9 接触
入学式も終わり、やることもない俺は『学園』を回ることにした。
この街そのものが『学園』の敷地であり、とにかく広い。
『学園』は時計塔を中心に東西南北のエリアで分けられている。
東エリアは、『学園』の授業で使用する教棟や学生寮、アパートといった家屋がある。他にも、入学式で使われた会場、一般人のための居住区、飲食店なども見られる。俺たち学生が『学園』で生活する中で、最も利用するエリアだろう。
西エリアは一般区画と言われており、その名の通り一般解放されている。機能は小さな街とほぼ遜色なく、買い物や娯楽など様々な建物やちょっとした市場がある。生徒も足を運ぶことが多く、武器の購入・整備、食料確保はここでやるらしい。俺がリリーと出会ったのも西エリアでのことだ。
北エリアの殆どは『学園』の行事や試合で使われるステージやフィールドで占められている。広大な森や障害物のある平地、整備された競技場やコロシアムのようなものまである。
南エリアについては…………俺はまだ知らない。『学園』には、出入口としての門が外壁に四つほど、エリア同士の境目に存在する。俺は北西の門から入り、一般区画を散策していたため南エリアに行くことがなかった。また別の機会に散策するとしよう。
現在、俺は西エリアーーーー 一般区画へ向かっている。今日の晩飯を調達するのが目的だ。
「まだお尻痛いよ……うぅ…………」
リリーは、入学式で椅子から落ちてぶつけた尻を未だに気にしているようだ。
また、どうでもいいことなのだが、引き続きリリーは俺に付いてきている。もう面倒なのでそのことについては言及するつもりはない。
「他に方法とかなかったのですか?」
「なかった。それに、出場できるんだから文句言うな」
他に避けようがなかったのは事実。また、リリーとしても好都合なはずだ。俺が椅子から蹴り落としていなければ、ルピデンドラムの『波』に呑まれていたのだからな。
恩を着せる訳でも、恩を感じさせたい訳でもないが、文句を言われるとムッとくる。
「えへへ、……そうだね。ありがとう、リュウヤさん」
リリーは俺の前に出て、笑顔を向けてきた。
……もういいから、少し離れてほしい。
太陽光によって綺麗に輝く銀髪や本人のワタワタとした言動が目立って仕方ない。
リリーの相手もそこそこに、俺たちは一般区画へ入った。区画内は来たときと相変わらず賑わっている。
そろそろ三時を超えそうな時間帯のため少し小腹が空いてきた。晩飯ついでに何かめぼしいものがないか散策していると、ポケットで何かが振動した。
ポケットに手を突っ込み、ゴソゴソと探るとすぐに手に硬いものが触れた。取り出すと、手に収まるサイズの黒い板が出てきた。
なんだこれ? …………あ、そういえば入学式の受付で百二十三番の紙と一緒に渡されたな。
「あ、トーナメント表出たみたいですね」
リリーが俺と同じ黒い板を手にし、その光る画面を見ていた。
おかしい、俺のは暗いままだぞ。
「横のボタンを押したらつくよ、ねっ?」
俺が板をクルクルと回し見ていると、リリーが身を寄せて板の横にあつボタンを押した。すると、俺の板もリリーのと同じように画面がついた。
なるほど、こうして起動させるのか。
「もしかしてリュウヤさん、端末使うの初めてですか?」
「ああ、初めて見た。これはなんだ? 魔法ではないよな」
『印』が反応していないから、魔法ではないだろう。
「これは通信器具ですよ。通称、端末。現代魔学技術の塊で、これを使って連絡や会話ができるんです。私たちのこれは『学園』から支給されたやつで、『学園』からの諸連絡や学生通しで連絡し合えるものですね」
「……これ、どうやって動いているんだ?」
「詳しくは分からないけど、持ち主の魔力を吸って動いますよ」
「危なくないのか?」
「吸ってるって言っても、微量だし、魔法が使えない人でも端末は使えているし大丈夫……かな? 問題が起きたとかは聞いたことないですけど」
「ふーん……」
まあ、いいか。
端末のことはそのぐらいにして、俺も端末の画面を見た。
送れてきたものはトーナメント表だった。出場者は十六人。右から二番目に俺の番号ーー百二十三番があり、一番目と俺の番号の間に一回戦と書かれている。
「私は左から三番目でした。リュウヤさんは?」
「俺は二番目だ」
なんだ、こいつとは決勝まで当たらないのか。
「下にルールが書いてありますね」
下…………。
俺は目線を下ろした。そこには地面があるだけだった。
「こうやって動かせば、下に動くよ。指で操作できるんです」
リリーが画面に触れ、上に指を動かした。画面は指と連動して上へスッと動き、トーナメント表から長めの文面へと移った。
