66 鬼の大将謀った
あれから数日――
俺は洞窟で生活している。
なんでこうなったかというと……なんでだ?
「お頭ぁ、食いもん持ってきたど」
おもむろに洞窟の入り口から赤い顔をした大男が顔を覗かせた。
「よしそこに置け。あと水を汲んできて火をおこせ。そんで臭いからお前は入ってくるな」
「ひでえなぁ、元はおいらの棲家だど」
ぶつくさ不満を漏らす大男は、よく見ると頭頂部が若干盛り上がっている。
遠目に見ると変な髪形だな?くらいにしか思わないが、実はその下には角が埋まっている。
角である。
そう、こいつはヒトじゃない。鬼だ。
鬼の一種である“ものまねオーガ”という魔物。
パッと見は赤ら顔の変な髪形した大男にしか見えないけどれっきとした魔物だ。
羊や鶏の鳴き真似をして寄って来た動物を襲って食べるという、ガタイの割りにせこい狩り方をする。
愚かにも俺を騙そうとしてあっさり見破られ、怒涛のドングリ【投擲】で散々に打ちのめされた上に【謎の光】で脅しつけられて手下に降った。
だが今の態度は手下としてはよろしくない。
「……おい」
【スキル:謎の光 を発動しました】
「ぎゃっ!?す、すぐにやるだど」
【謎の光】で脅すと慌てて沢へ駆けて行く。
このバカ鬼は非常に物忘れが激しい。
短期記憶障害を患っているのかと疑うレベルだ。
だからこうして定期的に脅しつける必要がある。
今の俺は日がな一日洞窟でゴロゴロしてたまに青白くピカピカ光るのがお仕事だ。
人としてどうかという点を除けばなかなかのニート生活にも思える。
だがひとつだけ大きな問題がある。
ハルがいないことだ。
離れ離れになって改めてわかる、俺の命の源泉。
あの柔らかく滑らかで可憐な蕾のようなおクチを通したものでないと、何を飲んでも味気が無い。
浮き輪の空気を吸ったみたいにスカスカした感触が通り抜けていくだけ。
「(本当ならすぐにでも探しに行きたいところだけど……くっ!)」
あいにくと今の俺は怪我を負って身動きがとれない。
……あのね。
足にマメができちゃったの。痛いの。
あと靴も壊れた。
2000円の高級合皮製ビジネスシューズが上下にパカッと泣き別れ。
直そうにも靴底は行方不明。
なんか足裏が痛いなーと気付いた時にはもう取れてどっかいってた。
動けない俺の代わりにバカ鬼にハル捜索を命じてはいるが、バカなので憶えているか怪しいところだ。
……念のため確認しておくか。
「おい、例の女の件はどうなってる」
芋の茹で加減をみていた鬼がニタッといやらしい笑いを浮かべる。
「げひひ、お頭も好きだなぁ。心配しなくても麓の村に言って集めさせてるだど」
あら意外。
ちゃんと情報収集してたのね。
「よし、良くやった」
「そんくらいお安い御用だど。げひひ……」
何がそんなに嬉しいのか知らんが、この分なら早晩見つかることだろう。
翌日――
「お頭ぁ、村の娘っ子全員連れてきたど」
洞窟の前には縄で繋がれた若い女が30人ばかり。
皆一様に恐怖と絶望に身を震わせている。
「え、おま……なにこれ」
「なにって、お頭に言われたとおり女を攫ってきたんだど。おいらもやるもんだべ?」
「なぁっ?!」
ちょっと待て、攫って来たって……
端から見て今の俺はどういう存在だ。
洞窟に住み、鬼を手下にして、近くの村から若い女を攫う……
あれ、これまずくない?
「卑劣な鬼共め!今すぐ村の女性達を解放するんだー!」
ほらー、なにか来ちゃったよ。
外で若者が声を張り上げている。
「鬼の大将!出て来い!僕と正々堂々勝負しろ!」
……というかこの殺意が湧くようなイケメンボイスといい、いかにも正義のヒーローですと言わんばかりの台詞回しといい、どう考えてもあいつじゃん。
「僕の名は池野高志!逃げも隠れもしないぞ。さあ勝負!勝負!」
◇◇◇
「僕が来たからにはもう安心です。鬼め!出て来い!」
イケメン様が助けに現れたことで、繋がれた女達がきゃあきゃあ騒ぎだす。
安堵と期待と、それ以上の感情がこもった熱い視線をビンビン送る。クソァッ!
「なんだぁ、おめえは」
「雑魚に用は無い、大将を出せ」
「ガオッ!お前生意気だど、死ねや!」
全面的に同意する。
「ウガーッ!」
激昂したバカ鬼が素人丸出しのテレフォンパンチでイケ高君に襲い掛かる。
「負けるもんか!せりゃあ!」
対するイケ高も素人丸出しのテレフォンパンチ。
もしもし戦争勃発か。
ガッツン!
