若武者
200X年7月4日午前2時10分―――日本、東京
「半蔵門の方はどうなんだ?」
東京の皇居で警護についていた軽念導鎧歩兵が無線通信で隣の僚機に話しかけた。
『また雑魚がドンパチしてるだけじゃねぇか。すぐ止む』
哨戒中、それも自分がいる場所の反対側ではレジスタンスの小隊による断続的な奇襲が続いている中での気の抜けたやりとりだった。
それもこのところ小規模な奇襲が続いており、警備兵たちには疲労がたまっていた。
軽念導鎧歩兵。
主戦力である重念導鎧兵よりも軽量化と構造の単純化によって念容量が低い者でも扱える人型兵器だ。人型というよりも支援型強化骨格と言える。体を拘束具のような耐衝撃合成繊維で圧迫し、外部では人体の筋肉と関節に合わせた人工筋肉金属繊維が彼らの動きをサポートする。
主戦兵器よりも数十分の一の出力しか持たないとはいえ、乗用車程度であれば握力だけで引きちぎることができる。
その軽念導鎧歩兵が中隊規模。約100機が集まって警備をしていた。各機体は重火器を握りしめ、光学機器とセンサーによって人を越えた超感覚で辺りを見回している。
『たく。いちいち出撃させられる身にもなれ』
隣の僚機が愚痴ぽく呟いた。
念導鎧を動かすには念力が必要になる。念力は集中力を消耗し、目に見えない精神的なストレスとなって兵達を押し潰さんとしていた。襲撃がなければ常時待機状態で詰め所で仮眠をとる。それが訓練と激務の中の唯一の楽しみ。だがいまはそれを奪われた形となり、僚機の不満となっているのだ。
「まあ、そう言うな。もしものことがあったら―――」
『もしものこと? こんな要塞を一個小隊で攻め落とせるわけないだろ』
僚機の気を揉もうとした男の言葉が切り捨てられる。
確かにな、と男は視線を要塞の壁へと向けた。僚機が言うことも間違いではない。
黒くそそり立つ20mの壁。等間隔に立てられたアンテナのようなものがあればこの場所は原子爆弾の直撃ですらも耐えられる。それに要塞化された皇居は完全な五稜郭。外には50mの幅がある堀となっており、高精度光学監視カメラによってネズミ一匹見逃さない完璧な監視網。高度な電子および念子侵入を拒む独立網。
もし自分がレジスタンスならばすでに諦めて、職に就く。
連日の襲撃ですらレジスタンスの200人は死んでいる。
仕事熱心というよりも狂信者の集団に近いなと男は壁を見つめながら思っていた。
『ん?』
不意に僚機から喉から音が鳴るくぐもった声が聞こえた。
「どうした?」
『いや、疲れて目がおかしいのかもな。流れ星が・・・』
「流れ星?」
男は不思議に思い、光学機器の感度を変えつつ夜空に目を凝らす。
そして見つけた。
夜空を真っ直ぐに、信じられないような速度で飛ぶ流れ星を。
「違う! アレはミサイルだ!」
形状は完全にミサイルだった。巨人のボールペンのようなものが一目散にこちらへと向かってくる。
男は慌てて通信機を本部の直接回線へと切り替えた。
「こちら警備鎧歩兵壱弐―零七番、歩兵壱弐―零七番。本部へ通達。皇居上空にミサイルを目視で発見。ミサイルを目視で発見」
焦燥した男の連絡に、つながった相手は冷静そのもので返す。
『こちら本部。落ち着きなさい、壱弐―零七番。生体反応と念波動に乱れが生じています』
「落ち着いてられるか! あれが原子爆弾ならここが無事でも俺の家族が!」
声を上げる男の視界では流れ星のようなミサイルがさらに高度を下げて肉迫する。計器が知らせるその未確認ミサイルはおよそ時速6000km。大陸間弾道ミサイルより遅いが、地対空ミサイルの二倍。つまり現在の地上から放つあらゆる火器の届かない速度で飛んでいることになる。