なるほど、こうやって操作できるのか。
少し端末に興味が湧いたが、先に文面に目を通していく。内容はトーナメントのルールについてだ。
対戦ルールはとても単純。試合時間に制限なく、勝敗は相手を行動不能にするか、自分の意思による降参宣言かのどちらかで決まる。
時間制限がないのはなかなか太っ腹だ。
武器の使用は自由だが、魔法は一人三つまでと制限がある。また、事前にどの魔法を使うか試合毎に申請する必要があり、申請した以外の魔法使用は失格になるらしい。
ふむ、これじゃあ戦闘中での魔法の『模倣』は禁物だ。下手に『模倣』してしまえば申請した魔法が消えてしまう。
「はう……、あ、ごめんなさい。怪我はありませんか?」
人同士がぶつかる音とリリーの声が聞こえたので、俺はゆっくりと端末から目を離して隣を見た。
どうやらリリーが誰かとぶつかったらしい。
ぶつかったのは俺よりも頭二つ分ぐらい背の低い子供だった。フードをかぶっており、俺からでは顔は見えない。
「い、いえ……すみません。急いでいるので…………」
子供は軽く頭を下げて、すぐに去ろうとした。ーーだが。
「おい、待てお前」
俺はすぐに子供を呼び止めた。
俺の声にビクッと反応し、子供はすぐに足を止めた。
「…………なんでしょう」
「その手、出してみろ」
俺はポケットに入れている手を出すように子供に指示した。
「え?」
リリーは俺の言っている事が理解出来ていないらしい。
「何故、でしょう?」
子供が恐る恐る聞いてきた。
「いいから、出せ」
「…………ッ! すみません、急いでいるので……!」
問答無用で命令すると、子供は慌てて走り出した。小さな身体なので、人が行き交う道中でも問題なく逃げていく。
「『探索』」
俺は見失わないように、魔法をすぐに発動させた。今回は小さな半円ではなく、地面を這うように広く『探索』を展開していく。広くした分、読み取りが荒くはなるものの、人を追いかける程度ならばこれぐらいで充分だ。
ーーよし、見つけた。あとは後を追うだけだ。
「『加速』」
人の位置は『探索』である程度把握できているため、俺は誰とも衝突することなく、逃げた子供との距離をつめていく。
すぐに子供へ追いつき、俺は右手でフードを、左手で腕を掴んだ。
「離、して!」
「嫌だ。『無音』」
俺はついでに『模倣』しておいたアレスの魔法を発動させた。子供は何やら叫んでいるが、『無音』によりその声は周囲に全く聞こえない。
まさかこんな形で役に立つとは。
「ーーーーーー!」
「何気に便利だなこの魔法」
いくら魔法で声は消したとしても、このままでは人目につく。
俺は素早く近くの裏路地へ子供を力ずくで運んでいく。
行き止まりになっている所まで進み、俺は子供から手を離した。
「ま、待ってください、リュウヤさん! どうしてその子を誘拐するの!」
遅れて追いついたリリーが、酷いことを言ってきた。
「リリー、こいつはお前の財布をすったんだぞ」
リリー本人が気づかないほど上手いスリだったが、たまたま何かをポケットに入れるところを俺が目撃したのだった。
面倒なので流そうとしたものの、なんとなくイラッとしてしまい呼び止めた次第だ。
「…………え? ……あ、ない。」
リリーがバタバタと財布を探すも、発見には至らなかった。
……これで誤解は解けただろう。
「おい、財布を返せ」
「…………」
魔法は解除したはずなのに、子供は何も口にしない。
怯えているというわけではなく、警戒している感じだ。
「さっさとーーーー」
「ーー貴方たちっ! 何しているの!」
さっさと諦めろと口にしたが、背後からの大きな声により掻き消された。
「あなたは、あの時の……」
振り向いてみると一人の人影が伸びていた。そいつは、アレスに絡まれ、会場では人数を言い当て目立っていた例の赤髪の少女だった。腰に二本の剣を携えていることから間違いはない。
「妹を返しなさい!!」
赤髪の少女は腰の剣を抜き、俺たちに突っ込んできた。
俺は素早く少女の手にする剣を『模倣』。すぐに生成した同じ剣で少女の剣を受けた。
「妹に何をしたッ!」
少女は激しく何度も剣を振るってきた。俺は反撃せずに、全て受け流していく。
……こいつ、うまい。
荒っぽいが、攻め方がとても鋭い。まるで騎士と対峙しているみたいだ。受け流すことは難しくないが、隙が見つからないため攻撃に移ることができない。
これでは埒があかない。
…………やるしかないか。
俺は次に向かってきた剣を受け流すのではなく、こちらも力強く受けることにした。狙いは剣のウィークポイント。
ガキィィィン!