二つの拳が火花を散らしてぶつかり合う。
こうなると勝つのは単純に力の強い方。
巨躯の大鬼と細身の青年。
あきらかな勝敗を感じ取り、女達から悲鳴が漏れる。
よし、イケ高負けろ。しね
バーン!
ドサッ
「グェーッ!ま、負けたど……」
「参ったか!」
しかし勝ったのは青年――イケ高君の方。
まあ当然だよな。
レベル871が生み出すパワーは半端じゃない。マジぱない。
「さあ出て来い大将!僕と勝負だ!」
勝ったイケ高は勢いに乗ってますます気炎を上げる。
「お、お頭ぁ、あとは頼んだど……」
大将さんお頭さん、呼んでますよ。
……
……
えっ?
俺?
うそ……やだ。
「お前が大将か!」
「い、いや俺は――」
「ん?……な!あ、あなたはまさか!?」
ぎゃっ!バレた!
「五味さん!無事だったんですね、よかった……でも、どうしてあなたが……?」
まずい……
イケ高君め、俺を洞窟に住み、鬼を手下にして、近くの村から若い女を攫う悪党と勘違いしている。
ほぼ事実だけどなんとか誤解を解かないと。
「聞いてくれ池野君、これには訳があるんだ」
「…………聞かせてください」
さあどうする、なんと言って誤魔化す。
手下が勝手にやりました?
ダメだ……その言い訳は日本人なら聞き飽きている。
かえって不信感を煽ってしまうだろう。
なら正直に女が欲しかったと話すか?
うん?
そもそも俺は女が欲しくてバカ鬼に命令したんだっけ?
まあ欲しいといえば超欲しいんだけど、それとは別の話だったような……
そういや女といえばサキュバスちゃんは一緒じゃないんだろうか。
サキュバスちゃんのお尻を120分(延長あり)貸してくれたら村の女達は解放するんだけど……
ムクムクッ
むむっ!この濃厚で芳醇な下半身を刺激する香りは――!
あ、いた!
木の上でひらひらと手を振ってる。
きゃあ!会いたかったぞ余のオシリス神!
さあ、この硬くそそり立つオベリスクをその焼けつく熱砂のごときオシリスに迎え入れてめくるめくヒエログリフ……
「どうしました五味さん。早く訳を話してください」
お前まだいたのかよ。もうどっか行けよ。
「た、大変だー!」
「どうしたー!」
――と、そこへ山道をひとりの中年男が大慌てで駆け登って来る。
何かあったんだろうか。
ノリで「どうしたー!」とか言っちゃったけど面倒事は嫌ですわよ。
「ムラビットさん?どうしたんですか」
「タカシさん!た、大変だ!村に山賊共が押しかけて来やがった!」
「なんだって!?」
「あいつら相当女に飢えてやがる。娘達を出せと言って騒いでる」
村に押しかけて若い女を要求するとは……!
なんて破廉恥で恥知らずなゴミクズ鬼畜生だ。
「それで皆さん無事なんですか!?乱暴された人は?」
「あ、ああ……あいつら腹は減ってないみたいでな、要求は女だけだ。村に娘達がいなかったから誰も手を出されちゃいねえが……」
「……ハッ!そうか、そういうことだったのか!」
「五味さん!」
「あっ、はい」
「あなたは女性達を山賊から保護するためにここへ連れて来たんですね!?」
「え、違……うん。その通りだ」
「やっぱり!そこまで見越して……ああ!一瞬でもあなたを疑った自分が恥ずかしい」
一瞬どころか結構長い時間疑ってたよね?ねえ?しねえ
……まあ、なんにせよこれはチャンスだ。
乗るしかない、このビッグウェーブに!
「心配いりませんムラビットさん!僕の仲間が女性達を保護してくれました!」
「おおっ!鬼に連れ去られた娘達は無事だったのか!」
「もちろんです!五味さんは完全無欠のスーパーヒーローですから!」
えー……そのウェーブに乗るのは自称プロサーファーでもちょっと厳しい。
いつの間にそんな高評価を得ちゃったの。
「行きましょう!五味さんが一緒なら10の68乗人力です!」
いや、行かないよ。
なんで当然のように俺も村を助けに行く流れになってるんだよ。
そもそも村ってどこだよ。なに村だよ。ムラムラだよ。サキュバスちゃんちょっとフェロモン抑えて。
あと10のなに?何人力?読めねえよ。しね
「待て池野君、山道を下るのにその靴はまずい。ここで脱いでいくんだ」
「そうか!さすがは五味さん。全く気付きませんでした」
言われた通りいそいそと靴を脱いで素足になる。
「これで準備万端です!さあ行きましょう!せりゃあー!」
行ってらっしゃい。
山賊云々を華麗に回避した俺は、イケ高君とは逆方向へ向けて山を下る。
足は……うん、大丈夫そうだな。
さすがは名門かちぐみ高校指定の高級本革学生靴。
履き心地抜群だ。
こんな素晴らしい靴を譲ってくれてありがとう池野君。
キミのことは忘れないよ。忘れた。