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63 敵将

 人目を避けるようにひっそりとハノンの街を出る者がいた。

 奇抜で派手な装い、“総合アートデザイナー”を自称する男、カマーラである。


 彼は人目に付かぬ所まで来るといきなり拳を地面に叩きつけた。


「オラァッ!」


 ボゴゴッ


 地面は大きく抉れ、周囲の草が一瞬でチリチリと燃え尽きる。


「忌々しいわねぇ!ほっんと忌々しい!」


 怒りを露にする彼の周囲には禍々しい魔力が陽炎のように揺らぎ、

 その頭には二本の黒い角が現れていた。


「どうして!?どうして上手くいかないのぉ!

 この“魔王の左腕”、軍師カマーラ様の完璧な計画がッ!!」


 説明的な台詞を吐いた彼は、実は人の姿に化けた魔物である。


 淫魔インキュバスと呼ばれる高等な魔物の一族。

 そして魔王リーチの腹心である“両腕”の片割れ。


「フーフー、ふぅ…」


 荒い息を整えると、背部から蝙蝠のような羽を広げ空に舞い上がる。


「もう失敗はできないわ、これ以上アイツに差をつけられてなるもんですか」


 飛行しながら怒りと焦燥が入り混じったようにぶつぶつ呟く。

 それは“右腕”への怨嗟だった。



 カマーラは元々淫魔の一族を率いる立場にあり、心を掴む術に長けていた。

 何を隠そう、野に在った魔物達を糾合し魔王軍を作り上げたのも彼である。 


 だがそんな彼を差し置いて、魔王リーチは“右腕”の方をより重く用いた。

 

 自ら名を与え、常に側近くに侍らせている。 

 “右腕”は妖しい魅力を備えた美女で、魔王から賜った名は『フィーバー』という。


 カマーラはそのことが妬ましくて仕方が無かった。


「なによなによ!そんなに女が偉いっていうの?穴が一つ多いだけじゃない!」


 フィーバーが重用されるのはただ女であるからにつきると、彼はそう信じ込んでいた。


「確かにあいつは強いわよ、でもそれじゃダメなの…」


 彼女が持つ魔力は膨大で底が知れず、その実力はカマーラも認めてはいる。


「今のリーチ様に必要なのは“個”の強さではないの」


 1000年前、勇者に率いられた英雄達はその力を結集して魔王に戦いを挑んだ。


 個々の力では劣っていても、互いに補い合う彼らは強大な“個”である魔王を圧倒した。

 敗れた魔王はその【特性】により完全な滅びを免れたものの、永い眠りを余儀なくされた。


 1000年を経て再び巡ってきた機会。


 今はまだ僅かな覚醒と大部分の眠りを繰り返しているものの、復活の日はそう遠くはない。

 その時までに魔王の盾となり矛となる軍勢を整える必要がある。


 本能の赴くまま突き進む魔物の群れとは違う。

 戦術を知る将の元に統率された、真の魔王軍を築かねばならない。


 それは半ば以上成功し、両腕をはじめ、三傑、四天王、五人衆、大怪魔といった錚々(そうそう)たる顔ぶれが集ったものだ。

 いずれ魔王が完全に覚醒した暁には、その号令のもと、一夜にして人の世を終わらせる自信すらあった。


 それなのに――


「どうして、どうしてよ…」


 地上に散らばる血に濡れた三色の羽。


 彼が必死の思いで口説き落とし、魔王軍の空を任せた勇壮なる翼。

 ――三傑の変わり果てた姿であった。



 そもそも彼がこの西の地で軍勢を動かしたのは、フィーバーに対して優位に立つべく功績を求めたからである。


 彼が狙いをつけたのは、魔王復活に呼応して現れるであろう勇者の抹殺。


 勿論、魔王を斃し得るほどの強者に正面から挑もうとしたわけではない。

 カマーラの立てた完璧な計画とは、勇者出現に先んじて西の草原に住む人類種を根絶やしにし、不毛の地と化すことだった。


 いかな勇者といえど、身一つで無人の荒野を生き延びることは叶わない。

 飢えと乾きに苛まれ、何も成せぬまま死んでゆくことだろう。


 戦わずして勝つ。

 この策を思いついた時、彼は自身の策謀の優れたるを恐ろしくすら感じたものだ。


 だが実際に事は何一つ彼の思い描いた通りに運んでいない。



 最初に犠牲になったのはゴブリンとオークの軍団。

 草原に点在する村々を滅ぼすべくそれぞれ30体の数を投入した。


 碌な防備も無い村を襲うには過剰ともいえる戦力だったはずが、これが一体も残らず全滅した。

 本命だった双頭魔狼オルトロス父子すらも翌晩までに姿を消した。

 

