0 業火
業火が唸りを上げていた。
アカイ。赤い。紅い。燃え盛る炎。
炎が辺りの森を喰らっていく。次々と木々を焼き倒し、その範囲を広げている。
とりかえしのつかない光景。
誰にも止めるのことのできない現状。
そんな中、俺は地に伏していた。
「…………父、さん…………」
掠れた声で炎の先にいる父さんを呼ぶ。
「……父さんっ!!」
無理矢理に喉の奥から声を出して叫んだ。
ーーーーしかし、望んでいた返事はこない。
直後、熱い空気が肺に流れ込み、咳き込んだ。その衝撃で身体に鋭い痛みが走る 。
熱気で肌が痛い。呼吸が苦しい。気を抜けば意識が途切れそうだ。
「く、そっ…………!」
何もできない自分を呪うかのようにどうしようもない怒りが心を支配していく。
その時、近くで一つの足音が聞こえた。
「まだいたのか」
性別の判断がつかない中性的な声をそいつは発した。
俺はこいつが誰か知っている。
顔を確認できるまで首は上がらないが、俺はそいつを睨み付けた。赤く染まったマントが怪しくはためいていた。
「なんで、なんでなんだ……っ!」
手足に力を入れても、土をかき集めるばかりで起き上がれない。
ーーーー悔しい。
黒い感情がより沸き上がる。それに応じるかのように手の甲にある『印』が輝き始めた。
ーーーーーー立てなくても『力』は使えるッ……!
「ぅおおおぉぉッ……!」
『印』に意識を集中させていく。呼応するように『印』の輝きが増す。
「邪魔だ」
ゴッと鈍い音がした。『力』が発動する一歩手前で、俺はそいつに腹を蹴飛ばされた。
そいつの動作はとても小さかったのに、俺の身体はいとも簡単に横へ飛ばれていく。
近くの木の幹にぶつかり、激しい衝撃が襲った。肺の中の空気が押し出され息ができない。痙攣する手で必至にあがく。
「かはッ……!」
意識が闇へもっていかれるギリギリのところで、止まっていた呼吸が再開された。さらに視界がぼやける。ほとんど皮膚から伝わる感覚はない。『印』の輝きも失われている。
「……絶対的な強者の『力』、か…………」
そいつは俺に手を伸ばしてきた。今の俺に逃げる力は残ってない。
あと少しでそいつが俺に触れそうになった時、突然そいつは後ろに飛び退いた。ほぼ同時に炎の中から何かが飛来した。それは地面にぶつかるとカラカラと回転しながら俺の前まで滑り込んでくる。
俺はそれに見覚えがあった。
「『紅葉』。なんで…………」
それは父さんの愛刀・紅葉だった。炎と同じ真っ赤な柄と長い刀身が特徴なのだが、転がってきた紅葉の刀身は半ばで折れていた。代わりに一枚の端々が焦げた紙が、折れた刃に刺さっていた。霞む視界で紙を捉える。
『生きろ』
ただ一言だけ、よく見知った筆跡で書かれていた。俺はそれを目にして悟ってしまった。……父さんはもう、生きていないことを。
ほんの一滴の涙が俺の目から零れたがすぐに乾いた。
「あいつ、まだ生きていたのか。やはり奪った後で殺すべきだった」
距離をとっていたそいつが再び俺の元へ戻ってきた。
その声を聞いて憎悪が一層高まる。
「ふく…………う………て、や…………る」
もう指一本動かすことはできない。限界が近い。それでも俺は意識を手放さなかった。最後までそいつを眼に焼き付けるために。この憎しみを忘れないために。
最悪、殺されることも覚悟したその時。
「チッ、時間か。…………仕方ない」
そいつは懐をゴソゴソと漁り何かを確認した後、俺に止めを刺すことなく静かにこの場から去っていった。
結局俺は何もできないまま一人燃える森の中に取り残された。
ーーーー悔しい。
ーーーー憎い。
「ぜっだ…………に、ふくしゅう、…………して、……………やる」
紅蓮の炎が俺の眼の奥で渦巻いていた。
これからよろしくお願いします。
(主に更新が止まらないように頑張ります……)
5/9 誤字を訂正しました。