62 神の盾
娘とお買い物に行く夢を見た。
金色の髪が綺麗なかわいい子だったな。
俺の要素を受け継いでなおあのレベルってことは、母親は相当な美女に違いない。
これは期待が高まる。
「主様、お召し物の用意が整いました」
ハルが弾んだ声を上げて着替えを持ってくる。
朝から浮き沈みの激しい俺とは対照的に、いつにも増してご機嫌な様子。
「お、おぉ……ご苦労」
高級セール品叩き売りYシャツは、いつの間にか金糸が散りばめられたキラキラの豪華衣装に変貌を遂げている。
ほつれた箇所をハルが自分の髪を使い繕ったらしい。
さすがは鶴と並ぶ嫁系恩返しの大御所。やることがいじらしい。
「(……嫁)」
ふとその姿をじっと見つめる。
夢の中の娘と瓜二つ。
もしやこの女があの子の母親なのだろうか。
まてまて、そんなはずはない。
昨夜は鋼の意思をもって直前に思い留まったではないか。
俺が最も恐れる事態――ライバルの出現は絶対に避けなければならない。
この世界では天のご意思がどうとかで、避妊の概念が存在しない。
当然、避妊具なんて物も無い。
するとどうなる。
“赤ん坊”がこの世に現れる。
けたたましい泣き声を上げて生まれ落ちたヤツらは、就学・就労・職業訓練の一切を行わない。
紛うことなきニートである。
泣けばおっぱいがもらえるとタカをくくって現状に甘んじる怠惰者だ。
おっぱい!
俺だっておっぱい欲しい、欲しくてしょうがない。
二つあるけど、どっちも俺のだ。
まして俺が望んでやまないニートの地位に生まれながらに胡坐をかいている。
許せぬ。
“ヤツ”と俺は手間も時間も愛情もおっぱいも、あらゆる面で競合する。
そう――ライバルだ。
でも召喚の儀に伴う精神的・肉体的充足感は大いに魅力である。
なんと狂おしきアンビバレンツ。
さながら迷宮に囚われしイカロス。
ビュッと飛び出せば破滅が待ち受ける。
きっと☼がアレに見えちゃったんだね。わかる。
そういやイカロスの母親は女奴隷だったな。
ハルも奴隷なのは偶然だろうか、もしや俺のお母さんではないだろうか。
すると夢の中の娘は俺自身……?
えっ、どういうこと。
その暫定ママはといえば、昨夜いっぱい食べたので力がついたとかで、「荷運びはお任せください!」なんて言って張り切ってる。
荷運びってなんのことだろう。買い物?そんなの行かないよ。誰が行くなんて言った。
今日はピラミッドを信じる約束でしょ。
クソッ…!ダメだ。
昨夜の生殺しのせいですっかり頭がピー助になってやがる。
ミミズとか食ってみようかな。
しかし状況は俺の回復を待たずに目まぐるしく変化していく。
コンコン
ややっ、キツネ。
いや、タヌキかもしれない。
「失礼いたします」
朝からきちっとした格好の従業員がススッと扉を開く。
「どうした」
タヌキをどこへやった。
隠すとひどいぞ。
「件の会頭様がお見えになっておいでです」
「かいとう?」
誰それ。
そんな人知らな……
かいとう……会頭
あ?!
あいつか!
ど、どうして俺の居場所がバレた!?
レーダーか?
レーダーなのか?!
「すぐお会いになられますか」
ふざけんなクソ従業員、会うわけないだろ。むしろなんで連れて来た。
この失態は命をもって償え、よいな。ははぁ。
「居ないと伝えろ、そして扉の前に立ち塞がって忠義を示せ。必ずや蓑山大明神の加護があろう。あとタヌキ返せ」
「は?あの、失礼ですが何を仰って……」
よし、従業員が命懸けで足止めしている間にハルを抱えて窓から逃げるぞ。
タヌキは裏口から脱出だ、B地点で落ち合おう。了解ポコ。
バダン
「お邪魔しまっせぇぇぇい!」
クソッ、間に合わなかった。
「おおおお!やはりダストさんでしたか!」
「(やはりお前だったか!)」
案の定、現れたのは剣人間のカイト氏。
ガシャガシャ金属音を響かせ部屋に押し入って来る。
くぅ…!従業員の犠牲が無駄になってしまった!
あれ?
ちゃんと足止めした?
