出撃前
歴史は繰り返す。
無残に無慈悲に歴史は繰り返していく。
それは闘争の歴史だ。戦いの歴史だ。
なによりも圧政との戦いだ。
だが、それを享受するのが人としての在り方であろうか。
過ちを認めることも、反省もせずに人としての業を背負いただ繰り返していくことが正しいのか。
否。
それは断じて否だ。
進歩には痛みがあるだろう、無辜の命が消えることもあるだろう。
我らは人だ。
人であるならば繰り返す過ちを認め、さらに次の進歩を歩むことが責務だ。
この御国をより繁栄と幸福に導くため、我ら人は常に問い続けなければならない。
ゆえに俺は、この手が血に染まろうとも、この魂が汚れようとも。
この国と愛するべき人達のために命を燃やし尽くそう。
遙かな天上におわします天皇陛下へこの国を返還し、ただ人としての忠義をもってこの国を変える。
我が名は忠義なる日出ずる武士。
天皇陛下直属の対新日本帝國軍敵対組織、念導鎧兵団曹長、相馬刀信。
200X年7月4日午前2時―――日本、東京
「刀信。準備はいいか」
―――隊長、いつでも
鎧面越しに無数の文字による起動準備の確認作業を終わらせて、刀信は念じるだけで相手に返答する。
彼が座る操縦席は乗るよりも着るといったように耐衝撃合成繊維が隙間なく彼を包み込む。人体工学の粋を凝らした快適な座席に横たわり、高級なダウンジャケットに圧迫されるような感覚だ。それが空気の隙間もなく彼を押し包んでいる。室内には体外血液循環装置の圧縮を繰り返す音がくぐもって響いていた。血液循環装置が常に酸素を体内に入れるため彼は窒息せずに操縦できる。
「お前といえども巫女の支援がない状況では活動時間は一時間だ。敵の防衛も厚い。わかっているな?」
惜しむように呟く隊長の声を聞き、刀信は苦笑する。
―――わかっていますよ、隊長。これでお別れですね。
「…………」
外部聴覚端子の向こう側で黙り込む隊長。
―――誓ったじゃないですか。これで終わろうとも俺達がすることがこの国のためになるならって。俺は大丈夫です。必ず神器は回収します。仁義を通すってやつですね。
つまらない冗談を言いながら刀信は達観していた。
それに隊長は笑いもせずに頷く。
「ならいい。お前のことは忘れない」
―――本望です。俺達の歴史を正しい道へ。その道に名を刻めるなら俺の命など安い。あと紫のことをお願いします。
「妹さんのことは何も心配しなくていい。行ってこい刀信。その名をこの国に刻め」
刀信の鎧面の視界が緑色に点滅する。
そこに踊る文字。
【起動信号受信、念導鎧兵『暁弐式カグツチ』最大機動状態へ移行】
操縦室が唸りを上げ動き出す。
握り込んだ制御桿から伝わる相棒の鼓動。それは自らの心音と完全に同期したもう一つの心臓。その高鳴りを感じ、刀信は感慨にふけっていた。
累積動作時間の約200時間。それが自らの命をかける相棒との時間である。それは他人から見ればあまりにも少なすぎる時間だった。1000時間を越えてやっと半人前という念導鎧兵の操縦士の中ではぶっつけ本番にも近い短さだ。
しかし、刀信の相棒は汎用性の高い量産型の念導鎧兵ではない。彼固有のDNAから製造された特注品。自らの体と同等に慣れも何もない。それは息を吸うように、体を動かすのと同じように無意識に全てを制御できる。
頼もしい。
彼の心にあるのは逞しい分身と同調し、非力な人間の殻を破り新たな生命として生まれ変わった力強さを感じていた
このあとにその命が尽きる運命だとしても。
血液循環装置のお陰で息をする必要もないが、彼は僅かに胸を膨らませ、深呼吸して笑う。
最後の微笑みはその鎧の下。誰にも見せずに。
そして念じた。
その遺言を刻むような心で、晴れやかに関係各所へと通達する。
―――対新日本帝國軍敵対組織、念導鎧兵団曹長、相馬刀信出撃します。




