいだから…………八ヶ月分っ!! 半年以上も食事無し!?」
リリーが五月蝿い。
ふむ、たしかに未成年が払う額としては高い。それに、盗みをするぐらいだから親や周囲には頼れないと考えられる。
…………よし。
「フェア、出てきてくれ」
「はいはーーいなのです!」
俺は巾着の口を緩め、中にいるフェアに指示を出す。フェアはスルリと巾着から飛び出してきて、軽く伸びをした。
「リュウヤ、この子は……」
「……妖精さんだ」
ハルカとナツミは初めて見る妖精に戸惑っているようだ。
そのことについては、今は後回しにしよう。
俺はフェアにいつものあれを出すように指でクイクイッと合図する。
「少し待って下さ~い。ん~……………『テイクアウト』!」
フェアが魔法名を発すると、茶色のバッグがどこからか俺たちの目の前に現れた。
俺とフェア以外の三人はポカンとしているが、俺は見慣れたものなのでいつものように目的なものを取り出すためにバッグを漁る。
すぐに物は見つかり、取り出してからフェアにバッグを戻すようにまた指示する。
「『テイクイン』!」
フェアがバッグに向けて指さすと、バッグは跡形もなく消えた。
「リュウヤさん、今のは」
「フェアの魔法、とだけ言っておく。気にするな。ありがとうな、フェア」
「えへへ……」
俺はフェアの頭を撫でた。
魔法を使った後にはいつもこうしてフェアの頭をなでている。これをするかしないかでは、フェアの機嫌が違うのだ。
「お礼、言うのですね」
「失礼だな」
失礼なリリーの頭をポカッと小突く。
「はうっ! …………暴力反対です」
リリーの文句を無視して、俺はバッグから取り出した物ーーー財布の中を確認し、俺が使う金のみ抜いてから残りを財布ごとポイッとハルカへ放り投げた。
ハルカは驚きつつも落とすことなく財布をキャッチした。
「え?」
「やる。これから金を払え」
ハルカは恐る恐る財布の中を覗き、すぐに顔を上げた。
「そ、そんなっ! こんなに受け取れないわ!」
俺が渡した財布にはざっと二十万イエン弱あるはずだ。数えていないため細かい数字に自信はない。それでも、十七万イエンは超えていることは間違いない。
「いいから、受け取れ。その代わり、これから付き合ってもらう。それでどうだ」
「…………本当に、いいの?」
「くどい。俺がいいと言っているんだから受け取れ」
「……ありがとう」
ハルカは俺に向けて深く頭を下げた。なんだかリリーの時を思い出した。
まあ、今回は完全な偽善だがな。
「あ、それと……」
俺は一つ思い出して、ナツミへと近づく。ナツミはハルカに身を隠すように移動して、顔のみこちらに出した。
俺は顔の高さを揃えるため腰を屈めてから、ナツミの額に向けてピンッとデコピンを食らわす。
「うぅ……痛い」
「もう人の物に手を出すな。家族のためにもな」
「…………う、うん……」
赤くなった額を押さえて、ナツミは戸惑いながら首を縦に振った。
俺はそれを確認してから、腰を上げた。
「じゃあ、ハルカ、ナツミ、俺に今から付き合え。まずは人気のないとこに移動する」
フェアに巾着へ戻るように指で合図してから、俺は三人を背にして北エリアに向かうことにした。
「……ねえ、リリー。リュウヤって何者なの」
「うーん、私にも分らない。でも、いい人だよ」
「…………ふーん……」
「早くしてくれ」
何か話していた二人に前を向いたまま、声をかける。
「分かってるよー! 行こ、ハルカちゃん」
「………………そうね。ナツミ」
「……うん」
はあ、移動って、面倒だ。
次回、『模倣』の力と『固定模倣』。
5/22 誤字訂正