「なにか」
なにかじゃなくて。
足止めしてないよね。
なんで?
「ダストさんの仰るとおり、油を注したらほれこの通り!」
謎の剣人間は手足をシャキリと刃に変えてみせる。
率直に申し上げて漏らすほど怖い。あと吐きそう。
「さすが、並の人間には及びもつかぬ優れたる叡智!
斯様なやり様、この目をもってしても見抜けなんだ」
ペカーッ
ぎゃあ!?目!
光ってる!赤く!
赤外線?
赤外線なのか?!
「ぉ……」
「お?」
「おのれ化け物め!」
恐怖が限界に達し、ついに手が出た足が出た。
おいらはやんちゃなオタマジャクシ。
「ぬおぉっ!?」
部屋中にガィンと金属音が響く。
素人が考え得るさいきょうの全力パンチ。
フォームもなにもあったもんじゃない。
はたから見るとすごい間抜け。
わかりやすく言うとア○パンマンの飛行スタイル。
しかしそこはさすがの24万6800パワー。
ギュンッッ!
砲弾と化した金属塊が壁を突き破り勢いよく飛び出す。
壁を突き破り勢いよく飛び出す。
壁を突き破り…
「(あっ、やべっ…)」
金属塊はキラキラと朝日を反射して、澄んだ空に向かって一直線に翔け上がる。
うーん…
いくら24万6800パワーでも、あの飛びっぷりはおかしい。
もしかして【投擲】の効果が乗ったんじゃ…?
すると目標は何だ。
イケ高かな?
イケ高だな。
よし、いいぞ。
行け。
厄介な二体が相打ちになってくれたら言うこと無し。
いい仕事をした。
残る問題は……
「こ、これは、まさか」
壁に空いた大穴を呆然と見つめる従業員さんの処ぶn…説得だな。
「先程の刃の腕…あの会頭様が“甲羅砕きの剛剣士”だったのでは」
かわいそうに。
壁が自然に崩れるのを目の当たりにしてショックを受けたのか中二病を再発しておられる。
ねえ、ところで“甲羅砕きの剛剣士”ってどういう設定?カタカナでどう書くの?
俺考えたんだけど『クラッシュ・ブレイズ!』とかどうかな。
ブレード(刃)とブレイヴ(勇敢)を掛けてるの。
「貴方様が剛剣士殿のお仲間ということは、あの雷の魔物を斃したのは…」
こら待て。
今の発言には重大な間違いが含まれているぞ。
俺と剣人間は仲間じゃない。
決して仲間なんかじゃないんだ。
「違います」
「何を仰いますか!よく見れば二つと無い美事な夜色の御髪、間違いありません!」
ぎゃあ!?ダメだ。
面が割れてやがる。
おいそこの金色!
お前は何故うんうん頷いてやがる。
これはいかん。
やっぱり窓から脱出だ。
タヌキはB。りょポコ。
「行くぞ」
「えっ、あの、あの……??」
困惑するハルを有無を言わさず抱き上げる。
「口を閉じてろ、危ないぞ」
「むぐぅー」
頭を包むようにしっかり抱きしめ、顔を胸元に押し付けて黙らせる。
「~~!?~~!!」
うわっ、こいつめ。
何をそんな真っ赤になって暴れてやがるんだ。
「落ち着け、ゆっくり深呼吸しろ」
少しの間もごもごしていたが、やがておとなしくなり言われたとおり深く呼吸をし始める。
ふぅ
すーーーーーーーーーーーーっ
吸う方だけやけに長くない?
