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給与額がそのままレベルに反映されたら最強っぽくなった  作者: (独)妄想支援センター
Ⅰ.異世界トリップからの冷静な状況分析 そして草原での華麗なる無双劇
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7 エンディング

 彼――池野高志は丘を乗り越えると全速力で走り出す。


 片手には昨日斃したゴブリンから奪った棍棒。

 目の前で馬車を襲う巨体の魔物――オーク相手では些か心許ないが、今は人命を救うことが最優先だ。

 棍棒では決定打を与えられないとしても、彼には援護してくれる仲間がいる。

 

 五味(ごみ) 国栖(くず)

 

 変わった名前だが彼と同じ日本人。

 この世界で唯一故郷を同じくする者。


 昨日見せた凄まじい投石、輝く火の玉はまるで魔法のようだった。

 あの威力なら肉の鎧に身を包んだオークとて屠ることができるだろう。

 

 もしかしたら五味は学生時代に野球をやっていたのかもしれない。

 高志にも野球部の友人は大勢いるが、皆爽やかで気持ちの良い連中だ。

 五味もまたそんな環境で健全な肉体と精神を育んだのであろう。


 高志が五味をそこまで評価するのは、彼にとって頼れる大人でもあったからだ。


 異世界に飛ばされるという異常事態、パニックに陥らずに済んだのは同じ境遇の大人が一緒であったことが大きい。

 故に彼は五味を頼もしく思っていたし、危ない場面では適切なサポートを与えてくれると信じていた。


「せいっ!」


 駆け下りた勢いを乗せてオークの背後から棍棒で殴りつける。


 ボゴン


 しかし伝わってくる感触はまるで丸太を叩いたように厚く、硬い。


「うぐっ…!」


 腕に伝わる衝撃に一瞬怯む。

 だがオークはそんな彼を無視して馬車へと向かっていく。


 何かがおかしい。


 オークの顔をよくよく観察すると、まるで正気を失くしたかのように目が虚ろだった。

 それでいて群れは統率のとれた動きで護衛の騎士達を翻弄している。


 ――何者かに操られている?


 それを肯定するように、彼の前に人影が降り立つ。


「?……」


 現れたモノは一見するとヒトの女のような姿をしていた。


 決定的に違うのは、紫色の髪の合間からのぞく二本の角。

 そして背中に生えた蝙蝠のような黒い羽。


 人型の――魔物。


「あっ……」


 突然の出来事に立ち竦んでしまう。


 自分がこの世界に呼ばれたのは、邪悪な魔物から人々を救うためだと信じていた。

 だが目の前に現れたソレは柔らかなシルエットが女性であることを強く主張している。


 魔物とはいえヒトに近い容姿の、それも女に攻撃を加えてもよいものだろうか。

 そんな考えに囚われ身動きが取れなくなってしまった。


 しばしの間、彼をじっと見つめていた魔物の女はゆっくりと口を開く。


「…ニンゲンのオス?イい、匂イ…だネ」


 まるで抱擁をねだるように、腕を前に向かって開く。


 フワッ


 その瞬間、脳が痺れるような濃密な芳香が漂ってくる。


「…っく!」


【スキル:魅了 に抵抗しました】


 流れてくるシステムメッセージ。


 思った通りオークを操り、馬車を襲わせたのはこの女で間違いない。

 やはり倒すべき敵だ!


 だがその敵であるはずの女は、不思議そうに小首を傾げつつ彼に近付いてくる。


「く、来るなっ!それ以上来たら容赦はしないぞ!」


 精一杯声を張り上げて威嚇する。

 できれば女を手にかけたくはない、退いてほしい…


 棍棒を構え、こちらに戦意があることを示すも、その手を――


 ペロッ


「(舐められた?!)」


 力が抜ける。

 まるで全身の筋肉が溶け落ちてしまったかのようだ。


「うっ…!」


 棍棒を取り落とし崩れ落ちる彼を、いつの間に回り込んだのか、女が後ろから抱き止める。


「…キみ、欲しイ、ナ」


 耳元で小さく呟くと、女は高志を抱いたまま翼を広げ飛び立つ。


「うわっ!?うわぁっ!」


 大地から引き剥がされる恐怖、魔物に連れ去られる屈辱。

 最悪な状況に思わず取り乱し、声を上げる。


「だ、誰か…!助けっ…!」


 そこでふと、絶望に囚われかけた彼の心に光明が差す。


「そうだ…五味さん!」


 そう、彼には頼れる仲間がいたではないか。


 あの類稀な投擲力、正確無比のコントロール。

 五味の技なら空を飛ぶ魔物相手にも通用するはず。

 なんとか地上に下りられさえすれば、まだ勝ち目はある。


 だが期待を込めて見下ろした光景は再び彼を絶望に突き落とす。



 倒れている。


 丘を下った窪地に五味が仰向けに倒れていた。


「な、なんで…どうして」

 