 おまけに督戦を命じた女淫魔サキュバスは人間の男と行方をくらませてしまう始末。

 身内ともいえる同族の裏切りに愕然とした。



「そしてあの街…っ!」


 西の果てにあるユイツの街。


 勇者が最初に立ち寄るであろうこの街に、カマーラは自ら潜入し、有翼獅子グリフォンの群れを手引きした。


 月下を駆ける獅子の群れ。

 鳥である三傑が苦手とする夜の空を自在に舞う猛き獣達。


 群れのボスと共に獲物を狩り、同じ肉を食らって信頼を得た。

 勇猛で忠実な、カマーラ自慢の精鋭だった。


 奇襲は完全に成功した。

 にもかかわらず、街からの反撃で朝までに全ての獅子が地に墜ちた。


 カマーラはその姿に涙し、ユイツを最も惨たらしいやり方で滅ぼすと決めた。




 彼が潜入の傍ら密かに育てていた淫催花はぁぶ

 人を狂気に駆り立てる魔性の花。


 これを用いて人間同士を争わせ、街を滅ぼす算段だ。


 目立たぬよう街外れの空き地に植えた花を収穫していると、都合よく花を求める男がやってきた。


「にょふふ、贈り物ですかなぁ?」

「そんなところだ」


「それなら今あるのがまさにうってつけにゅふ♪」


 怪しまれぬよう幾ばくかの金を受け取り、淫催花を全て男に手渡した。


「またよろしくねぇ~☆」


 久々に上手く事が運んだことに気をよくし、手を振って男を見送った。



 ――しばらくして


「グギギィィィィィッッ!!?」


 突然凄まじい不快感に襲われ、人目も憚らず地面を転げ回る。


「い、いいいったい、何が…?!」


 逃げ出したくなる気持ちを必死で抑え、不快感の元を辿っていくと…


「なぁっ?!」


 そこには先ほど彼が渡した淫催花はぁぶが清らかな燐光を放つまでに浄化され、

 あろうことか地を巡る魔力の道――地脈に植えつけられていた。


「そんな馬鹿なっ!地脈の位置なんて太古の賢竜でもなければ知り得ないはずだわ!」


 だが現に浄気は地脈に乗って廻り始めている。


「ウゲェ、オエッ」


 ほどなくして街全体が浄域と化し、カマーラは逃げるようにユイツを後にした。




「はぁはぁはぁ…このぉっ!うげっ!」


 なんとか浄域を突破できぬかと試みる彼の元に、配下の女淫魔サキュバス――例の女淫魔サキュバスの姉、が報告にやってきた。


「…カマーラさマ」

「おネエ様とお呼びなさいっ!…で、どうしたのよ」


「フレイムラプトル、と、ミステリーシード、が、消エましタ」

「なぁんですってぇ!?」


 彼が急ぎハノンに駆けつけた時には全てが終わった後だった。


「ちくしょうがあっ!」


 こうなれば自ら打って出てやると意気込み、

 先だって呼び寄せた三傑と合して街を滅ぼすと決めた。


「空から一方的に蹂躙される恐怖を味わわせてあげるわ!」



 ――だがその三傑は目の前で物言わぬ肉片に成り果てている。


「どうしてこうなったのよぉ…」


 あまりの惨状に泣きたくなってくる。

 カマーラが心血を注いで作り上げた魔王軍が、ほんの僅かの間に半壊してしまった。


「いったい誰がこんなことを…!」


 彼の動きを察知し、妨害している者がいる。


 これほどの戦果を挙げているからには、単独ではあるまい。

 おそらくは大規模な組織。


 魔王軍を掣肘し得る実力と、確固たる意思を備えた高度に統制された集団。

 

 すなわち――


「……勇者軍」


 ふと口を突いて出た言葉に思わず身震いする。


「まさか…そんな」


 彼とて人間達が無抵抗だとは思っていない。

 しかし先手を打たれたのは全くの想定外だった。


 だが考えてみれば集団戦こそ人間の本分ではないか。

 カマーラの“魔王軍”構想もかつての勇者一行を手本としている。


「……手強いわね」


 1000年前の戦いから教訓を得たのは自分だけではなかったのだ。

 彼は怒りも忘れて素直に自身の甘さを認めた。


「でも…負けないわ」


 野にはまだ魔王軍に参じていない強大な魔物が数多く存在している。

 彼らを取り込んで新生魔王軍を創り出すのだ。

 

「これで終わりとは思わないでよね」


 そして魔王軍にはいまだ有力な配下が残されている。


 例えば五人衆。

 直接的な戦力としては四天王や三傑に及ばぬものの、姦計や搦め手を得意とする魔王軍の暗部だ。


「そうだわ…それがいい。これぞ賢き者の戦い方じゃない」


 人の心を惑わし相争わせる。

 淫魔である彼もまた、そうしたやり口を好む性向がある。


「ふふふ…あら?」


 ふと地上へ目を遣ると、草原を急ぐ一行が目についた。

 どうやら貴人と供の者達らしい。


 護衛の男が3人に侍女と小間使いの少女、そして下男であろう少年が1人。

 中心にいるのは鮮やかな赤髪の若い女。 


「あらぁ、あの娘…」


 淫魔インキュバスの感覚が処女おとめの匂いを敏感に嗅ぎ取った。


「いいじゃない…すごくいい」


 穢したい。


 高貴な乙女をこの上なく惨たらしいやり方で辱めたい。


「にょふふ、手始めにあの子で遊んであげましょう☆」


 淫魔本来の欲望が顔を出し、カマーラは久々に機嫌よく嗤った。


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