大気中の魔力でも吸収してるのかな。たぶんそう。
ともあれ街を脱出だ。
俺は一切悪くないけど、疑われないようしばらく近付かないでおこう。
器物損壊の時効って何年だろ。
◇◇◇
ヒュゥゥン
草原の空を銀の弾丸が飛翔する。
「おおお!絶景!この世は斯くも広大なり!」
殴り飛ばされたカイトは束の間、空の旅を満喫していた。
凄まじい力で打ち出され、勢いは底知れず。
どこまでも高く、遠くへ飛んで行けそうだった。
「おっ?あれは……」
しばらく感慨深げに地上を眺めていたが、ふと前方に目を遣るとこちらへ向かって来る影が目に入る。
「鳥の魔物か!」
それは3羽の巨大な怪鳥であった。
【スキル:鑑定 を発動しました】
名前:ライトニング・ダック
性質:敵性
LV:145
名前:フリージング・ターキー
性質:敵性
LV:144
名前:バーニング・チキン
性質:敵性
LV:146
いずれも初めて目にする、きわめて強力な魔物である。
「なるほど、化け物とはこやつらのことであったか」
打ち出す直前にダストが言っていた言葉を反芻する。
『おのれ化け物め!』
尊崇する勇者は確かにそう口にした。
あの時から既に迫り来る脅威を察知していたのだろう。
「空から来る魔物を迎え撃つべく、剣を飛ばせたのですな!さすがはダストさん!」
千里を見通すとはまさにこの事。
「ならばご期待に応えてみせましょう」
ダストの言う化け物が自分のことだとは露ほども思わず、掛けられた期待の大きさに身震いする。
「せいさっ!」
刃に変じさせた四肢を航空機の動翼のように使い軌道を修正する。
キィィィィィン
風を切る音――
「…!」
「!?」
「!!」
魔物達がそれに気づいた時には既に遅かった。
「せりゃあぁぁぁぁぁ!!!!」
ズバッ
交差する瞬間、四本全ての刃を叩き付ける。
断末魔の叫びすら許さぬ容赦なき鏖殺。
澄み渡る空にパッと血の花が咲く。
「どうだ!勇者の剣の威力、思い知ったか!」
何者にも阻まれることなく高らかに宣する。
今の彼はまさに天空の覇者であった。
だが3つもの障害物と接したことで、飛翔の勢いは大幅に減じ――
「わはははは、は、は?」
急速に落下を始めるのだった。
⚡ ❄ ☀
一路西を目指して羽ばたく三対の翼。
彼らは空の魔物を束ねる天穹の支配者、魔王軍三傑である。
「四天王のクソ共め!なにをぐずぐずしてたと思えば今度は行方知れずだぁ?どういう冗談だよこりゃ、あぁ!?」
一翼が忌々しげに悪態をつく。
その身はまるで怒りを表したかのように炎の色に染まっている。
「……討たれた、か」
純白の、ともすれば優美にも見えるもう一翼が、静かな声で可能性を口にする。
その口調には隠し切れない不快感が滲み出ていた。
「大方餌を漁るのに夢中で報せを忘れているのだろうよ」
残りの一翼が鰾膠も無く言い放つ。
火花を纏った黄金色の身体がバチバチと不満げに音を立てる。
「……賤しい、な」
「所詮は獣だってことよ」
四天王と三傑は以前から折り合いが悪く、大きな諍いも一度や二度ではない。
それでなくとも、元より彼らは地を這う者を蔑んでいる。
上位者に「行け」と命じられれば否とは言えず、こうして遥々やって来たものの、その役目が虫の好かない同輩の尻拭いとなれば当然面白くはない。
「あんのクソ鼠め!どうせならおっ死んでてくれねえかなぁ?」
特に気に食わないのが四天王の長であるエレキマウスだ。
本来格下であるはずの連中が自分達に対して不遜な態度をとれるのは、かの鼠が雷を扱えるからに他ならない。
いかな三傑とて空を棲み処とする以上、雷は最大の脅威。
それにつけ込まれ、恫喝に近いやり方で意思を押し通されたこともあった。
まったくもって不愉快な連中である。
「チッ…胸糞悪ぃ」
「まあ良いさ、この憤懣は人間共の街で存分に晴らさせてもらうとしよう」
エレキマウスという例外を除けば地に在る者が空の魔物に抗する術は無い。
三傑が出てきた以上、目的地である湖の街に待っているのは一方的な蹂躙に他ならない。
――はずだった。
「んっ?お、おい!なんか飛んで来ンぞ!」
それは彼らにとって青天の霹靂だった。
キィィィィィン
蒼穹を切り裂き、銀の物体が飛来して来る。
その目を疑うほどの速さ。
「……矢か?いや、羽根がある」
良く見ればそれには四枚二対の翼のようなものが見受けられた。
「何ンだありゃあ!?羽根があるってことは生きモンなのかぁ?!」
「馬鹿な!我らの前を飛ぶ向こう見ずなどいるはずが……」
およそ空に於いて彼らに敵う者は存在しない――その驕りが命取りとなる。
「…!」
「!?」
「!!」
魔王軍三傑は草原上空にて謎の攻撃を受け全滅した。