男の脳裏には回避不可能の文字が浮かび上がって青ざめた。
念導鎧の中では緊急警報が鳴り、城壁の最外部の念転式防御隔壁がドーム状に瞬時に展開。
防御には十分だが、撃墜するには遅い。
月が浮かぶ空。
警備鎧歩兵が立つ皇居の芝生の上に長い機影がコンマの時間で通り過ぎた。念転式防御隔壁のギリギリ上空。高度1000mの地点にマッハ6のミサイルのエンジンの炎がきらめく。
防御隔壁に阻まれ音速を超えた衝撃や爆音は訪れない。ただ、未確認のミサイルが通り過ぎただけだった。
しかし、警備兵達は緊張に背筋を凍らせていた。動物的な本能。たとえ難攻不落の要塞であろうともミサイルを見れば脳裏には炎と衝撃に吹き飛ばされるという死がべたりと張り付く。背筋が凍りつき、身動きをとれないその隙間に彼らの思考を吹き飛ばすかのような予想外が巻き起こった。
それは地面を揺るがすような大爆発だった。強烈な光と音と共に世界をシェイクしたような爆風で男の機体が吹き飛んだ。豪風が吹き荒れて、地面を何度も転がる。衝撃は対衝撃合成繊維の防護によって吸収されるが、爆音が男の鼓膜を破裂させていた。
気化爆弾。
火薬ではなく、可燃性の酸化エチレンと酸化プロピレンによる燃料爆弾だ。それは爆発そのものよりも爆発時に巻き起こる爆風衝撃波によって敵を圧殺する。
すべてが終わった後、酷い耳鳴りと激痛に顔をしかめさせて、よろよろと立ち上がった男は要塞の壁を呆然と見る。
ありえない、と口に出しかけて唾を飲みんだ。
なぜなら、難攻不落の要塞、あらゆる爆弾を防ぐ念転式防御隔壁で守られた城壁が破れていたからだ。
赤い炎がチラチラと壁をなめている。溶けた鉄筋がどろりと赤熱している。
崩れた壁を中心に芝生が無残にも捲れあがり、更地と化す。
そして放射状に倒れている同じ部隊の僚機。機体は原型をとどめているが、手足がねじれて奇怪なポーズで朽ち果てていた。
無線では警備隊のものたちが何やらがなり立てている。だが、耳鳴りが酷くて男にはなにも聞こえていない。
そして男は見た。
その壁の向こう。
絶対的な守護者たる壁から真っ赤な腕がその姿を現す。
それは巨大な武者。
朱塗りのような日本古来の色合い。それが炎に照らされて、血に濡れたようだった。
美しい。
男は悪寒に震えながらも純粋にそう思った。
鍛え込まれた武人のように無駄のない肢体。それを鋭くも重厚な鎧に身を纏った鎧武者。
汎用型の軽念導鎧歩兵を動かす者ならば誰もが憧れる完全なる念導鎧。その形状ですらその身に内包した潜在能力を隠せないような機能美。
芸術作品であり、世界最高の殺人兵器。
それが悠然と崩落した壁の穴から現れて、ガチャリと腰の太刀へと手を伸ばす。
―――諸共、我が名は対新日本帝國軍敵対組織、念導鎧兵団曹長、相馬刀信なり。夜分に恐れ入るが、
しゃらんと太刀が月光と炎の中で閃いた。
男は名乗りの念話から伝わる思念でその機体に乗る操縦者が若いことに気がつく。思い描いていた武将の姿とは違い、火の玉のような若く青臭い意思が燃え上がっていた。
だがそれでもなお美しさは変わらない。
義経のような艶やかな若武者が脳裏に焼き付く。
―――ひとつ、命をかけて、
若武者の鎧が自分と正面から向かい合う。鎧越しの、いやそれはただの金属の塊だが鋭い眼光に腰から陶然とした快感がせり上がる。
そしてその姿がぶれた。音を忘れたように。
―――押し通る。
念話が響いた次の瞬間にはその若武者の太刀が男の目の前で煌めいた。
機体が頭の先から真っ二つに唐竹に割られて、男は永遠に意識を失った。