金属同士がぶつかるの甲高いが音が鳴った。耳の奥が痛む。
「え?!」
少女が驚きの声を漏らした。
それもそうだろう。なにせ音が鳴ってすぐに少女の剣の刀身が半ばで折れたのだ。俺の剣にもヒビが走った。
俺は『模倣』した物の構造をある程度知ることができる。その際に知った構造上脆くなっている部分ーーウィークポイントを的確に狙い打つことで、今回のように相手の武器を破壊することを可能にしている。そのためこの芸当は、『模倣』した武器限定でしか使えない技だ。それでも三回に一回は失敗することもあるため、今回は成功してよかった。
「チッ……。『アポロン』!」
少女は折れた剣を投げ捨て、もう一本の剣を抜いた。いや、正確には剣ではない。なぜなら、その剣には俺の『紅葉』と同じく、刀身が無かった。
「ショット!」
柄のみを握りしめ少女は振りかぶった。もちろん刀身はないため、特に何も起こらない。
……何がしたいんだ? …………なっ!
少し警戒を緩めた途端、目前に大きな火球が一つ現れた。
これは寄けられないッ!!
当たることを覚悟し、俺は腕をクロスさせて頭を守る。
「ーーーー危ないッ!」
ドコンッ!と音がして、横から魔力弾が割り込んできた。
魔力弾と火球が衝突し、お互いに打ち消し合う。
大砲モードの銃でリリーがアシストをしてくれたみたいだ。……助かった。
しかし、消滅したとはいえ衝撃波は生み出され、狭い路地に風が吹き抜けた。
ビュウッ!と風が吹き、赤髪の少女は反射的に風を耐えるような姿勢となり、少しだけ構えが緩まった。
今だ…………!
俺はガードを外し、空いている手で『紅葉』を取り出して、刀身を生成。
「『紅葉狩り』!」
間を置かず、風でひるんでいる少女に向かって『紅葉』を振るった。少女は目を剥きつつも、咄嗟に後方へと避けようとした。それでも、刃先が少しだけ少女の腕を掠めた。少量の赤い液体が宙を舞った。
ーーーーこれでよし。
「……ッツ! でも、これぐらい! 『アポロン』!」
少女は再度剣を凪いだ。しかし、今回は本当に何も起こらなかった。
「どうして! ……なんでっ!」
反応からして成功したようだ。
「お前の魔力を斬った。少しの間、魔力の行使はできない」
「えっ、リュウヤさんそんなこともできるの!」
『紅葉狩り』は『紅葉』の固有スキルだ。一日三回までしか使えない代わりに、なんでも斬ることができる。斬れるものに制限はなく、本当に何でも斬れる。
といっても、斬ったものによって色々と効果に変化は出るようで、魔法や無機物は切断して破壊、意識や魔力といった形の無いものは一時的に接続を絶つことができる。
「クッ……。妹には手を出すな!!」
魔力が使えないことを理解した少女は、財布を盗んだ妹を守るように俺の前へ立ち塞がった。
キッと俺を睨む眼には強い意思が感じられた。
………面倒だな。
「リリー、あとは任せた」
「え……。あ、うん! 分かりました! あの、すみません! 私たちには敵意はありませーーーーー」
俺では埒が空きそうにないので、あとのことはリリーに任せることにした。
俺は近くの壁にもたれ掛かり、一つ欠伸を漏らした。
次回は、赤髪の少女との和解です。