 予想外の光景に困惑しつつも、何が起きたかは容易に想像できた。


 おそらくは伏兵がいたのだろう。

 狙撃姿勢をとっていた五味は不意を突かれ、為す術なく斃されてしまった。


 本来ならそれを防ぐ前衛がいたはずなのに…


「あ…!…あぁ…」


 何も考えずに飛び出してしまった。

 この世界で自分は強者だと自惚れていた。


 しかし考えてみれば、ゴブリンなど定番の雑魚ではないか。

 昨日の戦果も8割方五味のものだ。


 現にオークに対して高志の攻撃は効果が無かった。

 彼がこの世界で強者である保証はどこにもなかったのだ。


「僕の、せいだ…」


 魔物に勝てると思っていた、哀れな人々を救えると信じていた。

 だが実際はどうだ、自分は一番大切な仲間すら守れていない。


 掛け替えの無い仲間、この世界にたった一人しかいない同胞。

 何があっても信用できる唯一の存在を、自分の軽挙のせいで失ってしまった。


「うっ、く…」


 どうしようもない後悔にボロボロと涙をこぼす。


 咽び泣く高志の姿に不安を覚えたのか、女が声を掛ける。


「…ニンゲン?どう、シたノ?」


 絶賛連れ去り中にどうしたもないだろうが、見た目に反して幼い彼女は人間の感情を上手く理解できない。


「冷たイ、ノ?」


 止めどなく溢れ出る水、きっとこれが冷たいから悲しいのだろう。

 そう結論付けると、彼の頬を伝う涙を舐め取り始めた。


 「人間の雄は舐めてあげると元気になる」姉のひとりからそう聞いたことがある。


 舐めることは彼女の知る唯一の、男に対する愛情表現だった。





「…お、ま……こ?」


 濃厚な雌の匂いを嗅ぎ取り、意識が覚醒する。


「あ…れは?」


 目を開くと空に人が飛んでい…る?!


 ってかイケ高君じゃん!

 そして彼を抱えているのは…


「女…?」


 紫色のゆるくウェーブがかかった髪、頭には黒曜のような漆黒の二本角。

 豊満な体の腰あたりから黒い蝙蝠みたいな羽が生えている。


「…サキュバスか」

 

 俺の中の深い部分、主に下半身的な何かがその考えを肯定した。


 素晴らしいボリュームを誇示する胸、それと反比例するように細くくびれた腰。

 何より圧倒的なのは今まで見たことも無いような大きなお尻。

 しかし決して下品ではなく、遠目にも引き締まった感じが手に取るようにわかる。


 おそらくあの立派なお臀部様に翼を動かす筋肉が付随しているのだろう。

 きっと*の締りはもの凄いに違いない。

 俺の中の深い部分、主に下半身的な何かがその考えを全力で肯定した。


 そのサキュバス(確定)はイケ高君の頬に口を当て、しきりに顔を上下させている。


 ぺろぺろぺろ


 舐めてる…!

 どう見ても愛情表現です。


 ちくしょうなんてこった!

 奴は異世界トリップ二日目にしてヒロインをゲットしちまったのか!


 羨ましい!!!


 悔しい!!!


 コロス!!



 ……でも、俺は君を祝ってやる。


 何故なら最大の懸案事項であった、

 「ヒロイン候補全員イケ高君にゲットされちゃいました!」が無くなったのだから。

 彼が早々にエンディングを迎えてくれたのならそれは歓迎すべき事態だ。

 

 イケ高君の旅はここでおしまい。


 君のことは忘れない。

 たったの一日だが俺達は最高の相棒だったよな。

 いつかそのサキュバスちゃんに相棒させてくれたら嬉しい。


 遠ざかる二つの影にそっと呟く。


「ねえ高志、僕達ずっと友達だよね」


 祝福の言葉は草原を渡る風に乗り、きっと彼のもとに届くだろう。


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